11.反射的にいい話だなと


 目の前であたしの弟子になりたいと言ったライゾウの目は、それなりに真剣そうだ。


「ちょっと待ってくださいライゾウ先輩。そもそもどうして、あたしに隠形を教わりたいなんて話になったんですか?」


「おまえの腕前を、先日の模擬戦で見せて貰ったからだ」


「先日の模擬戦ですか?」


「ああ、おまえが代理人になって魔法使いと戦ったあれだ!」


 ライゾウの言葉にあたし達は微妙そうな顔を浮かべた。


 あたし達にとってあの模擬戦は、降りかかる火の粉を払っただけだ。


 それが別の面倒ごとを運んできたのは想定の外の話である。


「なるほど、お話は大体わかりましたが、弟子入りや指導の話はお断りします。あたしの流派は血縁が無いと伝えられないんです」


 キャリルに気配遮断や気配察知を教えたのは母さんの判断だけど、例外中の例外だろう。


「そこを何とかならないだろうか?!」


「ムリです。……あと、『教えてもらうために結婚したい』とか言い出したら斬ります」


 そう言ってあたしは努めて笑顔を浮かべた。


 ライゾウはあたしの言葉で一瞬固まった後、明らかにしょぼーんと肩を落とした。


 その様子を見かねたのか、ニッキーが口を開く。


「ライゾウくんだったかしら。気配を扱う技術だったら学院の先生たちに教えてもらえばいいと思うけど、それではダメなの?」


「え、教えてくれる先生が居るのか? おれはこの秋に高等部から入学したばかりであまり学院の中のことを知らないんだ」


 よくそれで新しい研究会を立ち上げたな。


 ある意味大した根性の持ち主かもしれないとあたしは思った。


「ああ、そうなのね。……そうねえ、体術の先生とかからも教えてもらえると思うけれど、個人的には狩猟部に入って顧問のディナ先生に教わるのがお勧めね」


 そう言ってニッキーはため息をつく。


「そうなのか?」


「そうよ。ディナ先生は古流弓術の達人で、白梟流ヴァイスオイレの師範代なの。“狩る”ための技術は流派の中に色々とあるでしょうし、ダンジョン攻略の参考になるかも知れないわ」


 ニッキーの話を聞いてライゾウは何やら考え始めた。


「ああでも、単純に古流弓術を教えてとか言うだけやったら、最初は普通の弓術の練習をさせられるかも知れんね。ウチは基本から習いたいからそれで良かったんやけど、ライゾウ先輩は何か武術とかやっとるの?」


 話を聞いていたサラが横から質問した。


「いちおう多少は腕に覚えはある。地元の武家に伝わる鎧組討よろいくみうちで賊を狩ったこともあるし、無詠唱は使えるようにして留学してきたぞ」


 おおっと、見てくれは他の学生と大差無いけれど、意外と武闘派だったか。


「そもそもの留学の理由の半分は、実家から逃げたかったということもある。我が家は先祖にハイオーガの血が入っているようで、とにかく脳筋なんだ。ガキの頃から遊びと称して体術の稽古のようなことを延々と…………まぁおれの家や地元の話はいいか」


 実家が脳筋で逃げてきたと聞いて、あたしは微妙に同情したい気分になった。


 最近あたしも脳筋に傾いてる気がするんだよな。


「そうね、あたしもライゾウ先輩はディナ先生に相談した方がいいと思うわ。先生はうちのクラスの担任だし、何だったら先輩を紹介しますよ?」


「ホントか?! 今日の放課後とか頼めるだろうか?」


「ええ。そういうことなら放課後に食堂ここに集まりましょうか」


 たぶん放課後になったらディナ先生は初等部の職員室に居るとは思うけど、学内を移動してるかもしれないし。


「ウチもつきあうで、狩猟部やし」


「わたくしも構いませんわ」


「それじゃあ私も付き合いますよ」


 サラとキャリルとジューンもどうやら同行してくれるようだ。


 みんなは一応まだ、あたしを心配してくれているのかも知れない。


「済まない、手間をかける。それと、おれの研究会に入部する件だが、いつでも歓迎している」


「具体的に、どういう活動内容なんですか?」


「『遺跡やダンジョンなどの研究を行う部活』として学院には申請してある。フィールドワークを主体にする予定で、現状では王都南ダンジョンに挑んだりしながら王都にある都市伝説を調査したいと思っている」


「都市伝説ですか?」


「ああ。この王都の地下に古代遺跡が眠っているんじゃないかという都市伝説だ」


 ライゾウの話を聞き、あたしはみんなを見渡した。


 だが、みんなは――歴史研究会のキャリルや高等部のニッキーも首を傾げていた。


「調査に出るときは毎回、カンタンなレポート形式で行動計画を顧問の先生に提出して認可を貰うようにしてある。……ここだけの話、学院には『ダンジョン探索会』という非公認サークルがあるようだが、うちは調査と情報収集を前面に出すことにしたんだ。部活棟に部室は貰ったから、興味が湧いたらいつでも来て欲しい」


