12.伝承を持ち込んだ可能性
あたしへの闇討ちの現場に来た男性教師たちに、事情を説明したら直ぐに納得してくれた。
どうやらあたしが絡まれた段階で、誰かが職員室に走ってくれたらしい。
「治療までしてくれて助かったよ。もう行ってくれていい」
「分かりました。あとはお願いします」
「ああ、リー先生にも私達から連絡しておく」
男性教師たちがそう言ってくれたので、あたし達は現場を引き継いでその場を離れた。
当初の予定通り初等部の職員室に向かうと、幸いにもディナ先生は自分の机で事務仕事をしていた。
「ディナ先生、いまちょっとお時間ありますか?」
「はい、ええと――大丈夫ですよ、あら、ウィンさんと他にも居ますね」
「こちらの先輩が、気配の扱いについて先生から習えないかって考えてるんです」
「あらそうですか。……そうね、みんなでここで立ち話も他の先生の邪魔になるし、あちらのスペースで話しましょう」
ディナ先生の案内であたしたちは、職員室の片隅に移動する。
パーティションで区切られた打合せスペースがあって、みんなでソファに座った。
「さて、先ずは自己紹介ね。ワタシはディナ・プロクターです。魔法科初等部一年Aクラスの担任をしています――ウィンさんたちのクラスですね。そして狩猟部の顧問をしていて、古流弓術の
「先生ありがとうございます。それでこちらの先輩はライゾウ・キヅキさんです」
あたしはそう言って視線をディナ先生からライゾウに移した。
「こんにちは、初めまして。おれはライゾウ・キヅキです。魔法科高等部一年Cクラスの生徒です。突然押しかけて申し訳ありません」
そう言ってライゾウは立ち上がってからディナ先生にお辞儀をした。
ライゾウの様子にディナ先生は微笑む。
「座ってください。……なるほど、黒髪にお辞儀ですか。マホロバ領に縁がある生徒なんですね。それで、気配の扱いについて習いたいのでしたか?」
「はい。実はおれは『史跡研究会』の設立を申請して認可されたんです――」
ライゾウは遺跡やダンジョンでの調査を行うことや、そのために隠形などの気配に関する技術が必要と考えたことを説明した。
自身にその技術が無いので困っていたところ、あたしの隠形を模擬試合で見て弟子入りを考えたと告げる。
ところがウィンの技術は血縁にしか伝えられないと知り、困っていたところにディナ先生を紹介されたと説明した。
「加えておれは超近接戦闘を行う格闘術はそれなりに使えますが、それだけだとダンジョンは不安だと考えています。だからディナ先生からは、気配を扱う技術と古式弓術を学びたいんです。急に押しかけて申し訳ありませんが、お願いできませんか?」
そう言ってライゾウは再度立ち上がってお辞儀をした。
「頭を上げて座ってくださいライゾウくん。そうですか、話は分かりました。ライゾウくんに弓術も古式弓術も教えることに問題はありません」
ディナ先生の言葉にライゾウの表情が明るくなる。
「そもそも
「そうですか!」
「ええ。ただ、ちょっといま考えたのは、弓術の基礎をどうするかという部分です。全くの未経験の生徒の場合は、初等部の三年間は普通の弓術を学んでもらうんです。今まではたまたまですが高等部からの入部希望者は居なかったんですよ」
そう言ってディナ先生は腕組みする。
先生の話を聞いたライゾウはやや視線を落としながら口を開く。
「おれは弓については、本当に基本的な部分は地元で習っていました。ただ、留学が決まっておれのバカ親父にはダメ出しされました。カタナや槍や鎧組討と一緒に弓の腕を確認されたんですが、鎧組討しか使っていいって言われなくて……」
「そうですか……」
ライゾウと先生のやり取りを聞いていたキャリルが口を開く。
「偏見という訳ではございませんが、マホロバ領のみなさんは“戦闘民族”と呼ばれる向きもありますわ。ライゾウ先輩は弓の腕を確認されたとのことですが、どんな内容だったんですの?」
確かにそれは気になるかも知れない。
みんなの視線がライゾウに集まった。
「内容か? そうだな。まず馬に乗って、林の中の曲がりくねった道を走るんだ」
「ええと、弓の腕の試験なのですのよね?」
「そうだ。……それで馬に乗った状態で、林の中の道の両脇にマトを用意した奴が一定間隔で立ってるから、走り抜けながらそれに当てるんだ。おれは最初のふたつのマトしか当たらなくてな。バカ親父からは『実戦で死にたくなければ弓はやめとけ』って言われたんだ」
そこまで話してからライゾウは渋面を浮かべ、ため息をついた。
その様子を見て、あたしたちはどこからツッコもうかと考え始めた。
だがキャリルはひるまずに質問を続けた。
「ちなみに、その時使ったマトはどんなものでしたの?」
「え? 普通の奴だぞ。円形で横幅はヒトの胴くらいだ。材質は木だな。それを木の棒の先に付けて、マトの係が自分に矢が飛んでこない位置でゆっくり動かすんだ」
「……たぶんだけどそれ、実戦レベルの試験よ。基礎の内容じゃ無いわ」
「ウチ、いきなりそんなんが課題やったら心折れる自信あるわ」
「戦闘民族恐るべし、です」
ライゾウの話に、みんなは一様に呆れている。
「ディナ先生、どう思いますか? わたくしはライゾウ先輩の腕をいちど、先生が確かめた方が良いと思いますの」
みんなの視線がディナ先生に集まる。
先生は何やら考え込んでいたが、ライゾウを見て告げた。
「ライゾウくん、三十ミータ前方に魔法で土人形を用意したとして、『頭を射なさい』と言われたら身体強化をしないで何本連続で当てる自信がありますか?」
「え、三十ミータで身体強化なしですか? ……動かないマトなら、外せって言われるまで当てられると思います。ああでも、メシはともかく便所がな……。四時間ぐらいは射れるんじゃないですかね」
何だろう。
あたしは“戦闘民族”という言葉を甘く見ていたのだろうか。
ライゾウの話を詳しく聞くほど、彼が異様な環境で育ってきた予感が増す。
「刀や槍はある程度大きくなってから武家の子供が習うんですが、おれの地元だと弓と体術は遊び替わりなんです。五歳ころの農閑期だったっけかな、普通の木のマトを用意して二十ミータくらい離れてから、おやつをかけて誰かが外れるまで順番に弓矢で射るとか一日中やってました」
あたしたちの反応を不思議そうに見渡しながら、ライゾウが告げた。
それを聞いたディナ先生が何やら頭を抱えている。
「…………分かりました。いちど狩猟部でライゾウくんの腕前を実際に確かめてみましょう。話が本当なら、いきなり古式弓術を教えることも出来るかも知れません」
「本当ですか?! ありがとうございます!」
そう応えるライゾウの顔はとても嬉しそうだった。
それとは対照的に、彼の話を聞いたあたしたちは微妙に疲労感を感じていた。
「ワタシは少し書類を片付けてから向かいます。先にライゾウくんを狩猟部の部室に誰か送ってあげてくれますか?」
「そういうことなら、送りますよ」
あたしがディナ先生にそう言うと、みんなも頷いていた。
そして先生と別れて、あたしたちは部活棟に移動した。
さすがに今度は闇討ちの類いに遭うことは無かったが、すれ違う生徒たちから時おりあたしに好奇の視線が向けられていた気がする。
闇討ちを撃退したことが噂で流れ始めたんだろうかと思いつつ、あたしはとりあえず気にしないことにした。
狩猟部の部室にはカールは居なかったが、何人かの部員たちが居た。
サラがライゾウを紹介し、ここまでの経緯を簡単に説明した。
幼い頃からライゾウが地元で体術と弓を遊び替わりに行っていたとだけ伝えると、詳細を知らない部員たちは興味深そうにライゾウと話していた。
「それでウィンちゃんこのあとどうするん? ライゾウ先輩の腕前を見ていかへん?」
特にあたしは急ぎの用事も無いので、折角だから見ていくことにした。
キャリルも同様だったが、ジューンは『ピンク色の悪夢』の後継機開発の作業があるからと申し訳なさそうに魔道具研に向かった。
しばらくしてディナ先生が来たので、その場にいたみんなで部活用の屋外訓練場に移動する。
「それじゃあライゾウくん、弓と矢はこれを使ってください。身体強化は使わないでくださいね。――好きなように撃ってくれていいので、訓練場に出現する土人形の頭か胴体を射てみてください」
「分かりました」
さすがのライゾウも弓には(自己判断で)苦手意識があるのか、若干緊張した表情を浮かべている。
彼は矢筒を身に付け、弓を抱えてあたし達から少し離れた。
「それでは始めます」
「はい!」
それからはディナ先生が直々にライゾウの弓の腕前を確認したが、とにかく中る中る。
三十ミータほど先の土人形の頭部に、十本ほど連続で命中させる。
「新しい的を出します」
「はい!」
最初の土人形の隣に新しいものを魔法で出現させるが、五本ほど連続で命中させた。
すると何を思ったか、ライゾウは左手で持っていた弓を右手に持ち替え、構えを左右逆にして撃ち始めてこれも連続で命中させる。
「とりあえず逆手でも射られます。……あと、後ろも射られます!」
そう叫んで構えを戻した後、身体を前後逆に向けてから振り返った体勢で連続で命中させた。
そこまでやってから、ライゾウが叫ぶ。
「矢が無くなりました! 追加をください」
「いいえ、確認は終了です! こちらに来てください!」
その場にいた生徒たちは褒める以前にやや呆然とした表情でライゾウを見た。
その様子を見ながら、ライゾウが気まずそうに告げる。
「やっぱ時間をかけすぎたかな、おれ……。もっと矢継を早くしたり、立ち位置を移動して撃った方が良かったですかね……?」
その言葉に、あたしを含めた数人の生徒がブンブンと首を横に振った。
「いいえ、ライゾウくん、お見事でした。あなたの弓の腕前は、王国の基準では上級者に届きます」
「え? でも地元だとおれより上手い奴が普通にいて……」
どんな魔境だそれは。
そう思ったが、反射的にツッコミを入れなかったあたしを褒めて欲しい。
「あなたの地元では、戦時を想定した鍛錬を日常に取り入れていたと判断します。ですのでライゾウくんには基礎ができています。ぜひ!
「よ、よろしくお願いします!」
ディナ先生の言葉に、ライゾウは嬉しそうな表情を浮かべてお辞儀をした。
そのやり取りを見ていたあたしたちは、ようやく拍手を送ることができた。
「教えるためには狩猟部に入ってもらいます。学院は兼部も認めていますから、気にせず所属してください」
「はい!」
ライゾウの反応に頷きつつディナ先生は微笑んだが、その眼は笑っていなかった気がする。
「(こんな逸材、逃がすもんですか)」
拍手に隠れて、ディナ先生の小さな呟きは良く聞こえなかった。
学長のマーヴィンは執務室で書類の山と格闘していたが、片付ける目途が立ったところで手を止めた。
すっかり冷めてしまったハーブティーを飲みながら机の上に視線を走らせると、一束の書類に目が留まる。
すでに手続き済みの書類だが、『史跡研究会』の設立申請書だった。
その活動目的に興味をひかれて、書類の山からよけていたのだ。
改めてその申請書を手に取り、書かれている内容に目を走らせる。
「都市伝説、ですか。……周辺国であれだけ探したのに痕跡さえ見つからなかった話が、マホロバからの留学生からもたらされるとは」
マーヴィンの視線の先には、王都地下に古代遺跡がある可能性が丁寧に記されていた。
それを読みながら、彼は思わず微笑んでいた。
「キヅキ君は知らないのか、書かなかったのか……。失われた我が王国の氏族が、マホロバに伝承を持ち込んだ可能性が出てきましたね。私が自分で彼の地に飛びたいところですが……」
そう言ってマーヴィンは机上の書類の山を眺め、苦笑いを浮かべた。
そうして彼は、冷めきったハーブティーを飲みほした。
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