第8章 あたし脳筋は不本意ですけど
01.特殊な境遇にある人
あたしは収穫祭に入ってから色々巻き込まれ過ぎている気がする。
今日こそはゆっくり起きて穏やかに過ごそう――と思って二度寝する準備に入ったところで、アルラ姉さんから【
「おはようウィン。まだ寝ていたかしら」
「おはよう姉さん。ちょうど二度寝しようと思って掛け布団をかぶったところよ」
「そう。収穫祭の期間だからと言ってあまり遅くまで寝ていると、休みが終わってからが大変よ」
「分かってるんだけどさ、昨日まで色々あって疲れたのよあたし……」
陛下に会いに行って、お爺ちゃんから極伝を受けて、カレンを助け出して、伝説のシナモンの整理券を取りにアレが宙に舞うのをみて、……ヤバい、思いだしたら一瞬めまいがした。
あとなんだっけ。
モフ
――収穫祭って、こんなにてんてこ舞いになるものなんだろうか。
何かが間違っている気がする。
「そう。これから姉さんと兄さんと一緒にゴッドフリーお爺ちゃんと屋台巡りをするつもりだったのだけど、疲れてるなら仕方ないわね。でもお爺ちゃんから、ウィンが言い出したって聞いてるわよ?」
「うん……行きます」
屋台巡りならさすがに何か起こることも無いだろう。
お爺ちゃんが一緒に行くなら尚の事だ。
「大丈夫? ムリをしてはダメよ?」
「大丈夫よお姉ちゃん。ええと、どこに行けばいいのかしら」
「そうね、三十分後に寮の玄関でいいかしら?」
「分かったわ、直ぐ支度する」
あたしはノソノソと起き出して、身支度を整え始めた。
アルラ姉さんと寮を出かけ、王都の南広場で待ち合わせをしてお爺ちゃんとイエナ姉さん、ジェストン兄さんと合流した。
いまはみんなで喋りながら、広場の屋台を順番に見て歩いている。
「何だか久しぶりな感じがするよ、ウィン」
「仕方ないよ。ジェストン兄さんは、イエナ姉さんに輪をかけて接点が無いからね」
「まぁそうか」
兄さんが若干寂しそうに微笑む。
「でも筋肉競争の予選会で走ってるのは見かけたよ」
「え、なに? ウィンは筋肉競争に興味があったの?」
あたしの言葉でジェストン兄さんが顔に喜色を浮かべた。
だが兄さんの感情はともかく、あたしは事実を優先させる。
「ううん、これっぽっちも無いわ。だいたい追いかけられたりしてひどい目に遭った記憶しかないのよ」
「そ、そうなんだ……。僕としては聖塩騎士団を目指すのに、少しでも筋肉をつけておきたいんだけどね」
「んー……。うちは父さんも母さんも中肉中背と言うか、細マッチョというか、あんまりムキムキして無いじゃない。兄さんも見栄えよりは、動きの質に気を配ったほうがいいと思うけど」
例えば近衛兵みたいな要人警護を行う人たちなら、身体が大きい方がいいだろう。
いざという時に、飛び道具や魔法などから護衛対象を身を挺して護れるから。
でも聖塩騎士団は護衛とかはそこまでメインじゃ無かった気がするのだけれど、どうなんだろう。
「儂もウィンの意見に賛成かのう。ジナもブラッドも十分強いが、見栄えよりは動きの質を重視して居るしの」
さりげなく聞いていたお爺ちゃんが兄さんに告げた。
「そうなのかな、爺ちゃん」
「そもそも聖塩騎士団の団長はウォーレン様じゃろう? あの方自身、細マッチョじゃからのう」
お爺ちゃんの言葉を聞いて兄さんは「そうかぁ」と言って何か考え始めた。
「ところでウィン、ウォーレン様で思い出したけど、あなたミスティモントの知り合いと連絡を取ったりしている?」
そう言ってイエナ姉さんがあたしに声を掛けてきた。
「そうね、母さんやシャーリィ様には手紙を書いたりしてるわよ」
手紙という単語でお爺ちゃんが何やらビクッとするけど、あたしはスルーする。
「そうなのね。何か言ってたかしら?」
「特に変わったことは無いかなぁ。……強いて言えば鉱山の方が順調らしくて街がまた拡張されたみたい」
「どんどん大きな街になっているのね……」
そう呟いてイエナ姉さんは何かを考え始めた。
ブライアーズ学園を卒業したあとの進路の事でも、改めて考えているのかも知れない。
「どうしたの?」
「いやね、学園を卒業したら王都で商業ギルドに入るつもりなのは前にも言ったじゃない。それがダメだった時、ミスティモントに帰るべきか、王都の商家で働き口を探すか悩んでたところなのよ」
「商業ギルドって入るのは厳しいの?」
「今の成績を維持できれば問題無いと思うけど、何事にも次善の策を練るのは大切でしょ?」
「まぁ、それは分かるわよ」
「でもミスティモントに戻ることになるなら、結婚相手とかどう探したものかって考えちゃうじゃない。そもそも田舎だと――」
久しぶりに話し込むイエナ姉さんは、やっぱり長女らしく地に足を付けて色々と考える性質なんだなと、あたしは再確認していた。
みんなで収穫祭で賑わう王都を歩いていると、【
「お嬢ちゃん、いまちょっといいだろうか」
「マルゴーさん? どうしたんですか?」
「お嬢ちゃんから貰った目撃情報だが、大当たりだったようだ」
「本当ですか?!」
思わず大きな声が出て、周囲の視線を一瞬集めてしまう。
だが、必ずしもいいニュースでは無いかも知れない。
マルゴーの声が冷静なものだったからだ。
「……何か問題があるんですね?」
「そうだ。部下とかワタシの伝手を使って王都で情報を集めた。その結果、おとといの夜の時点までディアーナの目撃情報は集まった。だが、突然情報が集まらなくなってね」
「突然集まらなくなった、ですか?」
「結論をいえば、髪色だけじゃなくて魔法で変装した可能性が高いとワタシは考えている」
「実はディアーナさんに化けていた少女が居て、その変装を解いた可能性は無いんですね?」
「まだ否定はできない。だが
複数の変装の魔法などを使い分けていた可能性はまだあるか。
でもそこまでするメリットはちょっと想像できない。
「それでだ、魔法による変装を見破る魔道具を作れないか、伝手を頼って研究者に相談することにした」
「なるほど」
「協力してくれたから、今日は経過報告だ。突然すまなかったね。――っと、その研究者はルークスケイル記念学院の奴だから、もしかしたら学院内で会うこともあるかも知れない。その時は宜しく」
「はい、こちらこそよろしくです」
通信を終えると、みんなが興味深そうにこちらを見ていた。
「変装がどうとか言ってたみたいだけど?」
兄さんがあたしに口を開いた。
「うん。学院の先輩で過去に妹を攫われた人が居るの。その妹さんの似顔絵を元に成長した姿を描いてもらったら、髪色とかを変えた人をあたし見かけてて――」
さっきの通信の話を含めて、概要をみんなに話した。
「よく分からない出来事ね、攫われた本人なら変装したりせずに警備の兵に保護を求めればいいだけなのに」
イエナ姉さんが首を傾げる。
「一番シンプルなのは一緒に居る人に情が湧いたとか、恩を感じてるとかかなぁ」
ジェストン兄さんも半信半疑だ。
「恩を感じたのなら、親に言えば謝礼は出せるはずよ。少なくともわたしなら、そうするもの」
イエナ姉さんはそう言うが、ディアーナはまだ行方不明のままでマルゴーたちが探している。
「助けた人が特殊な境遇にある人で、恩を感じているけど秘密にすべきことがある、そんな感じかしら」
アルラ姉さんが呟くようにそんなことを言った。
変装とか、たしかに行動が良く分からないんだよな。
「なるほど、魔道具を使って追跡するんじゃな。やり方によっては有効かも知れんの。もっとも儂やウィンなら、相手の気配を覚えてしまった方が楽で速いかも知れんがの」
「お爺ちゃん、魔道具ができるまで目的の人たちが王都に居ると思う?」
「情報が足らんから何とも言えんの。変装の目的が、収穫祭で人目が増えるということだったら、王都で生活している可能性は無いとは言えん。じゃが楽観も出来んじゃろう」
「……そうね。そのあたりはマルゴーさんが手を打つとは思うけど」
「儂もそう思うよ」
何年も見つからなかった人が見つかった可能性があるものの、変装をしている。
少なくとも変装をしている人を押さえられれば、本人か本人につながる何かが分かるだろう。
あたしは、マルゴーとエルヴィスの苦労が報われることを願った。
収穫祭の屋台などの出店を回りつつ、適当に公園などで休憩を入れてあたしたちは穏やかに過ごした。
そうだよ、収穫祭とかこういう感じでいいと思う。
祭りといえばミスティモントの『聖塩の祝祭』とかあるけど、粉まみれになるんだよなアレ。
あそこまでアグレッシブじゃなくていいだろうにと思う。
でも王都の収穫祭では筋肉競争があるから、巻き込まれたら筋肉まみれになるのか。
さすがに巻き込まれることは無いだろう、――なんて言ってると巻き込まれる気がするのであたしは油断しないことにした。
今のメンバーだと姉さんをどちらか身体強化して抱き上げれば、お爺ちゃんがもう一人の姉さんを確保するだろう。
あとは屋根の上とか、縦方向に逃げれば問題ないハズ。
兄さんはどうするかということなら、心配は要らないハズだ。
本人はきんにくだいすき――もとい、筋肉競争が大好きみたいなので、自分で何とかするだろう。
ここまで決めておけば、安心だろう。
そう思ってあたしは収穫祭を楽しんだ。
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