07.斬るということだけのため
コウが書いたクズリュウ家への鍛冶依頼の紹介状を椅子に座ってホクホク顔で眺めながら、マルゴーは口を開いた。
「ありがとうよ。前からマホロバ式のグレイブ――薙刀と言ったか、気になってたんだ。まさかこんな形で伝手ができるとは思わなかった」
「素材の持ち込みも受付けますから、玉鋼やミスリル以外のものでもこだわりがあれば受け付けると思います」
「そうなんだ? 何かおすすめはあるかい?」
「古式の武術を修めた方なら武器に魔力を通すでしょうから、ミスリルを使った合金が良く使われていた筈です。ダンジョン産のメタルゴーレム系素材とのミスリル合金や隕鉄との合金などは家でよく聞きましたね」
「なるほどね」
「うちは鍛冶屋ですから、骨なんかの魔獣素材はあまりお勧めしません。……そうですね、あとは鉄以外の鉱物を使った合金も扱えますが、……事前にそれぞれの素材に自身の魔力を通して保持できるかを確認したほうがいいでしょう」
コウは実家の工房を思い出しながら、言葉を選んだ。
「素材に迷ったら、王都の鍛冶屋さんに話だけ聞いてみてもいいかも知れません」
「分かったよ、色々考えてみる」
笑顔でそう応えつつ、マルゴーは【
「それでお……マルゴー姉さん、コウに
会話が途切れたタイミングでエルヴィスがマルゴーに話を振った。
「ああ、そうだね。――ここまでのやり取りを見る限り、コウに屹楢流を教えること自体は問題無いと考える。ま、人間性に関しちゃこの部屋の中で多分いちばん真っ当な部類だろう」
「ありがとうございます」
マルゴーの言葉にコウは頬を緩める。
「ただね、そもそも何を考えてお前さんはうちの流派を学びたいと考えてるんだ?」
「そうですね……。エルヴィス先輩には真剣を使って立会って貰ったんですが、その強さを肌で感じたからです」
「具体的には? どのあたりに強さを感じた?」
マルゴーは妖しい笑みを浮かべながらコウに問う。
「具体的に……。一つは間合いの感覚が研ぎ澄まされていること、あとは属性魔力のみで武器を形成してみせたこと。それに歩法と脚技の安定性……この辺りでしょうか?」
「つまりだ、お前さんは
「それは……はい」
「その答えは間違い無いかい?」
コウの脳裏に屹楢流を習う許可を取り下げられる可能性が一瞬よぎるが、同時に自身の身体の中にある刀術の感覚を思い出していた。
加えてコウは、マルゴーが鳳鳴流を知っていたことに内心驚いた。
「ボクは……鳳鳴流に不満があるわけではありません」
「まぁ、妥当な答えだ。もしグレイブのために刀を置くとでも答えたなら、指導はやっぱりお断りとさせて貰っただろう。ワタシもエルヴィスも王国南部の人間だ。クズリュウ家が鳳鳴流の大家だと知っているし、鳳鳴流の繊細かつ芸術にまで昇華したと言っていい武芸の価値は耳にしている」
「……はい」
マルゴーは席を立ってコウの前に移動する。
「だからお前さんは、自分の流派の実力を底上げするために、うちの流派を学ぶ意識を持つべきだ。それを考えるために面白いものを見せてやる。コウ、いま刀は持ってきてるかい?」
「はい。【
「それを使ってどんな技でもいい、一撃でいいからここでワタシに斬り付けてみな?」
「えっ?! ここでですか?!」
コウの言葉にマルゴーが頷く。
やや動揺しながら室内のジョージやエルヴィスに視線を向けるが、それぞれ頷いてみせた。
「まぁ、色々と怖気づくかも知れないが、男の子なんだからお姉さんに根性を見せてみな」
「分かりました……」
言われるままにコウは刀を取り出して装備し、マルゴーの前に立つ。
「好きなタイミングで来な」
そう告げるマルゴーは自然体だ。
「よろしくお願いします」
そう告げてお辞儀をしてから、コウは納刀した状態で構えを取る。
属性魔力を込めない抜刀術で、危なくないところを狙って斬ろうかと考え始めていると違和感を感じた。
いや、コウの視界の中に変化はない。
室内に突然何かが出現したわけで無いし、魔法なり魔道具なりが使われたわけでも無い。
違和感に感じたものは目の前のマルゴーから発せられる気配だ。
大人の艶を感じさせる美しいシルエットを、仕立ての良いジャケットとロングスカートで包んだ女性だ。
だが、室内に立つその姿がそのまま、斬り捨てられた四肢や首や
一度気づいてしまえば、彼女の前に武器を構えて立ち続けることが、じっとしているだけでも死そのものへ向かっていくのに等しいと本能で理解し始める。
格が違う。
それを認識したコウは、技に集中することを決める。
ただただ、斬るということだけのために数百年練り上げられた技を成すために、火属性魔力を自身の中で形成する。
