第11章 あたし血の気が多いですけど
01.冒険の計画だから
王都ディンルークの花街を出て、一人の男が庶民が暮らす地区に千鳥足で歩いていた。
夜半過ぎで人通りも少なく、適当に歩いてもぶつかることが無いので男も気楽だった。
ほろ酔い気分で歩いていると、男は何を思うでも無いのに笑いがこみ上げてきた。
「ぐふっぐふふふふっひょっぐあふぁははははははあっ、えひゃっふあははははは」
やがて男は立っていられなくなり、その場に倒れ込んでのたうち回りながら笑い転げる。
だが程なく、笑いすぎて声が出なくなったのかひゅーひゅー言いながら路上でのたうち回っていた。
「おい兄さん大丈夫か。飲みすぎちゃダメじゃねえか全く」
どこから現れたのか、一人の少年が笑い転げる男に話しかける。
「こんなところで転がっちゃ、邪魔になるからダメだろ」
まるで身内に話しかけるかのような気軽な口調で少年は男に言い聞かせるが、男は散発的に笑い声を上げつつもひゅーひゅー言って路上に転がっている。
「せめてもうちょっと道の端に避けようぜ」
そう声を掛けながら少年は男をずるずると引っ張って道の端に移動させる。
「大丈夫か、ホントに?」
そんな声を掛けつつ、少年は路上に横たわって悶絶している男をいたわるかのように身体を撫でまわし、こっそりと金目の物を根こそぎ奪い取った。
「オレは先に行くけど、とっとと家に帰れよ」
少年はそう言葉をかけてから路地裏に向かった。
「全く、今までの手間が省けてウデが鈍りそうだぜ」
灯りもない路地裏を歩きながら、少年は悪辣な笑みを浮かべて足早にその場を去った。
ライゾウに狩猟部を紹介したり、あたしが闇討ちに遭って撃退した翌日の昼休みになった。
いつものメンバーで昼食を食べた後、あたしとキャリルは魔法の授業の実習室に向かった。
ダンジョン行きの打合せをするためだ。
実習室にはすでにコウとレノックス様が居た。
この時間は誰も使っていないので、あたしたちが実習室を間借りしている形だ。
「ごめん、待たせたわね」
「お待たせしましたわ」
「いや、大して待ってないぞ」
「そうそう。ボクたちも食堂でお昼を食べてたしね」
レノックス様とコウは穏やかに微笑んだ。
「それで、コウは部活の方の都合でしばらくダンジョンに行けないって話だったわよね?」
「そうなんだ、その話をしたくてね。来週一週間は学校対抗の体育祭があって、王都にある四つの学校で総当たり戦をやるのは知ってるね?」
「あたしは興味無いからあまり調べて無いわ」
四つの学校というのは、あたしたちが通う王立ルークスケイル記念学院と、イエナ姉さんたちが通う王都ブライアーズ学園の他に、単科の学校二校を指す。
単科の学校はまず王立国教会が運営する聖セデスルシス学園で、ここは神学科のみだ。
もう一つは王都ボーハーブレア学園で、貴族や豪商の寄付によって運営され、教養科のみの単科の学校となっている。
共に初等部と高等部があるが、噂では規律というよりは躾けがかなり厳しいらしい。
クラスメイトの女子が話していたのを聞くところによると、我が校やブライアーズ学園の滑り止めという側面も多少はあるようだ。
「興味が無いか。まあ、競技に関係無いといえばそうかも知れないけど、ゴールボールの代表メンバーにはエルヴィス先輩が入ると思うよ」
そう言ってコウは苦笑いをした。
エルヴィスは結構学院内ではゴールボールが上手い方なのか。
「それなら、多少は面白く見られそうね」
「知り合いが出てると面白いと思う。――それで、代表に入らないゴールボール部の生徒は、運営の手伝いだったり代表の練習相手をするんだよ」
「つまり、コウは運営側として対抗戦に関わるんですのね」
「そういうこと。今日の放課後も駆り出されることになってるから、しばらく動きが取れないかな」
「それはもう仕方が無いだろう」
「何ならボク抜きでダンジョンに行ってくれてもいいんだよ?」
若干遠慮がちにコウがそんなことを言う。
でも、あたし的にはこのメンバーでダンジョンに行きたいんだよな。
他のみんなの思惑は確かめて無いけど。
「そこまで急ぐことも無いと思うわ」
「そうですわ。それにダンジョンに行かなくても、鍛錬をすることはできますもの」
「確かにな。差し当たってオレやコウは【
「あー確かにそうだねえ。それはどうしようか、レノ」
少し困った顔をしてコウはレノックス様を見た。
「まずオレが練習方法を覚える。コウは余裕があるようなら、夜に寮に戻ってからオレから習えばいいだろう」
「そうか……済まない、レノ」
「気にするな」
そう言ってレノックス様は笑った。
「それで、コウの予定の話は分かりましたわ。宿題の方は皆さんは何か考えてありますの?」
「ボクはもう少し時間が欲しいかな」
キャリルの問いにコウが告げる。
「わたくしも同じですわ」
「オレはどちらでもいい」
「あたしは、方針の二択の方は案があるわ。というか、考えるたたき台にして欲しいの」
