11.病欠にしようかな
どんな戦いがあった日でも、一夜明ければ朝が来る。
いつも通りに起き出してあたしは寮の食堂で朝食を済ませ、クラスに向かった。
変わることに無い日常の風景に、思わずあたしは安心する。
「おはようございますウィン。……どうしたんですの?」
「おはようキャリル。どうしたって何が?」
クラスで顔を合わせたキャリルがあたしに声を掛けた。
「何やらホッとした顔を浮かべていますもの。これでもマブダチの変化には聡いんですのよ、わたくし」
「そうねえ……。また話すわ」
「そうですの?」
毎日顔を合わせている上に幼なじみゆえか、キャリルにはあたしの中での何らかの変化が察せられてしまったのかも知れない。
「おはようウィン。何か悩み事かい? ボクでよければいつでも胸を貸すよ」
「おはようコウ。そういうのは今のところ間に合ってるわ」
あたしとキャリルのやり取りを見ていたのか、コウが軽薄な感じで声を掛けてきた。
だが彼がこういう時は、ある程度計算して態度を決めているのがあたしにも分かってきた。
「そうかい? ……何かつらい時は吐き出してくれて構わないよ」
「ありがとう。その時は頼むかも知れないわ」
案外コウには、あたしが人を斬り殺したことが態度とかで分かっているのかも知れないな。
根拠は無いけれどそんなことを思った。
やがて他のクラスメイトも揃い、いつも通りに朝のホームルームが始まった。
その後に授業を受け、昼食を食べて午後の授業を受け放課後になった。
今日は光曜日なので風紀委員会に顔を出す日だ。
キャリルと共に委員会室に向かってみんなが集まるのを待つ。
その時に室内に居たエリーの顔をみて、あたしは粉ミルクのことをサラに訊くのを忘れていたことに気づいた。
エリーなら料理研究会だから何か知っているかも知れないな。
「エリー先輩済みません、もし知っていたら教えて欲しいんですが」
「どうしたんにゃ?」
「昨日の夜コーヒーを飲んだ時に牛乳が無かったんですよ。砂糖とかは保存が利くじゃないですか」
「そうだにゃー」
「同じような感じで保存が利くような、乾燥させた牛乳みたいなのってどこかで手に入らないですかね?」
「あるにゃ。牛乳粉って聞いたこと無いにゃ? フツーに市場で売ってるにゃ。王都の周辺だけだったかにゃー?」
それは初耳だぞ。
「それは知らなかったです?! 牛乳の代わりに使えるんですか?」
「んー……、コーヒーに試したことは無いにゃ。どうしても風味が牛乳より落ちるにゃ。お湯で戻して飲むくらいなら牛乳を買うにゃー」
確かに普段使いなら牛乳を使うよね。
でもそれならなんでエリーは知ってたんだろう。
「それならどうして牛乳粉なんてあるんですか?」
「赤ちゃんは直ぐには牛乳を飲めないにゃ。だから飲めるようにした粉ミルクを作るけど、その材料になるにゃ。あとはお菓子や食べ物に使うこともあるにゃー」
確かに地球の記憶だと、母乳とは成分が違うから牛乳は一歳くらいにならないと飲めなかったハズだ。
お菓子などの材料ということも分かる。
「そうだったんですね。……ちなみにどこで買えるんですか?」
「チーズとかを売ってる店や乾物屋で売ってると思うにゃ」
「おお、分かりました! ちょっとコーヒーに試してみます」
「そのときは感想を教えて欲しいにゃ!」
エリーと牛乳粉の話をしていたら、いつの間にかリー先生以外は全員揃っていた。
「今日はリー先生が遅れているねえ。なにか聞いているかい?」
エルヴィスがカールに問う。
「いや、特には連絡は来ていなかった。何か急な話があったのかも知れん」
「急な話か。……今あるとすれば来週の学校対抗の体育祭関連かしら?」
ニッキーが不思議そうな顔でカールたちに話しかけた。
「その可能性もあるが……、いま懸案になっていることとしては『笑い杖』の件がある。その関係かも知れない」
カールが冷静に告げた。
確かに『笑い杖』は昨日の夜、『
事務手続きとかはあるかも知れないけど、話だけは学院に届いているかも知れない。
「ちょっと僕から先生に連絡してみる」
そう言ってカールは【
「リー先生、いま宜しいですか? ――え? ……はい。……はい、分かりました」
「何かあったのかい?」
「ああ。件の『笑い杖』が見つかったらしい。その対応をしているので、先に僕たちだけで週次の打合せを始めておいて欲しいそうだ」
「そういうことなら始めちゃいましょう」
ニッキーの言葉に頷いて、カールが口を開いた。
「それでは先ず僕からだ。今週は特に何もなかったが、来週は学校対抗の体育祭がある。運営自体はいつも通りプレートボール、ゴールボール、カヌーの各部活が行う」
そういうことなら風紀委員会は運営には関係無いのだろう。
そう思ってあたしは一瞬気を緩める。
「だが、例年だと大掛かりな賭博を裏で行う者が現れる。皆にはこれに気を付けて貰いたい」
「ええと、気を付けるとは、具体的にどういう部分でですか?」
