09.どこで盗れるんだ


 いつもより若干遅めに女子寮に戻り、夕食を取ろうとキャリルと待ち合せると食堂でサラに会った。


 そうか、彼女はこのくらいの時間に夕食を取ってるのか。


 ちなみにアルラ姉さんとロレッタには事前に遅くなりそうと伝えてあるから、すでに夕食は済んでいる筈だ。


 サラは他のクラスの獣人の女子とご飯を取るところだったらしく、あたしとキャリルも誘われて一緒に食べた。


「珍しいやん、ウィンちゃんとキャリルちゃんがこの時間に食堂に居るのは」


「そうね。今日はちょっとキャリルと特訓してたのよ」


「そうなんや。何の特訓しとったん?」


「戦闘力を高めようと色々とね。――特訓といえばサラは狩猟部の方の練習は順調かしら?」


 王宮から王都南ダンジョンへの転移については今のところサラといえど言えないので、話を逸らすことにする。


「お、興味あるん?! ふっふっふー、順調やでー。それがな、聞いてやウィンちゃん。ぜんぜん想像しとらんかったんやけど、杖術で身体強化の魔力操作を練習しとったのが活かせそうなんや」


「おお、それは良かったじゃない」


「努力しておくといいことがあるんですのね」


「ホンマやで。そんでな、いま基本的な弓矢の撃ち方を習っとるんやけど、先ずは止まった状態で撃つことをちゃんとせんとあかんのや――」


 話を聞く限りでは狩猟部でのサラの練習は順調そうだった。


 まだ練習を始めたばかりだけど、どうやら楽しくて仕方が無いようだ。


 あたしはそんなサラを見ながら、自身が弓を習い始めたころのことを思い出していた。


 夕食後に自室に戻り、あたしは自身のステータスを確認した。


 ダンジョンに行ったことで多少は変化があったか気になったのだ。


 その結果、以下のような情報が分かった。


状態ステータス

名前: ウィン・ヒースアイル

種族: ハーフエンシェントドワーフ(先祖返り)

年齢: 10

役割: 斥候スカウト

耐久: 70

魔力: 160

力 : 80

知恵: 220

器用: 210

敏捷: 350

運 : 50

称号:

 八重睡蓮やえすいれん

加護:

 豊穣神の加護、薬神の加護、地神の加護、風神の加護、時神の加護、

 薬神の巫女

スキル:

 体術、短剣術、手斧術、弓術、罠術、二刀流、分析、身体強化、反射速度強化、思考加速、隠形、存在察知、痕跡察知、地形把握、危地察知、毒耐性、環境魔力制御、周天、無我

戦闘技法:

 月転流ムーンフェイズ

固有スキル:

 計算、瞬間記憶、並列思考、予感

魔法:

 生活魔法(水生成、洗浄、照明、収納、状態、複写)

 創造魔法(魔力検知、鑑定)

 火魔法(熱感知)

 水魔法(解毒、治癒)

 地魔法(土操作、土感知、石つぶて、分離、回復)

 風魔法(風操作、風感知、風の刃、風の盾、風のやまびこ、巻層の眼)

 時魔法(加速、減速)