全員が漏れなく他のメンバーの役割をこなせるようにするか、それともそれぞれが自分の役割を突き詰めるのかという二択だ。
レノックス様は『ゼネラリストかスペシャリストか』とまとめてくれたのだったか。
「たたき台、ですの?」
「ええ。あの後あたしなりに考えを整理してたんだけど、騎士団とか軍隊に置き換えると整理しやすいと思ったのよ」
「どういうことだ?」
「それぞれが自分の役割を突き詰めるというのは、一般的な軍のあり方じゃないかしら。歩兵がいて、魔法兵や騎兵、偵察兵や工兵や輜重兵なんかがいて指揮官がいる。これはスペシャリストのあり方よね?」
「そうかも知れないですわ」
キャリルが直ぐに同意してくれたが、コウとレノックス様も興味深げにあたしの話を聞いてくれている。
「でもこういうスペシャリストが成り立つ前提は、『誰かの代わりが必ず居る』ということじゃ無いかしら」
「……ふむ」
レノックス様が腕組みして呟く。
あたしはさらに説明を続ける。
「パーティーで考えた時、盾や回復、魔法攻撃とか斥候の専門家、――そういったメンバーが二番手以降も準備できてない限り、成り立たないかも知れないわ」
もちろん、あたしの思い込みの可能性もあるし、上手な解決策があるのかも知れないとも思う。
ただ、四人しかいない
「つまりウィンは、全員がある程度何でもできるようになるべきだと言ってる訳か?」
何かを考えながらレノックス様が問う。
「理想的にはね。でも最初のうちは全員が何でも出来なくても、二番手を用意するとかでもいいかも知れないけど」
「確かに、ボクらは四人しかいない。戦闘で誰かが倒れたら、即座にその代わりができないと不味いのは事実だね」
それまで黙って聞いていたコウがそう言った。
「スペシャリストの集団は、一般的な騎士団のようにある程度人数が居る場合ですわね。それに対してゼネラリストの集団は、威力偵察や暗殺などの特殊作戦のための部隊のように、人数が限られる場合かも知れませんわね」
「なるほど、たたき台か。パーティーの方針について、もう少し考えておいていいかも知れないな」
「ボクとしては今の話を聞いてしまったら、折衷案というか『ゼネラリストを目指すスペシャリスト』でいい気がしてきたけれどね」
肩をすくめつつ、コウは告げた。
その口調にあたし達は微笑んだ。
「でも、すこしだけ考えて欲しいの。どうあるのが方針として一番妥当なのかをね。……あと、パーティー名についてはまだ考え中よ」
そこまで言ってからあたしはみんなの顔を伺った。
そういえばレノックス様はどちらでもいいとか言っていた気がするけれど、すでに案があるのだろうか。
「ねえレノ、さっき宿題について『どちらでもいい』って言ってたけど、何か案があるのかしら?」
「ん? そうだな。一応考えているものはあるが、パーティー名に関してはまだお前たちの案が出そろうまで言わないでおこう。もう一つの方針の方だが……」
そう言ってレノックス様はあたしをじっと見る。
「どうしたの?」
「いや、オレはウィンよりももっと単純な動機で考えていたのだ。オレがいま目標とするのは同門の先人であるティルグレース伯爵だ」
自らの祖父が話に出たからか、キャリルが口を開く。
「つまりレノは、お爺様のようになるためにパーティーの方針を選びたかったんですのね?」
「そうだ。シンプルというか単純な動機ではあるが、伯爵は単独で何でもこなし、どんな戦いも征する。ある意味でゼネラリストの完成形だ」
「それを目指したいということなのね」
あたしの問いにレノックス様は頷く。
「ああ。もっとも、思いとしてはそうであっても、伯爵にどう近づいていくのかという具体案は無かった。まだ方針の段階だと、ある意味あいまいに考えていたのだ」
「それは、あたしの問題の整理が雑だったからよ」
「いや、それでもウィンは今日までに更に考えを整理してみせたし、その内容も説得力があった。だからオレはもう少し考えてみたいと思ったのだ」
そこまで話してからレノックス様はニヤリと笑う。
「それにだな、最近ダンジョン攻略について思いを巡らすのが中々楽しいのだ」
「攻略についてって、戦術とか計画の部分ということかい?」
「ああ。オレたちにとっては鍛錬の手段だが、それでも計画などを考え始めるとこれが中々奥が深い。学院の勉強などで正解が用意されているような問題と異なって、現実に即して色々と考えていくことがな」
「それは、……上手く言えないけど、ボクらの冒険の計画だからかも知れないね」
「そうだな、……そうかも知れんな」
コウの言葉にレノックス様は満足げに頷いていた。
あたしたちの冒険か。
レノックス様じゃないけれど、もっと楽しむという面であたし自身も考えを深めてもいいかも知れないな。
そんなことを考えていた。
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