03.棚上げになっていたこと
陽も沈むころになって、カリオがお目付け役のニコラスと共に王都の南門をくぐった。
服装やら装備品などは小奇麗になっているものの、カリオの表情は疲労の色が濃く目にはうっすらと隈ができていた。
「ああ王都よ、俺は還ってきた……!」
そう告げて両手を頭上に掲げ、カリオは空を見上げる。
その様子を見て、横を通り過ぎる通行人が怪訝な視線を彼に送っていた。
「はいはい、大げさだなあ。戦い自体は危なげ無かったと思うんだけど」
「そう見えましたかニコラスさん?」
少し嬉しそうな笑顔を浮かべてカリオはニコラスの方を向いた。
ニコラスはカリオの様子に苦笑している。
「反省会はまた収穫祭が終わってからやるけど、僕が見る限りでは及第点だと思うよ。気配に関する技法は実戦レベルになったと思う」
「やった! ありがとうございましたニコラスさん。特に食べ物とか運んでくださって助かりました!」
「まあそうだね。今回のことで戦闘だけじゃなくて、補給とか情報とか、色んなものが戦いだったりダンジョン攻略を支えていることを良く考えて欲しい」
「分かりました」
「……本当に分かったかい? 繰り返しになるけど、反省会はキチンとやるからね。それまで時間を置くけど、考えを整理しておいてね。討論とかするからね」
「は、はい」
カリオの様子を観察していたニコラスだったが、彼の疲労の濃さをみてから口を開いた。
「それじゃあ今回の合宿はここまでにするけど、今日は寮まで送るから」
「いや、一人で帰れますよ?」
「気にしない気にしない。夕食は寮で食べられるのかな?」
「ええと、この時間なら大丈夫です」
「そう。なら行こうか」
「はい」
カリオとニコラスは学院に向けて歩き始めた。
喫茶店を出ると、もう夕方になっていた。
あたしたちは寮に戻ることにしたが、お爺ちゃんは送ると言ってくれたので、みんなで時々寄り道しながら歩いて学院に向かった。
寄り道した関係で学院に着くころにはすでに陽は沈みつつあった。
学院の正門にたどり着くが、お爺ちゃんとはここで別れることにした。
「それじゃあお爺ちゃん、今日はありがとう」
あたしたちが順番に挨拶を言っていると、視界にカリオとニコラスの姿がある。
「あ、こんにちはウィンさん」
「どうもニコラスさん。カリオもくたびれた顔をして、どうしたんですか?」
「カリオくんは収穫祭が始まってから、合宿で王都南ダンジョンに潜っていたんだ。僕はその付き添いだよ」
「へぇ……。何階層まで行って来たんですか?」
「聞いてくれよウィン、キャリル……。俺、二十階層まで行ってソロでボスを倒してきたんだ……」
何やらカリオが死んだ目で半笑いしている。
色々と死力を尽くしたのかも知れないな。
「ちょっと待ってくださいまし。カリオ、二十階層のボスをソロで討伐したんですの?!」
「そうなんだよキャリルぅ……。いま俺
カリオは何やらダンジョンの話に食いついたキャリルと話し始めたな。
「ところでウィンさん。そちらの達人に見える方は身内の方?」
ニコラスがお爺ちゃんをみて尋ねてきた。
やっぱり分かる人には、お爺ちゃんの天井の知れない強さが分かるんだろう。
「紹介が遅れてすみません。こちらはあたしの母方の祖父のゴッドフリーです。お爺ちゃん、こちらはプロシリア共和国の駐在武官でニコラスさん」
「え?!!
「こんにちはニコラス殿、ゴッドフリー・コナーじゃ。そうかサルタレッリ家の……、確かニコラス殿には幼いころ一度会って居るの。――大伯父殿は息災かの?」
お爺ちゃんとニコラスは何やら話し込み始めた。
「ウィンちゃん、噂のカリオくんはあの子として、そちらのニコラスさんてお知り合い?」
カレンが小声であたしに訊いてきた。
「そうです。前にキャリルたちとダンジョンに行ったんですが、そこでカリオの知り合いってことで偶然会ったんです」
というか、カリオが情報を漏らしたせいでダンジョン行きにくっ付いてきたんだが。
そこまで話した段階で、あたしは棚上げになっていたことを思いだした。
「お話し中済みません、ニコラスさん少しいいですか?」
「――あ、はい。どうしたの?」
ニコラスは屈託のない笑顔をこちらに向ける。
こうやって見ると狼獣人というよりは、雰囲気はイヌ獣人だよな。
「突然申し訳ないんですが、ニコラスさんて今付き合っている方っていらっしゃいますか?」
あたしがそう訊いたら、周囲の空気が一瞬固まった気がした。
「……ええと、恋人とかガールフレンドとかいう意味では特に居ないかな」
「おお! それならあたしの知り合いで、というか
そこまで説明したら、固まっていた空気が少しだけ和らいだ。
「ウィンちゃんが告白するのかと思ったわよ……」
カレンがアルラ姉さんに小声で何か言ってるな。
「女性か。いま付き合っている人は居ないから大丈夫だけど」
「ウィン、紹介してあげてくれ。フレディさんもニコラスさんが独身のままなのを心配してたんだ」
「あ、カリオくん?! 今それを言うの?!」
「言いますよ? ……割とガチな空気でそういう話をされてましたよね。俺あのとき同席してて、いたたまれなかったんですけど。このくらいバラしてもバチは当たらないと思うんです」
目の下にうっすらと隈を浮かべたカリオが半笑いで告げると、妙な迫力があった。
ニコラスは大きくため息をつくと口を開く。
「それは悪かった。……実家の方では持ち込まれる見合いの話が、どれも僕の家柄目的のものばかりでね。その中で吟味して会っても、僕個人を見てくれる人が居なくてという状況だったんだよ」
そこまで言ってニコラスは遠い目をした。
「なら先ずは友達からでいいので、会ってあげてくれませんか?」
ニコラスがそういう事情なら、あたしとしては容赦する必要は無いだろう。
「ウィンよ、月転流と言ったが相手は誰かの?」
「ジャニスよ。前に相談されたのよ」
「ふむ……」
あたしの返事を聞いてお爺ちゃんは何やら考えてから口を開いた。
「ニコラス殿、儂からもお願いしようかの。友達からで充分じゃから、ジャニスと会ってやってはくれまいか。下町育ちで口調は砕けておるが、貴殿と同年代じゃし花と動物が好きな優しい子なんじゃ」
「ゴッドフリーさま……。分かりました、先ずはお会いしようと思います」
よーし、お爺ちゃんグッジョブ。
まずはニコラスの言質が取れたことに、あたしは一安心した。
取りあえずニコラスとみんなにはここで待ってもらうように言って、少し距離を取ってからあたしはジャニスに【
ジャニスは花街の獣人カフェ『肉球は全ての答』の店内に居た。
今年から開催が決まった『モフモフ交流会』、略して『モフ会』の整理券をゲットすることに成功した。
そして店が飼っているペットたちや、誰かが連れてきたペットの動物たちに癒されていたのだ。
土足禁止の店内で床の上に横座りし、ジャニスはただただ猫を撫でていた。
「今ごろあいつらは収穫祭で男共と遊んでんだろーな……。この店で癒されるのはいんだけど、なんかからっぽな気がするぜ」
彼女の脳裏には、王都育ちの幼なじみの女子たちがどこかに男とシケ込んでいる光景が想像できてしまった。
「別に寂しかねぇけどよ……。身体目当ての腐れた視線とかキメぇだけっつー……」
自分の太ももの上の猫は、気持ち良さそうに撫でられている。
その様子を見て、煤けた気持ちが癒されていくのをジャニスは感じた。
「いい男いねぇかなぁ……。あーしが高望みしすぎなのかな……」
ジャニスはふとウィンに相談してしまったことを思いだす。
本人からも指摘されたが、十歳の少女に男を紹介してくれという話は確かに無茶だったかも知れない。
ただ何となく、ウィンは頼りにできるような物言いをするときがあるのをジャニスは気が付いていた。
「何つったらいいんだろーな。……お嬢の場合は肝が据わってる感じなのかね。宗家の血って奴なのかな……」
一人でそんなことを呟いていると、【
「ジャニス、今ちょっといいかな?」
連絡はウィンからだった。
「どしたお嬢……。いま『モフ会』でネコとダラダラしてんだけど、急ぎの話じゃ無かったらまたにしてくんね?」
「男を紹介しろって言ってたでしょ、ジャニスは。お爺ちゃんも巻き込んで『友達からなら』って言質取ったわよ。今から来れない? 相手を待たせてるのよ」
やや呆けた意識がウィンの言葉の意味を理解するまで少し時間が必要だった。
だが理解してしまうと頭が切り替わった。
「――そいつは手間かけた、すぐ行くよ。どういう状況だお嬢?」
「相手はジャニスと同じくらいの年齢で共和国の駐在武官。
「その流派の宗家に連なるならそうだろうさ。でもお坊ちゃんか。あーしみてぇのだと引かれるんじゃね?」
「そこはゴッドフリーお爺ちゃんが予防線を張ったわ。下町育ちで口調が砕けてるけど優しい子って説明した」
「うっそ、やっべ、ちょー感謝じゃん? 爺様に礼言わなきゃ!」
「……それでも多少は口調は気を付けてね。あと先方だけど、地元で家柄目当ての縁談を持ち込まれてウンザリしたって話を聞いたわ。『僕個人を見てくれない』って遠い目をしてた」
その話を聞いて、ジャニスは反射的に自分と同じだと感じた。
身体目当てで男に付きまとわれるジャニスと、家柄目当てで女に付きまとわれる武官。
そしてそれを理解してしまうと、先日のウィンの話から獣人でモフモフがどうのと浮足立っていた自分が情けなくなってきた。
「あたしの勘だけど、そういう縁談が嫌で王国に逃げてきた感じがする」
「…………そっか、あんがとよ。大体話は分かった。どこ行きゃいい?」
「ルークスケイル記念学院正門前よ」
「わーった。遅くとも十分で行く。少しだけ待っててくれ」
「了解よ」
ジャニスはウィンとの通信を終えると猫と別れ、会計を済ませて路上に出た。
「じゃあ、全速力でカッ飛びますか」
そう呟いてジャニスは一瞬で内在魔力を循環させ、身体強化などを全力で発動させてその場から消えた。
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