 器用や敏捷の値が増えていて、『地形把握』というスキルが増えている。


 ただ、父さんの狩人の仕事を手伝っていても、地形の把握は無意識に行っていた気がする。


 スキルの効果を確認するが、『地形の把握をしやすくする』という内容だった。


「正直微妙かな……」


 思わずそう呟くが、とりあえず自然に覚えたスキルなので、このまましばらく様子見することにした。


 ソフィエンタ本体に『部屋を散らかすのと同じだ』と説教されるようならまた考えよう。


 そんなことを思いつつ、あたしは宿題と日課のトレーニングを片付けることにした。




 冒険者を束ねる単位としては、まず“パーティー”がある。


 これはダンジョンなどに実際に挑むときの実働部隊の単位だ。


 これよりも大きな単位としては“クラン”がある。


 目的や理念、地縁などを同じくする冒険者がまとまる単位であり、冒険者ギルドに登録していないものも含めると数多く存在する。


 そのうちの一つ『黒血の剣こっけつのつるぎ』というクランの拠点は、王都ディンルークの貧民街にあった。


 黒血の剣はストリートチルドレンだけで構成されたクランで、彼らにとっては互助会のような集まりだった。


 退団した者が保証人になって冒険者登録を済ませ、構成員として活動している。


 彼らには成人したら退団する決まりがあり、冒険者ギルド経由の仕事の他に路上で窃盗などの犯罪を行う者も多い。


 その不法占拠してたまり場にしている建物に、夜の闇の中を一人の少年が戻ってきた。


「ようお前ら、おもしれえもんをってきたぜ」


「なんだよ、多少はメシの種になりそうなもんだろうな」


「どうせ碌なもんじゃねえだろ」


 建物の中には十名強の少年たちが居て、大人は居ない。


 それぞれ自身の武器を弄ったり、王都のどこかから拾って来たガラクタを思い思いに弄っていた少年たちが声を掛けた。


「魔道具屋にあった中古で流れてきた奴なんだけどよ、すげえぞコレ!」


「……何がスゲエんだよ」


 魔道具を持ち込んできた少年に、自身の剣を磨いていたリーダーの少年が問う。


 その魔道具は長さが二十サンチほどの金属製で、ボタンとダイヤルが付いている。


 持ち込んだ少年は直ぐ近くの仲間にそれを向け、おもむろにボタンを押した。


 その直後、彼らの拠点内には笑い声が響く。


「ぎゃーっはははははは、うひっ、おっおまうひゃひゃひゃひゃひゃ……うぇっふ」


 標的になった少年は突然笑い転げながら倒れ、床をのたうち回った。


「な? すげえだろ?」


「……オミッド、どういうもんだコレは?」


 笑い転げる仲間を見ながらリーダーの少年は尋ねた。


「見ての通りのもんだ。無理やり相手を笑わせることができる魔道具だぜ」


 オミッドと呼ばれた少年は得意げに応えた。


「……そうか。ちょっと貸してみろ」


 リーダーの少年はそれを受け取り、注意深く観察してからダイヤルを弄ってからオミッドに向け、ボタンを押した。


「ちょっ、ふふふっガラル、いきなり、ふふふふふは、躊躇なく俺に、ぐっふふふふ」


「……なるほどな、ダイヤルで強さを変えられるのかも知れねえな。にしてもオミッド、きめえなお前の笑い声」


 ガラルと呼ばれたリーダーの少年は更にダイヤルを弄ってからボタンを押した。


 魔道具を向けられたオミッドはより大きな声で笑い始め、床を転がりまわった。


 それを観察しながらガラルは別の少年に声を掛けた。


「……おいアラスター、お前の仕事にこれ使えるんじゃねえの?」


「そうだな、オレでも使えるなら強盗タタキがラクになりそうだな」


「……だよな? なら数を揃えてえが、どこで盗れるんだこりゃ。おいオミッド」


「うぇひゃひゃひゃひゃひゃっぷうぇ、そりゃははははは、ぅひゅーっひゅーっ」


 ガラルの声が聞こえているのかいないのか、オミッドはひゅーひゅー言いながら床を転げまわっていた。


「……こりゃしばらくダメそうだな。アラスター、お前に渡しとく。おれに向けたら斬る。しばらく外で使ってみろ」


 ガラルはそう告げてアラスターに魔道具を手渡した。


「分かった」


 貧民街の片隅からはしばらくの間、少年たちの場違いな笑い声が漏れ出ていた。




 あたしたちが王都南ダンジョンに再挑戦した翌日、普通に授業を受けて昼休みになった。


 いつものメンバーで昼食を食べていると、来月予定されている学校対抗の体育祭の話が出る。


「体育祭ってあたしたちは関係あるのかな?」


 今日のあたしのお昼はシチューだ。


 学院の食堂のシチューはクリーム感が前面に出ていて、かなりあたしの好みである。


「学校行事だから、授業の代わりに応援に行く必要はあるみたいですよ?」


 そう告げるジューンはビュッフェで取ってきた白身魚のフライとポテトサラダとパンだ。


 ジューンが噛むごとにフライの衣がサクサク音を立てているな。


「競技は確かプレートボールとゴールボールとカヌーでしたわね」


 プレートボールはほぼ野球で、ゴールボールはほぼサッカーだ。


 ただ、プレートボールは五イニング制で、ゴールボールは一試合六十分となっていて、直ぐ決着が付くようだ。


「基本、選手は希望者とか部活関係だけやから、ウチらには関係無いおもうけどな」


 キャリルとサラは二人とも、トマトソースのパスタを食べている。


 ナスとかベーコンとか入っているようだ。


「そっか。ならあたし達は応援してればいいのね。――それは気楽ね」


「たぶん私たちのクラスなら、コウがゴールボール部ですから参加する側かも知れませんね」


「そんでも学院代表は学年をまたいで決めるんやろ?」


「そうですわね。あと男子と女子は分かれていた筈ですわ」


「案外ウィンも女子の代表に誘われたりするかも知れませんよ?」


「あたし? ダメよ。球技は苦手だもん」


 身体能力はともかくどこに飛んでいくのかという意味で、ボールを蹴るとかかなり不安だ。


 それならまだ手でボールを投げたり、バットで打つ方が多少はマシだろうか。


 あたしたちはお昼はそんなことを話していた。


 放課後になって、しばらく顔を出していなかったので薬草薬品研究会の部室に向かった。


 部長のジャスミンやカレンがすでに来ていたが、挨拶もそこそこに【鑑定アプレイザル】と【分離セパレイト】を組合わせる練習を始めた。


 先月、九月の最終週くらいには練習を始めたから、そろそろひと月ほどになるだろうか。


「ウィンちゃん、熱心ね! もうそろそろ組み合わせて使う方法は習得出来たんじゃないかな!」


 あたしが砂と塩を使って練習していたら、その合間にカレンが声を掛けてきた。


「そうですね……。あたしの鑑定で調べる限りでは、分離後の塩に不純物が含まれて無さそうなんです。あとはどこまで精度や速度を高めるかって話と思うんですけどね」


 あたし達のやり取りを聞いていたジャスミンも横から訊いてきた。


「それは確かに悩みどころね。ウィンちゃんの目標としては、医学で使える物質を薬草から取り出すことなんでしょう?」


「そうなんですよ。部長のご想像の通り、身体に入れるものを分離したいから、出来るだけ余分なものを取り除きたいんです」


 薬草から薬に使えそうなものを取り出すとして、それに不純物が入っていて副作用みたいなものを起こすなら失敗だろう。


「まだ医学の勉強とかをするんでしょう? 【鑑定アプレイザル】と【分離セパレイト】は、練習だけは続けておけばいいじゃない。勉強が進めばどの程度まで分離すればいいか判断できるんじゃないかしら」


「……そうですね。たしかに、その判断が自分で出来なければ、薬草から取り出したものを治療に使うとかは怖くてできないですよね」


 そう言ってあたしがため息をつくと、カレンが声を上げた。


「そういうことなら、魔法の練習はほどほどにしないと続かないと思うの! ウィンちゃん、そろそろハーブティーを淹れようと思うの!」


「あ、そうですね。あたしも頂きます!」


 そのあと他の部員も加わり、それぞれが【収納ストレージ】から焼き菓子などを取り出して、ちょっとしたお茶会になった。

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