02.世界を背負うような顔
あたしはモヤモヤと考えつつ、アルラ姉さんが用意してくれた筆記具を使ってステータスの情報を手元にメモした。
いちおう姉さんとは言え、『薬神の巫女』の情報はメモから省いている。
「ウィンのステータスの情報は初めて見るけれど、敏捷とか器用とかの数値が凄いことになっているわね」
「これって凄いの?」
「そうね。三百で精鋭、四百で達人、五百で地域の歴史に名を残すような偉人と言われているわ」
「そうなんだ……あまり実感ないけど」
「因みにその上は、六百が国の歴史に名を残すような英雄、七百が世界の歴史に名を残すような伝説的存在と言われてるわね。その上は神の使いとかの領域らしいけど、私が読めるような歴史書では該当者の名を見たことは無いわ」
そうか、姉さんは歴史研究会の文献でステータス関連の情報を知っているのか。
「今、久しぶりにステータスを確認したけど、“役割”が前回から変わってたわ」
「そう……。“役割”についてなのだけど、未修得のスキルが発生しやすくなるの」
「どういうこと?」
「例えば魔法使いに関するような“役割”が選ばれていれば、その人は魔法の使い方なんかに関連するスキルが発生しやすくなるわ」
「そうだったんだね」
そこまで聞いてあたしは“役割”欄を放置していたことを思い出す。
「それじゃあ、過去に発生して今では変わってしまった“役割”では、スキルはもう発生しないの?」
「そんなことは無いわよ。……そこは説明が必要ね。ステータスを認識した状態でいま“役割”欄に出ている情報に意識を集中すると、その時点で発生させられるスキルが分かるわよ。複数あれば、優先順位ごとに出てくるわ」
「ふーん……」
「過去に出現した“役割”については、“役割”欄そのものに意識を集中すれば、変更することも可能だから」
それを聞いてあたしは早速、“役割”を狩人に変更してみた。
「あ、変更できたわ?!」
「たぶん母さんが教えなかった理由も分かるわ。スキルを増やし過ぎると、管理が雑になるからよね」
なるほど、器用貧乏ってやつになる可能性はあるかも知れないな。
あたしがいままで発生させた“役割”は、狩人、斥候、探索者、そして追跡者だ。
「もしかして魔法の授業のときには、魔法に関連する“役割”にした方が効果が高いのかな?」
「そうよ。私は今は普段“史学者”というのにしているけれど、魔法の授業のときは“闇魔法使い”に変えているわ」
「え? そんな“役割”は出たこと無いわよ? ……というか『闇』?」
「……ステータスをこまめに確認しなかった弊害ね。ウィンはあれだけ属性魔力や魔法を使いこなせる以上、何かしら選べると思うわ」
一つ溜息をついた後そう言って、アルラ姉さんはやや渋い顔をした。
「ちょっといまステータスの“役割”欄に意識を集中してみなさい。やり方は個人のイメージによる部分が多いけれど、私は専門書から目的の記述を探すような意識の集中をしているわ。ウィンなら……、そうね父さんと狩人の仕事をしていたのだし、弓を使うときのような集中をしてみなさい」
「……はい」
アルラ姉さんが静かに告げたけど、口調が怒ってるときのそれだった。
でもあたし知らなかったんです。
ともあれ、あたしは暫しステータスの“役割”欄に意識を集中させた。
その結果、“役割”欄で選べるものに以下のものがゴロゴロと出てきた。
・格闘家、短剣使い、手斧使い、弓術士、罠士、双剣士、分析者、鑑定士、地魔法使い、水魔法使い、火魔法使い、風魔法使い、時魔法使い、始原魔力使い
始原魔力については、
というか、『始原魔力』という呼び名は月転流が便宜上名付けた呼び方だったはずだ。
ステータスを管理するという神々がそれを採用したのか、神々が呼び方を授けたのか、あたしには分からなかった。
「何か色々出てきたわ」
そう言ってテヘッという感じで頭を掻くと、姉さんは数瞬固まってから口を開いた。
「ウィンは知らなかったから仕方ないとして、……母さん? ……何やってるのよホントに……?! だいたい母さんはいつもいつも――」
姉さんは何か恨み節のようなことをブツブツ呟きながら、遠い目をしていた。
同時に、普段感じたことのない、夜の闇を思わせるような昏い魔力が姉さんから漏れ出る。
いま訊くのは何となくためらわれたけれど、もしかしたらこれは闇属性の魔力なんだろうか。
姉さんの反応はともかく、あたしは母さんが意味も無くこんなことをしない人間だと理解している。
そして、あることを思いだした。
「姉さん、ちょっと思い出したことがあるの。前にデイブに、母さんから武術を全部教わるのに五年かかったって言ったら、どんなに詰め込んでも八年はかかるだろうって言われたの」
「……詰め込みで月転流を教えて、ウィンによそ見をさせないために情報を絞ったのか。そういうことなら理解はできるわ」
そう言って姉さんは自身の眉間をつまんでいた。
「ともあれ今後の事だけれど、ウィンは魔法の練習をするときはその“役割”の中なら『時魔法使い』を選んでから練習しなさい」
「何か意味があるの? たぶんあたしが一番使ってるのは風属性の魔力だと思うけど」
「対応する属性を司る神の加護があって、ステータスの“役割”欄でその魔法の使い手を選んでいると、稀に新しい魔法を習得することがあるの」
「ホントに?!」
「ええ。――ウィンは地神様と水神様の加護があるけど、地魔法と水魔法は覚えている人が多いから」
「分かったわ」
時魔法を新たに覚えられるなら、それは試してみるべきだろう。
ただゴッドフリーお爺ちゃんは【
「ところで姉さん、もしかして闇神様の加護があるの?」
「…………訊きたい?」
そう言ってアルラ姉さんは意味深な表情で笑った。
姉さんが闇属性魔力を使えるとして、闇属性魔法とかは危険な魔法なんだろうか。
「いえ、……やめときます」
とりあえずあたしは空気を読んだ。
その後はアルラ姉さんと昼食を食べてから別れ、薬草薬品研究会の部室に行った。
薬薬研では【
姉さんたちと夕食を取り、念のためざっと明日授業がある教科のノートを見返したりしてから日課の鍛錬を行い、その日はさっさと寝た。
色々とあった収穫祭も終わり、学院の授業が再開した。
一週間ぶりに会ったクラスメイトもいるけれど、日常が戻ってきただけで特別なことは無い。
キャリルを始め実習班のいつものメンバーなどとも収穫祭期間中に会っていたし、久しぶりという感じはしなかった。
なので休み明け初日からあたしは授業を受けつつ、時々先生たちの話をメモしながら先取りした内容を内職で勉強していた。
いつものメンバーでお昼を食べて午後の授業を受け、放課後になるとキャリルから話しかけられた。
「ウィン、このあと少しよろしくて? ダンジョンの件で話がしたいのですわ」
キャリルがこう言うということは、レノックス様を含めたダンジョン再挑戦の件だろう。
「分かったわ」
そう返事してキャリルに付いて行った。
学院の大講堂前の広場にあるベンチに、レノックス様とコウが座って待っていた。
「レノ、コウ、お待たせしましたわ」
「二人ともお待たせ」
「いや、ボクたちも少し前に来たところさ。ねえレノ」
「ああ。――ところでお前らは収穫祭は楽しめたか?」
「それなりに有意義な時間を楽しめましたわ」
そう言ってニコリと微笑んだのはキャリルだけだった。
あたしとコウは顔を見合わせつつ、口を開く。
「あたしは色々ありすぎて目が回ったわよ」
「ボクは概ね有意義に過ごせていたと思うけど、世の中は広いというか、活動の場が学院だけではダメだと思ったかな」
コウの言葉にあたしはコウと花街でばったり会ったことを思いだして、思わずじとっとした視線を送る。
それに気づいたコウは一瞬固まったものの、笑顔は崩れなかった。
