08.二択問題だと思うのよ
王都南ダンジョンの第四階層入り口で小休止していたあたし達は、そろそろ出発しようかと話をしていた。
目の前にはこれまでの階層と変わらず、春くらいの陽気の中で草原が広がっている。
「それでどうするの? ここまでの階層は、様子見目的とは言ってもスムーズに来ちゃったから、予定よりも早く来てると思うんだけど」
あたしがみんなに問うと、レノックス様が口を開く。
「そうだな。ここまでは気配遮断とウィンの斥候のお陰で戦闘を行わずに来れた訳だが」
「これが階層ボスを標的にした潜入作戦なら、花マルが貰えそうな滑り出しですわね」
「予定通りこの第四階層出口を今日の目標ってことにするなら、何回か戦闘を行っておくのも鍛錬にはいいかも知れないね」
確かに実戦という面では今回は鍛錬になっていないんだよな。
戦闘回数のコントロールとか、みんなの気配察知の鍛錬も兼ねた移動を考えてもいいかも知れない。
「そういうことなら、陣形を少し変えましょうか。具体的には先頭をあたしだけじゃなくて、キャリルと二人体制で進みましょう」
「それは大丈夫ですわ」
「交戦規定というか、魔獣を見つけた場合の戦闘の有無はどうするのだ?」
「なにかいい案はあるかい?」
レノックス様の問いにコウが案を促す。
「ふむ、オレが決めていいならそうだな。……第四階層での索敵はキャリルが主担当としよう。ウィンはその補佐で、最寄りの魔獣の気配以外に目につくものがあったらキャリルに教えてくれ」
「分かりましたわ」
「了解よ」
その後レノックス様の案で、第四階層の移動は『街道の安全の確保』という作戦に見立てることにした。
第四階層の草原を伸びる道を進みつつ、冒険者やダンジョン内の牧場関係者の脅威になりそうな魔獣の群れを中心に狩るのだ。
戦術としては、まずキャリルが派手に突っ込みつつ魔獣の目を集める。
その隙にレノックス様はあたしかコウと
残った一人は遊撃で動き、雑魚を中心に重傷を負わせていく。
そのようなことをみんなで決めた。
そしてあたし達は第四階層の攻略を始めた。
ウィン達が移動を始めてから一分も経たないうちにキャリルが片手をあげ、一行の移動を止めさせた。
キャリルが進行方向に魔獣の気配を感じ取ったためだ。
「百ミータ前方の林の向こう側、魔獣が六体ですわ」
「種類は何かしら」
「ええと、気配の大きさと移動の感じからして中型……馬より少し小さいくらいのキラーゴートですわね」
キラーゴートは十階層目まででよく見るヤギの魔獣である。
ヤギと言いつつも雑食で肉も食べる。
雑食ゆえか肉質はともかく臭みが強い。
好んで食べる者は居ないが、食費を浮かせたい冒険者がハーブを使って煮込み料理にしたりはする。
魔獣らしく仲間以外には非常に攻撃的で、格上の存在に対しても無謀に突っかかってきたりする厄介な生き物だ。
「あたしもキラーゴートと思うわ」
「戦闘開始のタイミングはキャリルに任せる。今回はオレとコウでキャリルの補佐に回る」
「あたしは遊撃ね。了解したわ」
そうしてウィンは周囲を警戒しつつ、気配遮断を強め場に化して身を隠した。
「それでは参りますわ」
火属性魔力を身に纏わせたキャリルが高速移動でキラーゴートの群れに突っ込む。
最寄りの個体の頭部を火属性魔力で強化された戦槌の一撃で粉砕し、彼女は吠える。
「さあっ!! かかってきなさいっ!!」
奇襲を受けた魔獣たちは敵意をあらわにし、キャリルに殺到する。
その先頭の二体が、それぞれキャリルの陰から飛び出したレノックスとコウによる斬撃で首を落とされる。
魔獣たちが仲間の損失を把握する前に、姿を消していたウィンが群れの背後から襲い掛かる。
魔獣が地に転がり、残った前足で必死に立ち上がろうとするところを、キャリルとレノックスとコウがとどめを刺した。
戦闘が始まってから数十秒で、キラーゴート六体は討伐された。
あたし達は戦闘を終え、キラーゴートの死体を道の脇に引きずって魔石を取り出した。
「戦闘そのものよりも、魔石を取り出す方が手間が掛かるよね」
【
「この階層だと仕方ないわよ」
「それでも連携の鍛錬にはなったと思うがな」
「そうですわ。一瞬の攻防ですが、どんなにささやかでも得るものは有りましたわ」
確かに
「……そうね。小さな積み重ねも大切よね」
そう呟いたあたしの言葉に、コウも頷いていた。
その後あたしたちは移動を再開し、道沿いで数回魔獣の群れと交戦した。
ヤギの魔獣にイノシシの魔獣、イヌの魔獣にゴブリンの群れなどを討伐したが、やっぱり戦闘時間そのものよりも後処理の方に時間が取られた気がする。
それでもあたしやコウはもとより、伯爵家の令嬢であるキャリルや第三王子であるレノックス様も黙々と魔石を取り出す作業をこなしていた。
その後、第四階層の出口まで移動して、あたし達は足を止めた。
「ふむ、おおむね最初に予定していた時間になったと思うぞ」
レノックス様は懐中時計を見ながらそう言った。
「ここまで順調だったら、初回も身体強化して移動すれば良かったかも知れないね」
「それは結果論よコウ。それに済んだ話をしても仕方が無いわ」
「ところで、ここまでのわたくしたちの動きについて、護衛の皆さんから見たらどう評価されているのでしょう?」
キャリルの言葉にレノックス様が頷いて、護衛の一人に声を掛けた。
「皆さんの今回の寸評ですか?」
「あくまでお前の私見で構わない。気になったところなどがあったら意見をくれないか?」
護衛をしていた青年は「そうですね……」と呟いてから口を開く。
「移動に関しては問題無かったと思います。索敵と戦闘の回避は十分に行われましたし、移動速度も速すぎず遅すぎずいいペースでした」
「戦闘に関してはどうだ?」
「これも現段階では良く連携が取れていたと思います。今後、より深い層に至ったときにどうなるかは、また都度考えるべきかもしれませんが」
「オレ達に課題などはあるだろうか?」
その言葉に護衛の青年は少し考え込んでから告げる。
「あくまでも私の個人的意見ですが、課題というか、戦闘の面で考えておいた方がいいことはあるかも知れません。一つは飽和攻撃です――」
そう言って以下のようなことを教えてくれた。
・あたし達一行の対応能力を超える数の魔獣の群れが出た時にどうするのか。
・索敵の範囲外からの攻撃にどう対処するか。
・地形変化や地形の特性、あるいは毒などを利用する魔獣にどう対処するか。
・通常の気配察知が効かない魔獣にどう対処するのか。
「――ですので、総じて意識の外からの奇襲に近い攻撃に対応する方法を、少しずつ考えても良いかも知れません」
確かにそれらは問題だ。
けれど、直ぐに顕在化する話ではないのが救いだろう。
「ちなみに、あなた達ではどうなさるんですの?」
「私たちの“戦略”として、警護の都合から『防御を固める』ということがあります。それに従った対応を行います」
キャリルの問いに対して、青年は“戦略”という言葉で説明した。
近衛騎士の技術論は、外に出せない話が多いのだろう。
だから大きな括りとして、“戦略”という言葉でヒントを示してくれたのかも知れないな。
「戦略か……。たしかにチームとしての方針とか戦略を決めておくのは大切そうですね」
話を黙って聞いていたコウがそう告げると、青年は笑顔で頷いた。
あたしたちは第五階層入り口のところにある転移の魔道具に魔力を登録し、予定通り地上に帰還してダンジョンを出た。
その後入手した魔石を売り払い、ダンジョン地上の街にある衛兵の駐屯所から王宮に転移して来た。
現在応接室で全員でお茶を頂いている。
ミスティモントで暮らしていたときにティルグレース伯爵邸で働いていたから、高級な調度品などに委縮することは無い。
コウの方はどうだろうと思って視線を移してみるが、特に動揺していることも無さそうだ。
「コウって貴族のお屋敷に出入りしてたの?」
「え? ボクかい? 父さんを贔屓にしてくれる貴族のお屋敷に小さいときから伺ったりしてたかな」
そういうことなら高級な調度品にビビるようなことは無いか。
「王宮の高級そうな調度品に、委縮したりして無いなって思ってたのよ」
「ああ、そうだね。それは無いかな。壊したり汚したりしなければいいかなって思うくらいだよ」
「
「それでも気にはするわよ。――ところで、今日のダンジョン行きは成功だったと思うけど、みんなはどう思うの?」
「ボクも成功だったと思うよ」
「わたくしも概ね成功だったと思いますわ」
「オレも再挑戦の出だしとしては悪くないと考えている。今後の課題についてはまた順番に考えて行けばいいだろう」
みんなも今回の挑戦は成功だと考えているようだ。
「ところでさ、警護をしていたお兄さんの一人が、“戦略”という言葉を使っていたのが印象に残っているんだ」
そう言ってコウがお茶を一口飲んだ。
確かに、私見とは言いつつも参考になる話を聞かせてもらえたと思う。
「それに関しては、あたし達がどうなりたいかって話だと思うの。あたしも話を聞いて考えたけど、前提としてあたしたちは強くなりたいのよね?」
「そうだね」
「強くなるのを目指すとして、結局は二択問題だと思うのよ」
「どういう二択ですの?」
「全員が漏れなく他のメンバーの役割をこなせるようにするか、それともそれぞれが自分の役割を突き詰めるのか」
「ふむ、ゼネラリストかスペシャリストかという二択か……」
あたしの言葉にみんなは考え始めた。
「それぞれ一長一短あると思うし、今すぐ結論を出さなくていいと思うわ」
「そうですわね。その二択は宿題としておきましょうか。――もう一つ、宿題を提案したいのですが」
「何だろうか」
キャリルの言葉にレノックス様が問う。
「わたくし達一行の名前ですが、いまは決まっておりませんわ。ですので冒険者に倣い、“パーティー名”を付けたいと思いますの」
「ああ、それは面白いね」
「あたしも賛成かな」
「そうだな、パーティー名と、先の二択についてはそれぞれの中で考えることにしておこうか」
『はーい(ですの)』
そうしてあたしたちの王都南ダンジョン再挑戦は、成功裏に完了した。
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