07.時間を使って来てるんだから
翌日、週が明けて十月も最終週になった。
授業を受け、みんなと昼食を取り、午後も授業を受けて特に問題もなく放課後になった。
予定通りあたしたちはダンジョン行きの準備を済ませ、学院の正門に集まった。
みなそれぞれにロングコートのような戦闘服を着こんでいるが、キャリルに関してはマジックバックを持参していた。
「キャリル、それは?」
「このマジックバックにはわたくしの装備品が入っていますの。いつもの戦槌だけならともかく、鎧については【
「オレの家で装備して、マジックバックだけ置いて行けばいい」
「そのつもりでしたわ」
レノの言葉にキャリルが微笑んだ。
まあ、王宮なら荷物を預けるのに不安は無いよね。
その後あたしたちは身体強化や気配遮断などを発動して、王宮へと走った。
ちなみに馬車を使わなかったのには理由がある。
前回王宮から南門に移動するとき馬車を使ったが、あたしは妙な視線を感じた。
その結果移動中にデイブに相談して、『王都の情報屋だろう』という結論になった。
今後仮に所属不明の馬車が学院と王宮を行き来する回数が増えたら、最終的にはレノックス様が馬車で移動している事が外に漏れるのではないか。
そうレノックス様が懸念を述べて近衛騎士団長を説得したようだ。
最終的には陛下から『鍛錬なんだから自分の足で移動しろ』と発破が掛かることになったらしい。
レノックス様としては大喜びだったようだが、近衛騎士たちはいい顔をしなかったとのことだった。
移動自体は前回同様、問題無く済んだ。
王城の門をレノックス様の顔パスで通過し、王宮の玄関ホールで近衛騎士のクリフたちの出迎えを受けて応接間に移動した。
キャリルが隣の部屋でスケイルアーマーに着替えているあいだ、あたし達はハーブティーを頂いた。
「お待たせしましたわ」
ドレスに着替えるのでも無いのでそこまで時間は掛かっていないのだが、キャリルはそう言いながら応接間に入ってきた。
「どうする? 一杯くらい茶を飲んでいくか?」
「ティーブレイクは帰りにとっておきましょう」
その言葉にあたしたちは頷いて、魔道具を使って王宮から王都南ダンジョンの地上の街に移動した。
前回登録に来た時とは逆のルートで、衛兵の駐屯所建物内にあたし達は転移した。
そのまま駐屯所を出て街中を移動すると、直ぐにダンジョン入り口前の広場にたどり着く。
以前挑んだ時はここでニコラスに会ったのだったか。
さすがに今回は妙な客は来ないとは思うけれど。
ちなみに、すでに人混みの中には暗部らしき人たちの気配が散らばっている。
レノックス様の警備は遅滞なく行われているようだ。
「どうする? ここで武装していくかしら?」
「そうだね、ボクもそれでいいと思うよ」
「武装と言っても武器を取り出して身に付けるだけだがな」
「わたくしは取り出して担ぐだけですわ」
そう言ってレノックス様とキャリルが笑う。
彼らを横目にあたしは【
「そう言えばウィン、いつの間にか武器を変えていたんですのね」
「お爺ちゃんから入学祝いで貰った武器よ。カレン先輩の救出の時から使ってるわ」
「ちょっと見せて頂いてよろしくて?」
「いいわよ」
あたしは
「こっちの短剣も、刃の部分は同じ素材よ」
「いい色の蒼ですわね」
キャリルはそう言って見入っていたが、やがてあたしがしたように柄をこちらに向けて蒼嘴を返してきた。
「それじゃあ行きますか」
蒼嘴を鞘に仕舞ってからあたしが告げると、みんな頷いた。
「まずは入場料だな」
そう言ってレノックス様が歩き出すので、あたしたちも冒険者ギルドの支部の建物に向かった。
転移の魔道具を使い、あたしたちはダンジョン二階層目の入口に移動した。
「基本的に、九階層目まではボクらなら特に気にするところはあまり無いかな。カリオと動いたときは、魔獣にいつの間にか気配を気づかれたんだ。でも今回は斥候役としてウィンが居るからね」
まずコウが自身が来た時に気になったことを話してくれた。
彼の言葉に頷いて、あたしは口を開く。
「一応確認だけど、
「それでいいだろう。護衛の近衛騎士四名についてはコウの後ろについてもらう。それとは別に暗部が展開しているが、彼らは気にしなくていい」
レノックス様の言葉にあたし達が頷く。
「それで、レノは“魔法使い”と言うよりは“細剣使い”として動くんですのね?」
「そうさせてもらいたい。先のことは兎も角、現段階でのオレの課題は体術や武器を用いた戦闘だ。これを伸ばしたいのだ」
「分かったわ。みんなもそれぞれに伸ばしたい技能を鍛錬するのだし、いいと思うわ」
あたしがそう応えると、コウがこちらに視線を向ける。
「ウィンが伸ばしたい技能って何なんだい? 気配遮断に関してはずい分ボクらの先を行っているけれど」
そう言えば話してなかったかも知れない。
「あたし? 気配察知というか、索敵の部分よね。……実家では父さんにくっ付いて狩猟を手伝ってたけど、学院に来て勘が鈍って無いか心配だし、そこからさらに伸ばしたらどうなるかを知りたいのよ」
これは本当だ。
ステータスの“役割”は既に『斥候』に切り替えてある。
生活環境が変わったし、ある程度は大目に見てもらえるかもしれないけど、父さんはともかく母さんにサボってたと思われたら後が恐ろしいのだ。
ものすごい笑顔で母さんから『特訓をしましょう』とか言われたら泣ける。
次に会うのはたぶん年末年始だけど、学院が休みの期間が特訓で吹っ飛ぶのは断固避けたいのだ。
「ウィン……、大丈夫かい? なにやら顔色が悪くなってきてるけど」
「ああ、大丈夫よ。それより今日の目標は何階層までにするのかしら?」
「前回と異なり、高速移動して一階層を十五分から二十分で走り抜けることを考えている。魔獣との戦闘で時間がとられて、一階層三十分くらい掛かると見ておけばいいだろうか」
「それに各階層の出口で小休止を入れた方がいいですわね。安全を取るなら、今いる二階層目入り口から四階層目出口までを目標としましょうか」
「カリオと進んだ時の感じだと、身体強化有りで進むなら正直十階層目まではそこまで鍛錬になるとも思えないよ。ボクはもっと先に進んでもいいと思うけどね」
レノックス様とキャリルの話にコウが意見を述べた。
ただまあ、今回は再挑戦の初回だ。
「今日は様子見も兼ねているわ。無理せずキャリルの案であたしはいいと思う」
あたしの言葉にみんなは頷いた。
そしてあたしたちは、身体強化や気配遮断などを行ったうえで移動を始めた。
目に映るのは長閑な春ころの草原だ。
時おりどこかから吹く風が、青々と茂る草むらを揺らす。
ダンジョンの外は秋だから、ダンジョン内がここまで自然が再現されていると季節の感覚がおかしくなりそうではある。
その中をあたしたちは駆ける。
今回はダンジョン内にある牧場には寄らず、とにかく身体強化で高速移動して駆け抜けることを優先する。
草原の中には時おり林があり、その中に魔獣の気配を感じることが多い。
あたしはそこを迂回して、冒険者たちが踏み均した道を外れて草むらを進む。
みんなのペースについては把握できているので、ちゃんとあたしを追って来れるような速さで走っている。
面白いと思ったのは、キャリルの鎧や護衛の近衛騎士の鎧から音が漏れない事だった。
表面を何か加工して、部品が擦れたりしても音が漏れないようにしてあるのかも知れない。
そんなことを考えつつ、油断なく索敵や迂回をしながらあたし達は高速移動した。
程なく二階層目の出口まで到着したので、あたしは気配遮断を切る。
護衛の近衛騎士たちも含めて、あたしたちは全員無事に揃っていた。
「呆気なく到着してしまいましたわね」
「斥候役が優秀だとここまでスムーズに移動できるものなのだな」
「同感だね。今回は身体強化による高速移動を使ってることも、かなり大きいけどね」
あたしたちの若干安心した空気とは裏腹に、近衛騎士の皆さんは油断なく周囲を警戒していた。
全員冒険者風の格好をしているけど、それにしたって手練れに見える。
そんな彼らが集まってこんな浅い階層に居る時点で、不自然な光景ではあるのだけど。
「それじゃあ、このまま二階層目から三階層目の入り口に移動して転移の魔道具に魔力を登録してから小休止しましょう」
『はーい(ですの)』
そうしてあたしたちは二階層目を後にした。
続く第三層も同じ陣形で草原の中を進み、途中の牧場をぜんぶスルーしてあっという間に出口にたどり着いてしまった。
そのまま第四階層の入り口に移動して転移の魔道具に魔力を登録し、現在小休止をしている。
「ここまで順調だとさすがに退屈ですわ」
「そりゃまあそうかも知れないけど、移動だけでも出来ることはあるわよ?」
「気配遮断はもちろん維持しておりますわ」
「それは当然として、気配察知はどう? 少なくともあたしはキャリルに教えたと思うんだけど」
「それももちろん…………、申し訳ありませんウィン。斥候を任せたことで安心して、気配察知はしておりませんでした」
そう告げてキャリルはしょぼーんとした。
「素直でよろしい。……あたしでも見落としがあるかも知れないし、キャリルの鍛錬にもなるわ。移動中に気配察知も行いましょう」
「そうですわね」
「オレやコウは暗部から気配察知を習ったから、オレ達もそれを試してみよう」
「そうだねレノ」
さりげなくレノックス様とコウがそんなことを言っていた。
「……試してみるってことは、……いままでやって無かったってことかしら?」
あたしが訊くと、二人は一瞬ギクッとした顔を浮かべてから口を開いた。
「「ウィン、申し訳無い」」
そう言ってコウとレノックス様は頭を下げた。
「別に謝ることは無いわよ、あたしだってラクをするのは大好きだし。でも今は鍛錬のために時間を使って来てるんだから、その時間をムダにしないようにしましょう? あたしも少しは頑張るから」
そう言ってあたしが笑うと、みんなも苦笑いを浮かべつつ頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます