06.ちょっとした自己紹介さ


 王都の貧民街の一角は冒険者が溢れていた。


 クラン『黒血の剣こっけつのつるぎ』の拠点の前だ。


 ブリタニーとジャネットがクランの悪ガキ共を先導して表に出ると、周辺は騒がしくなった。


「ゲイリー! どういうことだ? 国教会に殴り込みすんのかよ?」


 ブリタニーたちの姿を伺いつつ、強面の冒険者の一人がオールバックのゲイリーに声を掛ける。


「俺達はデイブの、相談役の描いた絵に乗ることにした! 今からこいつらを学生として王立国教会に引き取ってもらうことにした!」


 冒険者ギルドの相談役であるデイブの名が出たことで、冒険者の多くは落ち着いた表情を見せた。


「そりゃ罠だろ! どういう絵か分からねえから怪しすぎだ! いま警戒するのは王立国教会の動きだ! 浮足立ってどうする、だいたい――」


 槍を担いでいた強面の冒険者が何やら叫んでいたが、音もなくその場で斬り捨てられる。


 気配もなく斬撃が出されたようで、すでにこと切れていた。


「闇ギルドが動いている! 協力するって言って来てくれた連中の中に混ざってるぞ! 新顔の連中には警戒しろ! OBで固まって陣を作れ!」


 ケムが鼻ピアスを閃かせながら叫んだ。


 その言葉で『黒血の剣』のOB達は周囲を見渡し、見知った者たちで密集陣形を作り始める。


 すると『黒血の剣』を護るようにOBが集まった陣形を囲むように、武装した冒険者が残った。


 人数にすると三倍以上居るだろうか。


 状況の変化に戸惑った表情を浮かべる者も混じっては居るが、その多くが表情を消して武器を構えている。


「いいねえ、分かりやすくなったじゃないか」


 ジャネットがそう告げると、ブリタニーが口を開く。


「善意でここに来てる協力者は直ぐに撤退しな! 残った奴は闇ギルドの連中とみなす!」


 そう叫ぶと何人かが慌ててその場から逃げ去った。


 場に緊張が満ち、誰もがその場で戦闘が起こる気配を感じ取っていたが、そこでブリタニーが自らの仲間、、、、、たちに一言叫んだ。


「始めな!」


 次の瞬間死の円が路上に満ちた。


 月転流ムーンフェイズ皆伝者たちが同時に奥義・月転陣げってんじんを放ったのだ。


 属性魔力を込められた無慈悲な回転運動は、立ちはだかった闇ギルドの者を切り分けて行った。


 一息の間に成された奥義の発動によって立ったまま切り分けられた敵は、重力の働きによってヒトの形を崩しながら地面に転がった。


「…………すげえ」


 思わずガラルが呻く。


 だがそれは、数十人からの敵が一瞬で血と肉に変わったのを目の当たりにした、『黒血の剣』関係者の実感だっただろう。


「まあ、月輪旅団うちの敵になるには一桁少なかったみたいだね」


 ジャネットがポツリとそんなことを告げた。


「さあボケっとしてないで移動するよ! 目的地は聖セデスルシス学園だ!」


 ブリタニーがそう叫ぶと、その場の者は移動を始めた。




 あたしが気配を消して駆けていると、『黒血の剣』関係者や月輪旅団の仲間以外の気配が距離を取って追走していることに気づいた。


 気配の消し方の感じから、王国の暗部の人たちが情報集めで来ているのだとあたしは判断した。


「どうしようかな……。まずはブリタニーに相談よね」


 あたしは気配を消したままブリタニーの傍らに向かい、小声で話しかける。


「ねえ、多分だけど暗部の人たちが追っかけてきてると思うわ」


「そうか? よく気付いたね。デイブに相談しな」


「分かった。ちょっと離れる」


 そう言ってからあたしはデイブの気配を探す。


 相変わらず読み辛い気配の消し方をしているが何とか特定して、あたしはデイブの傍らに立つ。


「ねえ、たぶん暗部が追走してる。ブリタニーに話したらデイブに相談しろって」


「そうか。……今回は根回しする時間が無かったんだよなー。どうするかな」


 あたしが小声で話しかけるとデイブは何やら考え始めた。


「表向きには『神学に素養がある子供の保護』なんでしょ? もう説明しちゃった方が余計な横やりは無くなるんじゃないのかしら?」


「うーん、ちょいと雑だがそれで行くか。お嬢、『八重睡蓮やえすいれん』を名乗ってそう説明してきてくれ。ついでに衛兵にも連絡が行くように頼むだけ頼んでくれ」


「えー? ……あたしが行くのはいいけど、二つ名で自己紹介するの?」


「一番話が早いぞ」


「分かったわよ……」


 あたしはため息をつきながらデイブから離れた。


 念入りに気配を消したあたしは目的の追走者たちの一人に近づく。


 そしてできるだけ刺激しないように小声で声を掛けた。


「すみませーん、あたし八重睡蓮と申しますけど、暗部の方ですよね? ちょっとお話いいですか?」


 一瞬ぎょっとした表情を返されるが、話しかけた女性には敵とはみなされなかったようだ。


「噂の八重睡蓮さんね、こんばんは。……なるほど、これは月輪旅団の作戦中ですか」


