06.いつものやり取りなのか


「ちょっと落ち付いてデイブ。もう少し詳しい話を聞かせてよ」


「あ、ああ。……そうだな。」


 そう言ってデイブはあたしの肩から手をどける。


「まず、『モフだま』なんだが、『モフモフだましい選手権』の略だ」


 それを聞いた瞬間、あたしは脱力した。


「そ、それで?」


「ああ。花街に『肉球は全ての答』って名前の獣人カフェがある。名前のセンスはともかく、別にやましい店じゃなくて、王国で働いている共和国出身の獣人たちの社交場みたいな店だ――」


 その獣人カフェは経営者夫婦が二人で切り盛りしているのだが、毎年収穫祭の時期になると王都中のモフモフ愛好家が集まってくるそうだ。


 半分以上は自分が飼っているペットを連れてきて、店の中はモフモフまみれになるという。


 その状態で、一定時間の間により多くのペットを自分の周りに侍らせるのを競うのが『モフモフ魂選手権』で、略して『モフ魂』といって十年以上の歴史があるという。


「……それにお爺ちゃんが関係するの?」


 色んな趣味嗜好があるのは分かっているけど、選手権を銘打って集まるっていう点にあたしはある種の執念のようなものを感じた。


「主催者の一人だ。ちなみにもう二人主催者が居て、経営者夫婦の嫁の方と、さらにもう一人がお忍びで遊びに来る王立国教会の偉いさんだ。例年はそっちの二人が仕切ってるって話だ」


「ここまで話を聞く限り、特に問題なさそうだけど……」


 いちおう同行の士だけで集まっている分には問題は無いとおもう。


「集まってくるモフモフ愛好家のうち、花街で働いてるお姉ちゃんたちがそれなりの割合で居るらしいんだ。しかも普段の仕事のストレスからか、いちど始まると『モフ魂』が終わるまで動こうとしなくなるらしい」


「……ああ、それで獣人カフェに苦情でも来るとか?」


「そうだ。経営者の旦那の方が営業妨害だって他所の店から脅されるんだが、嫁にも頭が上がらないから爺様が噛んでるときはおれのところに話が来る……。まぁ、毎年巻き込まれてる気もするがな」