あたしが手を挙げて問うと、ジェイクが口を開く。
「基本的には賭博に関わっていそうな生徒の監視と、先生たちへの通報でいいと思うよ」
「基本的には?」
あたしが怪訝そうな顔を浮かべたのをみて、ニッキーが口を開く。
「ここ数年は無いみたいだけれど、過去には賭博と関係して選手への脅迫事件が起きたこともあるらしいの」
「うわぁ……」
やり口が悪質だろうそれは。
普通に反社会的勢力のやり口だよねそれ。
「暴力沙汰になっていたり、当事者が危険な目に遭っているときは介入して構わない。ただ、脅迫などへの対処も監視と通報で十分だ。――僕からは以上だ」
カールの言葉にみんなは頷いた。
その後は順に話したが、特に連絡事項は無いとのことだった。
そしてあたしの番になった。
「あたしからは、まず闇討ちがあったことの報告です。今週の火曜日ですが、放課後に構内を移動している時に絡まれました」
「先生から話は聞いている。『学院裏闘技場』に参加するつもりだった生徒たちが、ウィンの隠形を危険視して襲撃したようだ」
カールが落ち着いた口調で告げる。
「そうですね、『確たる勝利のために心を折る』とかそんなことを言っていた気がします」
「わたくしもその場に居りましたが、標的はあくまでもウィンだったようですわ」
キャリルが話を補足してくれた。
そこまであたしは危険視されるものなんだろうか。
「きちんと止めるように説得してくれたみたいじゃないか。それでも襲って来たのを排除したのだから、ウィンには何も問題は無いだろう」
カールはそう言って頷く。
「今後ああいう手合いが増えるんですかね?」
フォローしてくれたカールにあたしは問う。
だが、話を聞いていたエルヴィスが横から告げる。
「大丈夫と思うよ。そもそも『学院裏闘技場』でボクらの出番が来週だ。それが過ぎるまでの話だね。あとウィンちゃんについては学院内で秘かに噂になっているみたいだよ」
なんだよ噂って。
あたしの今後の学院生活に影響が出ると困るんですけど。
「どんな噂なんです?」
「ボクが聞いたものだと、とにかく隠形の腕が凄いというものだね」
「アタシも聞いたにゃ。学院内の悪事をあばくエージェントを風紀委員会がスカウトしたとかそんなやつにゃ」
「うーん、本人を前に言うのはどうかと思ったんだけど、“暗殺少女”って二つ名をつけようって頑張ってる生徒も居るとかいないとか」
「二つ名に関しては、私が聞いたのだと“学院隠密”とか呼ぼうとしてる子がいるらしいってのはあったかしら」
順に、エルヴィスとエリーとジェイクとニッキーが口を開いた。
だれか助けて欲しい。
「ワタシが聞いたのはちょっと毛色が違うかしら」
「……まだあるんですか?」
あたしはうんざりした表情でアイリスを見た。
「ええ。美術部の友達に、ウィンちゃんの似顔絵を描いてほしいっていうお願いが微妙に増えているらしいわ」
「…………」
「絶対数はそれほどでも無いけど、興味深いのは男子と女子の比率が半々くらいらしいわよ」
一瞬あたしはどう反応すべきか分からなくなってしまった。
委員会室の椅子で固まっていると、カールが口を開く。
「まあ、その騒ぎも『学院裏闘技場』が済めば落ち着くだろう」
「……ええと、キチンと日程や場所を聞いておきたいんですが」
まだその辺りの情報を聞いていなかった気がする。
「そうね。例年、屋外の部活用訓練場で行われるわ――」
ニッキーが説明してくれた内容は以下の通りだ。
・十一月の第一週に開催。
・刃引きした武器を使用する。
・即死攻撃の使用は即失格。
・雨天決行。
・時間帯は夕方から夜にかけて実施。
・参加者をくじ引きで八つのブロックに分け、四ブロックずつ一日目と二日目に最後の一人が決まるまで各ブロックでバトルロイヤル式で予選を実施。
・三日目に本戦に残った八人と、学院選任メンバー八人による集団戦。
・集団戦で本戦に残った方が勝利した場合は、以降の試合を実施。三日目に本戦に残った八人で、四試合を同時に行う。
・四日目に本戦に残った四人で、二試合を一試合ずつ行う。
・五日目に三位決定戦と優勝決定戦を一試合ずつ行う。
なるほど、要するに週明けの三日目に集団戦をやるのか。
あたしとしては「雨天決行」と聞いた時点で逃げたくなった。
「ニッキー先輩ぃ……、即死攻撃がダメっていうなら、当たったら死ぬような攻撃を遠くから出してワザと失格になるのはナシですか?」
あたしの問いにニッキーではなくエリーが横から応える。
「それで失格なら、素振りするだけでも失格になるにゃー。だからダメにゃ。あと刃引きしてない武器を使おうとしたら、取り上げられて素手にされるだけにゃ」
マジであたし、当日病欠にしようかな。
そんなことを考え始めた。
「仮病はダメにゃー」
あたしの思考は顔に出ていたのかも知れなかった。
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