04.極性を与えるため
「“役割”とかスキルって何って言われてもな。機能的な話は、あなたお姉さんから聞いていたでしょう?」
「あ、見てたの? 別に哲学的な話をしたいわけじゃ無いのよ。地球ではそういう仕組みは無かったハズよね? なんであたしの生きてる
あたしの問いに「そうねえ」と呟いてソフィエンタが口を開く。
「一言で言えば、『魂に極性を与えるため』よ。魂っていうのは神からすればエネルギーの一種なのよ。平たく言って、乾電池と差は無いわ。それに方向性を与えるための道具と言っていいかしら。詳しく話すと因果律とかカルマの仕組みとかを説明しなきゃならなくなるけど、その辺はもう神々の秘密に半分足を突っ込んでるわね」
「乾電池って……。地球には無かったのはなんで?」
「地球を管轄する神さまが、知的生命体からスキルシステムとか因果律の仕組みを隠す方針だからよ。あの星はちょっと特殊で、滞在する神々が多すぎて迂闊なことをすると不具合が起きるらしいわ」
魂に方向性を与える神の道具か。
人間が仕組みに手を入れられないなら、これ以上訊いても仕方ないか。
「ふーん。これ以上は内容が難しそうだしいいわ。――ところでうちの母方のお爺ちゃんが『仙人』ていう“役割”をもつみたいだけど、あたしの世界にも仙人が居るの?」
「居るわよ、そのまま仙人として生きてる人の数は少ないけど。もし興味があるなら『始原魔力使い』を伸ばしてみなさいとだけ言っておくわ」
「ふーん」
「他に訊いておきたいことはあるかしら?」
ソフィエンタに確認されるが、何かあった気がするな。
「んー……。そういえば畏れの感情を、動物や魔獣や亜人から刈り取ることはできるかって話はどうなったの?」
「ああそうね。あたしが自分で試したわけでは無くて上に投げた話だけれど、現時点では大丈夫らしいわよ」
「そうなんだ?」
「ええ。魂の性質の違いとかで問題無いらしいわ。念のため今後も調査を継続するみたいだけどね」
神々が気を付けているのなら問題無いんだろう。
こちとらただの人間様であるし。
「他には無いかしら?」
「大丈夫だと思うわ。それにしても、奇人変人大集合とかが出て来たらやだなぁ……」
「そこはもう早めに動くしかないわね。――それじゃあ、今回はこの辺りにしましょうか」
「分かったわ。何かあったら相談する」
そう言ってあたしはソフィエンタと別れ、現実に戻してもらった。
「ウィン?」
「あ、うん、何でもない。少し考え事をしてただけ」
「そうですの?」
現実に戻ると、あたしは武術研が使う屋内の訓練場までの通路に立っていた。
神界に呼ばれる直前の記憶からすれば、部活棟にキャリルと移動しようとするところだった。
その後キャリルとは部活棟に入ったところで別れ、あたしは回復魔法研究会に向かった。
回復研の部室には専門書を読みふける生徒たちの姿がある。
あたしは部室に居た回復研の副部長に一声かけてから医学の入門書を手に取り、視界に入ったプリシラのところに向かった。
「やあプリシラ、ここの席いいかしら」
「ウィン。大丈夫です。……ウィンも医学の学習ですか」
「ええ。今後薬草のことを勉強しようと思ってるから、先生に相談して医学の基本的なところを勉強しておくことにしたの」
あたしの言葉にプリシラはひとつ頷いた。
そういえば回復研の部室でプリシラと会うのは初めてだったかもしれない。
「プリシラも勉強?」
「はい。人体の構造について関心があります。魔道具開発に活かせるかもしれないと思惟します」
「それは面白い視点ね。――邪魔してごめんね」
「大丈夫です」
一言そう告げてプリシラはほんの少しだけ微笑んだ。
あたしはプリシラの隣の席に座って生理学の入門書を読み込んだ。
途中からあたしは筆記具を取り出して、入門書の内容を要約してノートにまとめていった。
今日は十二指腸に関する内容をまとめていたが、視線に気づいて顔を上げるとプリシラがあたしのノートをのぞき込んでいる。
「どうしたの?」
「とても分かりやすい内容だと思って見入っていました」
「キーワードを拾って要約してるだけだから、専門的な内容からは若干中身が薄まっちゃってるけどね」
「ですが、分かりやすいことは評価されるべきです」
そんなことを時々話しつつ、あたしたちは回復研で過ごした。
しばらく経つと知った気配がして声を掛けられた。
「ウィン、そろそろわたくしは寮に戻りますが、あなたはどうしますの?」
後ろからキャリルがそう告げる。
「ああ、もうそんな時間か。あたしも上がるわ」
「今日はプリシラも居たのですね。プリシラは何の本を読んでいるんですの?」
「これは解剖学の本です。魔法による医療行為を行うのに必要な知識ですが、同時に人型の魔道具を作る際の参考になることを期待しています」