「ともあれ、積もる話はあるかも知れないけど、魔法で防音にするわよ」
あたしがそう告げるとレノックス様が「ああ、頼む」と応えた。
【
「それでレノ、キャリルからどの辺りまで話を聞いているの?」
「いま集まったメンバーでダンジョンに再挑戦することと、万一の場合の警備の人員のこと、それと王都南ダンジョン地上の街に魔道具で転移することだな」
「レノがキャリルから聞いた話は、ボクもレノから説明されているし、ぜひ同行したいと思ってるよ」
「それで、警備の人員と転移の件はどうなりましたの?」
「ああ。結論から言うと、警備を含めて週二回までの使用許可が出た。前日までに連絡を入れておけば、近衛騎士と暗部が警備で同行してダンジョンに挑める手はずになった」
「まったく、そんな魔道具があったなら、前回の帰りはそれを使えば良かったじゃないか」
コウがニヤニヤしながらそう言ってレノを見る。
「オレの下調べ不足だな。――初回に関しては本人の登録が必要だから、馬車で行く必要があるだろう」
「そういうことなら、一つレノとコウに確認したいんだけど」
「なんだろうか」
「確認かい?」
「ええ。二人ともそれぞれ武術を習っているけれど、その身体強化した状態でかけっこして高速移動することは可能なの?」
「ボクは問題ないよ。収穫祭期間中にカリオとばったりダンジョンで会ったけれど、内部での移動は身体強化した高速移動が基本だったからね」
「となるとあとはオレか。恐らく問題無いと思うのだが、その距離を自力で走った経験が無いのでな」
そう応えてレノックス様は考え込んだ。
まあ、レノックス様はこの国の王子様だし、普通は馬車での移動が基本だよね。
「じゃあこうしましょう。まず明日か明後日の放課後にでも、このメンバーで王宮まで走って、行けそうならそこから王都南ダンジョンまで走ってみましょう」
「そうですわね。各人の移動のペースを掴んでおけば、ダンジョン内での移動の予定も組みやすいですわ」
あたしの言葉にキャリルが賛同した。
「ウィンは明日か明後日って言ったけど、日程についてはレノの都合で決めていいと思うよ。急ぐ必要は無いけど警備の都合とかあるだろうから」
「そうだな。分かった」
コウの言葉にレノックス様が頷いた。
まあ、早いのにこしたことは無いけれど、コウの言う通りではある。
「それにしてもオレの都合で皆には手間をかける」
「気にしなくていいよレノ。ボクはキミを友達だと思ってる。このくらいのことは大丈夫さ」
「そうですわ、そもそもわたくしとウィンはレノとずっと前から友達ですもの」
「そうね」
「……有難く思っている。オレは強くならねばならんのだ。――我が国の貴族は嫡子が継ぐことで家が保たれるが、王家も例外ではないのは知っているな? だからオレは将来、自らの職を求めねばならん」
「それでも貴族の子供は家柄ゆえ、採用選考の面では優遇されておりますから、通常は公職などに就けば職にあぶれることはありませんわね」
「そうだ。だからオレは状況が許すなら学者か文官にでもなりたかった。だが俺は竜魔法を使えてしまった。現将軍閣下と同じ道だ……。オレにとっては叔父上だが、閣下のように騎士団に入るか、あるいは宮廷付きの魔法使いになることが慣習で求められている」
「あくまでも慣習なんだね?」
コウが訊くが、レノックス様は苦笑する。
「ああ。……だが、ほぼ義務だ」
「でもレノ。ダンジョン行きはあたしたちにとっても鍛錬なの。そんな風に世界を背負うような顔をして腕を組むのはやめてほしいかな」
「そうですわレノ。わたくしたちは今できることをしましょう」
「そうそう、何事も順番にだよ、レノ」
「そうだな。――お前たちが友になってくれたのは、オレにとっては僥倖だ」
そう呟いてレノックス様は微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます