07.妙な方向に感化されないよう
王宮の馬車で移動中に、あたしは何となく誰かに見られているような気がした。
馬車の中から周囲の気配を探ってみるけれど、暗部らしき組織立った人間の追走以外は感じ取れない。
気のせいかも知れないし何も起きないかも知れないけど、さっきあたしは自分で『安全を取るべきだ』と言ったばかりだ。
少し考えて、みんなに話してから【
幸いデイブにはすぐ繋がり、あたしは今までの流れを説明した。
「――ということで、前回ダンジョンに行った仲間といま南門に馬車で移動中なの。それでね、追走する気配は感じないんだけど、誰かに見られてるというか視線みたいなものを感じるのよ」
「そうか、だいたい話は分かった。警護に関しては近衛騎士が出張ってるなら間違いが無いし、馬車で王都内を移動しているのもいい判断だろう。あとは視線か……」
「ヤバい感じはしないんだけど、煩わしいというか妙な鬱陶しさを何となく感じるのよ」
「なるほど。まあ断定や思い込みは危険だが、その視線って奴は王都内の情報屋の類いの目だと思うぜ」
「情報屋?」
「ああ。王城から所属不明の馬車が出てきたんなら、その情報を押さえておけば『移動してたって事実だけでもカネになるかも』と思う奴は居る。目撃情報だけでも売り手や買い手は居るのさ」
「なるほど、参考になったわ」
「念のため、馬車を降りるときや移動の開始と終了時点では気を付けて過ごせ」
「分かったわ」
「緊急事態なら迷わず連絡しろ。まあ、今は変な動きも無いしまず大丈夫だろうけどな」
「了解よ」
その後馬車は無事に南門に付き、レノックス様の護衛は冒険者の格好をした近衛騎士四名に引き継がれた。
「ここからは再び高速移動だな。先ほどと同じ陣形にするか?」
「さっきはレノの動きを確認する意味があったし、ここからはダンジョン攻略での陣形を意識して斥候役のウィンが前にいる方がいいと思う」
レノックス様の問いにコウが応える。
あたしは馬車での移動中にステータスの“役割”を『
「わたくしもコウの意見に賛成ですわ」
「そうね」
結局みんなで相談して、あたし、キャリル、レノックス様、コウの順で移動することにした。
さらに今回は、あたし達の前後に二名ずつ近衛騎士に居て貰うことを決めた。
「それでは移動を開始するぞ」
『おー(ですの)』
黄色い草原に伸びる街道をみんなで走ったが、道中は平和そのものだった。
身体強化した状態で高速移動し、四十分弱で王都南ダンジョン地上の街に着いた。
デイブから釘を刺されていたこともあり、到着してからもあたしは警戒を続ける。
先行する近衛騎士二名は、街に入って直ぐに衛兵の駐屯所に移動した。
みんなで駐屯所の建物内に手早く移動して、あたし達はようやく一息付いた。
「ここまで無事に来られて良かったわね。みんな体調とかどうかしら?」
「問題無いですわ」
「オレもだ。この距離を自分の足で走ったことが無いのは以前話したが、特に問題無いようだ」
「ボクも大丈夫だね」
この距離を移動してスタミナなどに異常が無いならやっぱり走って来てもいい気もするが、レノックス様の警護の問題は残るんだよな。
そんなことを考えていると、レノックス様が告げた。
「まず忘れんうちに魔道具に魔力を登録してしまおう」
『はーい(ですの)』
その後あたしたちは無事に魔道具に魔力を登録した。
「それで、今日は後は帰るだけよね?」
「そうだね。ダンジョンに潜る準備はしていないし」
「そうだな。予定通り過ぎてやや時間が早い気もするが」
「でしたら前回の続きから一階層だけ潜ってみます?」
そう告げてキャリルがニヤリと笑う。
まあ、誰かが言い出すかもしれないとは思ったけど、キャリルが言い出したか。
「それは却下するわキャリル。今日の目的は十分達成されたの。ダンジョン攻略については無理しないことは前から話してるじゃない」
「分かっていますわウィン。ちょっと言ってみただけですの」
キャリルは肩をすくめて見せるが、あたしが止めなければダンジョンに突っ込んでいた気がする。
その後あたしたちは魔道具で王宮に転移し、レノックス様に誘われてお茶を頂いた後に寮までみんなで走って帰った。
これで前回のメンバーでダンジョンに行く準備は進んだと思う。
あとは物資なんかをまた準備しておこうと思いつつ、あたしは無事済んだという連絡をデイブへと行った。
翌日いつも通りのメンバーで昼食を取っていると、【
「こんにちはウィン、今いいかしら?」
「こんにちは、大丈夫ですよ。どうしたんですか?」
「収穫祭前にリー先生から話があったアイリス・ロウセルの件は覚えているかしら。今日の放課後、彼女を委員会のみんなに紹介したいの」
