12.何やら普通に作戦会議
色々と気が進まない材料はあるが、『学院裏闘技場』の話は聞いてしまった。
先ずは風紀委員会の週次の打合せを終わるべきだろう。
「若干、情報共有という面からは逸れた部分もあったかも知れませんが、あたしからは以上です」
「まあ、サボったりしたらペナルティがあるけど、負けてもペナルティは無いから、集団戦は気楽にやればいいと思うよ」
エルヴィスが苦笑しながらあたしにそう告げた。
「でもやるからには勝ちたいにゃ。幸い今年は初めから八人いるしバランスもいいにゃ!」
「バランスねえ……、まあそれはそうかもね。盾役を任せられそうなのが、カールとキャリルちゃんでしょ? 武器攻撃がエルヴィスで盾役のバックアップ、回復役が私とアイリスちゃんで、魔法攻撃がジェイク、遊撃がエリーとウィンちゃん。そんな感じかしら」
エリーとニッキーがそんな話をしている。
「作戦という意味では、八人一組でも、四人一組を二セットでも出来そうですわね」
さりげなくキャリルも食いついているな。
まあ、キャリルの好きそうな話題ではある。
「勝つつもりで臨むなら、数の有利を活かしたほうがいいだろう。相手になる本戦出場者の八人は即席のメンバーだ。いきなり組めと言われても中々動けないだろう」
「数を活かすならこちらを八名で動かして、相手を各個撃破してリスクを順番に減らしていくのが打倒だろうね」
カールの言葉にジェイクがため息交じりに応えた。
何やら普通に作戦会議になっている気がするが、何だかんだでみんなは負けず嫌いなんだろうか。
「そういうことでしたら、ニッキー先輩が仰った役割でわたくしは良いと思いますわ」
キャリルの言葉にみんなは頷いていた。
あたしも遊撃ということなら好きに動いていいということなので、特に異論はない。
ここまでのやり取りに一つ頷いてカールが告げる。
「少々脱線したが、今週の打合せは以上にしよう。あとは『学院裏闘技場』だが、さっきまで話した内容で行こうと思う。来週の三日目――火曜日の昼にいちどみんなで集まろう。そこで最終確認などをすればいい」
『分かりました(ですの)(にゃー)』
「それで、リー先生は結局来なかったわね」
「そうだな。僕から今連絡を入れてみよう。少しだけ待って欲しい」
ニッキーに言われてからカールがそう応えた。
彼は再び魔法で連絡を入れると、ちょうど委員会室に移動中と言われたそうだ。
その直後に委員会室の扉が開き、リー先生とマーゴット先生とクルトが入ってきた。
「皆さんお待たせしました。先日お話した『笑い杖』が学院に戻ってきましたので、その対応をしていました。――カールくん、週次の打合せは済みましたか?」
開口一番にリー先生がそう告げる。
「終わりました。話した内容は僕から先生に伝えます」
「分かりました。それでは『笑い杖』の件を説明しましょうか」
カールの言葉に頷いてからリー先生が言った。
「本日の昼ころに、王立国教会から学院へと連絡がありました。『笑い杖』が二本とも本部にあり、学院に渡したいというものでした。衛兵に問い合わせたところ、遺失物として捜索願が出ているのを知って連絡してきたようです」
「へえ、二本ともですか?」
ニッキーが興味深そうに尋ねた。
「そうです。元々は国教会の下部組織から、落とし物として『笑い杖』一本が本部に届けられたそうです」
下部組織というのは多分、聖セデスルシス学園のことだろうとあたしは思った。
たしか拾ったことにするとか言ってたしな。
「それが国教会の魔道具を扱う部署に持ち込まれたところ、同じものがすでにもう一本あったようです。そちらは職員の方が個人で中古屋から買ったとのことでした」
「そんな偶然があるんだにゃー」
「ええ。それで念のため王都警備にあたる衛兵に問い合わせたところ、学院からの捜索願を知ったという経緯だったようです」
あの魔道具を中古屋で買う個人てどんな人なんだろう。
やっぱりクルトのような独特の感性がある人なのだろうか。
あたしが知る由も無いけれど。
リー先生はそこまで説明すると、マーゴット先生に視線を向けた。
マーゴット先生は頷くと、クルトと共に立ち上がって告げる。
「まずは、風紀委員会の皆さんに感謝を。お陰さまで大きなトラブルも無く、所在不明になっていた魔道具を全て回収することができた。本当にありがとう!」
そう告げてマーゴット先生が頭を下げる。
実際には悪ガキ共の手に渡って色々と面倒な事態が起きていたが、先生とクルトには話せないよな。
『
「『笑い杖』を開発した私からも感謝を申し上げたい。ありがとう。今回は様々な幸運が重なって回収することができたが、今後は再発を防止したいのだ。……管理体制はもちろん、魔道具の所在が分かる機構や、使用者の魔力を登録する機構なども併用することを考えている。そういった課題を気づかせてくれたことにも感謝したい」
言葉を選びながらそう告げて、クルトも深々と頭を下げた。
あたし的にはもう少し彼には自重して欲しい気もするけれど、再発防止をすると言っているし余りキツいことは言わなくてもいいか。
そんなことを考えながら、あたしはその場で手を挙げた。
「ウィンさん、どうしたんですか?」
リー先生が声を掛けてくれたので、あたしは口を開く。
「今回たまたま偶然、『笑い杖』が市場で使われたところを見つけたのはあたしです。その場では魔道具を向けられた人たちは、最後は路上に転がって笑いで動けなくなっていました」
ええと、酒屋とその商売相手だったか。
口喧嘩していたのが路上に転がったんだよな、たしか。
「これは戦闘の中で使えば、相手を傷つけずに無力化できる武器の一種として使えると思うんです。武器として使われるのは、クルト先輩の意図するところでは無い筈です」
あたしの言葉を受けたクルトは一瞬マーゴット先生に視線を向けるが、マーゴット先生は何やら頷いている。
「ですので今後は、より生活の中の具体的な課題を解決する魔道具を研究して欲しいです」
色々巻き込まれた身としては、これくらいは言ってもバチは当たらないだろうとあたしは思う。
あたしがそう告げるとクルトが頷いて口を開く。
「非常に核心をついた指摘に感謝する、ウィンさん。確かに『笑い杖』を武器として使うことは私の意図するところでは無い。ただ、そういう問い合わせが来ているんだ」
「そこからはわたしが話そう。君たちだから話すが、『笑い杖』の効果について王宮から問合せが来ている。具体的には、王都の衛兵が軽犯罪者を取り押さえるときの武器に使えないかというものでね」
マーゴット先生がクルトに続いて説明を始めた。
風紀委員会のみんなは興味深そうな表情を浮かべている。
なるほど、衛兵が使うなら正しく使われる分には良い話かもしれない。
「悪用防止に様々なことを考える必要はあるが、わたしは良い話だと考えている。いちおう内密な話だから、部外秘にして欲しい」
『分かりました(ですの)(にゃー)』
「今回の私の失敗は、『幸せ』の研究というものを軽く考えすぎたことだ。甘く見ていたと言ってもいいかも知れない。ウィンさんの指摘にあった『生活の中の具体的な課題』というものもいい視点だ。より注意深く研究することにするよ」
そう言ってクルトは頷いた。
「あまり何度もクギを刺すのもしつこいですけど、『幸せになる薬』とか作らないでくださいね? そういうのは大抵、違法薬物だと思いますから」
じとっとした視線であたしが更にクギを刺すと、クルトは微笑んで「分かっている」と応えた。
「最後に連絡事項があります。本年の『学院裏闘技場』の学院からの選抜メンバーですが、学長の権限で正式に風紀委員会のこの場にいる八名が選ばれました」
リー先生が苦笑しながら最後に爆弾を投下してくれた。
エリーやキャリルは気合が入ったような表情をしていたが、あたしを含めた他の委員会のみんなはため息をついたり苦笑したり眉間を押さえたりしていた。
風紀委員会の打合せが終わった後、料理研究会に牛乳粉があるかも知れないとエリーが言うので訪ねてみることにした。
部活棟までは歴史研に行くというキャリルも同行した。
料理研は、厨房は学院の食堂を間借りしている。
だから部室からは料理の匂いなどは特にしない。
ちなみに料理研の部室にはカリオが居た。
「あらカリオじゃない。今日は料理研なのね?」
「ウィンか。エリー先輩と来たってことは、風紀委員会の打合せが終わったってことか」
「そうよ。牛乳粉があるかも知れないって聞いて、来てみたのよ」
「たぶん部員が誰かしら持ってるにゃ」
あたしとカリオの会話を聞いていたエリーが話を補足する。
「ふーん。菓子でも作るのか? 試食なら手伝うぞ」
「違うわよ。コーヒーに牛乳を入れたいときに持ってなかったりするじゃない。牛乳粉なら保存が利くみたいだし、試してみたくなったの」
「え、ウィンはコーヒーを飲むのに牛乳粉持ってないのか?」
「そうよ。そもそも牛乳粉自体を今日まで知らなかったもの。地元だとヤギとかの乳が手に入るから、料理にはそれだったし」
いまのカリオの口調だと、コーヒーには普通に使うんだろうか。
「そうか、ディンラント王国だとコーヒーはそこまでメジャーじゃ無いもんな。共和国だと牛乳の代わりに牛乳粉をコーヒーに入れる人も普通に居るぞ?」
「それは知らなかったにゃー?!」
エリーも知らなかったのか。
その後、料理研の共和国出身の生徒に訊いてみたが、ほとんどの子は知っていた。
以前ミルクブリューコーヒーを作った時にコーヒー豆を提供したので、今日は料理研の先輩たちが手持ちのコーヒーを淹れてくれることになった。
「おお! 飲みやすい!」
「おいしいにゃー」
「そうだよな? 逆にいままで牛乳が無い時はどうやって飲んでたんだ?」
「砂糖を入れるか、コーヒーじゃなくてハーブティーを飲んでたわね」
「アタシはハーブティーにゃー」
カリオに訊かれてあたしとエリーがそう応えると、カリオは微妙そうな顔をする。
あたしたちの会話を聞いていた料理研の先輩たちが、牛乳粉をすこし分けてくれたので貰っておいた。
そのお返しにあたしは【
狩猟部を兼部する料理研の先輩と共に来たようだ。
「あれ、ウィンちゃん、今日は料理研に居るんや?」
「そうなのよ。ちょっとコーヒーの飲み方で知らないことがあったのよ――」
あたしがここまでの経緯を説明すると、サラは少し考え込んで口を開く。
「いや、ウチは牛乳粉はわりと切らさんようにしとるで」
「そうなんだ?」
「そうやで。牛乳の代わりとは違うかも知れんけど、フツーにお湯で溶いた奴にハチミツを入れるだけでも十分イケるし」
『詳しく教えて(にゃー)』
その後、菓子類などでの牛乳粉の使い方の話になり、カリオがその場で必死にメモを取っていたのがあたしの印象に残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます