08.おんぶ紐持参で


 しばらくして、リー先生と共に一人の女子生徒が委員会室にやって来た。


「はい、それでは皆さん揃っているので、アイリスさんを紹介します。彼女は新しく予備風紀委員として活動することになりました」


「こんにちは、はじめまして。ワタシはアイリス・ロウセルといいます。この度色々あって風紀委員会に所属することになりました。よろしくお願いします」


そう告げるアイリスの表情は、期待半分と不安半分というところか。


『よろしくお願いします(ですの)(にゃー)』


「まずは皆さんに自己紹介してもらいましょうか。カールさんから順にどうぞ」


「分かりました。僕は魔法科高等部三年のカール・ボテスだ。風紀委員長をしている。風紀委員の仕事が無い時は狩猟部に居る。よろしく」


 以前あたしに自己紹介をしてくれた時のように、先輩たちが順に自己紹介していった。


 ジェイクについては本人も言っていた通り、アイリスは顔を知っていた。


「いちおう自己紹介しようか?」


「ジェイクか、こうして話すのは久しぶりね。こんな形になったけれど、これからよろしくね」


「ああ、こちらこそ宜しく」


 アイリスは苦笑いしつつ、ジェイクと話していた。


 そして自己紹介が順番に巡り、最後はあたしの番だった。


「こんにちはアイリス先輩。あたしは魔法科初等部一年のウィン・ヒースアイルです。予備風紀委員をしています。いずれ分かることかも知れませんから最初に伝えますが、先輩が持っていた『魔神の印章』はあたしが拾いました」


「ウィンさん」


 リー先生があたしの言葉を遮る。


 だがあたしは先生に視線を向け、「大丈夫です」と告げて言葉を繋ぐ。


「今日ここに至るまでにアイリス先輩は色々と大変な目に遭ったかも知れませんが、あたしは結果的に先輩と仲間になることが出来て良かったと思っています。もし困ったこととかあるなら、気軽に声を掛けてくださいね」


 アイリスは一瞬表情を強張らせた後、困ったように微笑んで口を開いた。


「ウィンちゃんか、気を使わせてしまったわね。ありがとう、あなたが拾ってくれて良かったわ。風紀委員と関係のない生徒とかに『魔神の印章』が拾われて、もっと面倒なことになっていた可能性もあったかも知れないもの」


「先輩……」


 あまり想像したくは無いが、場合によってはアイリスが『魔神の印章』の所持で脅迫された可能性も否定はできない。


 そういう面ではあたしが拾ったのは、アイリスにとっては良かったことなのかも知れなかった。


「だからウィンちゃん、ワタシが王宮で受けた恐怖の特訓のグチを聞いてもらうわね」


 そう言ってアイリスはニヤリと笑った。


「ま、まあ、そのくらいは付き合いますよ?」


「半分冗談よ、よろしくね」


 あたしとアイリスの様子を伺っていたみんなは、そのやり取りに苦笑いを浮かべていた。




 その後、収穫祭の休み明けに起きたことなどについて情報交換を行った。


 風紀委員の皆からは、表立ってトラブルなどは起きていないという報告があった。


 ただ、エリーが同級生から得た情報として、学院非公認サークルの一つ『地上の女神を拝する会』で動きがあるかも知れないという。


「アタシは他人の色恋ネタは好物なんだにゃ。だから独自のルートで得た情報として、『地上の女神を拝する会』の中でも獣人の連中で動きがあるみたいなんだにゃー」


「「それは非常に気になる情報ですねー」」


 エリーの話を聞いていたニッキーとアイリスが食いついている。


 というかアイリス、いきなり馴染んでいるぞ。


「彼らがこの時期に動くということは、新入生あたりに交際を申し込もうとする生徒たちが出てきたのかい?」


「どうやらそうみたいだにゃ」


 エルヴィスの問いにエリーが頷く。


「獣人の中で動きがあるって話だけれど、新入生の誰が狙われてるというかターゲットになってるとかは分かってるのかしら?」


「ターゲットはサラちゃんみたいだにゃー」


「ええと、わたくしとウィンのクラスメイトのサラですか?」


「そうにゃ」


 そうか、サラは獣人の男子生徒の中では人気があるのか。


「でも、『地上の女神を拝する会』ってどちらかと言えば硬派というか、ストーカーをするような手合いには鉄拳制裁をするんですよね?」


 サラの安全を考えて、あたしは念のため確認する。


「女子生徒に類が及ぶような行為――付きまといとか犯罪につながるような行為は、彼らに関してはそこまで心配は要らんだろう」


 カールがそう告げるので、あたしは一瞬安心する。


「確かにそうだにゃー。でも今年の筋肉競争の予選のとき、誰かにおんぶ紐で背負われて王都を移動したのが目撃されたらしいにゃ。その光景が連中を動かしているらしいんだにゃー」