 そう言ってデイブは死んだ目になる。


 どうしようそれ。


「お爺ちゃんに話が通らないの?」


「いちおう泣き付けば話は通るが、すまねえ、お嬢が一緒の方が話が早いと思ってな」


「……なんていうか、うちのお爺ちゃんが済みません」


「いや、お嬢のせいじゃないから気にすんな」


「そうだよ、デイブが一人で行きゃあいいのにすまないね、お嬢」


 ブリタニーがそう言って苦笑いする。


「ううん。お爺ちゃんが誰かに迷惑かけてるならダメでしょ」


 他所さまに迷惑が出ているなら、早めにダメ出しする必要があるだろう。


 ただあたしは、デイブにひとつ聞いておくことがあったのを思いだした。




「この後、直ぐに『肉球は全ての答』に同行するわ」


「ありがとうよ。じゃあ「でもちょっと待って」」


「どうした?」


「王家の秘密の件、今どうなってるか聞いて無かったのを思い出したの」


「ああそうか。人攫いの報告のとき、そんな話をしたな」


「『少し頭の中を整理してみる』って言ってたじゃない」


 カレンの誘拐を解決したとき、その報告でデイブの店にお爺ちゃんと来ていた。


 そのタイミングで、陛下から聞いたことをデイブに伝達したのだ。


「ちょっとバックヤードまで来てくれやお嬢。ブリタニー、店頼むぞ」


「あいよ」


 あたしとデイブはソーン商会のバックヤードに移動した。


 デイブはそこで【風操作ウインドアート】を使い、防音壁を用意した。


「王家の宝物庫に関しては、爺様も言ってただろうが月転流ムーンフェイズでもさすがに把握して無い。だがな、おれ個人の勘の部分ではここに引っ掛かっている」


「宝物庫になにかマズいものが保管されてるってこと?」


「そこまでは分からねえ。……そうかも知れんし、そうじゃ無いかも知れん。だがおれとしちゃあ、『古エルフ族が関わった防衛機構』ってのがキナ臭く感じるんだわ」


「陛下は『関わった可能性がある』って言ってたわ」


「その辺は失伝してるのかも知れん。ともあれ、冒険者ギルドの情報網の中に気になるものがある。『ダンジョンの隠し区画開封による防衛機構の発動』だ」


「そのダンジョンに古エルフ族が関わったの?」


「そこまでは分からん。防衛機構への高位鑑定でも、失伝した氏族名が出てくるだけで特定ができねえ。――ともあれだ、ダンジョンの方の防衛機構の発動で、キリングドールやらメタルゴーレムが大発生したうえに、地上に溢れた」


「スタンピードじゃない、それ」


「学者なんかは『防衛機構の発動』って言うだろうが、現場に居た冒険者ギルドの人間の記録では『スタンピード』と記されたそうだ」


「もしかして、同じことが起こるってこと?」


「可能性は考えておいた方がいいかも知れん。……問題は宝物庫の場所だ。王城とか王都内だったら、Aランクの魔獣というかゴーレムの類いが土石流みたいに王都中に溢れることになる」


「うへぇ……」


「王都南ダンジョンの隠し区画とかだったら、王都への被害は多少は抑えられるかもしれんが、そのときにダンジョンに居た奴らの命に係わる。ダンジョンに潜るのは冒険者が殆どだから、ギルドの相談役としちゃあリスクは検討しときたい」


 そう告げてデイブは腕を組んだ。


「そういうことを考えてて、冒険者ギルドは勿論、いま月転流の情報網でダンジョン絡みでも似たケースでも『防衛機構の発動』っていう情報を集めているところだ」


「……分かったわ」


「特に鍵になるっていう王家の血が『無い状態』でも開けられるようなことがあるのかどうかも情報を集めておくべきだと考えてる」


「場合によってはその他のダンジョンでの事例を、王国に上げておいた方がいいかも知れないわね」


「同感だ」


 現状では可能性の話だけど、確かにいま検討しておく方がいい話かもしれない。


 デイブとそこまで話した後、あたしたちは花街に向かった。




 エルヴィスに連れられてコウは花街を訪れていた。


 収穫祭の期間だからか、王都の歓楽街は昼前の時間帯でも多くの店が開いていて、道を行く客を誘い込んでいた。


 目的の店にたどり着くまでコウ達というか、主にエルヴィスがお姉さんたちに声を掛けられていたが、愛想よく笑顔で手を振って通り過ぎていた。


「もしかして先輩は花街で顔が売れてるんですか?」


「叔母さんと外出しているうちに何となく顔が売れちゃったみたいなんだ。まあ、お陰で妙な輩に花街で絡まれることも無いからいいんだけど、うちの店で働こうって誘ってくれるのが増えちゃってね」


 そう言ってエルヴィスは苦笑する。


「でも先輩は卒業後は冒険者になるんですよね?」


「その予定だよ。前に言ったかも知れないけど、ボクは二男でね。全部兄さんに任せるから家業を継ぐ気は無いんだ。だから花街で誘われても、今のところは心が動くことは無いよ」


