02.進歩には必要なこと


 放課後になってあたしはいつものメンバーと共にまずは部活棟に向かった。


 先日のことがあるのでサラをみんなで狩猟部に送り届けた後、あたしはふと思い立ってジューンと魔道具研究会の部室に足を運ぶ。


 ちなみにキャリルは、今日は歴史研究会に行くようだ。


 魔道具研の部室に着いてざっと見渡すと、マーゴット先生とクルトの姿があった。


 それぞれ別の作業を行っているようだ。


 あたしが視線を向けると、こちらに気づいたクルトがあたしに目礼したのであたしも同じように目礼を返した。


 『笑い杖』のことはいちおう秘密だし、彼が直接魔道具研でそういう話をするのはまずいという判断があるのかも知れない。


「ああ来たかジューンくん、……と今日はウィンくんも来たのか」


「こんにちはマーゴット先生」


「今日は見学かい? 例の風紀委員に頼んだ探し物の件では助かったよ、ありがとう」


「いえ、たまたまです。残りのこととかはどうなりました?」


「その辺りはリー先生に確認して欲しい」


 何やら机上のノートにすごい勢いで何かを書きつけていたマーゴット先生は、手を止めて顔を上げた。


 まあ、やっぱりクルト先輩以外の部員が居るところで『笑い杖』の話は出来ないか。


「分かりました。――きょうはふと思い立って、ジューンが関わっているっていう魔道鎧の開発を見学に来ました」


「そうなのか。魔道具に関心を持ってくれる生徒はいつでも歓迎だが、後継機の開発についてはいまは地味な作業がメインでね」


「地味なんですか? ジューンが今後もしかしたら体力が必要になるかも知れないなんて言ってたのを思い出したんですけど」


「え、そんな工程が……」


 そこまで言ってからマーゴット先生はジューンの方に視線を送ると、ジューンは困ったように微笑んだ。


「マーゴット先生が『アルプトラオムローザ』の稼働記録ログを調べたら、都市部で運用するときの性能に改善の可能性を見出したって言いましたよね?」


「うん、言ったね」


「魔力回路を設計段階から見直すことで、いままでムダに駆動系を動かしていた魔力の流れを改善する話が出ましたよね?」


「うん、それも言った」


「魔力の流れが変わる以上、現状の魔石と環境魔力と使用者の魔力の配分を見直す必要があるものの、当面は動きに整合性を持たせるために旧機体にある使用者の保護機構は変えられないって話でしたよね?」


「そうそう、そうなんだ」


「それって、効率化によって出力が上がった機体の負荷を使用者でとりあえず吸収する形になるから、性能試験を開始する段階では使用者の体力が問題だねって話になりましたよね?」


 ジューンとマーゴット先生のやり取りを始めてから、あたしを含めてその場の部員たちが二人を交互に見やる。


「……そうだったっけ?」


「そうですよ? 収穫祭明けの平日にはそういう話が出ていた気がします」


「あれ? ……ちょっと待って頂戴ね」


 そう言ってからマーゴット先生は手元のノートをものすごい速さでめくり始めた。


 やがてあるページの内容を食い入るように確認してから、先生は口を開いた。


「…………おお、わたし言ったかも。ごめんよジューンくん。回路設計の方に意識が向かっていて、使用者の負荷なんかの問題は後回しにしていたんだ」


「いえ、思い出してくれたならいいです」


 そう言ってジューンは苦笑し、話の行く末を見守っていた他の部員たちは安堵のため息をついた。


「マーゴット先生は天才肌で顧問にふさわしい能力を持っているんですが、ときどき部員を置き去りにするんです」


「いやー、ごめんごめん」


 ジューンはどこか達観したような表情でそう言うと、とても軽い口調で先生が謝っていた。


 あたしは『部員を置き去りにする』という部分に不穏なものというか、マッドエンジニアの臭いがかすかに感じられた気がした。


「……ええと、それでもし体力が必要なようなら、ジューンはトレーニングとかをして体力をつけた方がいいですかね?」


「そうだね、体力が必要になるのは間違いないけれど、トレーニングというと悩ましいところかな」


 あたしが問うと、マーゴット先生は腕組みして何か考え始めた。


 ジューンの友達としてはいま訊いた辺りが個人的に引っ掛かってるんだよな。


「ジューンくん、いまある機体で王都を走り回ったとき、どの程度疲労を感じたんだい?」


「ほぼ無かったです。体育があった日に寮で夜寝付く前の疲労感と同じか、多少マシだったくらいと思います」


「体育の授業というのはいい尺度だ。使用者の疲労度に関係するのは瞬発力とか膂力などでは無くて、持久力だろうと考えている。だから、一日に複数回、体育の授業を受けたような感じだろう」


