08.だが隙は生まれた


 聖セデスルシス学園の広場では、相変わらず戦闘が続いている。


 そんな中でもあたしは“黒の蟻地獄ブラックアントライオン”と名乗る、片手剣を両手持ちする男と相対していた。


 思考加速の中であたしは勝ち筋を計算する。


 王都で片手剣は竜芯流ドラゴンコアだし、両手剣なら竜征流ドラゴンビートだろう。


 前者は守勢で後者は攻勢の剣だが、剣が短い方が動かしやすくて防御に向き、長い方が重くて打撃力が高い。


 だが相手は闇ギルドの者で二つ名持ちであるから、我流の剣の可能性は高い。


 そういえばさっき斬り結んだときは、向こうが先に斬ってきた。


 動きが把握されていることもあたしは考慮する。


 月転流の気配遮断を読むということは、先日のクルトとの模擬戦のことを想起すれば魔力で察知しているという可能性は低い。


 ということは、空気の揺れや熱などで物理的な位置の変化を捉えているか、あたしが知らない魔力による察知を行っているかだ。


 ここまでの情報を整理すれば、“後の先”の剣を使うと考えるべきだろうか。


 世には『先の先』と『後の先』という言葉がある。


 あたしがこの世界で習った範囲でいえば、相手をどう誘導するのかを示した言葉だ。


 戦いの中で、自分が有利で相手が不利な状況に誘導する。


 その動き始めを敵より先に行うのが『先の先』で、敵より後に行うのが『後の先』だ。


 言い換えれば『先の誘導』と『後の誘導』だけど、後者はカウンター狙いが前提だろう。


 この“黒の蟻地獄”という男は、要するにあたしに攻撃させて空振りさせるか、あたしが不利な姿勢や体勢になるように受け止める。


 その上でズバッと斬り込んでくるのだろう。


 『蟻地獄』の二つ名はその辺りが元になったのかも知れないな。


 しかも名乗ったということは、そこまで読まれても勝つ自信があるということか。


 いいだろう、そういう積もりならあたしは防御ごと始原魔力で斬ってやる。


 あたしはまだ、ここで死ぬつもりは無いんだ。


 そこまで脳内で計算を働かせたうえで、内在魔力の循環を瞬間的に集中させ、属性魔力を走らせるあたしの得物――蒼月そうげつ蒼嘴そうしに始原魔力を全力で込めた。


 機を読んだわけでは無いだろうけれど、ここで状況が動く。


「……とっととぶった斬れっ!」


 あたしの背後からガラルと言ったか、悪ガキ共のリーダーが叫んだ瞬間に“黒の蟻地獄”が「ぐふふふふ」と不自然に笑い始める。


 『笑い杖』を使ったのだろうが、それでも敵は笑いながらも崩れることは無い。


 だが隙は生まれた。


 あたしは一足で間合いを詰め、始原魔力を込めて左右から袈裟斬りに四閃月冥しせんつくよみを放ちながら駆け抜けた。


 周囲の気配を探りつつ、あたしは“黒の蟻地獄”の方に向き直る。


「お前と戦えて、良かった、八重睡蓮やえすいれん


 含み笑いをしながらそう告げた“黒の蟻地獄”の真意はどこにあったのか。


 少なくともそいつはそう告げた。


「そう……」


 あたしは応えた後に残敵の対処に向かった。


 背後で“黒の蟻地獄”だったものが崩れる音がして、敵の気配が一つ消えた。




 そこからの戦闘は数分で完了した。


 法衣を着ていた連中は全員が剣を使ってきた。


 あたしが最初に首とかを斬り落とした奴も、服の下に片手剣を装備していた。


「剣を使ってる時点で国教会の連中じゃねえよ。奴らの実働部隊なら武器は戦棍メイスと盾か、素手で格闘を使う筈だ」


「ちょっとジャニス! あなた【回復ヒール】使えないの?!」


 呑気な声で意見を述べつつ、闇ギルドの死体を確認しているジャニスにあたしは叫んだ。


「ごめんお嬢、あーしは魔法は苦手なんだ。【治癒キュア】なら何とかだけど……」


