03.宇宙が終わる前に
翌日になったが、あたしは穏やかに学院の日常を過ごせている。
収穫祭の期間中に、色々巻き込まれたのは何だったのかというぐらいに平和だ。
毎日あんなことが起きたら、あたしは精神的に参ってしまう気がするけれど。
放課後になったので、キャリルと誘い合って武術研究会に顔を出す。
あたし達としては【
幸い、収穫祭期間中に見かけなかった【
「やっぱり難しいですわね」
「難しいけれど、何となくそろそろ成功しそうな気はするんだけどな」
「二人とも【
練習を見てくれている女子の先輩がそんなことを言ってくれた。
「その位で習得できるんですの?」
「私の見立てだけどね」
キャリルの問いに先輩は頷いた。
「そういうことでしたらウィン、わたくしと勝負しませんこと?」
「え、勝負?」
「そうですわ。【
そう言って挑発するように彼女はニヤリと笑う。
キャリルの言葉に少し考えて、あたしは口を開く。
「んー、勝負はたぶんキャリルの勝ちだから今回は不参加でいいや。何だったらスイーツおごるわよ?」
「あら? 何かウィンが負ける要素がありまして?」
「うーん、それがさあ。あたし一昨日までステータスの“役割”欄の切り替えとスキルの関係のことを知らなかったのよ」
「どういうことですの?」
あたしはキャリルと先輩の視線を浴びた。
「そのままの意味よ。一昨日たまたま会話の流れで“役割”の話になって、スキルとの関連の話を姉さんに教えて貰ったのよ」
「でもウィン、あなたはジナ様の指導を受けていたのですよね?」
「そうね。でもその時“役割”の説明は一切無かったの。理由は母さんに訊かなければ分からないけれど、家伝の武術を教える時間でギリギリだと判断したんだと思うわ」
「そんなにギリギリだったんですの?」
「うん。母さんの弟弟子から聞いたけど、普通は最短で八年かかるのをあたしは五年で詰め込まれたみたい」
「そういうことですの……」
「それは凄まじいね……」
あたしの説明にキャリルと先輩は絶句した。
「そんなわけで“役割”の使い方を一昨日知ったから、伸ばしたい“役割”があるの。【
「そういうことでしたら分かりました。ところでウィン、伸ばしたい“役割”とは何ですの?」
これはアルラ姉さんから言われた『時魔法使い』のことだ。
正直この場に居るのがキャリルだけなら話しても良かったのだが、先輩もいるので内緒にしておこう。
部活の知り合いを信用していないわけでは無いのだけれど、情報がどこかに漏れることで自分の不利益になるようなことは避けたい。
「うーん、秘密」
「何ですって?!」
「ふふ。まぁ、そのうち馴染んだら教えるわよ」
と、この場は説明することにした。
「ウィンが勝負にも乗ってくれないし、わたくしに隠し事をするようになってしまいましたわ。ああ、これが反抗期というものなのでしょうか?!」
そう言いながらキャリルがハンカチを取り出して泣くフリをするので、あたしと先輩は「ちがうだろ」とツッコんでおいた。
もちろん冗談なのは分かっているけど、反抗期かぁ。
地球の記憶とかあるあたしに、反抗期とかあるのだろうかと一瞬考えた。
そのあと先輩からは、イメージに関するコツや魔力の通し方のコツなどをより細かく教えて貰った。
休憩を挟みながら一時間半ほど練習したところで、先輩からは今日はこのくらいにしておこうと提案があった。
あたしたちの集中力の問題であるとか、先輩自身の部活での鍛錬があるということで、あたしとキャリルは先輩に礼を言ってその日の練習を終えた。
「ウィンはこの後どうしますの?」
「そうね、ここのところ回復魔法研究会に顔を出して無かったから、行ってみるつもり」
「そうですの。わたくしは歴史研究会に行きますから、部活棟まで一緒に参りましょう」
「うん、分かったわ」
あたしが頷いた直後、何の前触れもなく視界が変わった。
そこは何もない白い空間で、目の前には
直ぐにあたしは神域に呼び出されたことに気づく。
「ウィン、こんにちは。突然呼び出して悪いわね」
今日のソフィエンタは濃い目の色のチノスカートに襟付きの白いシャツを合わせている。
何となくオフィスカジュアルみたいな格好だな。
「こんにちはソフィエンタ。何、緊急事態でも起きたの?」
「あなたの星には起きていないけど、頭に入れておいて欲しいことが起きたのよ。あなたが植物の側にいたから呼び出してみたの」
「そうなんだ……」
ソフィエンタが傍らに視線を動かすと、白いだけの何もない空間にテーブルと椅子二脚が出現する。
テーブルの上にはホットココアが用意されていた。
「そこに座って」
あたしたちが座ると、ソフィエンタは口を開いた。
「あなたを呼び出したのは、他の宇宙で邪神群の動きがあったからなの。幸いこれは直ぐに対応できたわ」
「その情報共有ってこと?」
「そうよ。覚えていると思うのだけど、地球の記憶で『七大罪』ってあったでしょう?」
「あったわね。確か元々はキリスト教の概念で、憤怒とか怠惰とか嫉妬とかある奴ね?」
「七大罪の中身は重要では無いわ。問題は、地球の概念が別の宇宙の知的生命体で流布されたことなの」
「それが前に言っていた『畏れの感情』を呼び起こしたってこと?」
「そういうこと。でもこのケースでは対症療法的に対応は出来ました」
「七大罪への対症療法的な対応って、どうやったの?」
ココアに口を付けながら訊いてみた。
久しぶりだとココアの味は舌に優しくて涙が出そうになるなこれ。
「現地で死を司るような存在を用意して、ぶつけて討伐しました」
「チカラ技ってこと? でもそれが対策になるの?」
「ええ。『死への畏れ』は対策済みだから、『七大罪も死を前にしたら無為だ』と思わせることにしたのよ」
「要は神の力で支援して、七大罪を出してきた連中を殺しまくったってこと?」
「身も蓋も無いけどそういうことよ」
「なかなかえげつないわね?」
「それでも邪神群の手勢は放置できないから、仕方なかったのよ。それにもっと面倒なケースもあったのよ?」
そう言ってソフィエンタはパチンと指を鳴らす。
するとテーブルの上に山盛りのビスケットが乗った皿が出現した。
彼女はそれをモリモリ食べ始めた。
あたしも負けずに食べながら訊く。
「もっと面倒ってなによ?」
「『同害復讐法』ってあるでしょう? 地球だとハンムラビ法典とかあったじゃない?」
ああ、あったなあ。
紀元前十八世紀のメソポタミアにあった、古代バビロニアの法律だったか。
「……まさかそれも他の宇宙で使われたの?」
「そうなのよ。ハンムラビ法典では無かったけど、『目には目を』みたいな分かりやすくてヤヴァい法律を流布させて、その法律への畏れを利用しようとしたみたい。しかも法律の条文が数百もあった関係で、一つの条文に一つの怪人が現れて事件を起こすような状況になったみたい」
「怪人ってなによ」
「怪人とか奇人変人とか、変態とかね。とにかく社会の一般常識から外れた連中が、邪神群の手勢として好き勝手に大暴れしたから大混乱だったみたい」
「うわぁ……、あたし変態とか勘弁ですけど」
筋肉競争の連中のレベルでも、あたし的にはダッシュで逃げたい。
変態など出現した日には、薬神の巫女としての仕事だとか、宇宙の危機とか言われても全力で逃げる自信がある。
奇人変人が徒党を組んで押し寄せてきたら、宇宙が終わる前にあたしの精神が終わるかも知れない。
「あたしもそんな魂とか関わりたくないわよ。……ともかく、その場合は現地の都合があって、変態とはいえ殺しまくるわけにも行かなかったらしいの」
殺すほどでは無いけど、殺したくなる変態は居そうな気はする。
殺れるか否かでいえば殺れるのだろう。
ただ、お前が殺れと言われたら、関わりたくないからやっぱり全力で逃げると思う。
「それはどうしたの?」
「仕方が無いから正攻法だったらしいわ。現地の治安向上と、奇人変人の更生の仕組みづくりなんかの政治的な知恵を神格から授けたみたいだわ」
「ああ、……さっき『もっと面倒』って言った意味が分かったわ」
「そうなのよ。……そういうわけで、異様なものを見聞きしたら先ずは相談して頂戴」
「分かったわ。ところであたし、自室でローズマリーの鉢植えを育て始めたんだけど、これでソフィエンタと通話できる?」
「できるわよ。いいアイディアね」
そう言ってソフィエンタは優しく微笑む。
「これであたしも植物に話しかける変人か……」
「そのネタは前に言ってたでしょう?」
さすがに覚えていたか。
「うん、言ってた。――それはともかく、植物と話すスキルって心を病むことがあるって聞いたんだけど本当?」
「病む人が居るかいないかで言えば居るわね。でもウィン、それは本人の適性の問題と思うわ」
「適性?」
「ええ。例えば戦いに向かない心を持つ人は、どんなに武術の試合で強くても実戦には出られないでしょう? 結局はスキルの使い方と思うわ」
そこまでソフィエンタの話を聞いてから、あたしは疑問が生じた。
「そういえばあたし、最近になってステータスの“役割”欄の使い方を知ったけど、そもそも“役割”とかスキルって何なの?」
あたしの質問にソフィエンタは一瞬考える仕草を見せた。
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