10.腕力頼みな決め方なんですね


 あたしが席に戻ると、みんなは未だ話し込んでいた。


「何か決まった?」


「基本はすべて断ることにするわ。そんなんよう知らん人らにいきなり頼まれても、ホイホイ引き受けとったらウチの方が妙な評判が立っても嫌やし」


 まあ確かにエリーの情報が正しかったとして、今後サラへのアプローチがエスカレートすることになったら目も当てられない。


 それに幾ら『地上の女神を拝する会』内部に規律があったとしても、抜け駆けする奴が出ないとは限らないだろう。


「具体的な対策としては、しばらくの間私たちの誰かが常に一緒に行動することにしました。サラが断っている隙に、もう一人が【風のやまびこウィンドエコー】で応援を呼ぶことにしたんです」


 ジューンが冷静な口調で補足説明した。


「分かったわ。――あまり考えたくは無いけど、襲われそうになったらサラが実力行使してもいいと思うの。あたしが風紀委員会に説明するわ」


「わたくしとウィンが、ですわ」


 キャリルの言葉にあたしは頷く。


「ありがとう。そやったら、ホンマヤバい時は【睡眠スリープ】で寝かしまくるわ」


 そう告げるサラの表情は、先ほどよりは幾分元気が戻ってきているようだった。


 あたしたちは基本的なことを決めた後昼食を済ませ、席を立った。


 すると食堂の出口に向かう途中で、十名ほどの男子生徒が立ちふさがった。


 全員ケモ耳が生えている獣人なのだが、その時点であたしたちは嫌な予感が膨れ上がった。


「突然すまない、僕たちはサラ・フォンターナさんに話したいことがあるんだが、少し時間を貰えないだろうか?」


 ネコ耳をした獣人男子の一人が口を開いた。


「ええと、ウチがサラやけど、どういう話やろうか?」


「ここでは何だから、少し静かなところで話したいんだ」


「お待ちくださいな。あなたがたに後ろ暗いところが無いのでしたら、いま、この場所でお話しくださいまし」


 油断ない視線を送りながら、横からキャリルが口を開く。


 この時点で、食堂にいる周囲の生徒の好奇の視線がこちらに注がれ始めた。


「君には用は無い。僕たちはサラさんに話がしたいんだ」


 ネコ耳男子はあくまでも食い下がる様子だ。


 あたしは微妙に警戒心を高めつつ口を開く。


「あたしと、この子は予備風紀委員です。複数の男子生徒が女子ひとりに集団で言い寄る時点で不穏な状況を感じます。この場で話しなさい」


 そう告げてからあたしは視線に軽く殺気を込める。


 それを受けた獣人男子たちは動揺を見せた。


「べ、別に後ろ暗い話では無いんだ。……僕たちはサラさんを個人的に慕っているファンクラブの者だ。それで、収穫祭のときにサラさんが誰かの背に乗って王都を走り回ったという情報を得たんだ」


「……そんで、あんさんらはどうしたいんです?」


「ああ! ぜひ僕たちにもサラさんを背負わせてほしいんだ! おねがいします!」


『おねがいします』


 そう言って獣人男子たちは脇に抱えていたおんぶ紐を両手で前に差し出し、その状態で一斉に頭を下げた。


 この時間、普段は生徒たちの話し声などで賑やかな食堂が、いつしかシーンと静まり返っている。


 時おり生徒たちが、サラに迫った獣人男子を見たり指さしたりしながらヒソヒソと小声で訝し気に話している様子もあった。


「えー、お断りします。別にスキンシップのためにおんぶして貰うた訳とちゃうんです。移動の手段として、ここにいるウィンちゃんにおんぶして貰うただけなんですわ」


 サラにしては低い声で冷静にそう告げた。


 そのタイミングであたしたちの傍らに、カリオとレノックス様とコウとパトリックが来てくれた。


「そこを何とか曲げてくれないだろうかサラさん?」


 最初に声を掛けてきたネコ耳獣人がそう言いながら一歩踏み出すが、見かねた様子でカリオがサラをかばうように間に入った。


「先輩、あんまり俺たち獣人の評判を下げるようなことはして欲しくないんですが」


 ため息交じりにカリオはそう言った。


「誰だ君は?!」


「俺ですか? サラのクラスメイトのカリオ・カルツォラーリです」


「な、なんだと?! クラスメイトとは何と羨ましい」


『そうだそうだ!』


「はぁ…………ええと、俺のことは兎も角、さっきの件でサラに言い寄るのは止めにしませんか? 先輩たちの申し出はいま断られたじゃないですか」


「何だって? 貴様、『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ』と言うんだぞ?!」


『そうだそうだ!』


 努めて笑顔を作っていたカリオから、ブチっと堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた気がした。


「誰が、誰に、どういう風に、殺されるって、言ってます?」


 そう言いながらカリオは、獣人男子たちに肉食獣が発するような暴力的な気配を向け始めた。


 それを受けた連中の何人かは呻きながら、『こいつ獅子獣人か?』などと口に出している。


「カリオ、落ち着きなさい。先輩たちも落ち着いてください」


 あたしが頑張って笑顔を作りながらその場の獣人たちに一瞬だけ殺気を向けると、全員大人しくなった。


「……お前が一番おっかないよウィン。狩られるかと思ったぞ」


「そう? ――それで先輩たち、今カリオが言いましたけどサラは断りました。先ほどの話はもう終わりました。もし付きまとうようなら風紀委員として仕事をしなければなりません」