 どんな噂なのか微妙に気になるが、とりあえず今はスルーする。


「そうです。代表の青松ブルーパインが相談する時間が無くて済みませんでした。王立国教会の仕事で動いてます」


「そうでしたか。どんなお仕事ですか?」


「『神学に素養がある子供の保護』ということになっています」


「なるほど、なっている、、、、、んですね」


「そうなんですよ。色々ギリギリで済みません」


「いいえー。分かりました、そういうことなら国教会にはこちらから照会します」


「ホントにお手数かけてすみません」


「いえいえー」


「あと、もし可能だったらでいいんですけど」


「どうしました?」


「できれば衛兵さんに情報だけでも流してくれませんかね。いまちょっと闇ギルドに狙われてるんですよ」


「あらあらー、大変ですね。確約は出来かねますけど、善処しますね」


「それで結構です。とつぜん失礼しました」


「いえいえー。お気をつけて」


 そんな感じで話を済ませた。


 微妙に市場とかでの会話のノリになった気がするが気にするまい。


 あたしが距離を取ってデイブのところに向かうタイミングで、追跡者が一人外れてどこかに向かった。


 いい対応をしてくれるように願うことにする。


 あたしはデイブに並走して報告を行ってから、ブリタニーのところに戻った。




 貧民街を抜け、あたしたちに護衛された一団は花街の外れに差し掛かった。


 すると道すがら、気配を隠そうともせずにあたしたちの前に数名が立ちふさがる。


 いちおう敵意などは感じられないし、その中の一人は花街の顔役の一人だったこともありあたし達はその場で足を止めた。


「あんたたち、こんばんは。こんな夜中にかけっこかい?」


 妖しい笑みを浮かべてそう話しかけてきたのは、娼館・茉莉花の羽衣まつりかのはごろもを経営するマルゴーだった。


「ようマルゴー、ちょっと鬼ごっこをしててね。セデスルシス学園まで行くところさ」


 ジャネットがマルゴーに応じるが、ブリタニーはじとっとした目でマルゴーを睨んでいる。


「なかなか鬼さんたちが面倒そうな連中じゃないか。今なら格安で手を貸すよ? 何なら――」


 そこまで言ってからマルゴーは気配を消していたデイブの所まで歩き、自然な所作で頬に触れる。


「あんたが遊びに来てくれるだけでもいいんだよ?」


「マルゴー……」


 デイブが困った顔を浮かべてマルゴーの視線を受け止めるが、その直後に二人の傍らに瞬間移動でもしてきたかのようにブリタニーが現れる。


 そしてブリタニーは、マルゴーが伸ばしていた手をむんずと握りしめるとデイブの頬から剥がした。


「ヒトの旦那を嫁の前でナニに誘ってやがるんだい?! この白髪ババアが!」


「マルゴー、ふざけてるならまた今度にしてくれ。今はちょっと立て込んでる」


「全く、嫁がこんなにアレな奴なのに義理堅いねえ……まあいいさ。手助けしてやろうってのは本当だよ?」


 そう応えてマルゴーは再び妖しく笑う。


「どういうつもりだ?」


「なに、大した話じゃ無い。ちょっとした自己紹介さ?」


「自己紹介?」


「収穫祭の時に人攫いを捕まえただろ。どうやらそいつらは南のフサルーナ王国で闇ギルドが斡旋した仕事だったらしくてね」


 そこまで告げてからマルゴーはデイブとブリタニーを交互に見やる。


 話はあたしにも聞こえてくるが、これってカレンを攫った連中の話だろう。


「ちょいと闇ギルドの連中に自己紹介をしておきたいだけさ。ねぇ、ダメかい?」


 そこまで聞いた段階で、ブリタニーはマルゴーの手を放していた。


「お前が満足するようなのが出てくるかは分からねえぞ」


 デイブがそう告げるが、マルゴーの笑みが崩れることは無い。


「デイブ、あんたの仲間に直ぐ確認しな。王都の南部でいま、衛兵を集めるような騒動が数か所で起きてる筈だよ。同時に、怪しい連中がセデスルシス学園の付近に集結しつつあるようだ」


 その話を聞いてデイブは直ぐに月輪旅団の仲間に魔法で連絡を取った。


 どうやら直ぐに確認が取れたようだ。


「――うちの偵察の連中が情報を集めてたところだったようだ。学園前で仕掛けて来るみたいだな。規模はいま確認できるだけで二十人てところらしい」


「ほらね。手が多いのはあんたたちにも助かるだろ?」


 ねだる様なマルゴーの言葉にデイブはため息をつく。


「分かった。――だが、おれたちの指示に従ってもらう。今回の勝利条件は『黒血の剣』をセデスルシス学園の敷地に連れて行くことだ。あと、おれは必要な時以外は気配を消している」


「やった! デイブ! あんたはやっぱり度量が大きいよ! うーんっおっきいっ!」


 艶っぽい声でそう言ってマルゴーはデイブに抱き着くが、すぐにブリタニーから罵声を浴びてメリメリっと剥がされていた。


 ともあれ彼女は腕は確かそうなので、安心材料が増えたとあたしは考えることにした。

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