「私も苦手かな。普段は治療薬ポーションとか使うよね?」


 仕出し屋の娘さんが人差し指で自分の頬を掻きながらそんなことを言った。


「ごめんなさい、【治癒キュア】のは持ち合わせがあるけど、【回復ヒール】の治療薬は今日は持ってないのよ……」


 食堂の奥さんも腕組みして呟く。


 月輪旅団て傭兵団だろうに、護衛任務での治療の方針とかどうなってるんだよ。


 そんな雑念を浮かべながら、あたしはひざまずいてオールバックのゲイリーに【回復ヒール】を掛けている。


 掛けているのだが、ちょっとヤバいかも知れない。


 戦闘時に刺されたうえに、追撃でダメージを貰ったところが多分肝臓だ。


 出血性ショックを起こしたのか、全身の肌の色が悪い。


 内臓の血管が大きく壊されてるから、【治癒キュア】だと間に合わない。


『アニキッ! アニキッ! 頑張れっ! いま助けを呼んでるから、死ぬなっ!』


 黒血の剣こっけつのつるぎの悪ガキ共が周囲を囲み、声を掛け続けている。


 魔力がいつも通りなら、あたしの覚えたての非効率な【回復ヒール】でも何とかなったかも知れない。


 でも全力戦闘をした上に、裂傷だらけだった鼻ピアスのケムと耳ピアスのガスを大急ぎで【治癒キュア】で止血して、聖セデスルシス学園の管理棟と寮にそれぞれ走らせた。


 ジャニスとか仕出し屋の娘さんや食堂の奥さんが行けば早いのかも知れないけど、万一そのタイミングで闇ギルドがもう一度攻めて来たら今度こそ護り切れないかも知れない。


「……ゲイリーのアニキ、もう抜けたあんたが死ぬこたねえだろ。……おれが頭だ。……おれが代わりに死ねば良かったんだ」


 地面に横向けに寝かせたゲイリーの手を握りながら、ガラルがそんなことを言う。


「ばか、やろう……。しぬの、にも、じゅんばん、あっだろ……。ぎょ、れつに、わりこむ、じゃねえ、よ……。わる、がき……」


 声が聴こえていたのか、冷や汗を浮かべながらガクガクと震えつつ、ゲイリーは言葉を絞り出した。


「……悪ガキでごめんよ、アニキ。でもおれ、学園で勉強して、立派な神官になる……!」


「いいじゃ、ねえか……。しんかん…………。うらま、ちの、くずも、たすけ、て、やれよ…………」


 横になって震えていたゲイリーだったが、次第に震えが収まり脱力していく。


 肌の色は外灯でもわかるほど真っ白だ。


「あー、いよいよやべえか? ……おい悪ガキ共! こいつに声を掛け続けろ!」


 ジャニスが冷静な様子でそう叫ぶ。


『アニキッ! アニキッ! ゲイリーッ!』


 ダメだ、クソ、あたしの魔力がもう持たない。


 そう考え始めた時、妙な気配が凄まじい速度で移動してくることに気づいた。




「ジャニス!」


「分かってる。集団でこっちに向かってるのは多分方角から言って寮から来てる奴らだろ。だがもう一つはすげー速さだな。……あーしたちよりも速くね?」


「え?」


 あたしが魔法を掛けながらジャニスに声を掛けた直後、「うおおおおおー!」と叫ぶ男の声が聞こえたと思ったら数秒であたし達のところに法衣を着た男性が現れた。


 先程までの闇ギルドの襲撃があったから、ジャニスたちが油断なく視線を送るが、その男性は特徴的な姿をしている。


 頭には毛が無いスキンヘッドで、額にはどこかで見たことがある様な四つ巴のマークが描かれ、何より特徴的なのは白い光でうっすらと全身が輝いていた。


 彼が法衣を着ていなければ、夜に遭ったら不審者に見えるかも知れない。


「あんたは誰だ?」


 ジャニスが少々毒気を抜かれた顔で問う。


「私は宿直をしていた学園の者だ! 名はエディー・ウッドワードという! それよりも、重体の者が居ると聞いて光魔法で強化して走ってきた! ――よし! 彼だな! 任せたまえ!!」


