07どこでも付き合うよ


 武術研の部室に行くと、ややくたびれた表情をしたライナスが居た。


「こんにちはライナス先輩。どうしたんですか、微妙に疲れてそうですけど」


「やあウィン、キャリル。……少し蒼蛇流セレストスネークの本部道場で調子に乗ってしまってな」


「調子に、ですの?」


「ああ」


 ライナスは収穫祭の初日に自分の流派の本部道場に行ったのだそうだ。


 祭りの期間は王都の皆伝者が集まって練習をするのが恒例になっているらしい。


「ところが初日の朝に顔を出したら例年と違って客が居てな。色んな流派の高位伝承者が集まって宴会をしていたんだ」


 たぶんお爺ちゃんとその友達たちだろう。


 あたしは自分の額に手を当てた。


「彼らは宴会の合間に腕比べをして居たんだが、誰も彼もが凄まじい強さで俺たちは目を奪われるばかりだった」


「そうだったんですの」


「ああ。特に凄まじかったのは三人いて、うちの流派の宗家と、刻易流ライフトハッケンの師範代、あとは月転流ムーンフェイズの宗家の方だった」


「それ、月転流のはたぶん、うちのお爺ちゃんです」


「やはりそうか。うちの身体能力が高い獣人の門弟たちを相手に多対一の舞うような体さばきを見せてくれたぞ」


 獣人か。


 モフモフまみれとか言って、調子に乗ってスパーリングしてたのかも知れない。


 お爺ちゃんが本気になったら、その辺の人間では視認する前に勝負が付いていたはずだから、敢えて姿を隠さず逃げ回ったに違いない。


「彼らは初日の夕方には別の流派の道場に移動して行ったが、貴重な体験だった。それに触発されて俺たちは今日まで稽古三昧でな。それで疲れてしまったんだ」


「なんか、うちのお爺ちゃんがすみません」


「何を言ってるんだ。俺たちは感謝してるんだぞ」


 そう言ってライナスは笑った。


 キャリルが刻易流についてライナスに質問していたが、ドワーフ族に伝わる手斧術で、源流はドワーフ族の喧嘩殺法を体系化したものと言われるそうだ。


「それで今日はどうしたんだ。何か練習でもしていくのか?」


「実はあたしたち、【回復ヒール】が使えないんです。だから先輩たちの誰かに教えてもらおうかと思って顔を出したんですよ」


「ああ、そういえば前に覚えて無いって言ってたな。参ったな……回復の魔法が得意な奴は今日は見かけていない。それ程得意ではないが、教えるだけなら俺でもできるがどうする? 教えている間に誰か来て手伝ってくれるかも知れんし」


「そうですわね。ライナス先輩にお願いしましょうかウィン?」


「ええ。お願いしていいですか?」


「大丈夫だ。そうだな、先ずは理論編から行くか。適当なところに座ってくれ」


「「はい」」


 ライナス先輩は説明に使うのか、【収納ストレージ】で筆記具を取り出した。


 そして口を開く。


「それでだ、【回復ヒール】についてだが地属性魔法の一つで、生命体や、物質を復元する魔法なのは知っているな? 部位欠損なども魔力の使用量によっては治せるが、範囲使用では魔力の消費量が跳ね上がるため、水魔法の【治癒キュア】と併用するのが一般的だ。これは属性魔力の特性に起因する発動の違いによるもので――」


 ライナス先輩は本当に基本的なところから【回復ヒール】について教えてくれた。


 ざっくりといえば【回復ヒール】は物としての身体を復元する魔法で、魔力の燃費が悪いそうだ。


 なので応急処置として生き物の治療を行う場合には、生命力を増強する【治癒キュア】を使った方が少ない魔力で効率がいいのだという。


「――ということで、理論面での説明はこのくらいでいいだろう。だが参ったな、説明を長めにすることで誰かその間に来ないかと思っていたんだが、誰も来ないとは……」


「別にいいじゃないですか。ライナス先輩は実践編でも教えられるんですよね?」


「俺が教わったときの方法は説明することができるが……まぁいいか。植物の葉を千切ってそれを元に戻すのをやってみようか」


「わたくしとウィンは【治癒キュア】を覚えた時、立ち木の葉に切れ目を入れてそれを治すところから始めましたわ」


「なら話が早い。――そうだな、それなら訓練場に向かう通路脇に生えている立ち木を使って練習を始めようか。そのうち誰か通るかも知れないし」


「「分かりました」の」


 その後あたしたちは場所を変えて【回復ヒール】の練習に入った。


「――そうだ、まず地属性魔力を治療箇所に通して、対象のあるべき状態を感知するところからだ。これは植物の知識が無くても、できる技術だ。魔力を通すことで感じられる変化を元に、一番自然なあり方を捉えるところから始める。そのためには【治癒キュア】よりも緻密な魔力制御が必要になる。さっき説明した通りだからまず魔力を動かしてみて欲しい……」


 そうしてあたしとキャリルは【回復ヒール】の練習を行った。


 そのうち通りかかった武術研の先輩たちが手助けしてくれて、本当に基本的な部分の練習はメドが立ちそうになった。


 ライナスはホッとした表情を浮かべていたな。


「習得まではなかなか時間が掛かりそうですわねウィン」


「そうね。魔力を通して構造を把握する部分で、まだまだ練習が必要な感じかな……」


 ちなみに、【回復ヒール】の上達には治す対象の知識がある方が効率がいいと教えてくれた。


 それでも先輩たちの話によると、難易度的には【石つぶてストーンバレット】を覚えるのより多少手間がかかる程度らしい。


「まぁ、気長に練習すればいいさ。収穫祭の時期が終わってから武術研に来れば誰かいるだろうし」


 先輩の一人がそんなことを言ってくれた。


 あたし的には入学してから今まで課題ばかりが増えている気がするけれど、順番に片付けていくしかないよなと思ってため息をついた。




 王都に帰還した翌日、カリオはフレディに呼び出されて中央広場の商業ギルド近くに来ていた。


 フレディの話では収穫祭の王都の案内をしてくれるという。


 指定の時間より早めに待ち合わせ場所に着いたカリオだったが、何となく勘に近い違和感を覚えて何気なく周囲の気配を探ってみると、良く知った気配が近くから察知できた。


 そ知らぬふりをして近づいてみると、そこには暖色系のハーフコートを着込んだフレディが立っていた。


「腕を上げたなカリオ殿」


「フレディさん、こちらで待ってたんですか? ……もしかして俺、待ち合せ場所を微妙に間違えてました?」


 自身がなにかやらかした可能性を考えたのだろう、一瞬カリオの耳がしなしなっと前に垂れる。


「いいや、小官は敢えてここで待っていたのだ。実戦で行うレベルで気配遮断を行ってカリオ殿を観察していた。こちらの視線を勘のようなもので察知してみせたから、君は風牙流ザンネデルヴェントの気配を取り扱う部分に関しては指導は完了だな」


 フレディの言葉にカリオは喜色を浮かべた。


「本当ですか?!」


「本当だとも。――君にもしやる気があるなら、風牙流のその他の技術も教えることができる」


 フレディの申し出にカリオは腕組みし、その場で考え込んだ。


 そしてカリオは口を開く。


「少しだけ考える時間をください、フレディさん」


「構わんよ。……ところでカリオ殿、せっかく体得したその技術について、実戦に近い場所でさっそく使ってみたいとは思わないか?」


「何か事件でも起きたんですか……?」


 カリオが眉根を寄せてフレディに訊いた。


 その表情にフレディは微笑む。


「ある意味事件だな。ニコラスが今日、月転流ムーンフェイズの女性と食事をする約束をしたのだそうだ」


「ああ、ジャニスさんですね。――昨日の今日だし、そういえばフレディさんには話してませんでしたね。俺、二人が互いに自己紹介する場に居たんです」


「そうだったんだな」


「ええ。元々はウィンがニコラスさんに提案した話で、彼女の祖父のゴッドフリーさんからもお願いされてましたね」


「二人の名はニコラスから聞いているよ。ゴッドフリー殿には小官もお会いしたかったがこればかりはタイミングだろう。……ともあれ、駐在武官ともなると防諜にも気を配る必要があるから、身元が確かな女性なら小官としては否は無い」


 そこまで話を聞いてからカリオは考え込む。


「でもニコラスさんのデートの話をしたっていうことは、二人を尾行でもするんですか?」


「ああ。相手の身元は問題なさそうなのは朗報なのだが、ニコラスがなにか仕出かさないか不安でな」


 それって過保護じゃ無いのかと微妙に脳裏によぎりつつ、カリオは口に出さないことにした。


 ニコラスたちの尾行が面白そうだと考えてしまったのだ。




 ジャニスが待ち合せの商業地区にある小さい公園に着いたときには、すでにニコラスがベンチに座って待っていた。


「よおニコラス、待たせちまったか?」


「やあ。大丈夫だよジャニス。公園でノンビリしていたんだ」


 二人とも今日は普段着だ。


 ジャニスはいつものホットパンツにニーハイブーツとセーターだし、ニコラスも冒険者が着ていそうなラフな格好をしている。


 そして別に示し合わせたわけでも無いのだが、二人とも普段着の上から明るい色のコートを羽織っていた。


 さすがに色までは一致しなかったけれど、色が一致すればペアルックみたいに見られたかもしれない。


「それでどうする? どの店に行くとか決めてあんの?」


「ううん、決めてないよ。ジャニスが行きたいところならどこでも付き合うよ」


 ニコラスの言葉に一瞬ジャニスは目を丸くしたあと、若干照れ臭そうに表情を崩した。


「あ、あんがとよ。そうだな……まずはメシを食うか。肉と魚とどっちがいい?」


「どちらでもいいけど、強いて言えば肉かな」


「あーしもどちらかと言えば今は肉だな。……あとはパンとパスタとライスだと何がいい?」


「そうだねぇ、その三択ならパスタかな。次点でパンだね」


「おし、じゃあパスタの上手い店に行こうぜ。共和国出身のタヌキ獣人の夫婦の店を知ってるんだ」


「いいねぇ」


 そうして二人は自然な魔力操作で身体強化を発動し、屋根の上を走って最短距離で移動を始めた。


 ジャニスとニコラスが目的の店に着くと、幸い席が空いているようだった。


 二人は鶏のスペッツァティーノ(肉の煮込み料理)やパスタ料理を数種類とワインを注文する。


 ワインで乾杯すると、ジャニスが口を開いた。


「あーしは産まれも育ちも王都だから他所をあんま知らなくてさ。ニコラスの故郷とかどんな感じなんだ?」


「そうだね。一言で言えば田舎街だけど、もう少し特徴をいえば大きな川沿いにある穀倉地帯かな。街の中には水路も走ってて、船で移動できたりするんだ」


「船か、面白いなそれ。ニコラスも船を動かせるのか?


「小さい船なら大丈夫かな――」


 話している間に料理が並び始めるので、食べながら話をする。


 そのあと二人は子供のころの話などをした。


「――それがいまやディンラント王国の王都だもんな。故郷を離れるのはともかく、別の国に行くのは迷わなかったのか?」


「迷いは無かったと思う。ああでも……」


「でも?」


「食事が合うかはちょっと心配してたかも知れないよ」


「そりゃまぁそういうもんだろうな」


「でもこの店、普通においしいよ」


「そいつぁ良かった。――ところでニコラス、公園からくっ付いてきた気配だけど気が付いてるか?」


 笑顔のままジャニスがそう告げる。


 尾行者が意図しない相手なら面倒ごとの種だろう。


 そう判断したジャニスが、把握していることを気付かれないため表情を変えずに語る。


「ああゴメン。たぶんカリオくんと、フレディっていう僕の上司だと思う。恐らく僕がジャニスをエスコートできてるか不安で付いて来てるんだと思う」


「……それって覗きじゃね?」


「そうとも言うかな! ……まぁ、カリオくんは分からないけど、上司の方は適当なところで気が済んだら帰ると思う」


「そっか。じゃああーし達は旨いメシを食ってるのを見せつけようぜ」


「そうだね。そうしよう!」


 そう告げてジャニスとニコラスは、悪戯っぽい笑顔を窓の外に向けた。


 二人の様子にカリオが口を開く。


「フレディさん……なんか俺たち気づかれてないですか?」


「確かにな。だが二人とも機嫌良さそうだな」


 カリオは遠目に見える料理に目が釘付けになっていたが、フレディはニコラスとジャニスの笑顔をみて安堵の表情を浮かべていた。

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