11.あくまでも生徒の腕試し
食堂での騒動があった日の放課後、あたしとキャリルはサラとジューンを連れて風紀委員会室に向かった。
「ああサラちゃんじゃない。結局巻き込まれたのね、話は聞いてるわ」
あたしたちの顔を見たニッキーは開口一番サラに声を掛けた。
委員会室には他にはまだ誰も来ていなかった。
昨日アイリスとの顔合わせのついでに風紀委員の情報交換も行ってしまったから、来ない先輩もいるかも知れない。
「こんにちはニッキー先輩。あんなんヤバかったですわ。直前やったけど事前にウィンちゃん経由で情報を貰っとったから、多少は心の準備ができてました。いきなりやったらパニクってた思います」
「そう。エリーの恋バナ好きもたまには役に立つのね。彼女が知り合いから聞いてきたのよ」
「エリー先輩って結構恋愛関係の情報収集をしてるんですか?」
あたしが訊くと、ニッキーは苦笑いを浮かべる。
「割と怖いもの知らずで色々話を集めてるみたい。以前ディナ先生から彼氏がいないことを訊き出した時は左右のほっぺたをぐいーんって引っ張られてたわね」
「は、はあ……」
ディナ先生の弓のマトにされなかっただけ多少はマシなんだろう、たぶん。
あたしたちがニッキーと話している間にカールとアイリスが委員会室にやってきた。
「やあ、話は聞いている。『地上の女神を拝する会』の獣人男子にサラが絡まれたそうじゃないか」
挨拶もそこそこにカールが口を開く。
「そうなんですわ。そんで直ぐに断ったんですけど、食い下がろうとしてきた人らがいたんです」
「おんぶ紐を掲げて迫るって、第三者から見て変態よねぇ。絵面的にちょっとキツイわ」
アイリスが苦笑しながらそう呟いた。
「今回の件は、結構学院内に広まっているんですか?」
ジューンが心配そうな顔で先輩たちに問う。
「かなりの勢いで噂が広まったらしいにゃー」
そう言いながらエリーが委員会室に入ってきた。
「エリー先輩! 事前情報助かりました。上手い対策は思いつかなかったけど、少なくとも心の準備は出来たと思います」
「そうだったんだにゃ。多少は役に立てたなら良かったにゃ」
あたしの言葉にエリーは満足げに頷いた。
「どういう噂が広がっているんですの?」
「キホン同情的にゃ。学院の女子はサラちゃんの味方にゃ。そもそも恋バナハンターとして言えるのは、集団で言い寄る時点で無粋ということにゃ!」
言っていることは理解できてしまったため、その場のみんなは恋バナハンターという単語をスルーした。
「サラ自身にデメリットがあるような噂では無くて安心しましたわ」
「問題というか懸念材料はあるんだにゃー。『地上の女神を拝する会』が動いたことで、学院内のふつうの男子生徒の関心がサラちゃんに集まってるらしいにゃ」
「え、これ以上面倒ごとは堪忍なんやけど」
サラがエリーからの情報に眉をひそめる。
たしかに別口でサラに言い寄る者が出てくるようなら、事態が混沌としてきそうだ。
「なら当面のあいだは、当初の方針通りサラを一人にしないようにします」
ジューンが冷静にそう告げたので、あたしとキャリルは頷いた。
「ありがとう、みんな。助かるわ」
「気にしないでサラ。――ところで、模擬戦の話を訊いておきたいんですけど」
せっかくなので先輩たちからは模擬戦については少しでも情報を仕入れておきたい。
あたしが訊くとカールが頷いた。
「ローリーから話は聞いている。あいつと僕は
「え、それじゃあローリー副会長は戦えたりするんですの?」
「あのムッツリ副会長は初等部では魔法科だったのよ。無詠唱も覚えてるし戦闘の才能もあるけど、文官志望ということで高等部に入るときに転科したのよ」
「ムッツリ副会長かぁ。人当たりも悪くなさそうだし、美少年ってほどではなくてもそれなりに整ってる顔をしてるから、女子からモテそうなんだけどねぇ」
ニッキーの言葉にアイリスが首を傾げた。
「ムッツリ副会長って何です?」
あたしの問いにエリーが嬉々として説明する。
「生徒会関係者として『地上の女神を拝する会』を内部からコントロールするって名目で入会したらしいにゃ。でも気が付いたら会長になってたから、人当たりが良くても裏で美少女情報を集めまくってるって噂にゃ。カール先輩、その辺の真相はどうなんですにゃ?」
「ノーコメントだ。僕はその話題には関わりたくない」
カールはそう言って首を振った。
「脱線しているのですが、模擬戦について情報を伺いたいです」
ジューンが冷静にそう告げる。
「ああ済まない。この場合の模擬戦は、戦闘力で揉め事を解決する手段だ。学院の歴史的には、古くは決闘を行っていたようだが安全上問題視されていまの形になった」
