04.多少ゴネられたが
寮を抜け出して学院を出て、夜の王都を駆け抜けてデイブの店に着いた。
いつもどおりあたしが裏口から入り込むと、そこには普段見ない顔が多く居た。
「こんばんはー」
あたしが挨拶すると、その場のみんなはそれぞれに挨拶を返してくれた。
十名ほど居るだろうか、全員あたし同様短剣と手斧を装備している。
視線を走らせるとジャニスが居たので近くに向かう。
「やあジャニス。初対面の人しか居ないんだけど」
「よおお嬢。そうだな、普段わざわざ会うこともねえよな。ええと、あーしのかーちゃん紹介しとくぜ」
「ん? おお、あんたがウィンか。ジナによく似てるねえ。あたいはこの子の親でジャネット・ベンソンだ。普段は仕立て屋で働いてる。よろしくね」
ジャニスに肩をつつかれてこちらに視線を向けると、ジャネットは自己紹介してくれた。
髪型こそ長髪でジャニスよりも落ち着いた雰囲気を纏っているが、母娘だけあってよく似ている。
「初めましてウィンです。ジャニスにはいつもお世話になっています」
「あたいには、というかここにいる連中には敬語とか要らないよ。全員身内みたいなもんだから」
「……そうなんだ」
「こういう時じゃ無ければ全員を紹介してやりたいが、そうだね。あいつは乾物屋で、その隣が商業ギルドで働いてる。その隣が本屋のオヤジに喫茶店の爺さん、仕出し屋の娘に食堂の嫁――」
そう言いながらジャネットはその場にいる人たちを、ざっくりと紹介してくれた。
やがて待ち合わせの時間になったのか、店舗の方からデイブがブリタニーともう一人中年の男性とともにあたしたちが集まっているバックヤードに現れた。
「みんな急に呼びつけて済まねえな。個人的に今回の状況を把握してる奴も居るだろうが、いちど全部説明する」
デイブがまずそう言ってみんなを見渡した。
「冒険者ギルドに未登録のクランに、『
デイブの話によれば、悪ガキどもは魔道具屋から『笑い杖』を盗み出し、それを使って歩行者を狙った窃盗をここ数日行っていた。
窃盗と言っても通常、貴重品などは【
マジックバックなどが盗まれない限りは、そこまで大ごとになることは無い。
だが今回被害者の一人が『財布型のマジックバック』を身に付けていたことで、被害が大きくなった。
「しかもだ、その財布型の奴を盗まれたのが王立国教会の神官でな。マジックバックには過去の分を含めて、数千人分のステータス情報が記録されていた書類が入ってたらしい」
「ステータス情報っていうのは、まさか教会で鑑定された内容ってことか?」
デイブの説明に手を挙げ、商業ギルドで働いているという男性が質問した。
「そうだ。何でも王都地区が管理するすべてのステータス情報のバックアップとして、何人かに分散させて肌身離さず持ち歩かせていたらしい」
デイブの説明にこの場に居るオジサンたちが「火事とかが怖いよな」だとか「予備保管の方法として妥当か?」などと喋り始める。
「それでだ……!」
デイブが再び声を上げると、室内は直ぐに静かになる。
「知っての通り、ステータス情報は個人の加護だとか能力値だとか色んな情報を含んでいる。ガキの時分に教会で確認された内容でも、大人になるまでにどういう方向に育つのかといった分析にも使いやすい。誘拐の標的選びや、場合によっては脅迫にも使えるかも知れん。一言で言えば、外に漏れたらヤバい情報だ。――それが今回漏れた」
デイブの言葉にみんなは頷いた。
「そして王立国教会から月輪旅団に、ギルド経由で指名依頼があった。『この状況を解決してくれ』というものだ」
みんなは静かに話を聞いているが、それぞれに問題を頭の中で整理しているのだろう。
「
悪ガキ共のクラン『黒血の剣』は、子供の間しか所属できないという掟があるそうだ。
成人したらクランを抜け、後輩たちに冒険者登録の保証人になったり王都の裏勢力からの嫌がらせなどへの対応に加勢するらしい。
加えて、クランの出身者以外にも悪ガキ共に同情的な冒険者が居て、過去にはそういう者も悪ガキ共のピンチに加勢したとのことだ。
「つまり、今回『黒血の剣』のガキ共にゲンコツを落として回収するだけでは済まなくなった。ガキ共に加勢する冒険者にも注意が必要だ」
デイブがそこまで話した後、彼と共に店の方からバックヤードに入ってきた中年男性が口を開いた。
「加えて厄介なことに、今回の話に闇ギルドの連中が出張ってきやがった」
その一言で、一瞬室内に緊張が走った。
中年の男性にひとつ頷いて、デイブが口を開く。
「集まった情報を整理した結果、闇ギルドの直轄部隊が出てくる可能性が高い。この連中はステータス情報はもちろん狙ってる。加えてガキ共が隠し持ってる可能性を考慮して嬲り殺す予定だろう」
あたしは手を挙げてデイブに訊いた。
「嬲り殺すってどういうこと?」
「情報を取るためにガキ共全員を順番に痛めつける。ブツと情報を得たら口封じのために全員殺す。多分そういうことをやる連中だ」
「分かったわ」
今回ばかりは悪ガキ共の自業自得だ。
ただ闇ギルドの連中は、キャリルの誘拐の件やカレンの誘拐の件で間接的に関わったから、あたしにとっては狩るべき敵だ。
向こうが敵対するなら、むしろいい機会なのかも知れない。
そう考えている自分の血の気の多さに苦笑した。
