09.これでも一応女の子である


 魔道具研究会部室の空いたスペースに、一体のウサギをキャラクター化した縫いぐるみが置かれた。


 プリシラの【収納ストレージ】から取り出したもので、床に座った状態の縫いぐるみの目があたしたちの腰辺りにくるくらいの縫いぐるみだ。


「結構大きいですわね」


「カワイイ縫いぐるみやわ。フツーに欲しいんやけどあれ」


「そうですね。プリシラはカワイイものの審美眼は優れたものがありますね」


 キャリルとサラとジューンが順番に口を開く。


「カワイイはカワイイけど、大きさ的に保管に困るかなぁ」


「でもウィンは縫いぐるみを持ってないんでしょ? プリシラに小さいものを選んでもらえばいいじゃない」


「そうか、小さい奴を買えばいいのか」


 あたしはホリーとそんなことを話していた。


「それでは、説明を始めます。この縫いぐるみの頭部には、魔道具の回路が埋め込まれていて、縫いぐるみの目には魔力の入力機構が組み込まれています」


「なるほど、目から魔力を充填するんだね」


「そうですマーゴット先生。加えて、この目にある魔力の入力機構に、魔道具の回路の方から外部情報認識の魔法が掛かるようになっています」


「なるほど。認識には風属性か地属性魔力を使うんだろうね」


「ご明察ですが、今回は念には念を入れて風と地の両属性の機構を組み込んでいます」


「細かい仕事だね! そういうのはわたしは評価したい」


「ありがとうございます。――それではさっそく、魔力を充填して起動までを行ってみます」


 そう告げてからプリシラは縫いぐるみの目に右手の平を向けて水属性の魔力を込めた。


「充填する魔力の属性はなんでもいいの?」


「はい。稼働自体は任意の属性魔力で可能にしてあります。――充填が完了しました」


 あたしの質問に答えながら、プリシラは魔力の充填を終えてしまった。


 縫いぐるみの目は、水属性魔力の青い色で淡く光っていた。


「魔力を充填した者の魔力の波長で個人を識別し、特定の動作をすることでこの縫いぐるみは稼働します。まず今は待機状態ですので、ここから指示受けつけ状態に移行させます」


 そう告げてプリシラはパチンと指を鳴らした。


 その瞬間、縫いぐるみの目は輝度を増した。


「これで縫いぐるみは指示受けつけ状態になりました。ここから予め登録したハンドサインを受けつけます。まずその場に立たせます」


 そう言ってプリシラは右手を挙げると、同時に縫いぐるみはその場に立ち上がった。


「まずはその場でステップダンスを踊らせます」


 プリシラはその場で両手を自身の腰に当て、直立した姿勢で左右のかかとを二回コツコツと合わせた。


 するとウサギの縫いぐるみはその場で飛び跳ねて独特のステップを踏み始めた。


「おお、縫いぐるみが踊っとる!」


「カワイイですね!」


 サラとジューンが食いついている。


「ふむ、魔力の流れからして動作の制御は縫いぐるみの中で完結しているね」


「はい。当初は四肢に踊る動作を逐一入力することを考えたのですが、回路が複雑になりすぎるため断念しました。そのため、私が踊るときの動作の記録をとり、それを再生させています」


「あら、ということはこの子はプリシラのダンスの姿を再現しているんですのね」


「そういうことになります」


「他にもダンスは記録しているの? あたし的にはプリシラが踊るところをちょっと見てみたかったわ」


「ダンスは三種類ほど用意しています。私のダンスの様子は今回の主目的では無いので割愛します」


 あたしの言葉にプリシラは淡々と答えた。


「プリシラ、照れなくてもいいのに」


 ホリーがニヤニヤしながらプリシラに言うが、プリシラは表情を変えずに無言でスルーした。


 というか、あれで照れていたのか。


 付き合いが長くなると分かるんだろうか。


 その後プリシラは特定の所作をして対象を指さすことで、縫いぐるみに略式のカーテシーをさせたりしていた。


 そうしてプリシラのデモは終わった。




「率直に言って、面白いものを見せてもらったよプリシラくん。制御の情報量が多くなるのはその通りで、それ故に動作的な部分の実装にはモジュール化で情報圧縮するのが主流なんだが、そこを詳しく教わる前に自分で解決策を見つけたのは見事だと思う」


 最初にマーゴット先生が口調よりも興奮した様子でそう告げた。


「ありがとうございます」


「加えて魔力の流れを観察していたが、縫いぐるみが稼働している間指示を出す者が魔力を消費する必要が無いのは興味深い。魔力の充填は魔石で代替できるだろうし、色々と面白い改造ができそうだ」


「あの……礼をするとか手を振るとか、その場で飛び跳ねるとか前に歩くとか、誰がやっても同じ動作については、記録した動作の再生っていうのはムダが無いアプローチなんですかね?」


 マーゴット先生とプリシラの会話に横からジューンが質問する。


 それについて先生はすぐに専門的な解説を始めた。


「それに関しては幾つかの説が出ているんだ。いまこの大陸の主流となっているのは記録の再生の方だ。もっとも、今回の試験よりも細かい動作ごとで記録しておくんだがね。以前は回路の実装の際に用いる塗料の最適化について課題があって――」


 魔道具研に所属するプリシラやサラが、その話を熱心に聞き入っていた。


「ところでディナ先生は、魔道具研究会に何か用があったんですか?」


 マーゴット先生と一緒に部室に入ってきたから気にしていなかったが、よく考えればディナ先生は顧問ではない。


 何か用事があったのに邪魔したなら申し訳無かったかもしれないと思い、あたしは声を掛けてみた。


「いいえ? 別に用は無いですよウィンさん。今日は構内の巡回の当番だったので、たまたま会ったマーゴット先生と一緒に来てみただけです」


「そうだったんですのね。そういえばディナ先生は、部活の顧問などはなさって居るのですか?」


「ワタシですか? 弓が得意なので狩猟部の顧問をしていますよ」


 横からキャリルが問うが、ディナ先生が狩猟部の顧問だとは知らなかった。


 あたしとしては興味はあったんだけど、故郷で父さんにくっついて経験済みだから優先度は低かったんだよな。


「ディナ先生が狩猟部の顧問だったんですね。あたし、実家では父が狩人だったので手伝いで狩りをしていたんです」


「そうなんですね。ウィンさんはティルグレース領の東部出身ですよね。あの辺りだと何を狩ってたんですか?」


「一番多かったのはウサギとか野鳥とか鹿や猪ですけど、熊やオオカミの群れも狩ったことありますよ」


「熊やオオカミ! 群れですか……何人くらいで狩りをしてたんですか?」


「……父と二人でです」


「……え゛? そ、そうですか。ウィンさんのお父さんは狩猟の名人で、その名人に色々教わってってことですかね」


「そうですね」


 それはもちろん事実である。


 でもときどき、父さんに丸投げされて一人で戦ったりしてたけど、それは黙っておこう。


「なあなあウィンちゃん、今日のデモで使った縫いぐるみやけどプリシラちゃんが王都で買った縫いぐるみなんやて」


「へぇ、商業地区で買えるのかな?」


「気になるやろ? こんどみんなで買いに行かへん?」


 ここのところ脳筋に傾きつつあるのを自覚してその度にショックを受けるあたしだが、これでも一応女の子である。


 というか、そもそも脳筋とか不本意である。


 縫いぐるみなどのカワイイものが気になるかどうかでいえば、気になるに決まっている。


「いいねぇ。――ねぇプリシラ、今度都合のいい時でいいから、この場にいるみんなであなたが縫いぐるみを買った店に行ってみない?」


「え? あ、はい。構いません。問題ありませんよ」


「もうプリシラ……。行きたいなって思ったら、あなたの場合もっと大げさなくらいの言葉で喋っていいのよ? 貴族の間だと色々あるかも知れないけど、クラスメイトなんだしもうちょっと砕けた喋り方をしようよ」


