05.説明書なんて無いんだよ


 教えてくれるかどうかは分からないが、あたしはソフィエンタに増えているスキルについて訊くことにした。


 椅子をローズマリーの鉢植えに向け、胸の前で指を組んで目を閉じ頭で念じる。


「ソフィエンタ、ちょっといいかしら?」


「どうしたの?」


 今回は通話で済ますことにしたようで、神域に呼び出されることもなくソフィエンタの声が頭の中に聞こえた。


 念話というやつだ。


「日課の鍛錬をしてたら『周天』ていうスキルが増えてたんだけど、これってどんなスキルなの?」


 ソフィエンタは一つ溜息してから応える。


「あなたは家電とかを説明書を読まずに使ってみるタイプだと思ってたんだけど」


「そうね、それは本体様がよく知ってる通りよ。でもさすがにスキルのことまでは知らないのよ」


 家電製品の要領でスキルが扱えるとはさすがに思ってなかったよ。


 でも分からなかったら説明書くらい読むんだぞ。


 スキルとか説明書なんて無いんだよ。


「仕方ないわね。【状態ステータス】を使った状態で意識をスキルに集中すれば、その内容が分かるわよ。自分で調べなさい」


「分かったわ、ありがとう」


「ついでに言っとくけど、スキルの有効化無効化も意識の集中でできるから色々やってみなさい。あたし的には増やし過ぎるのはお勧めしないわ」


「なんで?」


「部屋を散らかすのと同じよ。スキルを増やすのにペナルティは無いけど、殆どの人間は管理が雑になるだけよ。その結果、必要なものが必要な時に育ってなかったりするから。そういう意味ではあなたのお母さんは大正解を選んだわ」


「そうだったのね……。分かったわ。あとゴメン、ただのわがままなんだけどさ、キャリルと同じ時期に環境魔力の練習を始めたの。彼女も習得できるいい方法はない?」


「そう言うと思ったわよ。あなたへのサポートは邪神群対策の名目だけど……まあいいわ、あなたの精神面でのサポートという扱いで教えましょう。彼女は風属性魔力と火属性魔力が使えて、そのことで雷の性質の魔力を使えるわね?」


「そうね」


「その鍛錬の結果、『属性融合』というスキルが出ているはずよ。あなたの場合は風や地魔法使いのスキルとして有効化できるようになっていると思うわ。――このスキルを環境魔力の練習の時に発動していれば、環境魔力制御が出てくる可能性が上がるわよ。練習中に『属性融合』を使ってみたことにしておけば、始原魔力のことは秘密に出来るでしょう」


 あたしが始原魔力など、月転流ムーンフェイズの極伝のことを気にしているのに配慮してくれているのか。


 素直にありがたい。


「そうなのね。ちなみに神様的には始原魔力って秘密なの?」


「違うわよ。そもそも気づいたのはあなたの星の人間ですもの」


「分かったわ! ありがとう」


「いえいえ~。……これくらい手間じゃないから、気軽に連絡なさい」


「うん。ありがとうソフィエンタ」


 あたしは念話を終えると、【状態ステータス】を使ってから教わった通りに『周天』というスキルに意識を集中した。


 すると以下のことが分かった。


・周天(環境魔力を扱いやすくなる)


 これって『環境魔力制御』とは違うのだろうかと疑問に思う。


 そこで調べてみると、以下の内容が分かった。


・環境魔力制御(環境魔力の制御ができる)


 内容は似ているけれど、扱いやすくなることと制御ができることは似て非なるものだろう。


 取りあえずこの二つのスキルを使うときは、同時に利用しようと脳内にメモした。


 そして次にソフィエンタが言っていた『属性融合』は、“役割”で風魔法使いを選んだ状態で有効化できた。


 効果は以下の内容だ。


・属性融合(二属性以上の魔力を融合させられる)