 それを聞いてあたしはサーっと血の気が引く。


 ふとキャリルの方を見ると、彼女にしては珍しく少し顔色が悪くなっている気がする。


「サラのおんぶ紐状態が、どうして『地上の女神を拝する会』での動きにつながるんですか?」


「そうだにゃー……。単純に自分も背負って王都を爆走してみたいらしいにゃ」


「ということは、サラの前に獣人男子生徒がおんぶ紐持参で列を作ってお願いしに来るってことですか?」


「たぶんそうなるにゃ」


 あかんやろ。


 でもサラのことだからノーは言えるかも知れないし、下手をすると商売を始める可能性も微かにあるかも知れないが。


「筋肉競争といえば……」


 それまで沈黙を保っていたリー先生が、突然真剣な表情を浮かべて口を開く。




 先生はそういえば学院の筋肉競争部顧問だった。


 委員会室に居るみんなの視線が先生に集まる。


「今年の収穫祭では競技に驚くべき新要素が追加されたのです!」


 何やらリー先生は右拳を胸の高さで握りこんで言葉に力を込める。


 委員会室には沈黙が流れるが、先生の引き延ばしに焦れたのかカールが口を開いた。


「……新要素ですか?」


「そうです! 【水壁アクアウォール】を使って競技者が空へ飛び出す台が登場しました!」


「は、はあ……」


 比較的いつも平常心を崩さないカールが、珍しく先生への対応に困っている気がする。


「わたしは天に挑まんとするように筋肉が宙を舞う光景に感動しました! ひとりの筋肉ファンとして発案者の方に感謝したいです!」


 何やらリー先生はキラキラと目を輝かせてそんなことを言った。


 それに対してあたしたちはどう反応したらいいものか、それぞれが様子見に入っている。


 先ほどは先生に声を掛けたカールでさえ黙ってしまっていた。


 予選会のときにあの場に居たあたしは、仕方が無いので「そうですか」と絞り出すようにリー先生に告げた。


「そうなのですよウィンさん! もし興味があるのでしたら、このあと筋肉競争部に案内しますがいかがですか?!」


 しまったそう来るか、だからみんな先生の様子を伺ってたんだな。


「いえ、結構です」


「結構というのは、『大変結構』の結構でしょうか?」


 リー先生はなにやら恍惚とした表情でそんなことを言い始めた。


「いいえ違います。あたしには色々な意味で刺激が強すぎるのでお断りします」


「刺激が強いといえばそうかも知れません。もし気が変わったらいつでも言ってくださいね――皆さんも遠慮しないでくださいね?」


 何度も頷きながらそう言って、嬉しそうな顔でリー先生は風紀委員会のみんなを見渡したが、みんなはさりげなく視線を逸らしていた。




「話を戻させて頂きますわ。サラの件ですけれど、『地上の女神を拝する会』についてわたくし達が気を付けておくべきことはありますでしょうか?」


 キャリルが話を元に戻した。


「基本的にはサラちゃん本人に対応を任せれば済むと思うよ。でも不安なら彼女が一人にならないように、移動中なんかは付き添ってあげてもいいかも知れないね」


 エルヴィスが柔らかく微笑んでそう告げた。


「分かりましたわ」


「あたしも了解です。クラスメイトなので、それとなく気を配るようにしておきます」


「もしも彼らの動きが過激化するようなら、直ぐに応援に駆け付けるから連絡してね」


 あたしとキャリルの言葉にニッキーがそう言ってくれた。


 その後は他の情報も特に出てこなかったので、風紀委員会としての情報交換はここまでとなった。


「今日はこれで終わりですか? もしそうならお近づきのしるしに、委員会の皆さんに似顔絵をプレゼントしますけど?」


 特に断る人も居なかったので、アイリスは【収納ストレージ】から紙束とスケッチ用の鉛筆を何本も取り出した。


「じゃあまず、写実的な似顔絵を魔法で描きます」


 そう告げてから描く対象を眺めた後、紙に視線を移すと直ぐに似顔絵が浮かび上がった。


「無詠唱か! アイリス、いつの間に覚えたんだい?!」


 ジェイクが声を上げるが、アイリスは苦笑いを浮かべている。


「まずはリー先生を含めて全員分のを描いちゃうわね」


 そう言ってからアイリスは全員分の似顔絵を描き、それを配った。


 貰った似顔絵はかなり精巧な絵で、鏡をのぞき込んだ時の映像の様だった。


「あと、デフォルメしたものも描いてみるわね?」


 次にアイリスが描いたのは、あたしたちの顔の特徴をとらえたイラスト画だった。


 かなり可愛らしく描いてくれているな。


「見事だよアイリス。君が美術部で【素描ドロウイング】を使えることは知っていたけど、無詠唱でその魔法を使うとは思わなかった」


 ジェイクが感心した表情で告げる。


 確かに見事だと思う。


「無詠唱については王城で特訓を受けたのよ。それがまた何というか大変で……。最初は得意な魔法で覚えようって言われて【素描ドロウイング】で静物画を描こうとしたのよ」


「ああ、題材が人物画じゃなくて時間が掛かったのかい?」


「その通り。隠すつもりも無いけど、元々ワタシは美少年が好きなの。それで人物画にしてもらうようになったらどうなったと思う?」


「……モデルを用意してもらえなかったの?」


「不正解ね。――ねえウィンちゃん、どうなったと思う?」


「え、あたしに振りますか? そうだなあ」


 ジェイクとの会話の内容からすれば、モデルは用意されたけどそこで問題があったわけだ。


「……もしかしてモデルが美少年じゃなくて大変だったとでも言いたいんですか?」


「そうなのよ! 指導役の魔法の先生が騎士団からモデルを呼んできて、全員首から上は美形なんだけど凄まじい筋肉の人ばかりでワタシの趣味じゃ無かったのよ!」


 あたしの視界の外で、アイリスの話を聞いていたリー先生が「きんにく……」と呟いて妖しく笑った気がした。


 あたしは努めてそちらに視線を向けないようにした。


「それでも静物画に比べたらイメージはし易かったわ。元々、魔法に依らないデッサンなんかも人物画で学んだの。だから【素描ドロウイング】はスムーズに使えるようになったのだけどね」


「そうだったんですね」


「それで魔法を使い続けて無詠唱が使えるようになったんだね」


「そういうことよ」


 ジェイクの問いにアイリスは苦笑しながら頷いた。


「ところでアイリスさん、この後は予定はありますか?」


 話題が切れたところでリー先生がアイリスに声を掛けた。


「特に無いですよ。学院に戻ってきて美術部には顔を出しましたし、急いで何かしたいということも無いです」


「まあそうですか! でしたらちょっとお願いがあるんです。画材は用意しますから、わたしが顧問をする部活の生徒の絵を描いてもらえませんか?」


「別に大丈夫ですよ?」


 そこまで会話が成立した時点で反射的に、その場にいたリー先生とアイリス以外の者は二人からさりげなく視線を逸らした。


 巻き込まれて連れて行かれたくなかったからだと思う。


「本当ですか?! 余った画材は差し上げますから、お願いしますね」


「分かりました。――それじゃあみんな、お疲れさまです!」


『おつかれさまです(の)(にゃー)』


 あたしたちはそう応えて、アイリスがリー先生に筋肉競争部へと連れ去られるのを見送った。

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