07.見えているのね


 ブリタニー達が先導する一行が聖セデスルシス学園の正門前に辿り着くと、武装した集団が待ち受けていた。


「なんだ、ガキ共が居ねえじゃねえか。後から来るのか裏門に回らせたのか……」


 武装集団を束ねる者か、あるいは切り込みを担当する者か、大剣を抜いて待機していた男が口を開いた。


「お前らは闇ギルドの手勢かい?」


 ブリタニーが冷ややかに問う。


「そうだと言ったらどうする? お前らには用はねえからとっとと切り刻ん……」


 大剣の男が喋ったのはそこまでだった。


 気配を消していたデイブが斬撃を放ち、大剣の男の頭部が斜めに切断された。


「戦闘開始!」


『応!』


 ブリタニーが叫ぶとその場に潜んでいた月輪旅団の者や、クラン『黒血の剣こっけつのつるぎ』のOBが攻撃を開始した。


 だが闇ギルドの部隊も手練れが集まっていたのか、正門前の戦闘は次第に激しさを増していった。


 デイブとブリタニーが正門前で戦闘を始めたころ、マルゴーとジャネットに率いられた一行は聖セデスルシス学園の裏門付近に辿り着いていた。


 裏門前の通りはそれなりに幅がある道だが、夜も遅いゆえか辺りに人影は無かった。


 だがマルゴーが突然声を上げる。


「全員止まりな! ――ねえあんた達、それで隠れてるつもりかい? “闇”ギルドも名前負けかねえ、闇に紛れられて無いみたいじゃないか」


 マルゴーは妖しい笑みを浮かべつつ手にしていたグレイブを肩に担ぎ、路上に向かって話しかける。


 だがその言葉に反応する者は無い。


「自己紹介をしよう、ワタシは臓姫はらわたひめだ。二つ名の由来は――」


 次の瞬間マルゴーは瞬間移動したかのように一足で動き、グレイブを薙ぎ払っていた。


 彼女の傍らでは、立ったまま上半身と下半身を斬り分けられた者が、身体を分離させながら路上に倒れ込んだ。


「御覧の通りだ。さて、自己紹介が聴こえないようなら、もっと念入りにしてやろうかい? 特別サービスだ、お代は要らないよ――ただ死にな」


 その直後に気配を消していた闇ギルドの者が、三人同時にマルゴーに斬りかかった。


 それを労せず往なすのを目の当たりにしながらジャネットが叫ぶ。


「戦闘開始だよ!」


『応!』


 そこからは乱戦になり、次第に戦闘は激しさを増していった。




 あたしたちはすでに聖セデスルシス学園の敷地内に居る。


 位置的には正門と裏門のあいだ、適当な生垣を切り分けて入口を作り中に分け入った。


 マルゴーと合流した後にデイブの判断で待ち伏せがあると想定した。


 途中まで裏門に向かう一行と同行し、適当なところで敷地に押し入ったのだ。


 メンバーはクラン『黒血の剣こっけつのつるぎ』の悪ガキたちと、OBのオールバックと鼻ピアスと耳ピアスの三名。


 それに加えてあたしとジャニス、そして食堂の奥さんと仕出し屋の娘さんだ。


 構内に入ったまでは良かったものの、流石に普段訪れる機会もほぼ無いためか気配を探りながら案内板を探す。


 先導はジャニスと食堂の奥さんで、あたしと仕出し屋の娘さんは気配を消していた。


 王立ルークスケイル記念学院に比べて単科ゆえか狭い敷地が幸いした。


 講義棟らしき建物に近づくと案内板が見つかったのだ。


「おーし、管理棟と寮の場所は分かった。まずは職員が居そうな管理棟に向かうぞ」


「……分かった」


 ジャニスの言葉にガラルが頷き、その他の一行も同意する。


 そのまま悪ガキ共を含めた一団が学園構内を移動するが、途中の大講堂前の広場に法衣を着た者たちが数名集まって何かを話し込んでいた。


 この学園の関係者だろうか、今から隠れるにはあたし達はともかく悪ガキ共は隠せない。


「どうするあれ?」


「仕方ないわ。まず油断せず話してみましょう」


 先導するジャニスたちがそう話しつつ進むことを決め、あたし達は彼らに近づいた。


 そのまま進み、地球換算で十メートル程の距離になったところで向こうから声を掛けてきた。


「こんばんは、皆さんは『神学に素養がある子供達』とその護衛の方々ですね?」


「そうだが、あんたらは?」


 法衣を着た男性に問われ、ジャニスが応じた。


「ああ良かった。本部から連絡があって皆さんを待っていたんです。正門と裏門の前で激しい戦闘が起きていまして、どう迎えに行くものか話し合っていたんですよ」


「ふーんそうか。…………こんな時間に悪かったな」


「いえいえ、この学園で学ぶ子供たちは等しく神々の愛し子です。教員たる我々は神官ですから、迎え入れることも神々に応えることなので」


 法衣の男性はそう告げて張り付けたような笑みを浮かべた。


「神々に応える、、、ねえ。……まあいいさ。ところでガキ共を引き渡すにあたって、符丁を決めてあったと思うんだが?」


「符丁、ですか?」


