04.穏やかに左右に振れている
みんなのところに戻り、あたしはジャニスに連絡を入れたことを話した。
「遅くとも十分でここまで来るって言ってたわよ」
「そうか。まあジャニスならそこまで時間が掛かることは無いじゃろう。ニコラス殿、もう少しだけ待ってくれるかの」
「分かりました。……下町育ちって言ってましたけど、どんな感じの子ですかね」
「強くてやさしい下町っ子のお姉さん、かな。外見はハデに感じる人もいるかも知れないけど、服装は動きやすさ優先で選んでるんだと思う」
「そっか。……僕は田舎育ちだからガッカリさせなければいいんだけど」
「ガッカリはしないと思うわ。初めに知り合いに居ないかって言われたのが、確か『優しくていつもニコニコ笑ってる人』って条件だけだったもの」
「そうなんだ?」
ニコラスの尻尾は口調以上に元気に左右に揺れていた。
それなりに楽しみになってきたのかも知れない。
「それに田舎育ちと言っても、いまは王国の王都に住んでおりますわ。ニコラスさんは大丈夫ですわ」
「俺も根拠は無いけど大丈夫な気がする」
キャリルの言葉に次いで、カリオはくたびれた顔でそう笑った。
「カリオ、あなた大丈夫? 疲れがひどいなら先に帰っててもいいわよ?」
「冗談だろ? ニコラスさんの彼女になるかも知れない人が見られるとか、面白いだろ。フレディさんに報告しなきゃだし」
そう言ってカリオはニヤニヤし始めた。
「ふーん……。気休めかもだけど、【
「ありがとう、ウィン」
あたしたちがみんなで話し込んでいると、少し離れたところにジャニスの気配が現れた。
「すまん、待たせたか?」
「大丈夫、そんなに待ってないわ。さっそく紹介するわね。――ニコラスさん、彼女がジャニスであたしの流派の先輩です。ジャニス、この人が共和国駐在武官のニコラスさん。今日は最低限でも互いに自己紹介して、【
「ありがとうウィンさん。こんにちはジャニスさん、初めまして。僕はニコラス・サルタレッリと言います」
「ありがとうウィン。こんにちはニコラス、さん。初めまして、ジャニス・ベンソンだ。口調が荒っぽいけど下町育ちだからなんだ。悪意は無いからその点は許してくれ」
そう言ってジャニスは右手を差し出すと、ニコラスもその右手を取って握手した。
「よろしくね、ジャニスさん」
「ああ、よろしく。ニコラス、さん」
「はは。ニコラスって呼び捨てでいいよ」
「そうか? 済まない。あーしもジャニスって呼んで欲しい」
ニコラスの尻尾が穏やかに左右に振れているのに気づいたジャニスが、すこし柔らかい顔になった気がした。
そして、ここまでの会話のあいだ中、ずっと二人が握手したままだったのがあたしの印象に残った。
その後ジャニスに、ニコラスがカリオと共にダンジョン帰りということを伝えた。
「そういうことなら、今日はホントに連絡が付くようにだけして、また落ち着いたらお茶でも行こう」
「そうだね。疲れはともかく荷物を整理する必要があるんだ。だから明日にでもジャニスに連絡するよ。互いの流派の話とか、王都の話でもしよう」
「ああ、いつでも連絡してくれニコラス」
そうしてジャニスとニコラスは【
その後あたしたちは解散したが、ジャニスはあたしとお爺ちゃんに一言礼を言って帰って行った。
あたしたちもそれぞれ寮に向かい、その日はお開きになった。
「なあウィン、ニコラスさんとジャニスさんていい感じじゃないか?」
道すがらカリオが小声であたしに言って来た。
いくら小声にしようがニコラスさんは獣人だし聞こえていると思うんだけど。
「そうねぇ。二人でいることが自然なことのように感じられたわね」
「そうだな、その言葉がぴったりだと思う」
「先のことは分からないけれど、二人が友達から始めるのは良いことだと思ったわ」
「俺もそう思うよ」
会ってすぐにジャニスとニコラスが『さん付け』せずに普通に話せるようになったのは、二人の縁みたいなものをあたしに感じさせた。
カリオとニコラスの二人とは学院構内の適当なところで別れ、あたしたちは女子寮に向かった。
「それじゃあお爺ちゃん、ありがとうね」
「お爺ちゃん、王都に来たら呼んで頂戴」
「こちらこそありがとうじゃウィン。アルラも、直ぐに連絡するよ」
あたしとアルラ姉さんの言葉にお爺ちゃんはニコニコしていた。
「ゴッドフリー様、またいつか冒険のお話をお聞かせくださいまし。ありがとうございました」
「ゴッドフリーさん、ありがとうございました! お気をつけて!」
「キャリル様とカレンちゃんも、元気での。アルラやウィンたちと仲良くしてやっておくれ」
「「はい」」
その返事にお爺ちゃんはさらに表情を緩めていた。
そしてあたしたちに手を振って、ゆっくりと学院の正門の方に歩いて行った。
ロレッタとアルラ姉さん、キャリルとあたしで寮で夕食を食べた。
いまあたしは自室の机に向かっている。
そろそろゴッドフリーお爺ちゃんのことで、母さんとリーシャお婆ちゃんに手紙を書こうと思ったのだ。
お爺ちゃんから魔法やら色々を教わったことや、入学祝いを受け取ったことから書き出した。
ある意味本題の、獣人喫茶での謎モフモフイベント主催者の件は結局書いた。
お爺ちゃんの王都での動きは、お婆ちゃんに伝えた方がいいと思ったのだ。
たぶん職人の仕事を任せて出て来ている筈なので、しっかり働いているお婆ちゃんが可哀想だろう。
イベントは結局形を変えて交流会と分けることになったから、再発が防げたことも併せて書いた。
対策したからお爺ちゃんが一方的に怒られることは、多少は防げると期待してのことだ。
王都での動きは他に学院の先輩のこと――カレンが攫われたことも書いた。
人攫いが出て攫われて、それを取り戻すのにお爺ちゃんが助けてくれたことで持ち上げておくのを忘れない。
総じてあたしは色々と巻き込まれていることはあるけど、元気に過ごしていると結んだ。
「……これで良し、と」
後は書いた手紙をどうやって送るかだ。
考えた結果、いつも通り商業ギルドに配達を頼むことにした。
急ぐ手紙なら冒険者ギルドに頼む手があるけど、割高だし内容から言ってそこまで急いで居ない。
そこまで決めてからあたしは筆を置いた。
手紙を書いた後は宿題もないので日課のトレーニングをするかと考えたけど、そこでカレンにステータスの隠し方を教えることを思い出した。
「早く取り掛かった方がいいよね」
そう呟いてから、教えた後の確認方法のことでデイブと相談することを思い出す。
「お爺ちゃんが話しておいてくれるって言ってたけど人攫いとも絡む話だし、デイブと話しておいた方がいいか……」
そうしてあたしは【
「突然ごめんデイブ、今いいかな?」
「お嬢か、大丈夫だぜ。どうした?」
「うん。お爺ちゃんから聞いてるかも知れないけど、学院の先輩にステータスの誤魔化し方を教えることになったの」
「ああ、ざっくりとは聞いてる。先立っての誘拐騒ぎと関連があることもな」
さすがお爺ちゃんだ、伝達に漏れが無いし対応が早い。
「そうなのよ。魔道具で標的にされたけど、うちの流派のやり方で隠せるかな?」
「問題ねぇと思うぞ。身内にしか教えて無いから、その点だけは教える奴に良く言っておいてくれ」
「分かったわ。ある程度教えたところで店まで連れて行くから」
「あいよ。……爺様から聞いてるが、教える相手の名前を確認させてくれ」
「うん。その子はカレン・キーティングよ」
「了解だ。……他にはなんかあるか?」
そう問われて、あたしはふとジャニスのことが頭によぎった。
「全然別件だけど、一つあるわ。ジャニスにボーイフレンドができたかも」
「へえ、そいつは面白い話だ。相手はどんな奴だ?」
「共和国の駐在武官をしてる人だね。色々あってそういう流れになったのよ」
「念のためだが、そいつの名前も聞いておいていいか? うちの旅団に底意を持って近寄る連中なら、ジャニスにゃ悪いが水を差さなきゃならん」
なるほど、そういう懸念はあるのか。
「分かったわ。――名前はニコラス・サルタレッリ。年齢はジャニスと同じくらい。
「なんだ、爺様も知ってた奴か。……まあ念のため、共和国にいる
「了解よ」
「ちなみにジャニスはそいつとどんな感じだった?」
「そうねえ。今日会って互いに自己紹介して、名前で呼び合ってたわ。あと、通信の魔法で連絡取れるようにしてた。後日またお茶でも一緒にって事になったわよ」
「へえ……。ちなみに相手は獣人なんだよな? 浮き足立って無かったか?」
「獣人だけど、特に何もなくて穏やかに普通だったわ。先ずは友達からだって」
「……そうか。うまくいくといいな」
そう告げるデイブの声には、何となく安堵する様子が含まれている気がした。
「端から見ていい感じだったわよ」
「わかったぜ。他には何かあるか?」
「特に無いわ」
そう伝えてからデイブとの会話を終え、あたしは通信を切った。
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