10.命の重さを忘れないか


「そろそろ説明して欲しいんですけど」


 あたしは人間クリスマスツリー状態で光りながら、ソフィエンタをじとっと見る。


「そうね。チャクラを開いた人間は、身体能力や魔力の制御、魔法の制御や威力などが向上するのよ。一言で済ますならパワーアップしたの」


「…………ふーん」


「あなたが訓練を始めた環境魔力の制御も、より簡単に出来るようになるわ。それが『練神』のもう一つの効果ね。あとは、チャクラによっては超能力に目覚めるものもあるかしら」


 環境魔力関連の制御がラクになるというのはいい情報ではある。


 だがしかし。


「…………超能力?」


 目の前で喋っているのが女神で無かったら、鼻で笑うところだ。


「そうよ。美容や健康にもいいし、色々試すのを勧めるわ。一度チャクラを開いたら次からは意識を向けるだけで開くことができるのよ」


 美容と健康か、そういうことなら使ってみるか。


「普段使いしたら魔力消費とか発生するの?」


「しないわよ。身体の中の魔力の状態の話だから、エネルギー消費の話では無いもの」


 あたしはそこまで説明を聞いてから内在魔力の循環を止めてみると、直ぐに光る状態は収まった。


 少しだけ安心する。


「ところでソフィエンタ。環境魔力の話が出たけれど、前から疑問だったの。身体の中の魔力とは違うの? あと、地球で言われてた“気”とは別のものかしら?」


「その辺りは説明してなかったわね。結論をいえば、基本的にはあなたの世界では環境魔力も内在魔力も“気”も全て同じものよ」


「ん? 基本的には?」


「神の目線からいえばちょっと違いがあるけど、そうねえ。…………強いて言えば、関東風濃い口醤油と、昆布だし醤油くらいの違いしかないわよ?」


「醤油……」


 すごく分かりやすいけど、反射的に食欲が増大しちゃったよ。


「その説明で分かったけど、なんて凶悪な分かりやすさなのよ……。思わずお寿司とか食べたくなったじゃない?!」


 あたしが半ばキレ気味にそう告げると、ソフィエンタは一瞬目を丸くした後に笑った。


「さすがあたしの分身ね。分かったわウィン、ちょっと待ちなさい」


 そう言ってソフィエンタは何も無いところに視線を移すと、そこにはテーブルと椅子が現れた。


 そしてテーブルの上には、漆塗りの寿司桶がどーんと置かれている。


 中には三十貫くらい入ってるんじゃないだろうか。


 ちゃんと箸と小皿と醤油が二種類用意されてるな。


 あたしはそれを認識した瞬間、思わずヨロヨロとそちらに向かおうとした。


「ちょっと待ちなさい」


「なによソフィエンタ」


「そのお寿司は逃げたり痛んだりしないから、チャクラを開く練習をしなさい。内在魔力の循環を始めて全てのチャクラを開くまでを一セットとして、合計十セットやりなさい」


「えー…………。ちなみに嫌だって言ったら?」


 あたしの問いにソフィエンタはニヤリと笑う。


「お寿司はナシにします!!」


「く、なんてスパルタなんだ……! ……分かったわよ、やります」


 まあ、自身の本体とはいえ、女神からタダメシを頂くのも気が引けるし少しは頑張ろう。


 あたしのために言ってくれてるんだし。


 そう思ってあたしは集中して、ソフィエンタからのノルマをあっという間に達成した。




「はい、終わったわよー……。なんかもう、ホントにあたし自分がクリスマスツリーになった気分よ」


「クリスマスツリー? いいわねそれ」


 そう言ってソフィエンタは笑う。


「ぜんぜん良くないわよ。それよりお寿司、一緒に食べましょうよ」


「分かったわ。――そうね、クリスマスって言うならこれも出しましょうか」


 そう告げてソフィエンタがテーブルの上の仕出し寿司の隣を見やると、そこにはフライドチキンが現れた。


「薬神様! ありがたやー! なーむー」


「バカなこと言ってないで、食べるなら食べるわよ」


 その後あたしとソフィエンタは、神域の白い空間の中でお寿司とフライドチキンを食べまくった。


「ところでウィン、あなた人を斬り殺したことで、もやもやしてるって言ってたじゃない」


「そうね」


「見たところ普通に食欲はありそうだし、気分的に落ち込んでるわけでも無さそうだけど、大丈夫?」


 そう改まってソフィエンタから訊かれるが、どう応えたらいいものなんだろう。


 あたしは箸を止め、頭を整理してから口を開く。


「……ひとつ心配事があるとしたら、今後あたしが命の重さを忘れないかどうかかしら」


「ふむ。神格であるあたしからすれば、ウィンの気持ちについては本当の意味では理解できないかも知れないわ。神と人では尺度が違いすぎるもの」


「そうよね……」


「でもね、あなたはあたしの分身よ。別の立場で別の日常を生きていても、その魂は繋がっているの。だからあたしは、あなたにどんな存在よりも寄り添うことが出来るわ」


 まあ、本体と分身だから、それは間違いのない真実だよね。


「もしあなたがこの先、命の重さを忘れてしまうようなことがあったとしたら、必ずクギを刺してあげる。だからいま心配しても仕方が無いことは忘れなさい」


「……分かったわ。ありがとう、ソフィエンタ」


「どういたしまして」


「ところでソフィエンタ、お願いがあるの」


「どうしたの?」


「今日はお寿司とフライドチキンだったじゃない? 今度うなぎを食べたいかなって思って」


「甘えんな、ここは食堂じゃ無いのよ」


 うーむ、流石にダメか。


「ですよねー」


 あたしのそんな反応にため息をついて、ソフィエンタは告げる。


