06.安全か時間か


 その日の放課後あたしとキャリルは一度寮に戻り、動きやすい服装に着替えてから待ち合わせの場所に向かった。


 待ち合わせの場所は学院附属病院の裏手にあるベンチだった。


 あたしたちが向かうと、すでにレノックス様とコウが待っていた。


「ごめん、待たせたかしら?」


「申し訳ございませんですの」


「オレたちも来たばかりだ」


「そうそう、気にしなくて大丈夫だよ」


 そこまで会話をしながら互いの服装を確認するが、全員下はズボンにブーツで、上は冒険者が着るような服にコートを合わせている。


 もっとも、レノックス様とキャリルはハーフコートだけれど。


「そういえば訊いて無かったけれどレノ、気配の遮断とかは大丈夫? 王都内を疾走していろんな人に姿を見られると、正体が分かる人も居るんじゃないの?」


 あたしの言葉にレノックス様は不敵に微笑む。


「キャリルから話を受けた段階で、暗部から気配遮断の基礎は学んでいる。キャリル経由でコウとカリオのダンジョン攻略の話を聞いたのだ」


 なるほど、普段諜報活動をする暗部から気配の消し方を学んでいたか。


「ボクもレノに誘われて、気配の消し方をチェックしてもらったんだ。お陰で結構上達したと思うよ」


 コウも気配の消し方を上達してきたなら、ダンジョン攻略はラクに進められるかもしれないな。


「いちど確認しておきたいの。あたしが号令を掛けるから、みんなで一斉に気配を消してみましょう」


 あたしの言葉にみんな賛同してくれた。


「それじゃあ用意…………、始め」


 観察していると、皆それぞれに魔力の操作を行って気配を消していた。


 野生動物から隠れられるキャリルの実力を基準にすると、レノックス様とコウは若干それに劣るくらいだった。


 それでも気配を小型の動物程度には抑えているので、警戒していない相手などには有効なレベルだろうか。


「及第点ね。気配を戻していいわよ」


 あたしがそう告げるとみんなは気配を元に戻した。


「そういえばウィンが本気で隠れるとどんな感じですの?」


「あたし? そうねえ……」


 キャリルに促されてあたしは気配を消そうとするが、そこであることを思いつく。


 ゴッドフリーお爺ちゃんの隠形だ。


 あれはおそらく“役割”を『仙人』にした関係で得たスキルなんじゃ無いのかと、あたしは脳内で計算していた。


「ちょっと試したいことがあるから待ってね」


 そう断ってからあたしは【状態ステータス】を使い、“役割”を『始原魔力使い』に変えてから内在魔力を循環させ、気配の遮断を行った。


 体感的にはいつもよりは心持ちスムーズに気配を消すことが出来た気がするが、誤差の範囲であるような気もする。


 同時に、気配遮断をするときに、お爺ちゃんがその場に消えてみせたことをイメージしながら行ってみた。


「単純に気配を消すだけだと、今はこれが全力かな」


「「「……」」」


「どうしたの?」


「いや、視覚情報としては間違いなくオレの認識の中にあるのだが、同時にウィンがその場に立っていることが幻覚を見ているようでな。それほど気配が無い」


「ボクも同感かな。見えていることを忘れてしまいそうになるくらい、気配が消えているよ」


「また腕を上げましたわねウィン。お見事ですわ!」


「大げさだなみんな」


 そう苦笑いしつつ、あたしは気配遮断を解除した。


 念のためあたしは【状態ステータス】を使ったところ、変化があった。


 まず“役割”欄が『始原魔力使いセージビギナー』だったのが、『気法師セージ』に成っていた。


 また、スキルに『無我』というものが発生していた。


 無我の効果は『環境に気配を融け込みやすくする』だった。


 もしかしたらこのスキルがお爺ちゃんの隠形の正体なのだろうか。


 お爺ちゃんが王都に居る間に詳しく聞いておけば良かったな。




 あたしたちは気配を消して学院から王宮へと移動を開始した。


 当初あたしは収穫祭の混雑も収まったので、大通りを走って行くつもりだった。


 だがレノックス様とキャリルが屋根の上を移動してみたいとか言い出す。


「いやウィン、道を進んだ方が体力や魔力の温存になるだろうが、何事も経験だと思ってな」


「分かったわよ、もう反対はしないわ。でもレノ、高速移動は途中で切れたりしないようにね。気配は把握しているから、疲れたら立ち止まってくれれば合流するわ」


「スタミナなどは大丈夫と思うが、分かった」


「わたくしも、ウィンから話を聞いてから一度経験してみたかったんですの」


 あんたかキャリル。


 キャリルに以前話した内容に屋根を伝った移動があって、それがレノックス様に伝わったんだな。