 苦笑いするホリーの言葉に一瞬プリシラは目を丸くするが、直ぐに口を開いた。


「そうですね。……コホン、ぜひ皆さんでカワイイに関する情報収集に参りましょう……!」


『はーい(ですの)』


 あたしたちがそんなことを話しているあいだ、ジューンはマーゴット先生と魔道鎧のことで何やら話し込んでいた。




 プリシラがあたしたちの方に視線を向けて口を開く。


「ウィンさん……訂正します。ウィン、キャリル、ホリー、動作試験を見て頂きありがとうございました。ディナ先生も貴重なお時間を頂きありがとうございました。魔道具の作り手としてではなく、いちユーザーの視点で何か気づいたことがあったら、お話を聞きたいのですが」


 その様子にホリーが微笑んで告げる。


「そんなに緊張しなくてもいいわよプリシラ。わたしは専門的なことは分からないけれど、縫いぐるみに自然な所作をさせていたのは凄いと思ったわ」


「同感ですわ。それがまた縫いぐるみの可愛さを引き出していたと思いますの。これは今後が楽しみですわね」


「お二人ともありがとうございます」


 キャリルもホリーの言葉に頷いている。


「プリシラさんがここまで精密なものを作り上げていたのはワタシは知りませんでした。好きこそものの上手なれと言いますし、これからも頑張ってくださいね」


「ありがとうございます、先生」


「そうだなぁ……プリシラ、二つほど思いついたんだけどいいかな?」


「大丈夫です。どうしましたか、ウィン」


「素人の意見だけど、縫いぐるみが大きいわ。動作の種類は減らしてくれてもいいから、勉強机の上で踊ってくれるサイズのものがあったらいいかなって思ったの」


「縫いぐるみの大きさですか」


「うん。少しだけ想像してみて? 寮の部屋で机に向かって勉強していてふと疲れた時、励ますように机の上の小さな縫いぐるみが踊ってくれたら嬉しいと思う」


「それは、貴重な意見です……! カワイイと思います……!」


 そう言ってプリシラはシャキーンと目を輝かせた。


「それウチもフツーに欲しいわ。それに多分商品化したら売れるでそれ」


 横で聞いていたサラが興味深げな顔でそう言った。


「商品化の可能性は別途検討することにしましょう、サラ。――もう一つは何ですかウィン?」


「二つ目は今回の趣旨とは関係のない思い付きだから、ただの参考意見にして欲しいの」


 プリシラに促されてあたしは告げる。


「はい。ぜひ聞きたいです」


「うん。今回、縫いぐるみの遠隔操作? ……を見せてもらったけれど、縫いぐるみの見たり聞いたりした情報を共有出来たら面白いかなってふと思ったのよ」


「縫いぐるみの情報、ですか?」


「縫いぐるみの五感の情報というか、視覚と聴覚だけでもいいわ」


 遠隔地のリアルタイム映像を伝える魔法があるのは、筋肉競争の中継の話で知っている。


 だが、より簡単に使えるなら偵察はもちろん防犯などにも役立つだろう。


「……それはどのような場面での使用を想定していますか?」


「例えば子供部屋に置いた縫いぐるみから視覚や聴覚情報を親が受け取って、赤ちゃんや幼い子供を見守るとか今パッと思い浮かんだかしら」


「それは面白い意見ねウィンさん」


 ディナ先生が興味深そうな様子でそう言った。


『…………』


 あたしの言葉で何やらみんなが考え込んでいる。


「プリシラちゃん、今度作ってみぃひん?」


「そうですねサラ。今回試験したシリーズとは別枠で作ってみたいと思います」


 サラとプリシラは何やら頷き合っている。


「ウィンは良くそんなことを思いつくのね」


 ホリーがやや意外そうな顔でこちらを見る。


「うん……。そもそも前にジューンからかしら、魔道鎧について『人を乗せないで危険な仕事をさせる研究』をしてる人が居るって聞いたと思うの。それの実現には五感の共有が必要なはずよね」


「良い着眼点ですわね。それを縫いぐるみで行うと何ができるかという話ですのね」


「そうそう」


 キャリルの言葉にあたしは頷く。


 あたしたちは魔道具研の部室でそんな話をして過ごした。

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