「もし日本での味が懐かしくなったら、この前あなたが知り合ったライゾウくんにマホロバ料理の店を訊いてみなさい。王都に居る同郷人のネットワークがあるようだから」


「おお、分かった! ありがとう」


 そんな話をしながらあたしたちは寿司とフライドチキンを平らげた。


 途中からソフィエンタは日本酒を飲み始めたが、あたしは緑茶を頂いた。


 その後あたしは現実に戻してもらった。


 気が付けば寮の自室で椅子に座っている。


 不思議なことにお腹は一杯だが、ソフィエンタが神域から戻すときに実際に寿司を食べたことにしてくれたのかも知れない。


 神域で練習した『練神』によるチャクラの操作を試してみたが、説明された通り光らなかったのであたしは安心した。


 確かに“魔力溜まり”としか表現ができない状態で、チャクラの位置に内在魔力が集積している。


 だから、チャクラを開くのにも成功していることは分かる。


 それを確かめると同時に、デイブの言葉が脳裏によぎる。


 斬ったことで何を得て、何を護ったか。


「あたしが得たもの、か」


 今日斬り捨てたのは悪党だったのかも知れないけど、命という視点ではその価値は普通の人間と変わらない。


 あたしが今回の戦いで得たものの重みを忘れないようにしよう。


 そんなことを考えて室内の時計の魔道具を見る。


 もうずいぶん遅い時間なので、日課のトレーニングは今日は休みということにして、あたしはベッドに入った。




 そこは小さな部屋だった。


 窓はなく、床はリノリウムのような樹脂の素材が張られている。


 中央には飾り気のないテーブルが置かれ、それを囲むように各辺に椅子が四つあるが席についているのは三人だ。


 正確には人では無かったが。


 外見的特徴としては、全員が白衣を着ている。


 いちおう皆、成人男性に見えるだろうか。


 テーブルの中央には、四つの席へ向けられた液晶モニターが据えられていて、彼らはこれまでリアルタイムの情報を眺めていた。


「デュフフフ、“笑い”というのは拙者、とても興味深いでござるよ」


「確かにな、ワイもなかなかええ切り口やった思うわ」


「でもボクチンはもう少し広く捉えた方がいいと思うんだぉ」


 それぞれが順番に口を開く。


「広く捉える、か。確かに“笑い”を“畏れ”に結び付けるいうんは、そのままやったら無理筋やな」


「こんな時、光の彼が居てくれたらもっと面白くなったと思うのでござるよ、デュフフ」


 その言葉に彼らの視線が開いた席へと向かう。


「ま、居らんヤツの話をしてもしゃあない」


「デュフフフ、彼は我ら四天王の中でも最弱。まだまだ拙者たちは倒れないのでござるよ」


「四天王って何やワレ。……まあええわ、ワイとしてはこのままやと、そろそろ各個撃破されてまうと思っとるのやけど」


「そこも含めて、ボクチンたちの担当宇宙では、魂魄感染性ウイルスを採用することにしたんだぉ」


「それも分かっとる。せやけどワイらも、そろそろステルスモード――要するに秘神として神格を上書きするべきや思う」


「デュフフ、拙者は前から異論が無いでござる」


「分かったんだぉ。ボクチンも光の彼の轍を踏みたくはないぉ」


「決まりやな。ワイらがそれぞれ順に名付けるで」


「分かったでござるよ、デュフフフ」


「分かったぉ」


 そこまで話すと彼らはその場で立ち上がり、各自が名付ける相手の方を向いた。


 そして小さな部屋の中には神気が満ち、順に口を開く。


「ワイは真なる魂の威力を以て、“聖杯”たるアヴィサパルディーに“秘神オラシフォン”の名を授ける」


「受諾せり。拙者は真なる魂の威力を以て、“種”たるモリスヴェンに“秘神セミヴォール”の名を授ける」


「受諾せり。ボクチンは真なる魂の威力を以て、“棍棒”たるアルデンゲーンに“秘神マスモント”の名を授ける」


「受諾せり」


 彼らの名付けによって、小部屋に満ちていた神気はそれぞれの秘神たちの身体に吸い込まれた。


「はは、こうやって三柱でやってみると、地球の三国志の“桃園結義”みたいやな。悪う無いで」


 そう告げて秘神マスモントは不敵に笑う。


 桃園結義とは、『三国志演義』という小説で三人の英雄が、桃畑の中で義兄弟の誓いを立てたシーンを指すものだ。


 転じて、仲間が協力して物事に当たるさまを指す言葉でもある。


「デュフフフ、桃園結義? 拙者たちの場合、“登園決議”かも知れないでござるよバブー」


 秘神オラシフォンが嬉しそうにそう告げた。


「ボクチンたちがどこの園に登園するんだぉ。勢いだけでボケてもみんな呆れてるぉ」


 秘神セミヴォールが諭すように告げる。


「みんなって誰やアホンダラ、ワイらしかおらんやろボケ」


「でもみんな見てるぉ」


「「え?」」


 そう言って三秘神はじっと同じ方向――こちらに虚ろな視線を走らせた。


 だがそのうち焦れたのか、秘神マスモントが口を開く。


「メタい話をしてもしゃあないやろ、ワイらにはあっちの応えは聞こえへんし」


「そうでござるね、デュフフフフ」


「それより、魂魄感染性ウイルスだけど案があるんだぉ。“三毒”を提案するぉ。ボクチンたちがちょうど三柱だからいいと思うんだぉ」


「三毒ぅ? ……てえとあれか、地球の仏教でいうとんじんか?」


「なかなか面白いでござる、デュフフフフ」


 そうして三秘神たちは小さな部屋の中で、何やら話合いを深めていった。

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