 あたし的には納得はしたものの、融合させられた魔力はどういうものができるのかが気になった。


 なので、説明書を読まずに家電を使う系の人間としては、説明文に意識を集中させてみた。


 すると、以下の内容が分かった。


・地と水:氷、地と火:溶岩、地と風:樹木、水と火:気象、水と風:分解、火と風:雷、地水火:死、水火風:成長、地火風:生、地水風:進化、地水火風:始原


 さりげなく“始原”の文字があるが、今は良しとしよう。


 水属性魔法として【氷結弾アイスバレット】や【分解ブレイク】があるのは知っている。


 地水火風の四大属性魔法の中には、融合された魔力の魔法が色々とあるのかも知れない。


 時間が出来たときにでも調べてみるとハマるかも知れないと思いつつ、あたしは【状態ステータス】を解除した。




 その後あたしは少し考えて、キャリルの部屋を訪ねることにした。


 直接会って、魔法で防音にして説明した方がいいだろうと考えたからだ。


 幸いまだ寝るほどの時間では無い。


 キャリルの部屋の扉をノックすると、すぐ彼女は顔を出した。


「あらウィン、どうしたんですの」


「ちょっと話したいことがあるの。こんな時間にゴメン」


「分かりましたわ、どうぞお入りください」


 そしてあたしはキャリルの椅子に座り、彼女はベッドに腰掛けた。


「それで話とは何ですの?」


「そのまえに防音にするわね」


 そう言ってからあたしは【風操作ウインドアート】を使った。


「さて、あたしステータスの“役割”を知ったばかりって言ったじゃない」


「そうですわね」


「それで色々試してたんだけど、あるスキルを使いながら広域魔法のための環境魔力を感知するトレーニングをしてたら、『環境魔力制御』っていうスキルが発生したの」


「なんですって?! それじゃあウィンは環境魔力を感知したんですの?」


「たぶん出来たと思う。五感では異常は無いんだけど、突然水の中に放り込まれたって錯覚するような感じで魔力の中に居たわ」


「おめでとうウィン! 素晴らしいですわ、わたくしも負けていられません!」


「ありがとうキャリル」


 まず祝いの言葉が出てくる彼女に、あたしは感謝していた。


 マブダチとして嬉しいよホントに。


「それで、もしかしたらキャリルも同じ流れでスキルが出てくるかと思って、話したかったのよ」


「そうでしたの。スキルを使いながら……。どんなスキルを使っていたんですの?」


「あたしの場合は風魔法使いのスキルで出た『属性融合』ってスキルよ」


「ふむふむ」


 そう呟いてからキャリルは【状態ステータス】を使用し、情報を確認してから口を開いた。


「わたくしも風魔法使いのスキルで『属性融合』がありますわ。雷霆流サンダーストームで使う雷の魔力は雷陣らいじんの鍛錬で出せるようになりますから、『属性融合』は使ったことが無いんですの」


「あたしも普段使ったことが無かったけど、何となく気になる予感があって使ってみたの」


 『始原魔力使い』の話が出来ないから、本当のことはキャリルにも話せない。


「予感、ですか。分かりましたの。いま少し試してみますわ」


 そう言って微笑んでから、キャリルは呼吸法と特殊な魔力操作を始めた。


 あたしの場合は開始直後だったが、キャリルの場合はどうだろうか。


 近くから観察するが、キャリルは目を半眼にして良く集中できている。


 そして十分近く時間が経ったとき、突然キャリルが口を開く。


「く、これは?! ……わたくしは?!」


 直ぐにあたしと同じくキャリルは水に放り込まれたように錯覚したのだと判断し、努めて穏やかな声で話しかける。


「落ち着いてキャリル。呼吸も出来ているし、耳も聞こえているでしょう。五感に異常は無い筈よ。――魔力に囲まれているだけよ」


「そう……ですわね。これが環境魔力ですのね……」


「呼吸法を解いて普通に息をすれば元に戻るはずよ」


「分かりましたの……。元に戻りましたわ! 【状態ステータス】を確認してみますわ!」


 そしてキャリルが確認したところ、無事に『環境魔力制御』がスキルに発生していた。


 “役割”は『風魔法使い』だそうだ。


「おめでとうキャリル」


 そう言ってからあたしは右拳を出すと、キャリルも右拳でグータッチしながら告げる。


「ありがとうございますウィン。まずは一歩ですわね」


「そうね」


 そうなのだ、ここからさらに環境魔力を上手く使いこなす必要はある。


 でもまずは先へと進めたことが、あたしたちは嬉しかった。


 そのあとキャリルからハーブティーをご馳走して貰ってから、あたしは自室に戻った。




 翌日、いつものようにキャリルとサラとジューンとで昼食をとり、食堂でおしゃべりをしていたらキャリルが魔法の通信を受けていた。


「――ええ、はい、分かりましたわ」


「どしたんキャリルちゃん?」


「ちょっと連絡が有りましたの。ウィン、『走る件』ですが今日の放課後に成りましたわ」


 走る件と言われて一瞬考えるが、あたしは直ぐレノックス様の話と思い至る。


「部活の話ですか? 私も体力はつけたいんですが、走った方がいいですかね?」


 ジューンがそんなことを言う。


 急にそんなことを言いだしたが、体力的なことで悩みでもあるんだろうか。


「走るのが確実だけど、早歩きからトレーニングを始めてもいいと思うわ」


「そうなんですねウィン。少しトレーニングしてみます」


「どうしたの? 体育とか体術の授業で不安でもあるの?」


「いえ、魔道具研究会の活動で、今後は体力も必要かもしれなくて」


 体力とは言うものの、魔道具研で体力が必要な状況というのがあたしには思い浮かばなかった。


「前に動くところを見せてもらった魔道鎧は使用者にダメージが行くことは無いのよね?」


 『ピンク色の悪夢』とかいう魔道鎧を使う分には安全という話だった気がするのだが。


「顧問のマーゴット先生が後継機を開発中なんですが、収穫祭のときの動きの記録ログを見てから私も参加するよう先生にお願いされたんです。その稼働試験などで体力を使うかも知れないんですよ」


「そうなんだ……。あまり無茶しないようにしてね」


「ジューンは杖術を使うのでしたわね。もしやる気があるのでしたら、わたくしが雷霆流サンダーストームの基本をお教えできますわよ?」


 話を聞いていたキャリルがジューンに提案した。


「え、そういうのは秘密では無いんですか?」


「雷霆流は全ての技法が公開されていますから、秘密になるものはありませんわ。それにわたくしは幼い頃から戦槌ウォーハンマーを使ってきましたが、本来は槍を使う流派なのです。いっしょに槍を基本から練習してみませんか?」


「ありがとうございますキャリル。少し考えさせてください。多分先に、基礎体力をもっとつけた方がいいと思うんです」


「分かりましたわジューン」


 それにしても『ピンク色の悪夢』の後継機開発か。


 実際に会ったマーゴット先生の印象はそこまでマッドエンジニアな感じはしなかったけれど、あたしはジューンの無事を祈った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る