05.雑草と同じだよ
王都ディンルークの西にある
夜も遅く闘技場が営業する時間はとうに過ぎて、辺りには人影は無い。
「おし、みんな居るな。フォーメーションの確認をする。まず護衛組はブリタニーがリーダーで補佐はジャネットだ。女の方がガキ共も多少は安心するだろう、護衛の間お前らは姿を見せておいてやれ」
『了解』
「ウィンとジャニス、お前らはそれぞれブリタニーとジャネットのバックアップだ。基本は姿を隠せ」
『分かった』
「次に戦闘組だ。俺が居る組は基本護衛組に張り付く。それ以外のメンツだが――」
デイブはみんなに陣形の説明をした。
護衛組を中央として、デイブの組がそれに随行する。
残りの三組ある
護衛対象を三角形で囲む形だ。
「おし、じゃあ三分待つ。最後の準備をしてくれ」
『了解』
ここに来るまで、あたしは作戦中ステータスの“役割”をどれにするかで少し迷った。
キャリル達とダンジョンに行く時と異なり、今回は月輪旅団で動く。
周囲の警戒に関してはみんなも
あたしはブリタニーのバックアップだから、戦うことをメインで考えておけば取りあえず問題は無い。
ただ、ずっと気配を消しておくなら『無我』スキルを有効に使えるようにした方がいいだろうか。
そこまで考えて、“役割”は『気法師』に変えておいた。
武装に関しては既に済んでいるし、あたしは準備を完了していた。
みんなを見渡すが、それぞれに自然体で佇んでいて気負いも熱も感じられない。
今回のことも数ある仕事の一つに過ぎないと思っているのかも知れなかった。
「時間だ、ガキ共を回収しに行く」
『応』
そしてあたしたちは気配を消し公園を後にした。
王都西にある貧民街には今宵、普段見ない数の冒険者の姿があった。
全員が防具を身に纏っており、その多くが強面で既に武器を抜いたまま周囲を警戒している。
まるで拠点防衛を行うかのように道を各所で塞ぎ、外敵を警戒しているようだった。
そして彼らがたむろする区域の中心に、クラン『
このクランは構成員が未成人であるため、王都裏社会の『子供に手を出すな』のルールの適用外の集団であり、同年代の子供を標的にする暴力行為を黙認されている。
いちおう殺しはクラン内でご法度にしているが、強盗や傷害、窃盗などは証拠を残さなければ許容している。
その悪ガキ共の集団も、いまは護られる側だった。
「……ゲイリーのアニキ、済まねえ。こんなことになるたぁ思ってなかったんだ」
悪ガキ共のリーダーであるガラルは床に視線を落としたまま、髪をオールバックにしている青年に声を掛けた。
ゲイリーと呼ばれた青年は粗野な印象を与える顔つきをしているが、今は冷静そうにガラルを見やっていた。
「いつまでイジけてるんだガラル。手前は“黒血”のリーダーだ、鉄火場でも胸を張れや」
「そうだぜ。過ぎたことは仕方ねえさ」
「おれらだけじゃなくて、他のOBも来てくれたしギルドの冒険者が何人も手伝いで来てくれてんだ。もし“人狩り神官”が出てきてもいきなり肉にされるこたねえだろうよ」
オールバックのゲイリーや、その近くにいる鼻ピアスのケム、そして耳ピアスのガスが順に声を掛ける。
彼らは黒血の剣を退団した者たちで、後輩たちが王立国教会の機密情報を盗んでしまったことを知り駆け付けたのだ。
「……アニキたち……済まねえ」
ガラルは顔を上げてゲイリーたちを見やり、拠点内に視線を向ける。
本来の持ち主にどういう使われ方をしていたのか、彼らが拠点にしている建物は倉庫ほどの大きさがあるが酷く痛んでいる。
その廃屋然とした建物の中にはガラルの仲間全員の他に、ゲイリーたち冒険者の姿があった。
「……そうだな、下向いちゃダメだよな」
「それで、このあとどうするんだお前ら?」
直前まで誰も居なかった場所に三人の男女の姿がある。
そのうちの一人がガラルたちに問うた。
「相談役?! あんたも来てくれたのか?!」
「そうか、お前らもここのOBか」
相談役と声を掛けられたのはデイブだった。
その傍らにはブリタニーとジャネットの姿がある。
「すまねえな。この建物はドアが付いてねえからそのまま入ってきた」
そう言ってデイブは親指で入口の方を示すが、その戸口にはドアは付いていなかった。
「……相談役、すまねえ」
デイブが冒険者ギルドの相談役だと知っていたガラルは、絞り出すようにそう告げた。
「やっちまったもんは仕方がねえさ。それで、さっきも訊いたがこの後どうするか案はあるか?」
「……集まってくれたアニキたちと話したんだ。先ずは守りを固める。国教会が攻めてくるだろうからそれを防いで、向こうに面倒だなと思わせたところで交渉に行く」
それを聞いてデイブが表情を変えずに口を開く。
「話にならん。そもそも情報は集めたのか? いつも言ってるだろ? ――まあいい」
デイブは拠点内を見渡してから告げる。
「『黒血の剣』の現メンバー十四名は全員ここにいるな?」
「……ああ」
「よし、説明する。詳細は省くが、おれが王立国教会と渡りをつけた。十四名全員を国教会が運営する聖セデスルシス学園に学生として引き取らせる」
「……え?」
「条件はブツの引き渡しと身柄の引き渡しだ。お前らはそのまま卒業するまで奨学生扱いで、卒業後は国教会で働くことになる」
デイブの話に『黒血の剣』関係者は全員半信半疑で聞き入る。
「……もしおれたちが断ったら?」
「可能性は三つ。一つ目は闇ギルドが出てきて全員嬲り殺し。二つ目は衛兵に捕まったうえで牢屋の中で闇ギルドが全員嬲り殺し。三つめは王立国教会の実働部隊が来て安楽死、このどれかだろ」
「相談役! 闇ギルドってどういうことっすか?!」
ゲイリーが必死の形相でデイブに詰め寄る。
「おまえらの後輩が盗んじまったもんは、それだけのブツだってことだ。闇ギルドがブツを入手したあとガキ共から情報を吸いだして、口封じをするだろうってことさ」
「……情報って、……おれ達、中身のことは何も知らないんだ」
「そう言って聞いてもらえる段階は、もう終わってるのさ。どう言っても言い訳扱いだ。生き残る道はひとつ、王立国教会の身内になるしかねえ」
デイブから話を聞き、ガラルは立ったまま目を閉じて考え込む。
それを見ながらデイブがさらに告げる。
「勉強は大変だろうが、食い扶持には困らなくなるだろう。逃げ道が無いのは同情するが、自業自得だな。おれは破格の条件だと思う」
ガラルは目を開けて、クランの仲間たちを見やる。
それぞれ、リーダーであるガラルを信頼している視線を向けていた。
「……おれ達にできるっすかね? 神官とか……」
「お前ら次第、と言いたいところだが、裏町でその歳まで生き延びたんだ。いい神官になれるだろうさ」
そう言ってデイブは微笑む。
「…………分かったっす。相談役、おれ達を国教会に受け渡して下さい」
「おし、請け負った「ちょっと待てえええ!」」
その時、拠点内に居た一人の冒険者が大きな声を出した。
「ちょっと待て! そんな旨い話がある訳ねえだろ! 闇ギルド? そんなもんよりも教会の“人狩り”のがヤベえだろっ!」
小振りな盾と
「良く考えろ? 相談役だか何だか知らねえが、いまは守りを固めて生き残ることを考えるべきだ! 戦いには流れがある! それを読まない限り行きつくのは墓の下だ――」
何やら大きな声で戦棍の男が主張を叫んでいる。
「誰だあいつは?」
「あれは確か、冒険者ギルドで事情を聞いたとかいって、助力に来てくれた奴っす」
鼻ピアスを輝かせながらケムがデイブに応えた。
「ふーん、そうか」
デイブが乾いた視線を戦棍の男に向けた後に、ガラルに向き直る。
その直後打撃音がしたかと思うと、戦棍の男は意識を失って床に転がった。
それを見ていたジャネットがため息をつきながら手斧を抜き、男に歩み寄る。
「どんどん斬れって言っただろお嬢、ったく。闇ギルドの潜入部隊は雑草と同じだよ……」
そう言いながら気絶していた男の首を斬り落とした。
拠点内に血の臭いが満ち何人かは眉をひそめるが、それで動揺する者は居なかった。
デイブが冒険者ギルドの相談役として、数多くの冒険者のために骨を折っていることを皆知っていたからだ。
その同行者の判断なら、王都の冒険者は手放しに信頼できた。
「いまのが何かの合図だったっすかね?」
ガスが耳ピアスを揺らしながらデイブに問う。
「たぶんそうなんだろうよ。うちからはブリタニーとジャネットをガキ共の護衛に出す。ゲイリー、お前らも同行しろ」
『分かりやした』
「もうここには戻れねえぞ、ブツは絶対忘れるな。それが交換条件だ。目的地は王都南部の聖セデスルシス学園だ。全員が敷地に入ったらお前らの勝ちだ」
「……分かったよ、相談役!」
ガラルは覚悟を決めてデイブに頷いた。
「いい目だ。おれは必要な時以外は気配を消す。ブリタニーとジャネットに同行しろ。いいなお前ら!」
『応!』
そうして『黒血の剣』の悪ガキ共の移動が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます