13.いつでも遊びたい
昼食後にあたしたちはプリシラの案内で、縫いぐるみとか人形を扱っている店を渡り歩いた。
「はー、プリシラちゃんよくこんな店知っとったね。店構えとかからしたら布生地やパッチワークの専門店としか思えへんやん」
「こちらは我が家の王都の屋敷で働いている者に聞いたのです。元々は私の要望を受けて王都をリサーチしてくれたのですが、今では私よりも詳しくなっております」
それってプリシラを口実に、使用人が自分の趣味にド嵌りしたようにしか聞こえないが、取りあえず良しとしよう。
情報源として優秀だし。
「さっきの店も良かったですけど、この店は小さいサイズの縫いぐるみが多い気がしますね。種類は動物のものが多いです」
ジューンが一つ一つ手に取って確認している。
この店に来るまでに彼女は、すでにひよこをモチーフにした縫いぐるみを購入済みである。
「先般のウィンの要望を元に、小さい縫いぐるみが必要と判断しました。そうなるとこの店は選択肢として外せなかったのです」
そう言って振り返ったプリシラの両手には、すでに複数個の縫いぐるみが抱えられている。
クマとレッサーパンダとボーダーコリーと豹が抱えられているが、どれもデフォルメ具合が絶妙で、見ているだけで思わず頬が緩んでくる。
「あたしも幾つか買おう」
そう呟いて選び始めるが、気が付いたら右手に黒ネコ、左手にグレーの縞ネコの縫いぐるみを握っていた。
結構悩んでいた気がするが、どれくらい悩んでいたかといえば時間の感覚は曖昧だった。
その間も周囲の気配の察知だけは怠らなかったけど、この店は一日中入り浸ってしまう危険があると思った。
「店の名前は『
そう告げるキャリルの手には白い竜をデフォルメした縫いぐるみが二つ乗っていた。
それを見たあたしは、さらに縫いぐるみを買うことにして選び始めた。
買い物を終えて、あたしたちは早めに学院まで戻った。
王都内の乗合い馬車の停留所から正門を抜け、お喋りしつつ寮まで歩く。
「プリシラ、今日はありがとう。いろんな店を教えてもらって面白かったよ」
「ホンマやで、プリシラちゃんありがとう」
「皆さんが喜んでくれたなら良かったです」
あたしとサラの言葉に、プリシラは微笑んでみせた。
そして彼女は歩きながら何か考えるような表情を浮かべ始めた。
「どしたんプリシラちゃん?」
「いえ、収穫祭の時にお爺様に言われた言葉があるのですが、今日皆さまと過ごした時間はそれに照らして妥当だったかを思惟しておりました」
「お爺さまということは、侯爵閣下ですの?」
プリシラの言葉にキャリルが興味深そうな表情を浮かべた。
「プリシラは収穫祭期間中に遠距離通信で閣下と近況を話したみたいだけど、その時に“正しく遊ぶことを覚えなさい”って言われたらしいの。そのことをずっと考え込んでるみたいなのよ」
ホリーがあたしたちに説明した。
侯爵は身分という区切りでいえば、この国の上流階級のトップ層の人物だ。
その人が孫を相手にして遊び方を覚えろと言い出したのなら、何も知らなければ真意を考えてしまうかも知れない。
ただ、あたしたちはプリシラのある意味での不器用さを知っている。
「“正しく遊べ”か。あたしなんかが侯爵閣下の真意を読むとか本来は恐れ多いけど、何となく分かる気がするわ」
「何か隠された情報があるのでしょうか?」
むしろこの場合は、隠された情報が無いことが彼女を悩ませている気はする。
「そうねえ。――プリシラはどちらかと言えば勉強は得意でしょう? 学院での勉強は好き?」
「学ぶことは、達成すべきことです。『好きか否か』という問いの枠外にあると思います」
「そう? なら、魔道具研で新しい技術を学ぶことも枠外のこと?」
「それは……私は関心をもって学んでいます」
「たぶんだけど、学院とか貴族社会の仕組みでは『減点式』で評価されるのよ。でも、プリシラ自身が楽しいと思えることは、『加点式』で評価されるものだとあたしは思うかな」
「……考えています」
「閣下が“正しく遊べ”と言ったのは、『加点式』で百点満点からさらに超えて二百点でも千点でも、自分の中でプラス加点できるものをもっと増やせってことなんじゃないかな」
「非常に興味深い意見です」
あたしとプリシラの会話を歩きながら聞いていたみんなは、それぞれに何か考えていたようだ。
「ウィンちゃんそれやと固すぎる気がするんやけど。単純に“楽しい”とか“嬉しい”で決めてええと思うんやけど」
「でもウィンの話し方はシンプルで分かりやすいですよ。確かに数字で感情が測れるかと言えば問題ありますけど」
「けっこう難しい感じでプリシラは考え込んでたみたいだから、ウィンの視点は助けになりそうね」
「ウィンは幼い頃から意外と目端が利きますから、具体例で置き換えて問題を整理するのはかなり有効と思いますわ」
皆のやり取りを伺っていたプリシラは口を開く。
「一つ気付いたことがあります。『加点式』で今日みなさんと過ごした時間を考えるとき、その点数の尺度が私の中には無いのです。ですが……」
言葉を探していたプリシラは、嬉しそうに告げる。
「今日過ごした時間は、プラスに加点されるべきと考えます。これだけは間違いありません!」
「いまはそれでいいんじゃないかな」
あたしは何となくホッとして微笑んだ。
「そうですね。私は、その尺度を自分の中に持ちたいです」
「そんなんウチはいつでも手伝うで!」
「サラの場合は『いつでも遊びたい』って言ってるように聞こえるのは何故なんですかね」
プリシラの言葉にサラが反応し、それに対してジューンがツッコミを入れていた。
週が明けて十月も第四週になった。
いつも通り授業を受け昼休みになり、いつものメンバーで食堂に向かう。
料理を買ってあたしたちが席に着くと、以前会ったことのある生徒会のシャロンがあたしたちのところにやってきた。
「こんにちはウィンさん、みなさんもこんにちは。生徒会書記のシャロン・シルバです。今日は隣の席で食べさせてもらっていいかしら?」
何かサラの模擬戦の件で動きでもあったのだろうか。
とりあえず断る理由も無いので、あたしの隣に座ってもらった。
「何かサラの件で決まったことでもありましたか?」
「そうね。日程に関しては仮置きで決定したわ。今日はその確認で声を掛けたの――食べながら話をしましょう」
そう告げてから彼女は【
「まずサラさんに迫ってきた獣人の子たちだけれど、今日の放課後に部活用の屋外訓練場でバトルロイヤル式の模擬戦を行うわ。これは日付が確定していて、最後の一人になるまで行われます」
「結局彼らは代理人を立てるんですの?」
「生徒会としては『直前まで不明です』と応えるところだけど、知り合いから聞いている話では自分で戦う人も代理人を使う人も両方いるみたい」
「それだと自分で戦う人が不利になりませんか?」
「スタミナとかダメージの面を言っているなら、その辺りは生徒会が模擬戦後に【
「排除すべき相手だからこそ、相手が言い訳する余地を残したく無いんです。体調が万全で無かったから、あたし達との模擬戦に負けたとか言われたく無いので」
「それは確かにそうね」
シャロンはビュッフェで取り分けてきたポークソテーを食べながら笑顔を見せた。
「そんで、本戦というかウチたちが模擬戦で戦うのはいつになりますか?」
「現時点では明後日の放課後で、場所は部活用の屋外訓練場を考えています。そちらの都合はどうかしら?」
そう告げてシャロンはサラに視線を向けた。
「まず、ウチは代理人を立てたいと考えています。日程については、代理人候補のウィンちゃんとキャリルちゃんの都合次第です」
サラが代理人“候補”と呼んでいるのは、複数いる場合は当日クジ引きで決めるという話があったからだろう。
「あたしはいつでも構わないわ」
「わたくしも問題ありません」
「ありがとう、二人とも。あとはカリオも代理人候補やけど……」
「わたくしがここに連れてきますわ」
そう言ってキャリルは席を立ってカリオを呼びに向かった。
直ぐにキャリルはカリオを連れてきて、シャロン先輩が作った防音壁の中の席に座らせた。
「それで、“例の件”って言われて来たんだけど、模擬戦の日程が決まったのか?」
「まさにその話をしとったんや。予定としては明後日放課後に部活用の屋外訓練場で実施予定らしいけど、ウィンちゃんとキャリルちゃんの都合は大丈夫なんやわ。カリオ、あんたはどないする?」
「そういうことなら必ず行くぞ。クジ引きをするんだったか? 俺が出るかは分からないけど、出られる準備はしておく」
「ありがとう、カリオ」
「気にするな。サラが困ってるってのもあるけど、それ以上に俺はあの人たちが気に入らないんだ」
そう言ってカリオは眉をひそめた。
その表情をみてサラは苦笑いを浮かべた。
「そうそう、言い寄ってきた人たちのバトルロイヤルだけど、今日の放課後に部活用の屋外訓練場で行うみたいよ? 一応見に行く?」
「正直あの場に居た連中に俺やウィンとキャリルの敵は居ないと思うけど、代理人でどういう奴が来るのかは気になるな」
「わたくしも同じ意見ですわ」
情報はあるだけあった方がいいか。
もっとも、代理人を複数用意している場合は、あたしたちとの模擬戦には別の代理人を使ってくる可能性があるけど。
その後、サラとジューンは今日の放課後は寮で待機してもらうことを決めた。
そしてあたしとキャリルとカリオは、自分たちの目でバトルロイヤルを観に行くことにした。
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