06.ダンジョン行きの作戦会議


 あたしとキャリルは昼食を食べ終えたが、まだダンジョンの話をしていた。


「それで、カリオからなにか攻略情報は聞けたの?」


「そうですわね。九階層目までは一階層目と基本的には同じらしいです。そして十階層目に階層ボスの魔獣が出現すると言っていましたわ」


「攻略本なんかを見る限りでは亜人系の魔獣が出るって情報だったけれど、ゴブリンの上位種だったかしら?」


「そのようですわね。カリオが戦ったときはボスのゴブリンコマンダー一体と、取り巻きにゴブリンソルジャーが八体居たそうです。その時はたまたま会ったコウと二人で挑んだということですわ」


「え、コウもその場にいたの?」


 収穫祭に入ってから、あたしはコウとエルヴィスに花街で会ったことを思いだした。


「コウとは初日の夜に王都南ダンジョンの五階層目出口で会って合流したようですの。エルヴィス先輩も同行していたようですわよ。先輩はコウの付き添いだったようですけれど」


 コウとエルヴィスか、なんだかんだで仲がいいなあの二人は。


「戦った感触は何か言ってたかしら?」


「そうですわね。カリオとコウの二人掛かりで直ぐ片付いたようです。ただカリオの気配遮断からの奇襲がゴブリンコマンダーに読まれたと言っていましたわ」


 そもそもカリオに風牙流ザンネデルヴェントから気配遮断などを学ぶようアドバイスしたのは、あたしだった気がする。


 ニコラスさんが同行したのはその辺りの特訓も兼ねていたんだろう。


「カリオの気配遮断は練習中だったのも関係するかも知れないわね。多分キャリルなら、前に見せてもらったときの感じなら大丈夫と思う。……まぁ実際は戦ってみないと何とも言えないか」


「あとはゴブリンコマンダーに関しては長い金棒を武器にしていて、『見た目だけはオーガみたいだと思った』などと言っていましたわね――」


 キャリルが他に聞いた話としては、移動は基本的に身体強化を行った状態で高速移動したそうだ。


 途中の進路上でどうしても回避できないような魔獣は倒しつつ進んで、一日に五階層ずつ潜るという流れだったとのこと。


 寝泊りはダンジョン内で階層の出入り口付近にキャンプを張ったようだ。


 十一階層目から二十階層目までの環境は攻略本通りでジャングルらしい。


 魔獣の分布は爬虫類系や昆虫系、スライムや亜人やダチョウみたいな飛行能力が無い鳥がでてくるとキャリルは訊き出したそうだ。


「ジャングルは植物のせいで遮蔽物が多くなるから、気配察知の有無で攻略速度がずい分変わるだろうと言っていましたわね」


「そうなのね」


「ええ。あとはジャングルの中に農園があって、本来王都周辺では育たない植物を栽培して出荷しているから、休憩ポイントにできると言っていましたわ」


 その後キャリルからカリオが二十回の階層ボスに挑んだ話を聞いたが、取り巻きの数が少し増えていて面倒だったようだ。


「それでウィン。ダンジョンはまた行くとして、いつ行きましょうか?」


 キャリルは前回のあたしたちの挑戦があんな形で終わったことを気にするでもなく、静かに闘志を燃やしている様子だった。


 彼女のこういう前のめりなところには時々救われている。


「その辺りの……スケジュールとか諸々を含めて作戦会議をしたいんだけど、あたしの部屋かキャリルの部屋に行かない?」


「そういうことでしたら、わたくしの部屋で行いましょうか」


 キャリルの提案を採用し、あたしたちは寮の食堂から移動した。




 キャリルの部屋を訪ねるが、彼女の部屋も片付いている。


 元々寮の部屋は狭いのだけど、散らかっているとさらに狭く感じることも整理整頓が習慣付く要因になっているかも知れない。


 部屋に入ると、微かにハーブの爽やかな香りが鼻をくすぐるのが心地いい。


「それで、作戦会議でしたわね」


 ベッドに腰掛けながらキャリルが告げる。


「ちょっと待ってね。防音をしてしまうから」


 そう断ってからあたしは【風操作ウインドアート】で室内に防音壁を作った。


 そうしてあたしはキャリルの机の椅子に腰かけた。


「盗み聞きされては不味い内容も含むんですのね」


「少々注意が必要な内容なの。でもたぶんキャリルは知っておいた方がいいと思う」


 レノックス様が関係する話だから。


「分かりましたわ」


「順番に話をするわ。前回ダンジョン探索した時にあたしたちが襲われたのは、レノックス様を誘拐する目的だったらしいの。でも不明だった誘拐の目的に関して、月転流うちのデイブが危機感を持ったわ」


「レノが……危機感ですの?」


「そうよ、情報をいま把握しておかないと後でヒドイ目に遭うと考えたの。王族の誘拐をしても身代金の受け渡しもただの賊には出来ないから、『標的が王家の人間であること』に意味があると読んだデイブは、ゴッドフリーお爺ちゃんを呼んだの」


「それでゴッドフリー様がいらっしゃったんですのね」


「そうなのよ。――お爺ちゃんは陛下と友達だから直接話を伺うことが出来たわ。その結果、『王家の宝物庫を開くのに王家の人間が立ち会う必要がある』という話を聞けたの」


「レノは宝物庫を開けるために襲われたんですのね」


「陛下はそう考えているみたい。宝物庫の詳細は教えてくれなかったわ。――当面の対策としては王家の誘拐を防ぐらしいけど、根本的には陛下はレノックス様に強くなって欲しいって言ってたの」


「そうでしたの……」


「陛下から言われたのは、レノックス様は魔法だけじゃなくて武の才能も伸ばしたいって言われたわ。それと、他者との連携を覚えさせたくて、学友と力量を伸ばしていくのが本人にもいいだろうって仰ってたかしら」


 竜の話であるとか、誘拐実行犯の話はキャリルへの説明から省いた。


 いまあたしたちの作戦会議としては、本題からズレていくからだ。


 あたしが考えたいのは、レノックス様を含めてあたしたちが強くなることだった。


「だから、王都南ダンジョン行きの話をするなら、あたしとキャリルだけじゃなくて前回行った四人で行くのを検討したいのよ」


「話は分かりましたわウィン。そういうことでしたら、わたくしたちがダンジョンに再挑戦するのは決まっていることとして考えましょう」


「ええ」


「その上で考慮すべきなのは、先ずレノの警備体制ですわね。我々四人では対処しきれない賊などが出てきた場合を考えれば、近衛騎士団から人員を割いてもらうのが良いかも知れませんわ」


「そうね。暗部の人たちも悪くないけど、護衛の専門家に同行してもらった方が確実でしょう。その上で前回のニコラスさんと同じように、基本的には戦いをチェックしてもらう形で付き添ってもらうことを考えましょうか」


「それでいいと思いますわ」


 そう応えてキャリルが微笑む。


「あとは王都南ダンジョンへ通う頻度と移動方法かしら」


「あら、漠然と週一回、馬車などで向かうことをメドに考えていたのですけれど、それでは不満がありまして?」


「不満は無いけれど、あたし的には休みの日は休みたいのよね」


「ふむ。そうなりますと、闇曜日に学院が休みだからとダンジョンに挑んでいては休めませんわね」


「そこで移動方法よ。馬車は体力や魔力を温存出来てラクだけど、時間が掛かるわ」


「それはそうかも知れません」


「あたしたちの場合、身体強化したうえで王都から走ったほうが早いんじゃないかしら?」


「ふむ……ダンジョンへの移動ですか……」


 そう呟いてキャリルは何かを考え始めた。


「どうしたの?」


「ウィンはわたくしの母上が、結婚前に一角騎士団に所属していたことは知っていますわね?」


「うん、シャーリィ様でしょ? 後宮警備を行う女性騎士団にいらっしゃったって聞いてるわ」


 ディンラント王国の場合、後宮とは王妃たちの生活スペースのことだ。


「そうですわ。その関係でわたくしは、王宮のお話を色々と聞かされて育ったのです」


「ふうん?」


「王宮には王国各地に転移するための、魔道具の部屋があるのだと聞いたことがあるのですわ」


「転移の魔道具って、ダンジョンにあるような奴のこと?」


「そうですわ。大人数は無理ですし長距離も無理なようですが、王都周辺の王家直轄領くらいは移動できると聞いたことがあるのです」


「それをいま話したってことは、王都南ダンジョンまでの移動もそこから出来るって事なの?」


 それができるのなら、あたしたちは王城までダッシュすればダンジョンに行けるわけだ。


「それは分かりませんわ」


「ありゃ、残念……」


「わたくしが知っているのは、あくまでも転移の魔道具を運用する部屋があるということだけです」


 そこまで話して、あたしたちはレノに王都南ダンジョンに魔道具で移動できないかを確認することにした。


 もし無理なら学院から身体強化してダンジョンまでかけっこだな。


 あたしを含めた月転流ムーンフェイズの皆伝者なら、身体強化した状態で全力移動すればどんなに遅くとも十分弱で着くだろう。


 他の流派がどのくらいの速さで移動できるかは考える必要はあるか。


 多少は体力と魔力が消耗するけど、戦闘にはそこまで差支えはない筈だ、たぶん。


 移動も含めての鍛錬ということにしてしまえばいいような気もしたけれど、そこまで考えてあたしは自分が脳筋に嵌っていることに改めて愕然とする。


 あたしはラクこそ正義だったはずなのだが。


 解せぬ。




 キャリルとダンジョン行きの打ち合わせをしたが、レノックス様への確認はキャリルが行ってくれるそうだ。


 現時点での懸念については方針が決まったので、ダンジョン行きの作戦会議はお開きになった。


「ウィンはこのあとどうするんですの?」


「このあと? そうね、午前中は薬薬研の部室で本を読んでいたけれど、特に予定は決まって無いわ」


「そうなんですのね。でしたら今から武術研に行ってみませんか? 【回復ヒール】を先輩方から習っておきたいんですの」


「あ、それはいいアイディアだわ」


 収穫祭の期間中ならまとまった時間が取れるし、練習に集中しやすいだろう。


 加えてあたしもキャリルも回復の魔法は未修得だから、早めに修得しておく方が今後のことを考えて得だろうと思ったのだ。


 キャリルの部屋を出て、あたしたちは武術研の部室に向かった。

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