14.挨拶ついでに殴り合い
放課後の秋空は、気持ち良く晴れている。
こんなことも無ければ、みんなで放課後に王都に遊びに繰り出したくなるかも知れない。
けれどあたしたちは今、部活用の屋外訓練場に来ていた。
「結局、コウやレノやパトリックまで来たのね」
「生徒会が取り仕切る模擬戦というものが、どういうものかを観ておきたかったのだ」
そう告げるレノックス様の顔には好奇心が若干浮かんでいる。
「ボクやパトリックもレノと同じ意見かな。カリオや君たちは当事者だから当然として、……けっこう野次馬で集まっている生徒もいる気がするね」
「ほとんどが野次馬な気がするな。僕もクラスメイトのことでは無かったとしても、見物には来ていたかも知れない」
コウやパトリックの言葉通りというか、屋外訓練場はすでに活気に満ちている。
「こんなもの、前来たときにあったっけ?」
「いつの間にか観覧席が用意されて居ますわね」
訓練場の端には階段状の観覧席が用意されている。
首を傾げながら適当な席に着くと、周囲の会話からどうやら建築研究会の生徒たちが急遽魔法で用意したらしいと分かった。
屋根などは付いていないが天気もいいから、観戦するには十分だろう。
周囲の喧騒とあわせて、どうにもスポーツイベントというかお祭り騒ぎになっているように感じられた。
「当事者じゃない生徒は気楽なもんね」
思わずあたしは呟いた。
やがて観覧席の前に生徒会副会長のローリーと、武術研の先輩たちが数名、そして学院の教師たちが三名現れた。
「それではそろそろ模擬戦を始めたいと思います。参加者は前に出てきてください。代理人が居るなら一緒に出てきてください」
いつの間に詠唱したのか、ローリーは拡声の魔法を使っていた。
彼の案内で、先日食堂でサラに言い寄ってきた獣人の生徒たちが現れた。
人数が増えているのは代理人なんだろう。
「はい。今日はこれから魔法科初等部女子への告白について、再挑戦の権利を得るための模擬戦をバトルロイヤル式で行います。まず、実施に異議のある人は、いま出てきてください」
あたし的には模擬戦の実施自体が鬱陶しいが、とりあえず我慢することにする。
「異議が無いと判断して、次に進みます。今回の参加者は十名ですが、最後の一人になるまで戦って貰います。代理人を立てた人は、その人を残して観覧席の方に移動して下さい」
代理人を立てたらしい生徒が、自身の代わりに戦う者に声を掛けたりしてから観覧席の方に引っ込んだ。
その後、ローリーの仕切りで使用する武器の確認や、即死攻撃の禁止などの取り決めを伝達した後、参加者は訓練場にできるだけ等距離になるように散らばった。
「それでは皆さん位置に着いたので、僕の号令で始めてもらいます。それでは用意! ……始め!」
そうして爽やかな秋空の下で、模擬戦が開始された。
ウサギ獣人の自分は、鍛え上げた自身の身体や戦闘技術に自信があった。
だから、愛しいサラへ再度告白をする権利を得るためには、代理人を立てないことを決めた。
ローリーの号令で、先ずは移動を開始する。
バトルロイヤル式の対戦が決まった段階で、秘かに自分以外の三名の参加者と交渉して同盟を結んであった。
自分たち四名が残るまでは共闘することにしたのだ。
身体に属性魔力を込めて屋外訓練場を疾駆する。
途中、自身めがけて何らかの属性の魔法が飛んで来るが、どうやら高速移動に対応できていないようだ。
「悪いな。これは真剣勝負なんだ。全力でいく」
そう呟きながら同盟の者と合流することに成功した。
「すでにひとり脱落した! 三人で陣形を組んで戦うぞ!」
そう叫んだのはウマ獣人の仲間だ。
「予定通り、俺が盾役をやる! 移動しながら単独で動いてる奴を各個撃破していくぞ!」
クマ獣人の仲間が大剣を構えながら叫んだ。
「「応」」
自分たちは皆伝とはいかずとも、それぞれに古流武術を実戦レベルまで高めてある。
それにクマ獣人の仲間と自分は王都南ダンジョンに通い、実戦を重ねている。
だから簡単に負けるつもりは無い。
「左右から挟撃だ! 右は任せた!」
クマ獣人が叫ぶので、自分は右に対応する。
属性魔力で強化した手刀で剣を振るってきた敵生徒の攻撃を往なし、重心が崩れたところに蹴り技を叩き込む。
「代理人なんぞとは気合が違うんだよ気合がっ!」
叩き込んだ蹴りの感触で、敵の魔力による強化を貫いてダメージを与えたと判断し、周囲を警戒しながら左から来た敵に視線を送る。
その時にはウマ獣人の仲間が短槍を使って敵を気絶させていた。
これなら行けるかも知れない。
そう脳裏に過ぎったところで異変が起きた。
「お前、たち、に、託し、た……」
何の前触れもなく、盾役を買って出ていたクマ獣人の仲間が膝を折る。
倒れた仲間の傍らには、小柄ながらもがっしりした体格の生徒が佇んでいた。
「先輩に頼まれたけど、やっぱり俺様が出るほどじゃ無かったんだぜ?」
彼は格闘術を使うのか、その両手は素手だった。
「あんたたちで終わりだぜ? そっちは負けられねえんだろ? 俺様にはよく分かんねえけど……いまは二人同時で全力で来いやッ! ヒャハハッ!」
そう叫ぶ小柄な生徒は、狂熱を帯びた表情で嗤った。
「ドワーフ族かっ?! 同時に仕掛ける! 合わせろ!」
「応っ!」
ウマ獣人が刃引きした短槍で打撃を加えようとするところに、自分はフェイントを混ぜた歩法で小柄な生徒の死角に回る。
だが相手は一足でウマ獣人の懐に入りながら、一挙動で肘を繰り出して鳩尾に叩き込み意識を刈り取った。
これで今戦っているのは、自分と目の前のドワーフ族らしき生徒だけだ。
勝負を決めるべく一気に間合いを詰め、相手の死角から回し蹴りを叩き込んだ。
だが次の瞬間、その小柄な生徒は蹴りが当たる前にこちらを見もせずに自分の懐に入り、背中をぶつけてきた。
「がはっ!!」
それは、属性魔力を込めた盾で全力で殴りつけられたかのようなダメージだった。
反射的に自分の動きが止まる。
「んー……終わりだぜぇ」
先ほど彼から感じた狂熱は収まっており、まるで何かの作業をこなすかのような淡々とした口調でその小柄な生徒は告げた。
その言葉と同時に彼が振り返ったのを認識した瞬間に、意識が暗転した。
あたし達は目の前で行われたバトルロイヤル式の模擬戦について、その勝者に心当たりがあった。
なぜなら彼はあたし達のクラスメイトだったからだ。
「あたしは話したことは無いけど、彼はうちのクラスのマクス・マイヤーホーファーよね?」
「わたくしも話したことはありませんが、あそこまで動けたんですのね」
「どうする? この後、本人にどういうつもりか話を訊いてみる?」
「明日、どうせクラスで会うのだ。休み時間にでも話を訊けばいいだろう。だがマクスは口調が少々変わっているだけで真面目な生徒だ。サラの迷惑は理解しているだろう」
レノックス様が何かを考えつつそう言った。
「今日のマクスは素手だったけど、多分あの動きは
パトリックが腕を組みながら告げる。
「あれがそうなんですのね。ということは、本来は片手斧か片手槌を左右両手に持って戦うんですか……」
キャリルは刻易流に興味があるようだった。
そうしている間に、今回のバトルロイヤル式の模擬戦でマクスを代理人を立てた獣人生徒が呼び出された。
「あの生徒は多分だけどヒツジ獣人だな。部族の特性としては戦闘よりも治療とか回復の魔法が得意だった気がする」
カリオがそんなことを言ってため息をついていた。
その後、明後日の放課後にあたし達の誰かと戦う旨がローリーから伝えられて、この場はお開きになった。
寮に戻ったあたしとキャリルは直ぐにサラの部屋に向かい、今日の話をした。
代理人としてクラスメイトのマクスの名前が出てきたとき、彼女は驚いた顔をした。
「そうだったんや? ウチはクラス委員長やからマクスとも話したことはあるんやけど、確かにちょっと口調は変わっとったな。ウチもクセがある方言やからそういう意味では仲間やねって二人して笑った記憶があるんやけどな……」
意外とマクスのコミュニケーション能力は悪くないのだろうか。
まあ、サラが話し上手なのはあるだろうけれど。
「レノもマクスの口調が変わってるって言ってたけど、どんな感じなの?」
「ええと、まず自分のことを『俺』とか『俺様』とか言っとったわ。あと、語尾に『だぜ』って付けて話すのが多かった気がする」
「何よそれ、チンピラじゃない」
「いや、何でも実家が魔道具工房らしいんやけど、そこの職人のお爺さんらと挨拶ついでに殴り合いして育ったらそうなってまった言うとったで?」
一瞬その話を聞いてあたしは思考が止まった。
挨拶のついでに殴り合うというのは、どういう文化なんだろう。
あたしはできるだけ論理的に把握しようと頭を巡らせたけど、残念ながら理解することはできなかった。
「やっぱりマクスは魔道具と縁があったんですね。ドワーフ族といえば職人が多いイメージがあったから、マクスを魔道具研に誘ったことがあったんです」
「それはどうなったんですの?」
「結局断られました。『今はやりたいことがあるから止めとくんだぜ』とか言ってた記憶があります」
ジューンがマクスを魔道具研に誘って断られた話で、ただの予感めいた何かだけれど、あたしは不穏なものを感じた気がした。
総じてマクスは『口調が変』という評価は固定であるようだ。
レノックス様が言っていた『真面目』という評価などは、本人と話してから判断しようとあたしは考えていた。
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