 あたしを含めてその場に居た全員が呆気に取られる中、エディーは右手の平をゲイリーに向けた。


 次の瞬間無詠唱を使ったのか、突然ゲイリーの全身が夜の闇の中で強い白色の光に包まれた。


「よーし間に合ったな! 【復調リカバリー】を掛けておいた。肉体的には問題無い筈だ!」


 あたしは以前プリシラから、【復調リカバリー】という魔法が光属性魔法にあると聞いたことがある。


 生命体にのみ効果がある魔法で、部位欠損も治せる上に範囲使用でも必要魔力量が非常に少ないそうだ。


 とても優秀な魔法だが、加護を持っていても習得難易度がとても高いという話だった筈だ。


「おいおい、……助かったのか? 俺ぁ……」


 そう呟きながら閉じていた目を開け、ゲイリーが身体を起こす。


 足を延ばして地面に座った状態で、自身の背中を手で撫でたりしながら異常が無いことを確認していた。


『アニキッ!』


「お前ら、心配かけたな……っとそれより」


 そう言ってゲイリーはその場に立ち上がり、直角に腰を追ってエディーに頭を下げた。


「神官さん、こんな夜分に済まねえ! 本当に助かった! ありがとうございました!」


『神官さん! ありがとうございました!』


 悪ガキ共はゲイリーにならってエディーに頭を下げた。


「はっはっは。頭を上げなさい。君が今日助かったのは光魔法のお陰だが、これは光神様のお力のお陰だ。もし私への感謝を少しでも覚えたのなら、その気持ちは全て光神様に捧げて欲しい」


 エディーはさわやかな笑顔でそう告げた。


「分かったぜ、神官様。俺は剣に懸けて、今日この夜のことを忘れない」


 ゲイリーは何かを決めたような目をして、エディーに応えた。


 その言葉に嬉しそうな表情を浮かべ、エディーは何度も頷いていた。


 ちなみに後日ジャニスから聞いたのだが、ゲイリーはこれを契機に髪型をオールバックからスキンヘッドに変えたそうだ。


 さすがに四つ巴のタトゥーやペインティングは入れなかったみたいだが。


 ともあれ、しばらくすると寮の方から制服を着た学生の集団が来て、同じタイミングで月輪旅団うちの仲間や『黒血の剣』OBたちも大講堂前の広場に姿を見せた。


 学生たちの取りまとめ役が仕切って整列させたところに、エディーが待機するよう告げるとそのまま直立不動で学生たちは待った。


 学生たちの仲間への指示の声を聞く限りでは、この場に居るのは高等部の三年生の戦える者だけのようだ。


 エディーから説明があり、鼻ピアスのケムと耳ピアスのガスは他の職員によって保健室に連れて行かれたとのこと。


「八重睡蓮、話は聞いた。あんたにも世話になった。仲間や後輩たちのことも含め、俺自身も助けられた。ありがとうよ」


 ケムとガスの話が出たタイミングで、ゲイリーがあたしに頭を下げてきた。


 月輪旅団のみんなが来たタイミングで気配遮断は完全に切っていたので、直ぐにあたしが目に入ったようだ。


「あなたが生き延びたのは半分は運よ。もう半分は身体の頑丈さかしら。……あたしも修業中の身だけど、あなたはもう少し剣を練習した方がいいわ。デイブに相談して」


「そうだな、そうするぜ」


 そんな話をした。


 程なく管理棟から来たらしい数名の神官たちが現れ、ブリタニーに正しい符丁を告げてから悪ガキたちの引き渡しが完了した。


 神官の一人が生徒に向かって『新しい仲間を迎えたので拍手するように』と告げる。


 すると気を付けで待機していた学生たちは、一斉に拍手を始めてから『止め』という号令で気を付けに戻っていた。


 あたし的には学校が変わると、ずい分雰囲気が変わるんだなと思いつつ観察していた。


 聖セデスルシス学園を語るとき“躾け”という単語が出るようだ。


 だが個人的には、ミスティモントで見た聖塩騎士団よりも軍隊みたいだと思ったのは内緒である。

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