「そういうことなら素人考えなんですけど、性能試験が今までよりつらくなるなら、今までより短くするわけには行かないんですか?」


 あたしはジューンとマーゴット先生のやり取りに、横から物申してみた。


「そうだねぇ、……やっぱりその辺りが現実的かもしれないかな。体力が必要と言っても、魔道具研の外の生徒に参加させるにはちょっと考えてしまうし」


 今の話でジューンの体力の心配は、当面問題なくなったのかも知れない。


「そもそも性能試験のうち安全性試験はわたしが自らやるから、その段階で色々必要な条件は確定できると思ってるけどね」


「安全性試験って、どういうものですか?」


 微妙にキナ臭い臭いがした気がするので、あたしは訊いた。


「え? そうだなあ、装着した状態でカヌー部の練習用水路に入って水中で匍匐前進するとか、単純に部活棟の屋上から飛び降りるとか、焚火の中で半時間ほど過ごすとかかな」


 そこまで過酷な環境での使用を想定しているということなのだろうか。


 自分で魔道鎧のテストを行うというのは自信があるからだろう。


「なかなかタフな試験ですね。事前に防水性能とか耐衝撃性能とか耐火性能とかは試すんですよね?」


「……え?」


「え?」


 おい、今の『え?』ってどういう意味だ。


「いや、人を乗せない状態でも、安全性試験の内容の性能試験は行うんですよね?」


「…………え。でも人が入って無いと性能試験にならないだろう?」


 あたしはマーゴット先生にその先の質問をするのが怖かった。


 それでも、事故防止のためには訊いておいた方がいい気がする。


「でも人を乗せる前に、その魔道鎧が設計通りの安全性を持ってるか確かめないと、もし持ってなかったら先生は病院送りですよね?」


 下手したらそのまま死ぬだろ。


「それは魔法工学の進歩には必要なことなんだ」


 マーゴット先生はドヤ顔でそんなことを言い放つ。


 くそおマッドエンジニアめ、本性を現したな。


「いやいやいや、医者の先生たちの仕事を増やしかねませんから。……ここまでの話だと、使用者の魔力を使うということですから、一時的に魔石からそれを補うようにすればいいじゃないですか」


 そこまで考えてあたしはさらに気になることが出始める。


「それにそもそも、乗っている時に何らかの理由で魔力が使用者から得られなくなった場合とかのバックアップは大丈夫なんですよね? 魔力の供給って――」


 マーゴット先生は学問とか魔道具開発に生涯をささげているのかも知れない。


 でも、ジューンがその巻き添えで危険な目に遭うようなら、あたし的には溜まったものでは無いのだ。


 その後しばらくマーゴット先生やジューンを含めた魔道具研の生徒たちと話しつつ、とにかく安全第一で性能試験を行うようにお願いした。


「全くきみはリー先生みたいなことを言うんだな。風紀委員に所属すると似てくるのかも知れないね。でもウィンくんは具体案を出してくるから、話していて面白いね」


 マーゴット先生が笑顔でそんなことを言う頃には、あたしはくたびれていた。


 過去にはリー先生もたぶん、似たような目に遭ったのかも知れなかった。




 魔道具研で想定外のダメージを受けた後、あたしは癒し成分を得るために食堂に向かった。


 何か甘いものを食べたくなったのだ。


 食堂に向かうといつも通り、遅めの昼食か早めの夕食かは分からないけれど、生徒や職員らしき大人がそれぞれ食事をとっていた。


 利用者も少ない午後のユルい空気の中、あたしは配膳台の一番手前にあるトレーを取ってデザート類の置いてある場所にトボトボと歩く。


 すると何となく知った気配が感じられた気がして、あたしは厨房の中に視線を向けた。


 そこにはサラやエリーとカリオ、そして食品研究会や料理研究会の生徒たちが数名で何か作業をしていた。


 サラは狩猟部での練習を終えて、兼部している食品研の方に顔を出してから来たのかも知れないな。


「部活かな。新レシピでも試してるんだったりして……」


 あたしがそんなことを呟くと、こちらに気づいたのかカリオがあたしに手を振ってきた。


「おおいウィン、いいところに来た。ちょっと助けてくれないか?」


「あ、ウィンちゃんやん。おやつでも食べに来たん? ちょっとこっち来ぃひん?」


「ウィンちゃんにゃ? いいところにテスターが来てくれたにゃ」


 テスターって何だよ、あたしは甘いもので癒されたいんだよ。


 あたしがじっとりした視線で厨房の生徒たちを眺めていると、エリーから三角巾とエプロンを受け取ったカリオがこちらにやってきて手渡した。


「食堂にこの時間に来たってことはヒマだろ? 好きな食材を使ってくれていいから、ちょっと助けてくれないか?」


「ヒマってあんたねぇ……、まあいいわ」


 あたしはため息をつきながら、三角巾とエプロンを着けて厨房に入った。


「それで、何がどうしたの?」


「ウィンちゃんはパニーニって知っとる?」


「ええと、確か焼き目を入れたサンドイッチの一種だったかしら」


 サラの問いに反射的にあたしは応えた。


 地球での記憶だとイタリアの軽食だったはずで、ホットサンドみたいなものだったとおもう。


 王都に来てから屋台で食べたことがある気がするな。


「さすがやね。そんでな、ウチとか共和国出身の先輩らの要望で、料理研に作ってもらう話が出とってて、パニーニメーカーが届いたんや」


 そう言ってサラはエリーが手にしている調理器具を指さした。


 見た目はまんまホットサンドメーカーで、フライパンを蝶番で二つ繋げたような形をしている。


 ただ、ホットサンドメーカーよりも幅広になっているだろうか。


「それでいま、チーズやハムを使って色々と試してたんだが、『最強のパニーニ』は何だろうって話になっててな」


 カリオが腕組みしてそんなことを言う。


「それで試行錯誤してたんだけど、食べ過ぎてみんな良く分からなくなってきたにゃ」


「そこにあたしが来たから、テスターをして評価しろと?」


 あたしは思わず脱力した。


 分からなくなるまでってどれだけ食べたんだ。


 そんなの好きなものを食べればいいだろうに。


「参考意見が欲しいのもあるんだにゃー。でも、案出しも歓迎にゃ!」


「うーん……。パニーニは屋台で食べてますし、多分チーズとハムの組み合わせが最強にして定番だとあたしは思いますけど……」


 そう言ってあたしは厨房を見渡す。


 いつの間にか、他の食品研や料理研の生徒も手を止めてこちらを見ている。


「言ってくれれば食材とか用意するで?」


「そういうことなら分かったわよ――」


 サラが微妙に期待を込めた視線を向けるので、あたしは思いついた材料を用意してもらった。

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