 やがて二人はマルゴーが経営する娼館、茉莉花の羽衣まつりかのはごろもの前にたどり着いた。


 このような時間帯でも客が入っているようだが、客の身なりはきちんとしている者ばかりだった。


「こっちだよ」


「はい」


 そう言ってエルヴィスに案内され、コウは店の裏口に向かった。


 裏口をくぐればそこは厨房で、料理人たちが何やら大忙しで作業をしていた。


 エルヴィスが声を掛けると事務所に行くように促された。


「叔母さんの店は高級店らしくてね、食事も結構おいしいらしいんだ。――こっちだよ」


 コウとしてはもちろん娼館を訪ねた経験は無かったが、故郷の大人たちから聞こえてくる話からどういう場所かは把握していた。


 だがこの店に関しては、予備知識が無ければ高級宿と言われてもおかしくないような洒落た内装をしている。


 その廊下を進み、店の奥の奥にたどり着くとエルヴィスは扉をノックした。


 扉はすぐに開き、中からジョージが顔を出した。


「エルヴィスさんとお連れ様、ようこそいらっしゃいました」


「ジョージさん、いつも叔母が「姉さんだ!!」……マルゴー姉さんが世話になっています」


 いつものやり取りなのか、ジョージは柔らかい表情でコウ達の入室を促した。




 執務室に入るとそこは広い部屋で、調度品類は最低限ながら落ち着いた内装が施されていた。


 ただ、部屋自体はかなり広いのに、机は奥の頑丈そうで高級そうな机が一つあるだけだ。


 大き目な窓の向こうはベランダになっていて、娼館の小規模ながら手入れされた中庭が眺められるようになっている。


「やあエルヴィス、元気そうじゃないか」


「おb……マルゴー姉さんも髪型を変えたのかい? 似合ってるよ」


 一瞬凍てつく様な気配が部屋の中を走った気がしたが、エルヴィスが言い直したことでそれは引っ込んだ。


「……ありがとうよ。それで、そちらの子があんたが最近目を掛けてるって子かい?」


「そうだよ、学院の後輩でコウっていう名前なんだ」


 そう告げてエルヴィスはコウに視線を移す。


 自己紹介するよう促されたのだと理解して、コウは口を開いた。


「初めまして、コウ・クズリュウと申します。エルヴィス先輩には色々と目を掛けて頂いております」


「こちらこそエルヴィスが世話になってるね、ありがとう。ワタシはマルゴー・メイという。元冒険者だが色々あってこんな店を経営しててね」


「お……マルゴー姉さん、コウにはディアーナのことを含め、ボクらの事情を話してある」


「へぇ……そいつは珍しいね」


 マルゴーはエルヴィスの言葉に一瞬目を丸くして、その後苦笑いを浮かべた。


「エルヴィス先輩には話してあったんですが、ボクの故郷は王国南部のフラムプルーマ伯爵領です。幼いころ故郷で幼なじみが一人行方不明になったことがあって、人攫いの話は地元で聞いていたんです」


「そうかい……そういうことかい。一時期、あの辺もかなりの数の賊が居たのは知ってるが、お前さんも身近な問題だったわけか」


「はい……」


 コウの表情を眺めながら、マルゴーは一つ溜息をつく。


「ワタシらがもっと早くに危機意識をもってたら、王国南部で『賞金首狙い』を集めて色々出来たんだろうが……。まあ、済んだ話だね。――ところでコウ、お前さんはフラムプルーマ領出身で姓がクズリュウってことは、ケイ・クズリュウは身内かい?」


「はい、ケイ・クズリュウは父です」


 突然自身の父親の名が出てきたことに、コウが目を丸くする。


「本当かい?! もしかしてお前さんから紹介状を書いてもらったら、グレイブの穂先を打って貰ったりできるのかい?」


「あー……紹介状は学院で世話になっている先輩の身内の方ということで書けますし、いま書いてもいいですけど、父は数年先……たぶん五年か六年先まで予約で埋まってます」


「そうか。そりゃまあそうだな。王国でも五指に入る鍛冶屋だし」


「ただ……そうですね、ボクの兄たちが打ったもので良ければ父のチェックも入りますし、数か月から半年で出来ますよ」


「本当かい?! ……ならいきなり悪いんだけどさ、紹介状を書いてもらっていいかい?」


 そう言ってマルゴーは喜色を浮かべながら、机の中から筆記具を自分の机の上に用意し始める。


「叔母さんそれはさすがにズルいんじごぼふ」


 エルヴィスがそこまで口を開いた直後に椅子に座っていたはずのマルゴーは高速移動して、エルヴィスの腹に膝蹴りを叩き込んでいた。


「マルゴー姉さんだ!!」


 エルヴィスは一瞬白目をむいていたが、その場に膝をついたところで意識を取り戻した。


 そのやり取りを見ながらコウは苦笑いを浮かべたが、終始無言のジョージは同じ部屋の中で空気になっていた。

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