12.素性の確証が


 日が変わって闇曜日になり、今日は学院は休みだ。


 カレンと寮を出て、あたしたちはデイブの店に向かった。


 彼女のステータス隠蔽の習得について、仕上がりをデイブに見てもらうためだ。


 王都内の乗合い馬車で中央広場に向かい、そこから歩いてソーン商会を訪ねた。


「おはようございまーす。デイブ居るー?」


「おはようお嬢。連絡受けてたから待ってたぜ」


 そう応えてデイブは微笑む。


「おはようございます。私はカレン・キーティングと言います。今日はよろしくお願いします!」


「おはよう。お嬢ちゃんがカレンちゃんか。いつもお嬢が世話になってる」


 デイブは、手にしていた刀剣類を拭いていた布をカウンターに置いた。


「いいえ、私のほうが今回のことでずい分お世話になってしまって」


「まあ、困ったときはお互いさまだ。……それでステータスの件だな?」


「そうよ。やり方自体は覚えてもらったわ。もっと時間が掛かるかと思ったけど、よくよく考えたらあたしの時はもっと小さい頃だったしね」


「まあ、詳しい話はバックヤードでやろうや……。おーいブリタニー、店を頼む」


「あいよー」


 そうしてあたしたちは店の奥に向かった。


「それでだ、おれたちの身内で伝わってる方法は、教会とかそこら辺の魔道具での鑑定なら胡麻化すことができる」


「微妙に含みがあるいい方ね。隠したものを見破れる連中も居るってこと?」


「そうだ。もっとも、そんな連中はだいたい国お抱えの鑑定士連中だから、街を歩いてるおれたちがいきなり確認されるリスクはほぼ無い」


 デイブの言葉にあたしとカレンが頷く。


「で、おれも表の商売の都合で【鑑定アプレイザル】は自力で発動出来る。これは王立国教会が街の教会でやるレベルまで鍛えてある。人間相手にも使えるし、ステータスも読める。……さっそく試してみるか?」