 具体的にどんな仕事かは決めて無いけれど、取りあえず無力化したうえで先生に突き出す必要はある気がする。


 ストーカーダメ、ゼッタイ。


「だが、僕たちは……」


 ネコ耳獣人の生徒はしょんぼりしながら何やら呟いている。


「君たち、このままでは彼らも収まりがつかないと思うんだ。だからもう一度だけチャンスを貰えないだろうか?」


 あたしたちがその声の主の方に視線を向けると、そこには生徒会副会長のローリー・ハロップが立っていた。


「久しぶりだねウィンさん。風紀委員会に所属したって聞いているよ」


「こんにちは。ある意味、ローリー先輩の言ったとおりになりましたね」


 あたしが以前生徒会室を訪ねたとき、ローリーは『風紀委員会に向いている気がする』とか言っていた。


 あの時は実際に所属することになるとは思って無かったけど。


「そうだね。……それでだ、彼らはこのままだと暴発する者も居るかも知れない。だから、彼ら自身の中で全力を尽くしたと思わせてやって欲しいんだ」


「何を企んでるんですか?」


「ははは、企んでいるというほどのことでも無いけれどね、男女の告白なんかで揉めることは割とあるんだ。そういう時は模擬戦をしてもらう」


「模擬戦ですか? 告白での揉め事回避のためとはいえ、戦えない当事者も居るんじゃないんですか?」


「その場合は学院の生徒から代理を立てることも認めている」


 そこまで話してからローリーは獣人男子たちを見渡した後に、さらにその場の皆に説明を加える。


「今回のように告白側が複数いて全員が断られた場合は、再挑戦したい場合は代表者一名になるようにバトルロイヤル式で戦ってもらう」


「はあ……」


 あたしは一瞬反応に困ってしまった。


「最後に勝ち残った者は、告白される側が選んだ者と戦い、それに勝って初めて“再度告白する権利”を得るという仕組みだ」


「野蛮とは言いませんが、ずい分腕力頼みな決め方なんですね」


 冷ややかな視線を浮かべながら、ジューンがローリーに告げた。


「確かにね。けれど長い学院の歴史の中で、生徒同士の恋愛のトラブルには『代理も認める模擬戦』が一番あと腐れが無いことになっている。それに、あくまでも“再度告白する権利”であって、そこで断られたら完全に終わりなんだ。そもそも理性的な判断ができるならこんな仕組みには挑まないと思うよ」


 柔らかい表情でジューンの視線を受け流しつつ、ローリーは説明した。


「模擬戦とおっしゃいましたが、武器は刃引きしたものですの?」


「そうだよ。生徒会が感知する揉め事解消のための模擬戦では、練習用の武器以外の使用は認めていない。それでも魔法や魔力は使うし危険はあるけどね」


 キャリルの言葉にローリー副会長が応える。


「――そういうわけで、君たちはどうする?」


 ローリー副会長は獣人男子たちとあたしたちを順に見やった。


「僕らは模擬戦に挑みます、会長! なあみんな?!」


『応!』


「会長? ローリー先輩は生徒会の『副会長』ですよね?」


「そうだけど、色々あって『地上の女神を拝する会』に所属して会長を任されちゃったのさ」


 あたしはじっとりした視線でローリーを見る。


「まさかとは思いますが、非公認サークルの仲間を助けるために模擬戦の段取りを付けようとしてませんよね?」


「違うよ。さっきも言ったけれど、トラブル解決に模擬戦を使うのは生徒会が管轄する内容だ。何なら風紀委員会のメンバーに確認してみるといい」


「本当ですね? あとで先輩に確認してみますよ?」


 あたしとローリーの会話を、黙って聞いていたサラが口を開いた。


「ウィンちゃん、代理人……頼んでもええかな?」


 済まなそうな顔で彼女は告げる。


「いいわよ。確かにローリー先輩の言うように表立って事を運んだ方が、あと腐れが無くていいかも知れない。大丈夫、手伝うわよ」


「わたくしも手伝いますわよ?」


「何なら俺も手を貸すぞ!」


 キャリルは当然といった表情を浮かべている。


 カリオに関しては、さっきのやり取りで思うところがあったのか、笑顔を浮かべながら口調はキレ気味だ。


「みんなありがとう。……ホンマ感謝やで」


 サラはホッとした表情でため息をついた。


 そんなあたしたちの様子を見ながら、ローリーは告げる。


「代理人が複数揃った場合は、今回は一対一だから当日くじ引きで決めるよ」


「分かりました。日程とか決まったらあたしかキャリルかサラまで連絡をください」


「うん。今日はもう週末だから、週明け二日目か三日目くらいを考えておいて欲しい」


 ローリーがそこまで告げると、食堂で様子をうかがっていた部外者の生徒は一斉に騒ぎ始めた。


 中には『模擬戦だー』とか『賭けができるぞー』とか叫んでいる声が聞こえた気がする。


 取りあえずあたしは、賭けとかで風紀委員の仕事を増やすようなことはしないで欲しいなとか考えていた。

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