09.何を護ったかを考えろ
クラン・
その条件だった魔道具『笑い杖』や国教会のステータス情報も、無事に聖セデスルシス学園の神官に受け渡したので、月輪旅団の仕事は完了した。
念のため周囲の気配を探っているが、怪しい気配は感じられなかった。
あたし達は学園の敷地を出て、正門の前に集合している。
「おーしみんな、今夜はこれで解散だ。急な呼び立てで悪かった。後日報酬を分配するから受け取ってくれ」
デイブがそう告げると月輪旅団のみんなはそれぞれ頷き、気配を消してその場を去った。
ブリタニーやジャニスとジャネットは残っているな。
「それからマルゴー、正直助かった。依頼人を通して国教会に報告しておく。報酬があるだろうから受け取ってくれ」
「気にしないでおくれよデイブ、それなりに自己紹介が出来たからワタシは満足さ。それよりも報酬って言うなら、うちの店に遊びに来ておくれよ「ふざけんな白髪ババア!」」
マルゴーの声に直ぐにブリタニーが反応していたが、それに絡むでもなくひらひらと手を振って彼女は手勢たちと花街に引き上げていった。
後にはあたし達と黒血の剣のOBたちが残る。
彼らの方に向き直ってデイブが口を開いた。
「さて、お前ら今宵は良くやった。死人が出なかったのはいい仕事だろう。だが、今回の一件はお前らの後輩の尻ぬぐいだ、報酬の話は依頼人に出せねえ」
デイブの言葉にOB達はそれぞれ頷く。
「その代わりと言っちゃなんだが、『黒血の剣』の今後のあり方についておれから冒険者ギルドに渡りを付けてやる」
なるほど、デイブはギルドの相談役として働きかけをするのか。
「ストリートチルドレンの受け皿のあり方も、今回の事例で課題があるってことになるだろう。悪いようにしねえから、お前らも後輩の面倒をよく見てやれ」
『応!』
OBたちはホッとした表情を浮かべ、口々に「ありがとうございやした!」などと叫びながらその場から散って行った。
「ああ、終わったねえ」
「全く、悪ガキ共のケツ拭きとかたまんねえよ」
ジャネットとジャニスが順に口を開く。
「それはそうとウィン、大活躍だったみたいじゃないか。ジャニスから聞いたよ、闇ギルドの実働部隊の二つ名持ちを討ち取ったんだって?」
「あー、“
ブリタニーに訊かれてそう応えると、デイブが告げる。
「後で死体の確認が入るだろうが、闇ギルドの二つ名持ちを殺ったなら別に賞金が出るぞ」
「そう?」
「どした? ボーナスなのに嬉しくねえのか?」
不思議そうな顔をしてジャニスがあたしに訊いた。
いやまあ、臨時収入は嬉しいといえばそうなんだけど。
「賞金はうれしいけど、人を斬っておいてお金を貰うってのが慣れて無いかなって」
あたしの顔を伺いながら、デイブが口を開く。
「今回敵を斬ったことについては、罪悪感とか良心の呵責は覚える必要はないぜ」
「…………自分でも呆れるくらい良心の呵責は無いのよ。でも、それが無いことに呵責を覚えるというか、モヤモヤするかな」
デイブの言葉にあたしはそう応えた。
そう、モヤモヤするのだ。
そんなあたしにデイブは落ち着いた声で告げる。
「今回斬った闇ギルドの連中は、上からの指示で暗殺、誘拐、監禁、拷問、虐殺、略奪なんかを行う直轄部隊だ。標的は、老若男女問わずにやらかす連中だ。やり口も汚ねえ」
闇ギルドって碌な連中じゃ無いんだな。
「――だから先のことを考えれば、お嬢が斬ったことで向こうの戦力が減って救われた連中が少なからず居るんだ」
「そう、なんだね」
「そうだ。おれたちは戦いに身を置く以上、人を斬ることもある。だが、斬ったことを後悔するよりも、斬ったことで何を得て何を護ったかを考えろ。そして、それが分かるような戦いをするべきだ」
そう言ってデイブはあたしの頭の上に手を置いた。
「……分かったわ」
あたしがそう言うと、デイブは頭を撫でてくれた。
その後あたし達はその場で解散し、気配を消して夜の王都に消えた。
窓から寮の自室に戻り、【
部屋着になってからあたしは勉強机の椅子にだらしなく座った。
身体的にはともかく、気分的に疲れたのだ。
「お茶かコーヒーか……、コーヒー淹れよう」
そう呟いて【
淹れたコーヒーを持って部屋に戻り、砂糖を入れて一口飲む。
その香ばしさと温かさで、頭が少しだけ回り始めた気がする。
「粉ミルクとかどこかで作って無いのかな。……サラに訊いてみよう」
そう呟いて何をするでもなくあたしはボケっとする。
今日の戦いで、あたしは人を殺した。
そのことに後悔は無い。
現代の日本ほど治安が良くて、法や警察組織がしっかりしているなら悩むところかも知れないけど、この世界はそうじゃ無い。
戦うことを決めた局面で、敵を斬ることに否は無い。
だからあたしはデイブたちに話したことは真実で、自分でも驚くほど良心の呵責が無い。
そして多分デイブが話したことも、彼が積み重ねた真実なんだと思う。
「何を得て、何を護ったか、か……」
悪ガキ共を護れたのは良かっただろう。
今夜の経験で、これから彼らは神官をキチンと目指すはずだ。
あたしが得たものは、取りあえず賞金か。
あとは冒険者ランクを放置しているけど、もしかしたらそろそろ変化があるかも知れない。
「あ、そうだ……」
何より今回の戦いで、自分のステータスに変化はあったのだろうか。
そう思ったあたしは【
【
名前: ウィン・ヒースアイル
種族: ハーフエンシェントドワーフ(先祖返り)
年齢: 10
役割:
耐久: 70
魔力: 170
力 : 80
知恵: 220
器用: 220
敏捷: 350
運 : 50
称号:
加護:
豊穣神の加護、薬神の加護、地神の加護、風神の加護、時神の加護、
薬神の巫女
スキル:
体術、短剣術、手斧術、弓術、罠術、二刀流、分析、身体強化、反射速度強化、思考加速、隠形、存在察知、痕跡察知、地形把握、危地察知、毒耐性、環境魔力制御、周天、無我、練神
戦闘技法:
固有スキル:
計算、瞬間記憶、並列思考、予感
魔法:
生活魔法(水生成、洗浄、照明、収納、状態、複写)
創造魔法(魔力検知、鑑定)
火魔法(熱感知)
水魔法(解毒、治癒)
地魔法(土操作、土感知、石つぶて、分離、回復)
風魔法(風操作、風感知、風の刃、風の盾、風のやまびこ、巻層の眼)
時魔法(加速、減速)
魔力と器用の値が多少伸びたか。
あとは『練神』とかいうスキルが発生しているな。
あたしは意識を集中させて、スキルの説明を確認する。
・練神:魔力溜まりを制御しやすくなる。
この説明も良く分からないので、『魔力溜まり』という箇所にさらに意識を集中する。
・魔力溜まり:魔力が溜まったところ。
どうしようコレ、説明がそのまま過ぎて使いどころが良く分からない。
一瞬悩んだあたしは、取りあえず
椅子にきちんと座り直して胸の前で指を組み、あたしは呼びかけた。
「ソフィエンタ、ちょっといいかしら?」
次の瞬間、気が付くとあたしは白い空間に立っていた。
目の前にはソフィエンタが立っているし、周囲は白い何もない空間だ。
あたしは神域に呼ばれたことを認識した。
「どうしたの? と言っても、スキルに関することでしょう?」
「良く分かったわね」
「あなたのことは大体観察してるしね」
そう告げるソフィエンタは、今日は拳法着を着て立っている。
太極拳とかする人が着るような奴だ。
「そのかっこうは何?」
「気分よ。――多少はスキルの説明に関係するけれど」
そう言って彼女は微笑んだ。
「そう? 把握しているなら話は早いわ。『練神』てどういうスキルなの?」
「そうね、口で説明するよりは実際に使ってみた方が早いわ」
ソフィエンタはそう言ってあたしを観察する。
「……スキルは今あたしが強制的に有効化したから、先ずはいつも通り内在魔力を循環させてみなさい」
あたしは言われるままに、
「その状態であなたが戦闘中にやったように、循環に意識を集中させなさい」
指示通りに行うと、頭の上から身体の中心軸にそって光の柱があたしを貫く。
「なんか光ってるんですけどっ?!」
「光らせてるのは、あたしが用意したただの強調表示よ。現実世界でこんな風に光ることは無いわ」
ああ良かった。
聖セデスルシス学園で会ったエディーみたいに光ったら、ヘンなあだ名を付けられそうだ。
「あなたの地球での記憶にヨガの記憶があるわね? チャクラの場所は分かるかしら」
「ええと、いきなりそんなことを言われても、……分かるけど」
本体と別れる前の前世の記憶で、地球でホットヨガに行った気がする。
確かそこで教わったのだったか。
「一番下の第一のチャクラに意識を集中なさい」
チャクラと言われても名前とか覚えて無いぞ、などと思いつつ意識を集中すると変化があった。
身体の中心軸の一番下で、会陰と呼ばれる場所に強い光点が現れた。
「その調子よ。そのまま次の第二から第七チャクラに順番に意識を集中なさい。この空間では時間は関係無いから丁寧に行いなさい」
「……分かったわよ」
そうしてあたしは自然体で立ったまま、体軸の七か所で光点が光る怪しい状態になった。
「いちおう確認だけどっ! 本当にこれ現実世界で光らないのよねっ?!」
「大丈夫よ。……そこまで心配すること無いじゃない」
そりゃ心配するだろ。
控えめに言ってもこれじゃあ人間クリスマスツリーだ。
「さて、これであなたはいつでも自力でチャクラを開くことができるようになりました。これがスキル『練神』の効果の一つよ。おめでとうウィン」
そう言ってニコニコとソフィエンタは笑っている。
一体何がおめでとうなのか分からないまま、あたしは光を出しつつ白い神域に立ち尽くしていた。
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