「決闘よりは安全ということですか?」
あたしが確認するとカールは頷く。
「そうだ。私闘や決闘の場合は第三者の目が無い形で行われて、重体になるものが出たようだ。これを防ぐために生徒会が管理して、武術研究会が協力する形で行われるようになった。当日は先生方も数名立会うはずだ」
「武術研が噛んでいるんですね」
「ああ。こういう言い方はどうかと思うが、彼らが学院内では教師を除けば一番戦闘の扱いに慣れているからな」
「先生方は止めないんですの?」
「規律がある形で実施して回復要員もいるならマシという判断のようだ。もちろん即死するような危険度の高い攻撃については割って入る。あくまでも生徒の腕試しという形で学院的には処理されることになっている」
カールがそう言ってキャリルに説明した。
たしかに決闘なんかを無軌道で隠れて行うのを認めたら、この学院の場合は死人が出かねないか。
「そういうことなら、実施場所は部活用の訓練場ですか?」
「ああ。魔法の使用も認めるから、恐らく今回も屋外の訓練場の方と思う」
あたしの質問にカールが応えた。
おおよそ情報は把握できたと思う。
生徒会が指定した日時に、部活用の訓練場で模擬戦闘を行う。
当事者の代理人が戦うことも許され、刃引きした練習用の武器を用い魔法使用も許されている。
当日は教師も立ち合い、命にかかわるような状況では割って入る。
「なんかウチのことでずい分大ごとになってまったなぁ」
ややしょんぼりした口調でサラが呟く。
「ちょっと、サラちゃんだっけ? あなたは全くこれっぽっちも悪くないの! 胸を張りなさい!」
彼女の様子に最初に口を開いたのはアイリスだった。
「ええと、ありがとうございます」
「あ、自己紹介がまだね。ワタシはアイリス・ロウセル。魔法科初等部三年で収穫祭明けに予備風紀委員になったの。さっきエリーも言ってたけど、学院女子はみんなあなたの味方よ」
そう言ってアイリスはサムズアップしてみせた。
「はい」
サラはアイリスの笑顔を見ながら、頷いていた。
話も区切りがついたので、あたしたちが委員会室を離れようとしたところ、あたしはアイリスに呼び止められた。
「ウィンちゃん、ちょっといいかな? 昨日、気軽に声をかけてって言ってくれたじゃない」
そう告げるアイリスは非常に良い笑顔を浮かべている。
だが、あたしの中の何かが厄介ごとの予感を感じ取った。
「あ、はい、いいですよ。――みんな、先に行ってて」
あたしはキャリルとサラとジューンを送り出してから、いちど立った席に座った。
「何か困ったことでもあったんですか?」
「そうなのよ。昨日リー先生に頼まれごとをしたとき、そのやり取りを委員会の皆は見てましたよね?」
そう告げてアイリスは笑顔であたしたちを見渡したが、あたしを含めてみんなは反射的に目を逸らしてしまった。
「ワタシ、リー先生が筋肉競争部の顧問って知らなかったんです。……ひとこと教えてくれても良かったじゃないですかぁっ?!」
『すみません(にゃ)』
あたしたちはみんなで謝罪した。
「せめて心の準備ができていればまだマシだったのに、いきなり部室に連れていかれて、脳が目に映る光景を理解するのを拒否してましたよ」
「……そんなに凄まじかったんですか?」
あたしが訊くと、黙ってアイリスはスケッチブックと鉛筆を取り出し、【
それは上半身裸の男子生徒たちが溢れる部室の光景だった。
その絵が描かれたページを切り離してあたしに渡すと、「こんな感じだった」とアイリスは告げた。
「欲しければそのデッサンは上げるわよ?」
「遠慮します。あたし筋肉はそんなに興味なくて」
「ワタシもそうよ!」
アイリスはややキレ気味にあたしに告げた。
「あ、それ要らないならアタシが欲しいにゃ」
「エリー先輩、こういうの興味があるんですか……?」
「興味ないけど良く描けてるし、筋肉が好きな子を知ってるから色々取引材料にするにゃ」
そう言ってエリーは【
大事そうにデッサンを扱う様子にすこしだけ機嫌がよくなったのか、アイリスはその後いかに美少年が素晴らしいのかを語り出した。
「ああ済まない、ちょっと職員室に行く(その後狩猟部に出てから寮に戻る)」
彼女の話が始まってから十分ほどしてから、カールが語尾を小さい声で何か言いつつ委員会室から消えた。
そのあとあたしはアイリスとニッキーとエリーの間で加速する美少年談議に巻き込まれ、一時間ほど委員会室に拘束された。
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