 ジャニスの問いに法衣の男性が一瞬考えこむ。


「……口にしなければ駄目ですかね、アレ?」


「そうだな、符丁だからな」


 男性は少し困ったように笑みを浮かべながら、口を開く。


「分かりました……コホン。『教皇猊下はモフモフラー』、ですね。宜しいですか?」


「ああ、宜しいぜ?」


「ああ、良かった。何回もこんな言葉を言うのも猊下に不敬ですし、何より少々気恥ずかしいですからね?」


「そうか? ……これで終わりだな?」


 ジャニスはそう応じて不敵に微笑む。


「ええ。こんな符丁にするなんて、ちょっとした悪意を感じますよ」


 安心したのか、法衣の男性は再び張り付けたような笑みを浮かべた。


 よく分かった。


 こいつらは敵だ。


 あたしの脳がそう認識した瞬間には、死角から斬撃を繰り出していた。




 ウィンは気配を消した状態から迷わず月転流ムーンフェイズの絶技・月爻げっこうを放つ。


 静黙に放たれた彼女の斬撃は、あっけなく法衣の男の左足以外の四肢と首を斬り落とした。


 デイブが王立国教会と決めていた符丁は二つあった。


 一つは法衣の男が告げた言葉であり、これは国教会の内部の者が伝達した。


 これとは別に『訂正版』として決められた符丁がもう一つある。


 それは『神々のいと高き座に光輝在り』というものだった。


 月輪旅団の偵察担当の者がデイブから聞き、学園の警備担当の責任者に直接会って伝えた。


「正しい符丁はな、もうちっとマシな言葉なんだよ。――戦闘開始だ!」


 ジャニスはそう叫んで悪ガキ共を護る位置に移動した。


 そもそも連中はジャニスに問われてから自己紹介で名を名乗らなかった。


 加えて『神々に応える』と言ったが、王都の神官なら『お応えさせて頂く』など無駄にへりくだった言葉を使うだろう。


 ウィンの手で一人が葬られた直後に、後ろに控えていた男たちが一斉に抜剣した。


 敵の数はこの時点で八。


 だが直後に、ウィン同様姿を消していた仕出し屋の娘が死帛澪月しはくれいげつで二人を刺殺した。


 敵数は六になったが、三人ずつジャニスと食堂の嫁に襲い掛かった。


 直ぐにウィンと仕出し屋の娘が加勢しようとするも、直後に物陰から気配が現れてゲイリー達『黒血の剣』の一行に迫る。


「敵が四人増えた! 魔道具で隠れてたようだ!」


 そう叫びながらジャニスは一人刺殺した。


 この時点で敵数は九。


 直前まで気配が隠されていた上に、移動によってそれが破られたことから、ジャニスはそう判断した。


「上等だごるらあああああ!」


「やっらせるかよおおおおお!」


「っそがあああああ!」


 ゲイリーとケムとガスが半ば勢いだけで肉壁になるつもりで武器を構え、守勢で敵の増援に対処する。


 だが人質にでもしようとしたのか、敵の増援の一人がゲイリー達を避けて悪ガキの一人に手を伸ばした。


「させっかよおおおおお!」


 必死にゲイリーが相対していた一人の攻撃を往なし、反射的にそちらに向かおうとして隙が出来た。


 そこをゲイリーは後ろから刺され、たたらを踏んだところで手にしていた片手剣を悪ガキに迫った敵に投げつけた。


 片手剣を投げつけられた敵が一瞬それを避けたところ隙が出来、気配を消していたウィンが四閃月冥しせんつくよみの裏を連続で放った。


 悪ガキに迫っていた敵は両腕を肩から落とす。


 それと同時にゲイリーを刺した敵が、彼に更に一撃入れてからウィンに斬り込んだ。


 ウィンは片手で四閃月冥しせんつくよみの裏を放ち、両腕を失って立ち尽くしていた敵の首を落とす。


 敵の残数は八になった。


 それと同時にウィンは円の動きで移動しながら自身に迫っていた敵の斬撃を往なし、距離を取りながら四閃月冥しせんつくよみを放った。


 だがウィンに斬りかかった敵はそれを弾き、硬質な金属音が響いた。




 あたしは斬り結んだ敵を、思考加速の中で注意深く観察する。


 乱戦になってしまったが、今のところ倒れた味方は生死不明なオールバックだけだ。


 努めて意識を冷静にする。


 『隠形』と『無我』のスキルを使ったうえで気配を消しているが、こちらの構えを少し動かすだけでもそれに対応して目の前の敵は剣の位置を変えている。


「見えているのね」


 戦いの中で相手にそう問うと、意外にも応えがある。


「見事な手並みだ。名は何という、月転流」


「…………八重睡蓮やえすいれん


「そうか。俺は“黒の蟻地獄ブラックアントライオン”だ」


「物々しいわね」


「名付けたのは俺じゃねえさ」


「あたしもよ」


「そうだな」


 言葉を交わしながら相手を観察する。


 相手が特徴的なのは、柄が長い片手剣を両手で使っているところか。

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