何の前触れもなく部屋の空気が動き、コウは
そして永劫を思わせる刹那の瞬間に、コウの斬撃は阻まれていた。
自然体で立っていたマルゴーの手の中には、自身の水属性魔力のみで形成されたグレイブがあった。
その穂先によって、マルゴーの右上腕を狙った斬撃が阻まれている。
「いい一撃だった。だが、これを見てごらんよ」
「それは、魔力の刃……ですか?」
コウはゆっくりと刀身を正眼に戻し、慣れた所作で納刀して一礼した。
その様子に微笑んでからマルゴーが口を開く。
「そうだ。これは名前がある技でも何でもなくて、屹楢流の基本中の基本だ。入門者が初期に習う内容だけど、強いて言えば『属性魔力による武器形成』って呼べるだろうけどね」
「ワザでは無いんですね?」
そう問うたのは、鳳鳴流では使い方が違うものの
「そうだよ。魔力を使えば、基本的な技術でもこういう真似も出来るってことを見せたかっただけさ。ま、武器がある方が魔力をムダに使わなくて楽だから、実戦ではあまり使わないけどね」
そう告げてマルゴーが示すグレイブは、水属性魔力の青い色を示してそこに存在している。
その様子はまるで、そのように設えた武器があるように見えた。
マルゴーがそのグレイブを手の中から放り出すと実体が虚空に消えた。
「そういう訳で、ここでワタシはお前さんに提案をしたい。お前さんの指導は元からエルヴィスに任せる予定だったが、うちの流派の基本を中心に教わって欲しいんだ。そのことによって、お前さんの流派の幅を広げるような意図でね」
「分かりました」
「それで、ここから先はワタシのお願いだ。コウの流派について、基本の部分だけでいいからエルヴィスに手ほどきしてやってくれないか。特に『斬る』という部分についての基本を徹底的にさ。それはこいつのためにも、お前さん自身のためにもなるはずだ」
「そうですね。それは問題ありません」
「叔母さん、それはいいアイディアだぐばほ」
「姉さんだ……」
エルヴィスはまた、高速移動したマルゴーから膝蹴りを叩き込まれていた。
マルゴーは再び自身の席に着くと、口を開いた。
「それでだ、コウの話はもう良しとしよう。まずはエルヴィスが面倒を見れるところまで教わってみてくれ」
「はい」
「次に人攫いの件だ。一昨日、王都で人攫いの賊を確保した。そいつらはどうやら南のフサルーナ王国で闇ギルドが斡旋した仕事を受けたようでね」
「ちょっとまってよお……マルゴー姉さん、それって人攫いの仕事を依頼されて賊が入ってきたってことかい?」
「そのようだ。このパターンはワタシも初めてでね。闇ギルドに関しては伝手を当たっちゃみるが、情報の流れは追いきれないと考えている。だが、興味深いことを今回の賊たちが歌い始めてね」
「歌い始めた、ですか?」
エルヴィスとマルゴーの話の内容についてコウが横から問うた。
「ああ。人攫いをするような人でなし共には、お国に突き出す前に拷問をしてから回復してを繰り返すと大概、訊いても居ないのに色々と囀り出すのさ」
「はぁ……」
「興味があるなら、今回使った拷問器具一ダースの話もするが?」
「いえ、結構です」
コウはきっぱりと秒で断った。
「そうかい。……まあいいか、興味深いのは連中の攫った人間の受け渡し方法だ。フサルーナ王国の首都に、不定期で人身売買の闇市が立つそうなんだがそこに持ち込めば買うって取引だったようでね」
「その闇市を調べようっていうのかい?」
エルヴィスが硬い表情でマルゴーに問う。
「噂だけは耳にしてたんだがこっちからは手を出して無かったんだ。今回賊から話が出てきたし、ジョージに現地に行かせることにした。むこうの裏社会の連中が出てきても、
「ならボクも行くよ」
表情に必死さを滲ませながら、エルヴィスが告げる。
だがそれを聞いてもマルゴーは首を横に振る。
「あんたとワタシはお留守番だ。兄さんから言われてることもあるし、学院を出るまでは王都からの遠出は許さない。――今回はジョージを行かせる。ジョージはあんたも知ってるだろうが元賞金首狙いの冒険者だ。腕も確かだし生き残る能力に掛けてはワタシ以上だ。それにワタシが行くと、『納品』に来た連中で死体の山を作りそうだからね」
マルゴーはため息をつきながらジョージに視線を向けた。
「エルヴィスさん、もどかしいでしょうが少し時間をください」
「…………分かりました。気を付けて行ってきてください」
「ありがとうございます」
ジョージとエルヴィスのそんなやり取りを見ながら、コウは学院では見たことのないエルヴィスの顔に哀切を感じた。
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