「やはりあなたは独特のセンスがありますわね。素晴らしいですわ」
キャリルがそう評すると、プリシラは少しその場で固まっていた。
ホリーほど洞察が出来るわけでは無いけれど、何となくプリシラが照れているのではないかとあたしは思った。
その後あたしたちは本を片付けて、三人で寮に戻った。
以前キャリルが貴族派閥の件でプリシラを諭したことがあった。
あの後に二人きりのとき、キャリルに訊いたことがある。
学院入学の前にウォーレン様から『プリシラという名前に注意を』と言われていたが、変わらず注意すべきなのかと。
キャリルから言われたことは二つあった。
一つは、キャリルの誘拐計画はキュロスカーメン侯爵家の、寄り子の主導権争いが原因だったらしいというものだ。
これはティルグレース伯爵閣下が、キュロスカーメン侯爵閣下に真正面から問い詰めて明らかになったそうだ。
因みにキャリルの件の意趣返しとして、伯爵閣下は侯爵閣下がぐでんぐでんになるまで手加減せず徹底的に酒を飲ませ続けたらしい。なーむー。
もう一つは、プリシラや侯爵閣下に警戒すべきというよりは、プリシラの父親であるサイモンが厄介かもしれないらしい。
彼が侯爵閣下を裏で誘導しているのでは、という分析が庭師からもたらされたそうだ。
結論としては、学院に居る間は学友として正々堂々接すれば、キュロスカーメン侯爵家や北部派閥への牽制になるのではとウォーレン様から言われたという。
要するに、プリシラの中に正攻法で友情を芽生えさせれば、侯爵家内の離間に使えるのではという計算があるのだと。
もっとも貴族派閥の問題があるから、ウォーレン様はキャリルの学院生活のためにそういった大義名分を用意したのかも知れないけれど。
そういう事情はあるものの、あたしの目から見て入学後ひと月時点でのプリシラは、ひどく不器用に見えた。
主に人付き合いの面での話だ。
「箱入り娘か……」
「どうしたんですのウィン?」
「ううん、何でもない。そういえばさ、前に言ってた人形を売ってる店にみんなで行く話だけど、プリシラはいつなら都合がいいの?」
「そうですね。今週末の闇曜日を候補のひとつとして提案します」
でも彼女が不器用だろうがなんだろうが、毎日顔を合わせるんだ。
少しばかり不器用でも、友達になったなら気にする話なんかじゃ無い。
「あたしはいつでも合わせられるから、大丈夫よ」
そう告げてあたしはサムズアップしてみせた。
夕食後に自室であたしは宿題を済ませ、日課の鍛錬を行っていた。
今日は先ず“役割”を『時魔法使い』に変えて、【
その後“役割”を『始原魔力使い』に変えて、始原魔力を使う練習を行う。
そこまで行ってからあたしはハーブティーを淹れて、休憩をとった。
本当はコーヒー牛乳の開発をしたいところなのだけれど、よくよく考えたらそこまで気合を入れて飲みたいという訳でも無いので後回しになっている。
「そのうちサラとかジューンを巻き込んで開発しようかな、コーヒー牛乳」
そんなことを呟きながら一息入れてから、あたしは広域魔法のための環境魔力を感知するトレーニングを始めた。
いつも通り呼吸法と特殊な魔力操作を意識して始めたのだが、直後に異変が起きた。
五感の上での変化ではなく、あくまでも魔力操作の意識上の異変だ。
強いて言うなら、あたしは自室で机に向かいながら、突然水の中に放り込まれたような感覚を覚える。
当然混乱したのだが、直ぐに自身が呼吸できていることも、皮膚などの触覚にも異常が無いことも把握する。
「何よこれ……」
あたしの独り言は自室の中に小さく響き、耳がその音を捉えるので聴覚に異常が無いことも認識する。
そしてあたしはそこまで把握してから、自分を包むものの正体が魔力であることを認識する。
「そうか、これが環境魔力……でもなんで……。確かに練習はしてたけど、昨日の今日でここまで把握できるものなの?」
そう呟いてからあたしは少し考えて、広域魔法とか環境魔力関連のスキルを得た可能性に思い至る。
直ぐに【
「あ……。『始原魔力使い』にして練習したのは初めてかも」
さらに自身のステータスの内容を確認すると、スキルが二つ増えていた。
ひとつは『周天』というもので、もうひとつは『環境魔力制御』だった。
「環境魔力制御はうれしいけど、周天ってなんだこれ?」
そう呟いてからあたしは呼吸法をやめて、普通の呼吸に戻した。
するとそれに合わせるかのように、自身を包んでいた魔力の感覚が薄らいだ。
「誰に訊けばいいんだろう……」
そう呟きながら自室を見渡すと、窓際のローズマリーの鉢植えがあたしの目にとまった。
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