02.予感というキーワード


 あたしたちは王都の南部から商業地区を中心に収穫祭の屋台巡りなどをした。


 カレンに教わった区画では無かったけど、途中で机上に乗せられるような小さい鉢植えを売っている店を見つけた。


 先日ソフィエンタ本体が、邪神関連で連絡をするとき近くに植物があれば呼びつけると言っていた。


 寮の部屋に小さくても鉢植えを置けば、ソフィエンタとの通信の基地局代わりになってくれるだろう。


「すいません、これ下さい」


 みんなに待ってもらって、あたしはローズマリーの小さな鉢植えを買った。


 店主に訊いてみれば、鉢植えになっているような植物は【収納ストレージ】に入れても一か月くらいは入れっぱなしでも大丈夫だという。


 寮に持ち帰るまであたしは収納の魔法に鉢植えを仕舞った。


「なに? 薬草の鉢植えを買ったの?」


「そうよ。寮の部屋で育ててみようかなって思って。それに薬草なら、育てきれなかったら研究会に持って行けば面倒を見れる人が居るから」


 イエナ姉さんに訊かれたので、あたしはそう応えた。


 まぁ、嘘は言ってないから。


 その後あたしたちは、色々と寄り道しながら王都を散策した。


 ちなみに、ソフィエンタから聞いていたコーヒー豆については、イエナ姉さんが扱っている店を知っていた。


 なんでもブライアーズ学園で紅茶と共に秘かに流行り始めているらしい。


「よく知ってたわねウィン」


「色々と情報網があるのよ」


「ふーん? 王国よりも気候が暖かい国から入っているみたいでね、年々入荷量が増えているらしいわ」


 地球に居た頃の記憶では、コーヒーの木って日本だと沖縄あたりが栽培の北限だったような気がする。


 ディンラント王国では気象条件的に栽培が厳しいんじゃないだろうか。


 姉さんが知っていた店は近くだったので、さっそくコーヒー豆を購入した。


 店に入った瞬間コーヒーの香りが充満していて、あたしは少し感動してしまった。


 手動のコーヒーミルとペーパーレスのドリッパーも売っていたので、思わず衝動買いする。


 イエナ姉さんはあたしの買いっぷりをみて驚いていた。




 みんなで移動していたら路上に椅子とテーブルを用意した区画があって、あたしたちはそこで屋台メシを選んで昼食を取った。


 その後、ジェストン兄さんが筋肉競争の本戦を観に行くと言って中央広場に向かうことになった。


 せっかくだからとイエナ姉さんも付き合って観て来るという。


 なんでも中央広場上空に、競争の様子が魔法を使ってリアルタイム映像として表示されるらしい。


 騎士団が使う魔法でそういうものがあるそうで、本来は戦場で使用する魔法なのだそうだ。


「お爺ちゃんやアルラもウィンも来ればいいのに。けっこう観てれば笑えるのよ」


「笑えるって言い方は酷くない?」


 イエナ姉さんの言葉に兄さんががっかりした表情を浮かべる。


「儂は興味無いのう」


「私もあまり興味は無いわね」


「あたしはどちらかといえば恐怖しか無いわ……」


「そう? なら仕方ないわね。今回はみんなで回るのはここまでにしましょうか。――お爺ちゃん、元気でね」


「ありがとう爺ちゃん。またね! アルラとウィンもまた!」


 イエナ姉さんと兄さんは笑顔で手を振った。


 あたしたちも手を振って別れた。


「それで、この後はどうするの?」


「私は特に予定は無いわ」


「儂も特に決まっては居らんのう。夜にまたデリックの家に行って、あ奴の楽器をメンテしつつ泊めさせて貰うつもりじゃ」


 お爺ちゃんはまた教皇様の家に泊めてもらうのか。


 楽器のメンテとか言ってるから、いちおう教皇様にもメリットがあるんだろう。


「そうなのね。一瞬お爺ちゃんをキャリルに紹介しようかと思ったんだけど、どうしようか?」


「儂は構わんよ」


「私は、ティルグレース家の伯爵邸タウンハウスに伺うのなら遠慮するわ」


 ああそうか、キャリルは伯爵邸の方に行っている可能性もあるのか。


「先ずは連絡を入れてみるよ」


 あたしがそう言うと、二人は頷いた。


 キャリルとは【風のやまびこウィンドエコー】で直ぐに連絡がとれた。


「キャリル、今ちょっといい?」


「あらウィン、どうしたんですの?」


「前にお爺ちゃんを紹介したとき、色々忙しかったじゃない。もしキャリルの都合がいいなら今日紹介しようかと思ったのよ」


「そういうことでしたの。今日わたくしはカレン先輩と共に市場を回っていたんですのよ」


 頭の片隅でカレンのことは気になっていたものの、状況に流されてそのままになっていた。


 キャリルはこういう細やかな気遣いができるのは見事だなと思う。


「そうだったんだ。……カレン先輩はどんな感じ?」


「すっかり回復されましたわよ。――そうです、いまウィンと話をしているのですわ。カレン先輩、これからあの時お世話になったウィンのお爺様とお会いしようかと思うのですが……。――ウィン、カレン先輩もお会いしたいそうですわ」


「分かったわ。それじゃあ待ち合わせ場所を決めて合流しましょう」


 カレン先輩からの情報で、商業地区と庶民が住む地区の境界辺りに穴場的な喫茶店があるということで、そこで合流した。


 店の前ではすでにキャリルとカレンが待っていた。


「こんにちはカレン先輩、キャリル。結構待ちました?」


「こんにちはウィンちゃん。いま来たばっかりよ!」


「こんにちはウィン、皆さん。そうですわね。わたくしたちも、いま来たばかりですわ」


 さっそくあたしたちは喫茶店に入ったが、店内はそれほど混んでいないようだ。


 あたしたちは待たずに窓際のテーブル席に案内された。


 カレンがこの店はパウンドケーキがお勧めだというので、あたしはナッツとフルーツのパウンドケーキのセットを注文した。


 みんなも注文し、直ぐにハーブティと一緒に運ばれてきた。


 だが、先日の誘拐騒動の話が出るだろうから、食べ始める前に防音をしておく必要があるだろう。


「お爺ちゃん、魔法で防音をお願いしていい?」


「分かったよ」


 そう言った直後に、お爺ちゃんは無詠唱で【風操作ウインドアート】を使い、見えない防音壁をあたしたちの周りに用意した。


「改めて紹介します。お爺ちゃん、こちらがカレン先輩とキャリルです。先輩とキャリル、こちらがあたしの母方の祖父のゴッドフリー・コナーです」


「こんにちは、儂はウィンとアルラの祖父でゴッドフリーという者じゃ。じゃが呼び辛いじゃろうから皆にはゴードと呼んでもらって居る。普段は楽器職人をして居るが、ときどき冒険者の仕事をして居るのじゃ。宜しくの」


「こんにちは、ウィンの姉のアルラです。カレンさんは部活棟で何度も会ってますね。普段歴史研とかに居るのでよろしくね。事件の話はウィンとキャリルから聞いていますが、当然極秘にしています。悩んでることがあったら気軽に相談してね」


「こんにちは、私はカレン・キーティングです! ゴッドフリーさんと、あとキャリルちゃんとウィンちゃんには本当に感謝します! ありがとうございました! アルラさんはウィンちゃんのお姉さんだったんですね。よろしくです!」


「こんにちは、ゴッドフリー様。わたくしはキャリルと申します。ラルフの孫ですわ。ご都合のよろしい時に戦い方や冒険者の心得などを伺えましたら幸いです」


 そんな感じで自己紹介から会話が始まった。


 カレンの体調は特に異常もなく完全に復調しているらしい。


 精神面でも特に異常は無し。


 やはり直ぐに救出されたことが大きかったようだ。


「みんなが助け出してくれなかったら、私はここに居なかったかもしれないのよね。――でも何故かな、いずれにせよ私は誰かに助けて貰ってた気もするんです。上手く言えないけど、予感めいたものがあるっていうか」


 予感というキーワードで、カレンが『時神の加護』を持っている可能性があたしの脳裏によぎる。


 それを話してみると、直ぐに肯定された。


「そうだったんですね。あたしも時神様の加護があるんですよ」


「そう言えば……加護といえば、応えにくかったら秘密で良いのじゃが、カレンちゃんは何らかの精霊の加護を持って居るかの?」


 カレンたちを奪還した現場から、回収した魔道具が『精霊の加護保有者判定機』だった。


 そのことでお爺ちゃんは確認しておきたかったのかも知れない。


「あります。地の精霊と風の精霊の加護をそれぞれ持っています」


「そうなんじゃな。――これからする話は冒険者の間では知る者が多い話じゃが、ディンラント王国ではあまり知られておらん。注意して聞いてほしい。それでじゃ、精霊の加護を持つ者は精霊魔法を使えるらしいのじゃ」


「それは、どういうことなんでしょうか、ゴッドフリーさん」


「あくまでも可能性じゃが、人攫いたちは精霊魔法を使える者を集めるために王都に来ていたのかも知れん」


「何のために……。王国では精霊魔法はマイナーな魔法体系よね。どちらかといえば共和国が本場だから、変な話だけれど向こうで攫った方が見つかるんじゃないかしら」


 アルラ姉さんがそんなことを言う。


 だが、姉さんの言葉にお爺ちゃんが首を横に振る。


「逆じゃな。精霊魔法の本場じゃから、精霊の加護持ちは幼いころから大事にされる。それを人攫いの標的にするのは賊にとっては割に合わんじゃろう」


「つまり、精霊の加護持ちへの関心が低い土地で、人が多く集まっているから狙われたってことなのかしら」


「標的をさがす視点からすれば、妥当な話ですわ。ですがそれでも、攫った人間を最終的に手に入れるのは誰だったのかというのは謎のままです」


 お爺ちゃんの言葉にあたしやキャリルが反応したところで、お姉ちゃんが口を開く。


「ということは、場合によっては今回の事とは別件でまたカレンさんが狙われる危険は否定できないのね。……何かいい策は無いのかしら」


 確かにその点は考えておいた方がいいかも知れない。


「ウィン。お前はステータスの一部を隠す技術をジナから習っておるじゃろう」


 『薬神の巫女』を隠す関係で母さんから教わったんだよな。


 お爺ちゃんはそれも把握していたか。


「やり方は教わっているし、使うこともできるわよ?」


「今日一日ではムリじゃから、何日か掛けてカレンちゃんにやり方を教えてあげなさい。精霊の加護を持っていることをステータスから隠せば、身を護れるじゃろう」


「なるほど……でもあたし、実際に効いてるかは確かめられないわよ? 他人のステータスを読めるほどの鑑定の魔法が上達していないわ」


「その辺はデイブに相談すると良いじゃろう。儂からも話を通しておく」


「そういうことなら分かったわ。カレン先輩、今晩から少しずつ練習しましょう」


「ありがとうございます! 攫われたことからも助けて貰った上に、再発の防止まで……。どうお礼したらいいのか……」


「礼なんて要らんのじゃよ。……そうじゃな、カレンちゃんの知り合いが困っておるとき、出来る範囲で助けてあげるようすれば良いのじゃ。こういうのはお互いさまなんじゃ」


「わかりました! ゴッドフリーさん、ありがとうございます! ウィンちゃんもありがとう!」


 そう強く告げるカレンを見るみんなの目は、とても優しかった。




―――



 本日、令和6年1月1日、石川県能登地方にて強い地震が発生しました。


 北陸地方にお住まいの方や、ご本人様やご家族、ご友人等が被災された皆さまには、心からお見舞い申し上げます。


 頑張って避難されている方々や気を張っておられる皆様に、いまこの状況で僭越によって更に頑張ってと申し上げるつもりはございません。


 ただ、地震国である日本に住まうひとりとして、皆さまやその大切な方たちがご無事であることを願っております。


 熊野 八太 拝


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