10.的を狙ってジリジリと集中


 魔道具研究会の部室でのプリシラの用事は終わったので、その後はお開きになった。


「そう言えばディナ先生」


「何かしらサラさん」


「さっき先生は弓が得意って言ってはったですけど、狩猟部では弓術とか教えてもらうことってできますか?」


「一般的な弓術は先輩たちが教えられますし、戦場で使えるような古式弓術はワタシが教えられますよ」


「ホンマです?!」


 そんな会話が聞こえてきたので、思わずあたしとキャリルは反応してしまった。


「先生、古式弓術ってどんなものですか?」


「戦場で使える弓術というものに興味がありますわ。先生のご都合が良かったら見せて頂きたいのですが?」


「あ! あたしも見たいです」


 べつに脳筋というわけじゃなくて、これはあれだ、狩人の娘として興味があるんだ。


 あたしはそう自分に言い訳していた。


「そうですね……。そろそろお昼ですし、部活棟以外にもまだ何か所か巡回する必要があるんですよ。だから、今日なら午後三時ころで良かったら都合がつきますよ?」


「え、いいんですか?」


 ディナ先生が大丈夫だと言ってくれたので、あたしとキャリルとサラは狩猟部に見学に行くことになった。


 武術研が使っている室内の訓練場に隣接して屋外の訓練場があるのだという。


 ディナ先生とはそこで待ち合わせをして、あたしたちはいったん解散した。




 待ち合わせの時間にあたしたちが部活用の屋外の訓練場に向かうと、ディナ先生が待っていてくれた。


 服装は戦闘服というか、地味な色のコートを着込んでいる。


「先生、わざわざすんまへん」


 サラがそう告げるとディナ先生は優しく微笑んだ。


「大丈夫です。ワタシが修めた古式弓術は白梟流ヴァイスオイレというのですが、習得コストが魔法よりも掛かるんです。だから使用者の人口が減っているんですよ。……一人でも関心を持ってくれたらワタシは満足なんです」


「なるほど、遠距離からの攻撃は軍や騎士団などで運用するには、魔法兵の方が計算が立つということですのね」


「そうですね。魔法兵の方が工兵や衛生兵として振り替えることができますからね。その証拠に白梟流は北のオルトラント公国で発祥したのですが、宗家が絶えてディンラント王国西部にあった分家が今は宗家として伝承しているんです」