「分かりました」


 『ダンジョン探索会』という単語で、何やらニッキーが納得したような表情を浮かべていた。


 ともあれ、あたし達はライゾウをディナ先生に紹介することになった。




 午後の授業も終わって放課後になり、昼間の約束通りあたしたちは食堂に向かった。


 ライゾウは既に来ていて、直ぐに合流できた。


「ありがとう。手間をかけて済まない」


「いいえ。まあ予備風紀委員の仕事の一環と思うことにします」


 そんなことを話してからあたしたちは移動した。


 まずは初等部の職員室に向かう道すがら、あたし以外の実習班のメンバーの自己紹介をしたり、学院の話などをしていた。


 だが途中で妙な気配に囲まれていることに気づく。


 あたし以外だとキャリルも気が付いているようだな。


「ウィン、囲まれていますわ」


「そうね、五人か。何やら敵意を感じるわ」


 あたしたちが足を止めると、講義棟や生垣などの陰から生徒たちが姿を現した。


 全員が目の部分を覆うような、似たようなデザインの仮面をつけている。


「ウィン・ヒースアイル! お前に恨みは無いが『学院裏闘技場』での確たる勝利のため、今日この場で心を折らせてもらう」


 仮面の生徒の一人がそんなことを叫んだ。


 あたしたちの進行方向で前から三人、後ろから二人が囲んでいる。


「安心しろ! 俺たちはウィン・ヒースアイルに用があるだけだ。邪魔しないなら他の生徒に手を出すことはしない!」


 仮面をつけた別の生徒が叫んだ。


 それをやや緩んだ表情で眺めつつ、ライゾウが口を開いた。


「なあ、こういうことは良くあるのか?」


「え? とりあえず初めてよ」


「そうか。……ちなみにこういう場合、風紀委員的にはどうするんだ?」


「とりあえず話して説得を試して、無理なら実力行使かしら」


「そうか」


 ライゾウはそう言って黙り込んだ。


 まずは様子見するのだろうか。


「いちおう訊くわ。今引き返すならあんたたちの行動は見なかったことにしてあげるけど?」


「笑止だ! これからお前の心を折らんとするのに引き返すわけ無かろう!」


「本当にいいのね?」


「是非も無し!」


 最初に声を上げた仮面の生徒が応えた。


 それをあたしの近くでつまらなそうに眺めていたライゾウが、軽く拳を握ったり開いたりしてから口を開いた。


「どこにでもこういうのは居るんだな……。おれも手伝う、今回の礼だ」


「え?」


「手練れとは云え、いたいけな少女に数を頼んで拳を向ける下郎など塵芥に等しい也! 然るに己れの信に依って、此処なる鬼月雷蔵きづきらいぞう前田流鎧組討まえだりゅうよろいくみうちを以て、成敗に加わると宣言致すもの也! いざ! 推して参る!」


「ライゾウ先輩……?」


「……まあ、直ぐ済むだろ」


 突然の口上にライゾウの方を見れば、彼は凶暴な笑みを浮かべながら仮面の生徒たちを眺めている。


 ライゾウの言葉が飲み込めたのか、仮面の生徒の一人が「後悔するなよ」などと叫んでいる。


「キャリル、念のためジューンとサラをお願い」


「分かりましたわ」


 そう応えるキャリルの手には、【収納ストレージ】から取り出したのだろう、戦槌が握られていた。




 最初にウィンは内在魔力を循環させ身体加速や反射速度強化、思考加速や隠形などを発動して場に化し姿を消す。


 同時に仮面の生徒たちがその場に残るライゾウへと高速移動で迫った。


 その直後、ウィンが後方から迫っていた二人の生徒に対応する。


 順番に素手で四撃一打を叩き込んで意識を刈り取り、瞬く間に二人を無力化した。


 一方、前からの三人がライゾウを取り囲んで殴りかかろうとしたところで、彼は自身の周辺に水属性魔力の流れを作り出し、重心が動いていた仮面の生徒三人を縦方向の回転で投げ飛ばす。


 前田流鎧組討の天地落としてんちおとしという技だ。


 すかさずライゾウは最寄りの生徒に身体を寄せて、水属性魔力を込めた拳撃を叩き込んだ。


 息吹徹しいぶきとおしという技だったが、ヒットの瞬間魔力の振動波が打点から拡散して相手の意識を刈り取った。


 縦方向の回転で投げ飛ばされた残りの二人の生徒は直ぐに起き上がり、順にライゾウに殴りかかった。


 だが一人目の生徒は、放った拳打を回りこむように避けられつつ手首を取られる。


 そして本来打撃するはずだった拳の方向へと、さらに加速するようにライゾウから力を加えられてすっ飛びそのまま生垣に突っ込んだ。


 息吹投げいぶきなげという技で処理した形だが、まだ一人残っている。


 残る一人が振り下ろすように殴りかかってきたところを、ライゾウはその場で横方向に回転して避けつつ拳を逸らし、そのまま手首をつかんで縦方向の円運動で足元へと投げ捨てた。


 天秤落としてんびんおとしという技で、その場は決着がついた。


「安心しな、峰打ちだ」


 そう言ってライゾウは得意げに笑った。




 峰打ちって投げ技でも言うんだろうかとか、そもそも頭から地面に突っ込んだ生徒は死んで無いよねとかあたしは考えていた。


 ともあれこの場は片付いたようで、周囲の気配を探るが他に襲ってくるような生徒は居ないようだ。


 流石に死人が出てもまずいので、あたしたちはぴくぴく痙攣している生徒から魔法で治療を始めた。


「なかなか腕が立つんですね」


「それなりにはな。ただ、見てたら分かっただろうが、超近接戦闘しかできないんだ。無詠唱で魔法は撃てるが魔力には限度があるしな」


 あたしが声を掛けると、ライゾウは冷静な口調で応えた。


「なるほど、ダンジョンに備えるには悩ましい流派なんですね……」


「ああ。だから今回、古式弓術だったか? 話が出た時、反射的にいい話だなとは思ったんだ」


「そうなんですね」


 そんなことを話していると、あたしたちへの襲撃を見た誰かが呼んだのか、男性教師が二人ほどこちらに走ってきていた。

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