「今朝出かける前にすでに隠してきました! 確認をお願いします!」


「分かった、ちょっと待ってくれな」


 デイブは直ぐに【鑑定アプレイザル】を使った。


「そうだな……、精霊の加護だったな?」


「どう? ちゃんと隠せてる?」


「ああ、問題無い。きちんとおれの鑑定からも隠れてる。恐らく大丈夫だと思うが、念のためブリタニーの鑑定でも試しておくか。ちょっとここで待っててくれ……」


 そのあとブリタニーも店から呼んできて、精霊の加護が【鑑定アプレイザル】で見つかるかを確かめてもらった。


 その結果、問題無く隠せていることが確認できた。


「おし、じゃあカレンちゃんの件は完了だな」


「本当に助かりました、ありがとうございます!」


「気にすんな。その代わりお嬢から聞いてると思うけど、くれぐれも他の奴に教えるのはやめておいてくれ。どうしても教えたいときは、まずウィンのお嬢に相談してほしい」


「はい!」


「あと、お嬢のことこれからもよろしくな」


「こちらこそよろしくです!」


 そう言ってカレンは微笑んでくれた。


 その後先輩と学院の正門まで移動してから別れた。


「ウィンちゃん本当にありがとうね。私で力になれることがあったらお返しするから、何かあったら相談してね!」


「分かりました、その時はおねがいします。――じゃあ先輩、あたしこの後約束があるのでここで失礼します」


「はーい。それじゃあね!」


 あたしはその後、身体強化のスキルやこの前覚えた無我のスキルなどを使いつつ、内在魔力を循環させて王都内を高速移動し始めた。




 待ち合せ場所にした商業ギルド前に着くと、すでにキャリルとサラとジューンが居た。


「ごめん、待たせた?」


「大丈夫ですわウィン。わたくしたちが早めに来たんですの」


「サラが『早めに来て商業ギルドでバイト情報を見たい』って言いだしたんです」


 ジューンがキャリルの説明に補足をしてくれた。


「そうなんやウィンちゃん。バイトの相場とか見ておきたかったんよ」


「ふーん。……なにか良さそうなバイトとかありそう?」


「まあボチボチやね。食堂での騒動が無かったのやったら、幾つかやってみても良かったんやけどね」


「そっかー。まあしょうが無いよ。少し我慢しよう?」


「そうやね」


 そんなことを話していると、その場にプリシラとホリーが現れた。


「みなさんこんにちは。お待たせしてしまったでしょうか」


「こんにちはー」


 二人の姿を見ると、華美では無いが品のいい服装をしている。


 大きな商家の娘さんたちという感じでうまく街に溶け込んでいるが、周囲にあたしたちを囲む気配が増えたことに気づく。


 もともとキャリルの護衛役もそれとは別に近くにいる。


 いつもの庭師二人と思われる気配に動きは無い。


 彼らとは別にあたしが把握するだけで四人ほどが、気配を抑えてこちらを伺っている。


 それとなく肉眼で確認するが、冒険者風の格好をした兵士と言った感じだから、プリシラの実家であるキュロスカーメン侯爵家の手勢かもしれない。


「ウィンは先ほど来たばかりですわ。わたくしたちは商業ギルドでアルバイトの張り紙を見て回っていたんですの」


「アルバイト、ですか。私も少々興味があります」


「何だったらサラに案内してもらって、ちょっと見てこればいいじゃない。あたしは外で待ってるわ」


「わたくしはもう一度見て参りますわ。プリシラ、折角なので行きましょう? 市井の物価動向や賃金相場などは把握していますか? わたくしは――」


 キャリルはプリシラと話し込みながら商業ギルドの建物に入って行った。


 その場にはあたしとジューンが残っている。


「ジューンちょっといい? プリシラたちが来たのと同時に、護衛らしき連中が来たみたいなの」


「気配を読んだんですかウィン?」


「ええ。ジューンと二人で商業ギルドに入るフリをして念のため声を掛けてくるから、ちょっと協力してくれる?」


「分かりました。私はそのまま中でサラたちに合流します」


 あたしはジューンの言葉に頷いた。


 二人で商業ギルドの入り口に入った直後に中央広場から死角になる位置へと移動し、あたしは全力で気配を消した。


 その状態でもう一度中央広場に移動して、護衛らしき四人のうち一番気配を上手に隠している人の傍らに立つ。


「こんにちは、彼女の護衛ですか?」


 あたしはプリシラの名は口にせず問う。


 声を掛けられた中年の男性は、少し驚いた表情を浮かべてこちらに視線を向けた。


「君は……、ウィン・ヒースアイルさんだね。お嬢さまが世話になっている」


 あたしの名を知っていたか。


 多分プリシラの護衛で確定だろうが、確認だけはしておこうか。


「こちらこそ普段お世話になっております」


 そう告げて軽く目礼をすると、中年の男性は少し表情を柔らかくした。


月転流ムーンフェイズ関係者と聞いているが、なるほど見事なものだ。話しかけられるまで気づかなかった」


 侯爵家の情報網ならあたしのプロフィールは把握してるか。


「確認しますが、あなたを含め男性と女性二名ずつ、四名が護衛ですね?」


「そうだ。――そこまで把握していたか。その歳で大したものだよ」


「いえ。……他の“お嬢さま”の護衛も居ますし、あたしも居ます。万一は無いとは思いますが上手く動いてください。あと、彼女を連れて離れる場合は、彼女本人が望んだ場合にしてください。会話の内容ではあなた方の素性の確証があたしでは得られないので」


「承知した」


 そう言って満足そうな表情で中年の男は頷いた。


 まあ、護衛役がプリシラの顔見知りだったとしても、裏切者が居るケースでは別の対応が必要になるだろう。


 でも今は、そこまで気にしても仕方が無いと思うことにした。


 今回はそもそもプリシラもキャリルもお忍びだし、収穫祭の時ほどは街が雑然としていないから治安も元に戻っているだろう。


 そう考えつつあたしは、会話後に中年の男性から距離を取り、人混みに紛れたところで全力で気配を消して商業ギルドに移動した。




 商業ギルドを後にしたあたしたちは、少し早かったけど昼食にした。


 以前サラとジューンとで来たシチュー店にみんなでなだれ込んだが、幸いテーブル席に座ることができた。


「『とろける恵み亭』ですか。名前のセンスに好ましいものを感じます」


 店の中をキョロキョロと見渡しながらプリシラが呟いた。


「ここはシチューとかスープの店だから、みんなで別のものを注文すれば千切ったパンを浸してシェアできるわよ」


「それは非常に興味深いです」


 あたしの言葉を聞きつつ、お品書きに視線を向けながらプリシラが告げる。


「ウチらのルールやけど、二度付け禁止やで!」


 サラの言葉であたしは日本での記憶が再生されて、串カツのイメージが一瞬脳裏によぎった。


「あはは、結構来てるのここ?」


 ホリーの表情も緩んでいるが、店の雰囲気を気に入ったのかも知れない。


「私とサラは三回目でしょうか。ウィンとキャリルとは一回ずつ来てますね」


「そっか、あたしはキャリルと来たことは無かったな――」


 あたしたちはお喋りに興じながら注文を済ませた。


「ところでサラ、狩猟部で弓を習い始めたのよね? まだ始めたばかりだろうけど、やって行けそう?」


「うん、毎日楽しいで! 狩猟部で基本メニューを練習してから食品研とか魔道具研に行くようにしとるんやわ。料理研と兼部しとる女子の先輩がおって、その人の日課を真似することにしたんよ」


「狩猟部ですか。顧問はディナ先生だったと記憶しています」


「その通りですわ。先生は白梟流ヴァイスオイレという弓術の達人で、凄まじい腕なんですのよ――」


 その後すぐにシチューが来て、みんなでシェアして食べた。

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