 キャリルの方を向きながらディナ先生はそう説明した。


 あたしは武術の流派も、伝えていく苦労が色々あるんだなと考えていた。


「先生、メンバーが揃いましたよ……ってウィンたちか。ディナ先生がデモをやるというから誰が来るかと思ったが」


「こんにちはカール先輩。そういえば狩猟部に入ってるって言ってましたね」


 訓練場の入り口の方から歩いてきたのは、風紀委員長のカールだった。


 他にも四名の生徒が来たが、カールを含めみな冒険者風の格好をしている。


 男子はカールだけなので、女子が多い部活なのかも知れない。


「ありがとうございます皆さん。彼らが狩猟部や弓術に興味を持ってくれたので、的出しの協力をお願いします」


『はい』


「先生、的出しって何ですか?」


 サラが訊くと、ディナ先生が応える。


「彼らには【土操作ソイルアート】で土人形を出してもらいます。それをワタシが射抜いてみせますね。――それじゃあ、始めましょうか」


 そう告げてからディナ先生は【収納ストレージ】で長弓と矢筒を取り出して装備した。


 そしてあたしたちから離れ、訓練場の端に立った。




 ディナはリラックスして弓を持つと、屋外の訓練場入り口付近にいる生徒たちに叫ぶ。


「それでは好きなタイミングで始めてください!」


 そう言った直後に風属性の魔力を全身に纏い、弓にも同じように魔力を通す。


 身体強化が発動し、同時に反射増強、気配察知、思考加速が自身を強化した。


 今回はデモンストレーションなので、気配遮断は切ってある。


 ディナが身体強化するのとほぼ同じタイミングで、約百メートル前方の訓練場の端に人型の土人形のマトが魔法によって出現した。


 デモということもあるので、彼女は心持ち丁寧に狙いを定めて弓を射る。


 身体強化している状態で全力で矢継をして射ると、強化していない人間では動作を追えないことを考えたのだ。


 ディナが射た瞬間にすぐ最初のマトの数ミータ隣に次のマトが出現した。


 慌てることなく彼女が次の矢を射ると、最初の矢が一つ目のマトの頭部を破壊した。


 そうして土人形が出現しては頭部を破壊されていく。


 十体ほどそれを繰り返した後、突如ディナを囲むように数ミータの範囲内に三体の土人形が同時に出現した。


 彼女は慌てることもなく手にしていた長弓への属性魔力の配分を強め、弓本体を振り回して土人形の頭部を次々に殴打して粉砕していく。


 白梟流ヴァイスオイレ髭払ひげばらいという技で、弓本体を打撃武器に変える技術だった。


 その間、彼女の前方数十ミータの位置に縦三体横三体で密集した九体の土人形が出現する。


 ディナは流れるような所作で矢が無い弓を引き絞ると、風属性の魔力で形成された矢が出現した。


 無影射むえいしゃという技で、任意の属性魔力の矢を出現させ、それを射ることができる技術だ。


 魔力の矢を射ると矢は三本に分裂し、密集した九体の土人形のうちの最後尾の三体の頭部がはじけ飛ぶ。


 このとき放たれた属性魔力の矢は前二列を透過して三列目だけを破壊してみせた。


 その間にも彼女の周囲に土人形が出現するので、属性魔力で強化した弓で殴り頭部を破壊して開始位置から移動する。


 再び密集した九体の土人形が前方数十ミータの二か所に出現するので、今度は向かって右の集団を二列目だけの頭部を魔力の矢で破壊した。


 彼女を囲むように土人形が再度現れるので髭払で強化した弓で頭部を破壊しつつ、向かって左の九体の一列目だけの頭部を魔力の矢で破壊する。


 土人形の出現が訓練場に散らばりだすので、ディナは物理矢と魔力矢を混ぜながら全ての人形の頭部を淡々と粉砕していく。


 やがて土人形の出現が途絶えたところで彼女は弓に番えた物理矢へと属性魔力を収束させたうえで、訓練場の上空に放った。


 放たれた矢は訓練場の中央付近で急に軌道を下方へとカーブさせ、落下を始めるとともに魔力の矢を分裂させ始めた。


 奥義・万貫降ばんかんこうという技で、連続で使えば魔力の続く限りは矢の雨を降らせることができる。


 下降した矢はすべて訓練場に作られていた土人形に刺さり、ダメージを与えていた。


 最後にディナは弓に物理矢を番えると自身の前方斜め上に放つが、放たれた矢はその直後に不自然な軌道の変化を起こして訓練場から飛び去った。


「はーい、終わりでーす!」


 彼女は生徒たちの方に向き直ってそう叫んだ。




 あたしたちのところに戻ってきてから、ディナ先生は若干緊張した表情で口を開いた。


「どうでしたかね、みなさん?」


 あたしやキャリルが言葉を探していると、サラが口を開く。


「……す……」


「す?」


「凄いで先生! 弓術を極めるとここまでできるとは思ってへんかったわ!」


「うふふ、サラさんありがとう。でもワタシは極めてなど居ませんよ」


「戦場で使うための弓術というものはどんなものかと思っていましたが、とても素晴らしかったですわ先生」


「ありがとうキャリルさん。でも今日行ったのはあくまでもデモンストレーションです。弓術は射るべきものを狙い撃って、場を征することが第一ですよ」


 先生の言葉にあたしは少し考えてしまう。


「先生、弓術の達人の技を見せて頂きありがとうございました。ただデモということでずい分魔力を使って下さいましたね。体調とか大丈夫ですか?」


「こちらこそ見てくれてありがとうウィンさん。魔力に関しては特殊なコツがあるので見た目ほど消費は激しくないんですよ」


「コツですか?」


「ええ。魔力が流れる向き――魔力の指向性を与えてあげることで、単純に魔力をその場に固定するようイメージするよりも少ない魔力で安定性を増すことができるんです」


 なるほど、月転流ムーンフェイズでは身体に内在する魔力を『循環させる』ことを行っている。


 これは魔力に指向性を与えることによる、安定性の向上を意図していることもあるのかも知れないな。


 ただ、『魔力の指向性』なんて話は、ディナ先生の流派である白梟流の口伝なんじゃ無いだろうか。


「先生、いま話されたのって、白梟流の口伝じゃないんですか? あたしたちが聞いてしまって大丈夫でしょうか」


 あたしの指摘にディナ先生は苦笑いを浮かべた。


「そうですね。流派が起こった頃なら、そういうことを煩く気にした人たちも居たかも知れません。けれどいまではうちの流派は失伝しかねないんです」


「失伝……そこまで習得者が減っているんですね」


「ええ。ですから、現在の宗家の方針としては、“請われたら素直に教えなさい”というものになっています」


「なるほど。……ちなみに先生のご実家が宗家なんですか?」


「ワタシの実家? 違いますね。実家は王国西部で武具職人の家です。鎧とかを作ってきた家ですよ」


 なるほど、狩人の家という訳でも無いのか。


「なあディナ先生、狩猟部に入部したら先生の流派を教えて貰えるん?」


 サラがやや食いつき気味にディナ先生に尋ねた。


「そうですね。ワタシは王都の白梟流の師範代ですから、狩猟部に入部していなくても教えることはできます。ただ、入部してくれた方が練習環境は学院内で用意しやすいですね。それに初めの三年間、初等部のあいだは普通の弓術を練習してもらうことになりますよ?」


「はいっ! それやったらウチ、狩猟部に入部します」


 そう言ってサラは即答した。


「それは嬉しいですけれど、サラさんはうちの学年でも魔法がかなり得意ですよね。どうして弓術に興味があるんですか?」


「ウチ、武術を習うんやったら弓術がやりたかったんです。的があって弓を引いて、集中して的に当てる。その一点に集中する感じが好きやったんです」


「でも習って来なかったということは、環境が無かったと?」


「そうです……。ツレと遊びで作った弓はあったけど、“魔法が得意やったら杖術やろ”って両親に言われていままで我慢してきたんです。的を狙ってジリジリと集中していく感じとか、杖術と違いますやん。それにウチが魔法で集中するのって、弓を射るときに似てる気がしたんです」


「わかりました。好きこそものの上手なれと言います。まずは三か月くらい続けるのを目指して入部してみてください」


「よっしゃ! 先生、先輩たち、よろしくお願いします!」


『ようこそ狩猟部へ!』


 狩猟部の女子生徒たちがサラに拍手をしてそう告げた。


 ディナ先生とカールは、優しい表情を浮かべて黙って頷いていた。

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