「ああ、覚えてますよ。予備風紀委員に入ることになっているんですよね?」
あたしが拾った『魔神の印章』で王国に目を付けられてしまった生徒だ。
学院卒業後まで宮廷魔法使い見習いという進路が決まってしまっているのは、リー先生からみんなに説明があった。
「どうしても外せない用事があるなら仕方ないけど、一日でも早い方がいいと思うの」
「あたしは大丈夫です」
「良かったわ。――ウィンはキャリルと同じクラスよね?」
「一緒にお昼を食べてて目の前に居ます。――キャリル、ニッキー先輩が風紀委員の新メンバーを紹介したいから放課後に来られないかって」
「大丈夫ですわ、わたくしも参ります」
あたしが話した内容でアイリスの件だと察したんだろう、キャリルは即答した。
「ニッキー先輩、あたしとキャリルは放課後、委員会室に向かいます」
「分かったわ、よろしくね」
そう言ってニッキーは通信を切った。
「委員会ってことは風紀委員の新メンバーの話なん?」
珍しくサラが牛丼を注文してスプーンで食べながらそう告げる。
スプーンで食べる牛丼もおいしそうだな。
「そうですわ、加入については詳しいお話は今日聞けると思いますの」
そう話すキャリルはビュッフェで取ってきた鶏のソテーとサラダを食べている。
彼女は何気に鶏肉料理が好きな気がする。
「そうね。風紀委員会としてはメンバーが増えることは手が増えるってことだし、基本的にはいいニュースよね」
そう話すあたしは、ビュッフェで取り分けた卵焼きと厚切りハムのソテーと、パンプキンサラダとロールパンだ。
厚切りハムのソテーには丁度いい焼き目が入っていて、幾つでも食べられそうな気になる。
「そういえば風紀委員といえば顧問のマーゴット先生が、何か相談したいことがあるようなことを言ってましたよ?」
ジューンは今日はクリームシチューとチーズトーストだな。
かなり濃そうな取り合わせだけど、美味しそうではある。
「マーゴット先生ですの? 生徒のことで何かあるのでしょうか」
「詳しいことは聞いて無いんです。相談があるということを漏らして部室を離れて行ったので」
「流石にそれじゃあどんな内容かは分からないわね」
「そうやね。でもまあ、先生が『風紀委員』に相談するって時点で微妙にきな臭い感じやん」
確かにその通りではある。
以前カールから聞いた風紀委員会の活動目的は『生徒の風紀の監視と改善とトラブルの解消』だったか。
主語が生徒である以上、マーゴット先生の相談内容は生徒に関することだろう。
「でも問題生徒が特定されているなら、教師としては呼び出してしまえばいい話よね?」
「ということは、これから面倒ごとが起こる可能性があるんか。……ウィンちゃんとキャリルちゃん、無理せず頑張ってな。グチくらいやったらいつでも聞いたるから」
「ありがとうサラ」
「サラに話せる内容だった時には相談しますわ」
「私も魔道具関係の話のときは声を掛けてくださいね」
「その時は頼むわね」
あたし的には面倒ごとはお断りしたいけれど、放置したらしたでさらに被害が拡大する類いのものもあるんだよな。
できるだけ簡単な相談事であることをあたしは願った。
放課後になってあたしとキャリルは風紀委員会室に向かった。
委員会室にはニッキーが来ていた。
あたし達は挨拶をしてからキャリルが口を開く。
「他の方々はこれから来られるんですよね?」
「そうよ。たまたま他の委員はちょっと遅れてるだけで、みんなすぐ来るわよ」
そう言っている間に次々と風紀委員会のメンバーが部屋に入ってきた。
そして気が付けば全員が揃っていた。
「もうじきリー先生がアイリスを連れて来ると思う。みんな席に座って待っていて欲しい」
カールがそう告げると、みんなは委員会室のテーブルの空いている席に座った。
「ジェイク先輩はアイリス先輩と同学年ですよね? 面識とかありますか?」
あたしがそう訊くと、ジェイクは一瞬考えるが口を開く。
「アイリスは一年生の時に同じクラスだったから、互いに顔と名前は一致するよ。あまり話したことは無いけれど、女子のあいだでは普通にクラスメイトと付き合っていた記憶はあるかな。確か明るい子だったと思う」
「そうですか」
ジェイクからの情報では、特に素行などに問題があるようには聞こえなかった。
でも彼女は非公認サークルの『美少年を愛でる会』に参加してるんだよな。
彼女自身注意されている筈だし大丈夫だとは思うけど、あまり妙な方向に感化されないように気を付けようと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます