09.何で狙われとるん


 翌日、魔法の授業であたしの課題に進展があった。


 魔法の授業の前半部分は、生徒の魔法の技術に応じた個別の内容を練習する。


 その内容に変化があったのだ。


「それではウィンさん、魔法のオンとオフの制御についていつもの魔道具で習得度合いを見せてもらっていいですか?」


「分かりました」


 今日の授業では教科担当の女の先生が、いきなりあたしに声を掛けてきた。


 指示されるまま、金魚鉢を逆さにして中にコマが浮かんだ魔道具に魔力を通す。


 何回かオンとオフを切り替えてみせたところで、先生が頷いて告げた。


「いいでしょう、ウィンさんは課題をクリアできたと思います。次の段階に進みますので、教室の後ろで練習している人たちに合流してください。道具はそのままで大丈夫です」


「はい」


 やったぞ、と思いつつあたしは移動した。


 魔法の授業の前にステータスの“役割”を、『時魔法使い』に切り替えておいたのが効いたのだろうか。


 教室の後ろでは、レノックス様とプリシラが何やら水属性の魔力を自身に集中させていた。


 移動してきたあたしに、先ほどとは別の教科担当の男の先生が声を掛けた。


「ウィンは課題をクリアしたか。今日はもう数名ほど課題のチェックをする予定だからちょっと待機していて欲しい。手持ち無沙汰ならレノとプリシラの訓練を観察しているといいだろう」


「はい」


 しばらくレノックス様とプリシラの様子を見ていたが、魔法が発動できそうなところまで属性魔力を自身の中に発生させ、それが発散していくのを繰り返していた。


 程なくあたしが見ている側に、四名のクラスメイトが集まってきた。


 サラとジューンも居るが、キャリルは居ないようだ。


「今回の課題のチェックをクリアしたものはこれで全員だな。最初に伝えておくが、魔法科に進んだ生徒は例年、どんなに苦労する者でももう二か月もすれば君たちと同じ段階に到達している。今回クリアしたのはスタートラインに立ったようなものだから、安心したり他を見下したりしないよう気を付けて欲しい」


『はい』


 男の先生は皆の返事に満足したようにひとつ頷いて、説明を始めた。


「さて、君たちは幼い頃から魔法を使っている。これは根源的な話をすれば魔力というものが世界に溢れているからで、生物が生きる中で呼吸と同じくらい自然に魔力に接しているからだ――」


 先生の説明を要約すると以下の内容になる。


・魔法の発動には、使用者の体内に魔力が必要。


・発動のために集められた魔力は、意識の働きによって特定のエネルギー状態に整えられるのが必要。


・発動には、意志の働きで魔法の名を詠唱することが必要。


「――特定のエネルギー状態と言ったが、理論的に深く学びたいものは理論魔法学を高等部で学べばいいし、応用分野を学びたかったら魔法工学を学ぶのを勧める。ともあれ、君たちはこう思わなかっただろうか? 『幼い頃に魔法を習ったとき、そんなものを意識したことは無い』と」


 先生の言葉にみんな頷く。


「実は魔法というものは、その効果を理解して他人が発動するのを観測した段階で、生き物の脳内では無意識にエネルギー状態の把握が完了しているという報告がある」


「え、……先生、それって魔法が放たれたのを見ただけで、同じ魔法を覚えられるって言ってはります?」


 サラが思わず質問をしているが、みんな同じことを訊きたかったと思う。


「そう言っている。だが実際にはそれを行える者は少ない。ここでネックになってくるのは、『観測精度』と『自分の魔力量』と『意志の働かせ方』だ。さらに細かい話はできるが、初等部の内容を大きく超えるので割愛する」


 そう言ってから先生は一瞬視線をレノックス様とプリシラに向けてから、あたしたちの方を見た。


「最初に君たちに行ってもらいたいのは、属性魔力の集中と保持だ。“この段階では”、より身近な生活魔法を使った訓練法は開発されていなくてね。最初は属性魔法の発動を見据えたトレーニングに入ってもらう。順番に相談して説明を行うから、適宜距離を取って広がって待機してほしい」


『はい』


 その後先生は順番にあたしたちに説明して回った。


 あたしは先生と相談して、先ずは【治癒キュア】を発動するイメージで訓練を始めることになった。




「そういう感じだったわよ?」


「なるほど、良く分かりましたわ」


 魔法の授業が終わって、いつものメンバーでお昼を食べている。


 キャリルには先生から説明されたことを話したが、興味深そうに聞いていた。


「キャリルちゃんの課題ってなんなん?」


 トマトソースのパスタを食べながらサラが問う。


「わたくしの課題は魔法の威力の制御ですわ。魔法を全力で放つのではなく、一定の効果を保ったまま出来るだけ長時間維持するというものです」


 キャリルの今日の昼食はバゲットサンドだった。


 具がたっぷり挟まっていておいしそうだ。


「ちょっと意外です。キャリルならその辺りは上手くできているイメージがあったので」


 ジューンは鶏肉のガーリックソテーを食べながらそんなことを言った。


「たぶんキャリルは、全力と最弱とその中間くらいしか切り替えてこなかったのよね? なまじ魔力量があるからそうなるのかな」


 あたしの昼食は今日は天ぷらだ。


 エビ天があたしを誘惑したので選んでしまったのだ。


「ウィンが正解ですわ。けれど入学直後に比べるとずい分マシになりましてよ。すぐに皆さんに追いついて追い越しますわ」


 そう言いながらキャリルは不敵に笑った。


 制御そのものは出来ているはずなので、キャリルの場合は加減の問題だけだろう。


「まあキャリルはすぐあたしたちを追ってくるわよ。……ところで『追ってくる』で思い出したんだけど、サラの件を本人に話したほうがいいかな?」


 そう言ってあたしはキャリルの方を見る。


「昨日の風紀委員会で聞いた話ですわね。念のため話しておきましょう」


「分かったわ、防音にするわね」


 そう言ってあたしは【風操作ウインドアート】を使った。


「なに? ウチの話なん?」


「そうよ。昨日、風紀委員会の集まりがあったんだけど、そこで『地上の女神を拝する会』に動きがあったって話が出たの」


「まさか、サラが標的なんですか?!」


「サラとジューンは以前委員会室で話を聞きましたから知っているでしょうが、学院非公認サークルの話ですわ」


 そう告げるキャリルの表情は少々硬い。


「結論から言うと、獣人の男子生徒がおんぶ紐持参でサラに迫るかも知れないのよ」


 あたしは思わず腕組みして片手で眉間をおさえた。


 あたしの言葉でサラは固まってしまった。


「おんぶ紐? ……ってどういう流れなん? もすこし詳しく聞いてもええかな?」


 さすがのサラも当惑した表情を浮かべる。


「知っての通り『地上の女神を拝する会』は、学院内の美少女の情報を共有する裏組織よ。ただ、ストーカー行為なんかには会として鉄拳制裁を行うような硬派な集団らしいの」


「その集団に属する獣人の男子生徒に、動きがあったようですわ。『伝説のシナモン』でわたくし達が行商人を追いかけたとき、おんぶ紐で背負われるサラを目撃したか情報を知ったらしいんですの」


「そ、それでウチが何で狙われとるん?」


「単純にサラのファンだったのが我慢できなくなって、自分にもサラをおんぶさせて欲しいって迫り来るらしいですわ」


「おんぶ紐持参で列を作るんじゃないかって話も出たかしら」


「えーと……どないしよう?」


 サラがそう言ってあたしたちを見回す。


 何となく彼女は余裕がなくなってきたような表情を浮かべている。


「おんぶ紐持参ですか。……なんというか特殊な性癖の臭いがする気がしますね」


 ジューンが死んだ目でポツリと呟く。


「サラ次第よ。言い寄ってきた連中を迷惑だって言って追い返してもいいし、おんぶして欲しいならそうすればいいわ」


「そんなんうっとうしいわウィンちゃん。どうしたらええんやろ……」


 サラは困った表情を浮かべている。


 普通はそうなるよな、うん。


「ぶちのめすならあたしは手を貸すわよ」


「わたくしも手伝いますわ」


「何ならクラスメイトだし、共和国つながりでカリオ辺りも手伝ってくれると思うわよ」


 そう言ってあたしは食堂を見渡すと、レノックス様たちと食事をしているカリオの姿が確認できた。


「ちょっとカリオに、もしもの時の手伝いを頼んでくる。防音壁はこの場所に固定するから、対策案をこのまま話してて」


「分かりましたわウィン」


 キャリルが応えたが、サラとジューンは何やら考え込んでいた。




 あたしはカリオが座っているとこまで歩き、話しかけた。


「食事中悪いわねカリオ。ちょっといいかしら」


「なんだウィン。何かあったのか?」


 カリオはビュッフェで取り分けた焼きソーセージを食べる手を止める。


 取り皿がソーセージで山のようになってるけど、普段からこのくらい食べるのだろうか。


「あんたいつもその量を食べてるの? ……まあそれはいいわ。クラスメイトの獣人女子がトラブル……という程でもないけど面倒ごとに巻き込まれたら、手を貸してくれないかしら」


「手を貸す? 俺なんかで出来ることだったら構わないけど、面倒ごと?」


「場合によっては腕っぷしが必要なの。共和国出身の獣人で腕が立って信頼がおける奴ってカリオ以外直ぐに思いつかなかったのよ」


「そういうことなら構わないけど、クラスメイトの獣人女子って誰の話なんだ?」


「サラよ」


「……へぇ。……ちなみに、あらかじめブッ飛ばしたほうがいい奴が居るなら、今言ってくれないか?」


 殺気とも違う。


 ある種の覇気のような気配が、カリオから漏れた。


「まだ相手の数なんかも不明なの。荒事になるかどうかも相手の出方次第だし、今立ててる作戦次第だからまた話すわ。」


「分かった」


「ウィン、オレたちも出来ることがあるなら言ってくれ」


「ありがとうレノ。まだ対策を考え始めたところだから」


 あたしは彼らに手を振って元の席に戻った。

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