10.隠形のワザは重要だ


 地理的に王都のほぼ中央に位置する王立国教会の本部には、色々な部署がある。


 一般の信徒が入ってくることもない区画では、歴史はあるものの装飾などは最小限に抑えられた建築になっていた。


 そのうちの部屋のひとつが、主としてこの大陸で起こる神々の奇跡を観測するための部署である観測部の執務室だった。


 室内には観測部に所属する神官などが机を並べ、資料作成などの事務仕事や観測に使うための魔道具の設計に勤しんでいた。


 彼らに交じって、“精霊同盟”の『竜担当』であるアイザックは机の上の魔道具とにらめっこをしていた。


「どうしたんだアイザック、朝っぱらから難しい顔をして。何か新しい魔道具でも手に入れたのか?」


 アイザックの裏の顔など知らない同僚が、彼に声を掛ける。


「ああ、裏通りにある魔道具屋で、中古の変わった魔道具を見かけたから買ってみたんだ。機能自体は大したことも無くて、人間を強制的に笑わせるだけのものなんだ」


「そりゃまたピーキーというか、どこかの研究者や学生あたりが作りそうな道具だな」


「ああ。――ただ、魔道具の回路の保護機構がちょっと興味深くてね。どうにも開くと壊れるように組んであるようなんだ」


「それで魔道具をみて考え込んでいたのか。仕事の息抜きにはちょうどいいかも知れないな。それじゃあわたしは当番だから」


 そう言って同僚は手を振って、実際の観測の作業を行うために部屋を出て行った。


「構造そのものに機能を持たせる魔道具の効果か……。ちょっと今までと色々視点を変えてみるか」


 そう告げるアイザックの目は机上の魔道具を捉えていたが、その意識では全く規模の異なるものに思いを馳せていた。




 いつも通りあたしは寮を出てクラスに向かい、授業を受けて休み時間になった。


 だがいつもの日常と違い、あたしを観察するような視線があることに気が付いていた。


 今のところ敵意は無さそうなので放置しているけれど、しつこい様ならどういう意図があるのか確認した方がいいかも知れない。


 さりげなく視線の方に目を向けると、こちらを伺う男子生徒の姿がある。


 すでに気配は覚えたので、視線を合わせないように顔を観察して記憶する。


 背格好から、恐らく高等部の生徒だろうと判断した。


 休み時間が終わるころになると廊下から居なくなるので、授業はちゃんと受けているのだろう。


 昼休みになってみんなと食堂に向かうが、途中からやはり視線を感じる。


 いいかげん鬱陶しく感じる。


「みんな、ちょっと相談があるんだけどいいかな?」


「あら、改まってどうしたんですの?」


 あたしはみんなが食べ始める前に声を掛けた。


「魔法で防音にするから、食べながら話すわ」


 あたしの言葉にみんなは頷く。


 【風操作ウインドアート】で防音にしてから説明を始めた。


「実は今日、朝からクラスの廊下に休み時間になると男子生徒が来てたんだけど、知ってる?」


「んー、気付かへんかったわ。なに、ウィンちゃんストーカー被害受けとるん?」


 比較的気軽な感じでサラが問う。


「その可能性を考えてるところよ。ずっとその男子生徒、あたしを観察するように視線を向けてるの」


 あたしの言葉にサラが固まる。


「ゴメンなウィンちゃん、そこまでヤバそうって思わへんかったんや」


「気にしないで。あたしもあんまり深刻には考えて無いのよ」


「何か心当たりがあるんですか?」


「可能性というか、先週末に風紀委員会の打合せで、先輩から注意事項が一つ伝達されたの」


「ああ、ありましたわね。学院非公認のイベントの『学院裏闘技場』でしたかしら。『まだ風紀委員を闇討ちしようという噂は聞かないけど気を付けなさい』というお話でしたわ」


「闇討ちって、あからさまにヤバそうなんやけど……」


 単語の響きでサラとジューンはドン引きしている。


 まあ、普通はそういう反応になるよね。


 ということはあたしは既に普通では無いのかと思い立ち、その事実に愕然とする。


「大丈夫ですかウィン。顔色が悪いですよ? 体調が悪いなら保健室に付き添いますよ?」


「ああ、大丈夫。自分が“闇討ち”って単語をサラやジューンほど重く考えてないことに気づいてショックを受けてただけなの」


「そ、そうなんや……」


 そう言ってサラが苦笑いを浮かべた。


 それでもジューンはまだ心配そうな顔をしている。


 あたしが誤魔化そうとしているとでも考えてるのかも知れないな。




「ともかく、食べながら話しましょう」


 そう言ってあたしはエビ天に箸を付けた。


 食堂でエビ天が出るのを見かけたら、あたしはいつも選んでしまっている気がする。


「相手は特定できているんですの?」


 白身魚のバターソテーを食べながらキャリルが問う。


「視線を合わせないように顔は確認したけれど、知人には居ないわね」


「そやったら部活や委員会関係とは違うんやね」


 そう告げるサラは、トマトソースのクリームペンネを食べている。


「同じ学年の人なんですか?」


 ほうれん草とベーコンのチーズリゾットを食べつつ、ジューンが訊いてきた。


「けっこう背が高いし、制服も違うから高等部の人だと思うわ」


 うーん、このエビは王国の西部から入ってきた奴だろうか。


 学食のレベルを超えたエビ天になってるな、衣とかサクサクだし。


「そういうことでしたら、まずは風紀委員の先輩に相談したらよろしいんで無くて?」


「そうですね、私もそれがいいと思います。高等部の先輩がいいでしょうね」


「ならカール先輩かニッキー先輩かエルヴィス先輩か……」


 その三人ならニッキー一択だな。


 カールだと風紀委員長だからいろいろ目立つし、エルヴィスは学院内のファンの目があるから別の意味で目立つ。


「ニッキー先輩に相談したいところだけど、食堂内に居るかな……」


 あたしが周辺の気配を探ると直ぐにニッキーが見つかった。


 比較的近くの席だな。


「居るわね。――キャリル、悪いけど場所を教えるからニッキー先輩をここに呼んでくるのをお願いしていいかしら? 『打合せでエルヴィス先輩が周知してたこと』って伝えて欲しいの」


「お安い御用ですわ、すぐ行って参りますの」


 そう言うとキャリルは自然な所作で立ち上がり、ニッキーを呼びに行った。


 するとキャリルは直ぐにニッキーを連れて戻ってきた。


 ニッキーは自分の昼食の載ったトレーを抱えてきたな。


 あたしは直ぐに【風操作ウインドアート】を唱え直し、防音の範囲をニッキーが座った席まで広げた。


「先輩すみません。相談する側なのに呼びつけちゃって」


「かわいい後輩の相談事なら歓迎よ。……それで、闇討ち云々の話だったかしら。何か動きでもあったの?」


「それがちょっとまだ確定してなくて。実は――」


 あたしはニッキーに、今日になって観察されていることを説明した。


「話は分かったわ。話しかけるでもなくただ観察しているだけというのはブキミね」


「何らかの襲撃ということなら、むしろもっと気配を隠そうとしますよね?」


 ニッキーはバゲットサンドを食べながら何やら考え込んでいる。


「本人は隠れて監視しているつもりの可能性もあるかも知れませんよ」


「襲撃とちゃうんやったら、ウィンちゃんとの交際を申し込もうとしとる男子かも分からんね」


 ジューンが言うように、本人は隠れているつもりということはあるのか。


 サラが言う可能性はどうなんだろう。


「交際云々はちょっと分からないわ。監視されてるあたしがいうのも何だけど、視線にそういう熱のようなものは感じないもの。どちらかというと情報集めに近いと思うの」


「そういうことなら、本人の意思か誰かに頼まれたのか。……そもそもどういう目的なのかが分からないと話にならないわ」


 ニッキーがあたしに告げる。


「なら本人に直接訊くのが一番早いかも知れないですね」


 あたしがそう言うと、ニッキーは少し考えて頷いた。


「分かったわ。本人をここに私が呼んできます。私とウィンちゃんとキャリルちゃん、風紀委員関係者が三人も居れば対処は出来るでしょう。……今もこちらを観察しているんでしょう? 場所を教えて」


「分かりました。」


 あたしが場所を教えると、直ぐにニッキーは監視している男子生徒を呼びに行った。


 席はそれほど離れていないので、ニッキーと男子生徒が何やら話し込んでいるのがここからでもうかがえる。


 とりあえず言い争っている様子は無いのでひとまずあたしは安心した。


 その後ニッキーはこめかみを押さえ、首を振ってから男子生徒の同行を促してこちらに戻ってきた。




 その男子生徒は自分の昼食が載ったトレーをもってあたし達のところにやってきた。


 身長は高めだがエルヴィスほどでは無く、引き締まった身体をしている。


 印象的なのは日本人のような顔立ちと、黒髪に濃く赤い瞳か。


 彼がニッキーに促されて彼女の向かいの席に座るので、あたしは防音の魔法を張り直した。


「呼んで来たわよ。とりあえず告白とかそういう感じではなさそうだけど、詳しくは本人から話を聞いてみて。――あなた、まずは彼女たちに自己紹介して」


 そう告げるニッキーに緊張した様子は無いから、それほど面倒な話ではないのかも知れない。


「ああ、メシ時に済まない。おれは鬼月雷蔵きづきらいぞうという。鬼月が苗字だから王国の流儀なら、おれの名はライゾウ・キヅキという。フサルーナ王国マホロバ自治領からの留学生で、魔法科高等部一年だ」


 そう言ってライゾウは椅子に座ったままお辞儀をした。


「こんにちは、ウィン・ヒースアイルです。さっそく伺いますが、朝からあたしを監視していたのはどういう理由ですか?」


「そうだな、まず不躾な視線を送ったことを詫びよう。済まなかった。――それでおれがウィンを訪ねていたのは相談事というか頼みごとがあったからだ」


「頼みごと、ですか?」


「ああ! おれの事情で恐縮だが、いま新たに『史跡研究会』の設立を申請していてそれが認可された。活動内容は遺跡やダンジョンでのフィールドワークだ」


「はぁ……」


「ダンジョンは危険だが、それ故に隠形のワザは重要だ。頼みたいことというのは二つある。一つはおれの研究会への入部で、もう一つはおまえの隠形を教えて欲しいんだ!」


「……うーん」


「要するにおれは、ウィンの弟子になりたいんだ!」


 どうしようコレ。


 油断していたら、割と面倒なことが向こうから来ちゃったんですけど。

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