05.騎士道と勝利を天秤に
デイブとの話がついたので、あたしはカレンの部屋を訪ねた。
部屋の扉をノックするとすぐに開き、彼女が顔を出す。
「こんばんはカレン先輩。昼間に話してた件で来ました」
「ああ、分かったわ。ありがとうねウィンちゃん。入って」
カレンの部屋は前に訪ねているが、今回もきちんと片付いている。
他の生徒の部屋に入ったことはあまり無いけれど、彼女の部屋が整理整頓されていることは印象に残っていた。
「それでカレン先輩、先輩はステータスとかは自分で見られるんですよね?」
「ええ。親戚に教わって見られるようになったの!」
それなら話が早い。
「ステータス情報は、書き換えて別の情報に変えるのはほぼムリらしいですが、隠すのは簡単なんです」
「そうなのね?」
「ええ。具体的には隠したいスキルとかに意識を集中して――」
そこから説明を含めて、あたしが習った手順でステータス隠蔽をカレンに教えた。
そのあと一時間くらい掛けただろうか。
意識の置き方の問題だけなので、あたしよりも学院で魔法の授業を長く受けている分だけカレンは早く体得したようだ。
「すんなり覚えましたね。後は鑑定の目から逃れられるか、また別の日にあたしの知り合いに確かめて貰いましょう」
「分かったわ!」
「一つだけ気になるんですが、先輩は過去に教会でステータスを見られてませんか?」
「そうね。そうかも知れないわ」
「なら、教会で今後ステータスを見られる時は、隠さないようにしてください。前回の記録と齟齬があると騒がれるかもなので」
「分かったわ!」
「あと、今回教えたのはあたしの流派の身内だけで教えてる技術なので、絶対他のヒトには教えないで下さいね。場合によっては騒ぎになるので」
「了解よ! ありがとうウィンちゃん」
そう応えてカレンは微笑んだ。
翌日遅めに起きて寮の食堂で朝食を食べたあと、あたしは薬草薬品研究会に向かった。
今日は特に予定も無かったし、落ち着いて過ごそうと思っている。
部室にたどり着くとすでに鍵が開いていて、中に入るとジャスミンがいた。
「ジャスミン部長、おはようございます」
「おはようウィンちゃん。収穫祭は行かなくていいの?」
「色々あって収穫祭はお腹いっぱいなんです。今日は落ち着いて過ごそうと思って」
若干くたびれた表情でそう告げると、ジャスミンに笑われてしまった。
「そうなのね? まあ、ゆっくり過ごすのも悪くないと思うわ」
「はい……」
そうしてあたしは適当な席に座り、リンダ伯母さんから貰った医学系の薬草図鑑を開いて総説のページをめくり始めた。
「あら、凄い本を持ってるのね」
「親戚から貰ったんです。医学での薬草の使い方とか勉強したくて」
「なるほどね。……もし今度調べものがあったら少しだけ見せてくれないかしら?」
「いいですよ」
「ありがとうウィンちゃん」
ジャスミンはあたしの本を脇から覗き込んで興味深そうにしていた。
その後あたしは穏やかな時間を過ごしていた。
ふと視線を部室にある薬草の鉢植えに向けると、ソフィエンタとの会話を思い出した。
「そう言えば部長、ちょっと変なことを訊いていいですか?」
「あら、どうしたの?」
ジャスミンは土壌に関する専門書を読む手を止めて応えた。
「誰に聞いたのか忘れたんですが、植物と会話できるスキルってあるんですよね?」
薬神から聞いたとは言えないから、あたしは曖昧に話す。
「ふむ……。一応有るとは聞いたことがあるわ」
「おお、そうなんだ! 覚えるのって難しいんですか?」
「どうかしら。難易度については知らないのよ。習得後のある問題を聞いて、私は手を出すのをやめたの」
「問題、ですか?」
「ええ。植物も動物も、会話できるスキルはあるみたいなの。でもスキルの使い方を間違えると、心を病むらしいのよ」
いきなり飛び出した話にあたしは興味を覚えた。
「心を病む……。どういうことですか?」
「いちばん分かりやすい話が、動物と会話するスキルね。これから肉にされる動物の言葉が理解できたら、大変だと思わない?」
そういうことか。
理解出来すぎるのもデメリットがあるわけだ。
「動物とか植物の恨み事が耳に残ったら、確かに大変ですね……」
「そういうことよ。少なくとも私はその話を聞いて諦めたわ」
「あたしは少し考えてみます。……父が狩人でいままで手伝って来たから、命の重さは理解しているので」
「そう……」
ジャスミンはあたしの言葉に何かを考えている様子だった。
「デボラ先生、ワタシ……イメージの問題とか言われても難しいんですが」
「泣き言を言わない、コツはすでに教えたわ。学院にもあなたの成績を照会してある。私の判断ではあなたはもう無詠唱に手が届くの」
アイリスは王宮で缶詰めになり、宮廷魔法使いのデボラ・フェイス・クレイトンからの特訓を受けていた。
特訓の間は彼女の名を呼ぶとき『先生』と付けるように言われている。
アイリスはデボラから学業の成績は問題無いと判断されたのだが、魔法の技術では急ぎ特訓すべき箇所があると判断されている。
特訓の課題は無詠唱技術の習得だった。
その内容なのだが、アイリスの習熟度なら属性魔法などでは無くても、得意な魔法で行う方が楽だからと【
アイリスとしては間違いなく素描の魔法が得意だが、問題が一つあった。
彼女が素描の魔法で描く絵の題材だ。
アイリスは自身が非公認サークルである『美少年を愛でる会』で素描の魔法の腕を磨いて来たことをデボラに言えて居なかった。
恥ずかしかったというよりは、ドン引きさせたらどうしようという懸念があったのだ。
ただでさえ自分は『魔神の印章』の件で、デボラの心証が悪いのではとアイリスは心配していた。
そこに『美少年を愛でる会』の話が出たら色々と詰んでしまうかも知れない。
自身が学院を卒業したらデボラは上司になると先日説明があった。
だが仕事が始まる前の段階から印象が悪いのはマズいだろう。
同時にアイリスは、そろそろ腹を括らなければならないかも知れないとも思っていた。
このままでは自身に示された課題をクリアするメドが立たないからだ。
そこでアイリスは賭けに出ることにした。
「デボラ先生、学院では素描の魔法は静物画でなくて、人物画が多かったんです」
「ふむ……そういうことか。私をちょっと描いてごらん? 詠唱してもいいから」
「は、はい」
そう言われてアイリスは魔法を発動すると、自然な流れで絵が描けた。
「確かに静物画よりは自然な発動だったわね。絵の精度も悪くない。でも特訓の間ずっと私がモデルをやるのもな……」
そう告げてデボラは考え込む。
そして何かを思い付いたのか、突然笑顔を浮かべた。
「いいことを思い付いたぞアイリス! 人物画のモデルに心当たりがある」
「そ、そうですか?」
「ああ! ちょっと呼んでくるから少しこの部屋で待っててくれ」
「分かりましたデボラ先生!」
そうしてデボラは部屋を出て行ったので、アイリスは画材のチェックを進めておいた。
程なくデボラは何名かを引き連れて、アイリスの指導を行っている部屋に戻って来た。
「アイリス、騎士団の有志の彼らが、素描の魔法のモデルに手を挙げてくれたぞ! これでお前も捗るだろう!」
そう告げてデボラが示した男たちは、上半身裸の筋肉野郎たちだった。
男たちはアイリスの前で、一斉にムキムキッとポーズを決めながら口を開いた。
『我らの絵をッ! 描いてくれることにッ! 感謝するッ!』
その様子を見てアイリスは固まってしまった。
「美術で肉体の美は普遍的な題材だ。これでお前の特訓も軌道に乗るだろう。いや、我ながら冴えてるな。ははは!」
デボラの言っていることも分かるし、来てくれたモデルたちも首から上は美形揃いだ。
それに恐らく静物画を素描の魔法で描くときよりは、上手く絵の完成形をイメージできそうだ。
だがアイリスは内心呟いていた。
コレジャナイです、と。
やがてデボラはアイリスに特訓の続きを促して機嫌良く部屋を去った。
後には固まったアイリスと数名の筋肉野郎たちが残されたのだった。
お昼になったので、あたしは部室を出て寮の食堂に向かうことにした。
ジャスミンは朝食を食べ過ぎたと言って部室に残った。
そして食堂の入り口でキャリルに会った。
「あらウィンこれからお昼ですの?」
「そうよ? キャリルも一緒に食べる?」
「そうしますわ」
そうしてあたしたちは二人で昼食を食べ始めた。
「ところでウィン、カリオからダンジョンの詳しい話を聞きまして?」
「ううん、聞いてないわね。ダンジョンの攻略情報ってことでもあるし、一度訊いておきたいけど」
「カリオは二十階層まで行ったそうですが、気配遮断を使えば戦闘回数を減らせるそうですわ。気配察知と併用することで戦闘の回数を自分でコントロールできるとも言って居ましたの」
そこまで話を聞いてあたしはあるものを思い浮かべた。
「キャリル、身も蓋もない喩えかも知れないんだけどさ。階層ボス討伐って視点を変えると、王都南ダンジョンの場合は暗殺作戦みたいだよね」
「暗殺ですか?」
「ダンジョンという拠点に侵入すること。気配遮断と気配察知で戦闘回数を減らすこと。目的のボスを少ない手勢で仕留めること。その後脱出すること」
「確かに身も蓋もないかも知れません。ですが、少数精鋭による電撃的な突入作戦という意味では、共通する部分も多そうですわ」
キャリルの思考は勝利にこだわる。
そして、騎士道と勝利を天秤に掛けるなら、勝利を選ぶことも辞さない。
正統派の騎士辺りだと勝ち方にこだわりそうだけど。
「そういえばウィン」
「どうしたの?」
「あなた暗殺作戦に参加したことはございますの?」
あたし、さすがに暗殺したこと無いですけど。
「無いわよさすがに。でもそうね、賊の類いの敵なんかには、躊躇無く武器を振るえると思うわ」
「それは恐らく、わたくしもそうですわね」
そう告げてからキャリルはニヤリと笑った。
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