「どうした?」
「いいえ、打合せを止めてごめん。闇ギルドには過去に間接的に友達が被害を受けてるから、いい機会だって思っただけよ」
「そうか。――話をもどすが、いままで説明した連中以外に王都警備に関わる衛兵の連中も、状況によっては手を出してくる筈だ」
あたしとのやり取りを一瞬で流してデイブは話を続けた。
「そういう訳で整理すると、今回出てくる勢力は四つだ。一つ目はおれたち。二つ目は悪ガキ共とその支援者。三つめは闇ギルド。四つ目は衛兵だ。ここまではいいか? 見落としがあるようならいま言ってくれ」
すると戦闘服に身を包んだ本屋のオヤジさんが手を挙げた。
「王立国教会は俺たち以外には話を持ってって居ないんだな?」
「その筈だ。加えて、自前の駒も今回は出てこないらしい。――後で話すが、解決策を国教会と話した結果だ。本当にどうしようもなくなる時以外、国教会は殴り合いでは出てこない」
「了解だ」
「他に無いか? 無ければ十五分間休憩した後、解決策の話とチーム分けの話をして出発になる。武器の点検と便所とか諸々を済ませておいてくれ」
そう言ってデイブは見渡すが、誰も手を挙げなかった。
「おし、じゃあ休憩に入ってくれ」
デイブの言葉でみんなは思い思いに過ごし始めた。
近くの仲間と話し始めたり、武器を点検したり、
その中を縫ってデイブがあたしのところに来た。
「ようお嬢。おれが面倒事って言った訳は、多少は分かっただろ?」
「そうね。……そもそも王立国教会のステータス情報が漏れたとか大ごとだし、『黒血の剣』とその支援者の相手とか面倒ね。でも闇ギルドまで出てくるとは思ってなかったわ」
あたしの言葉にデイブは一瞬考えると告げる。
「闇ギルドの直轄部隊についてはまた後で話をするが、一つだけ注意事項がある」
「なによ、改まって」
「闇ギルドの直轄部隊とか構成員は、分かった段階で斬れ。多分なにか話し始めるが、たいがい何かの時間稼ぎだし、どうせ内容なんざ大したことは言わん。声が大きかったり大げさなだけだ。まだ酒場の酔っ払いの愚痴を聞いた方が人生訓になる」
「酔っ払いって……、ともあれ分かったわ。話の途中でも空気とか読まずに斬ればいいのね」
「そうだ、おれの責任てことで斬ってくれていい。他に注意することは無いと思うが、懸念は同じチームの奴に訊け」
「ええ」
そこまで話すと、デイブは別の仲間と話に行った。
休憩の後、打合せが再開した。
「おし、休憩は終わるぞ。まず、今回の状況の解決策の話をする」
そう告げてからデイブは皆を見回した。
「国教会とも相談したんだが、今回の悪ガキ共は全員が冒険者登録しているストリートチルドレンだ。悪ガキ共は年齢的な要件を満たすから、国教会が運営する神学校に引き取らせることにした」
どのくらい人数が居るかは知らないけど、そんなことは可能なのだろうか。
「多少ゴネられたが、宗家の爺様が教皇様に幾つも貸しがあることを思いだした。それでねじ込んだらスッと通った」
なにをやってるんだあの二人は。
うちのお爺ちゃんと教皇様の貸し借りが、モフモフ関連で無いことをあたしは祈った。
「今回うちの立場としては、表向きには『神学に素養がある子供の保護』と記録される。魔道具『笑い杖』や国教会のステータス情報については、子供たちがたまたま王都で拾ったと申し出たことにする――」
デイブの説明によれば、月輪旅団は悪ガキ共の拠点に乗り込み状況を説明する。
闇ギルドの手が迫っていることや、衛兵に力技で確保されたうえに死のリスクがあるなども告げて、ほぼ選択肢が無いことを告げる。
そうして悪ガキ共やその支援者を納得させる。
その上で悪ガキ共を護衛しつつ、途中で衛兵に止められるなら国教会の依頼と説明してやり過ごす。
「――それで最終的に、王都南部にある聖セデスルシス学園の敷地内に入ったら依頼達成だ。次に闇ギルドの直轄部隊だが、現時点での情報では無詠唱を使いこなすような魔法メインの奴は確認されていない」
その情報を聞いた直後、室内にはホッとした空気が流れる。
みんな魔法使い型の敵は苦手なんだろうか。
「あくまでも暫定情報だから気は抜くなよ。で、今回動いてる部隊は潜入なんかをやる連中のようだ。冒険者だろうが衛兵だろうが、少しでも行動が疑わしかったらどんどん斬り捨ててくれ。ここまでで何か確認はあるか?」
デイブがみんなを見渡すが、特に質問などは無さそうだ。
「おし、じゃあチーム分けだが今ここに集まってるおれを含めた十二人が今回の作戦の主担当だ。他に数名が偵察とかで王都に散ってるが、そいつらは予備の戦力だ――」
そしてデイブはその場にいるメンバーの名を呼んでチーム分けをした。
あたしは
あたしたちのチームは護衛の主担当で、悪ガキ共を相手にするらしい。
残りの八人は
二人一組のうちデイブが居るチームは、冒険者や衛兵などへの説明や説得などで機動的に動くとのことだった。
「おし、それじゃあお前ら準備はいいな? 『黒血の剣』の拠点はさっき説明した場所だ。先ずはチーム単位で、コロシアム脇にある公園に移動して集合してくれ。行動開始だ」
その声を聞いて、あたしたちは移動を始めた。
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