 あたしがキャリルをじとっとした目で見ているのを、コウが作ったような笑顔で眺めていた。


 移動についてはコウとレノックス様が並んで先行し、あたしとキャリルが並んで追いかけることにした。


 そうして移動が始まったが、学院の構内を出ると直ぐにレノックス様とコウは建物の庇などを足場にして危なげなく屋根の上に上る。


 あたしとキャリルもそれを追いかけるが速すぎず遅すぎず、いいペースで移動していく。


 レノックス様とコウの中では、すでにダンジョン攻略での移動を見据えた移動ペースのイメージがあるのかも知れない。


 念のためあたしは周囲の気配を探りながら移動するが、あたしたちとほぼ同じ速度で移動する気配がある。


 あたしたちを囲むように六つと、その外側にさらに六つ。


 それとは別にあたしたちの後方に二つの気配もあるか。


 後方の気配については以前カレンを救出したときに会った、ティルグレース家の庭師の気配だから、キャリルの護衛なんだろう。


 それ以外の周囲の気配は、学院でたまに見かける暗部の気配と見当をつける。


 護衛と判断はするが、あたしは油断せずに周囲に気を配りながらレノックス様とコウの後を追って行った。


 やや気を張っていたが、あたしたちは無事に王城前広場に到着して気配遮断を解除する。


 レノックス様たち王族が、文官たちと仕事をするのが王宮だ。


 それに騎士団の駐屯施設などを加えた場合、王城と呼ぶ。


 今回あたしたちが向かうのは、王宮の中の施設らしい。


「王都の建物の上を渡り歩くのはなかなか新鮮だな」


「ええ。これはこれで趣きがあるというか、楽しかったですわ」


「護衛の皆さんの胃に穴が開くから、二人とも程々にしなさいよ」


 あたしがレノックス様とキャリルにツッコミを入れると、やや離れたところで複数の人が大きく頷いていたような気がしたが気にしないことにする。


「まあそうだな。――ともあれ、ここまではいいペースで来た。体調も特に問題はない」


「時間的にも学院を出てから十五分強くらいかい? 高速移動としてはゆったり目で来たけれど、このくらいの早さなら負担にならないんじゃないかな」


 レノックス様にコウが告げた。


 ダンジョン内だと魔獣との遭遇がある。


 周囲を警戒しながら移動する分には、今のペースが無難なところだろうとあたしは脳内にメモした。




 その後、レノックス様が先頭を切って顔パスで王宮に向かった。


 玄関ホールでは三人の近衛騎士が待っていて、その内の一人はお爺ちゃんと来たときに会ったクリフだった。


 互いに自己紹介を済ませ、あたしたちは転移の魔道具のある部屋に移動して魔力を登録した。


「さて、ここまでは予定通りね。どうする? 疲労とか問題が無いなら王都南ダンジョンまでかけっこで向かうけど」


 あたしの問いに皆は問題無いと応えたが、ここでクリフが口を開いた。


「僭越ながら殿下、宜しいでしょうか?」


「どうした?」


「この後は皆様で王都の南門に移動し、王都南ダンジョン地上の街に向かうと伺っています」


「その予定だ」


「はい。ですが警護の都合上、せめて南門までは馬車でお送りすることをお許し頂けませんでしょうか?」


 確かに一国の王子が屋根の上を飛び跳ねて移動しているとか、万一のリスクを考えれば警護担当者的には頭が痛いんだろうなとは思う。


 クリフの言葉に「ふむ」と呟いて腕を組み、レノックス様は一瞬考えこむ。


「オレとしては鍛錬ついでに走って向かいたいところだが、皆はどう思う?」


 そう言ってあたしたちに話題を振る。


「ボクはどちらでもいいよ」


「わたくしも走って向かいたいですわね。馬車よりは時間が短縮できますもの」


 キャリルの答えは分かる。


 けれど時間は確かに大切だが、クリフが提案したのは南門までの移動だ。


「急いてはことを仕損じるって言うでしょう。クリフさんが提案してくれたのは南門までの移動よ。レノックスの王都内の高速移動は、王宮までで経験できたわ。あたしは安全か時間かを取るのなら、今日の時点では安全を取るべきだと思うわ」


「確かにな。……よし、いいだろう。キャリルもいいな?」


「少し残念ですがよろしくてよ」


「クリフ。南門までの移動を馬車で行う。身分が分からない馬車を手配してくれ」


「は」


 クリフは敬礼してから隣に立っていた近衛騎士の同僚に指示を出した。


 一瞬クリフと目が合うと、彼はあたしに目礼してから皆へと口を開いた。


「すぐにご用意ができますので、車寄せまでご案内いたします」


「分かった」


 レノックス様がそう応えてから、あたしたちは移動した。

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