04.だから合宿に来たんじゃないの
カリオとコウが王都南ダンジョンを潜り始めてから二日目、彼らは十階層目に到達していた。
途中の階層は身体強化で駆け抜け、気配を消して戦闘回数を減らし攻略速度優先で進んだ。
いま十階層目も半ばを過ぎ、『草原と林』のエリアで最後となる牧場も通過した。
そしてある地点まで来たところで、カリオは足を止め同行者たちを制止させる。
「……コウ、この先に控えてる奴らの気配が分かるか?」
「そうだね……二キール先ってとこかな。雑魚とは違う気配の魔獣の気配が集まってる」
「ああ。数は分かるか?」
「ボスっぽいのが一体に、その取り巻きらしき連中が五体前後かな……移動速度とか雰囲気からして、獣っていうよりは亜人だよね」
「取り巻きの数以外は俺も同感だ。取り巻きはたぶん八体だと思う」
「なるほど」
「それで、分担とか、そもそも共闘とかどうする?」
そう言ってカリオは自身の前方から、傍らに立つコウへと視線を移した。
「そうだなぁ。ボクの目的は今回は様子見だから、カリオに合わせるよ」
「そうか……。ニコラスさん、俺の課題としてはボスは倒したほうがいいんですよね?」
カリオは後ろに控えるお目付け役のニコラスに問う。
「その辺の判断も任せるけど、二十階層目ではコウは居ないんだから、今のうちに多対一の感覚を経験した方がいいんじゃないかな」
「う……分かりました。コウ、雑魚を五体頼んでいいかな? 俺はボスと残りの雑魚三体をやる」
「構わないけど、ボクが楽過ぎないかい?」
「いや、……大丈夫……だとおもう。それに雑魚だって集団戦闘は面倒かもしれないぞ」
「確かに、鍛錬にはいいと思うけど。そうだね……それでいこうか」
コウがそう返事するとカリオは頷く。
そしてカリオは内在魔力の制御で身体強化や反射増強、疑似思考加速を行い、気配遮断も発動させて階層ボスの集団へと向かった。
コウもまた内在魔力の制御で身体強化などを行い、昨日夜にニコラスから習った気配遮断の基本を意識しながらカリオを追走する。
付き添いのエルヴィスとニコラスは、彼らから一定の距離をとって追いかけた。
カリオが敵集団を認識したところでハンドサインを出し、コウを向かって右側から突入するよう誘導する。
カリオ自身は左側に動く。
敵集団は予想通り亜人の集団だった。
具体的には雑魚がゴブリンソルジャーで八体おり、ボスはゴブリンコマンダー一体だった。
ゴブリンソルジャーは通常のゴブリンよりは戦闘力があり、領兵などの一般兵程度の強さは間違いなくある。
ゴブリンコマンダーはその指揮官クラスだ。
敵雑魚集団はすべて武装しており、カリオが視線を走らせると弓兵が二、槍が二、残りが片手剣と盾だった。
敵ボスは両手で持つタイプの長い金棒を持っていた。
「あれもうゴブリンじゃなくてオーガじゃねえの?」
ゴブリンコマンダーについて思わず呟きつつ、カリオは最初の片手剣を持つ雑魚に接敵した。
気配を消しているので目の前のゴブリンソルジャーはカリオに反応することなく、瞬間的に異変を感じたコウの方へ視線を向けている。
カリオはその相手の心臓を右の貫き手で貫いて破壊する。
五指の指先からは風属性魔力で作り出した振動波が発せられていて、貫かれたゴブリンソルジャーの胸はカリオの腕のサイズよりも大きな風穴が開いていた。
そしてその貫通箇所は振動波によるものなのか、表面がズタズタに千切れていた。
風路克は貫き手のほかにも、肉食獣が爪で獲物を引っ掻くように、切断技として繰り出すこともよく行う。
直後にコウは雑魚の間を駆け抜けながら、敵の頭部を火属性魔力を込めた斬撃――
突如現れた火属性の赤い斬撃の連撃に意識を奪われ、敵集団はそちらに注意を釘付けにされた。
その間にもカリオは気配遮断したまま高速移動して、次々にノルマのゴブリンソルジャー三体を屠った。
その勢いでゴブリンコマンダーに襲い掛かったところ、貫き手を躱されて金棒で薙ぎ払われそうになる。
「ボスになると不意打ちはダメかよ!」
そう愚痴をこぼしつつカリオはその場に伏せて金棒をやり過ごす。
そして両手を使って逆立ちした体制から、両足でゴブリンコマンダーに蹴りを叩き込んだ。
これは相手に当たり、打撃位置を起点に風属性の魔力で作り出した拡散型の振動波が敵体内に急速に広がる。
蹴りの接触箇所である敵の腰部と腹部の皮ふの下が、風属性魔力の拡散型振動波でズタズタにされた。
骨と筋肉と脂肪と血などが混ざったものが、ゴブリンコマンダーのかつて内蔵だった箇所に広がる。
その苦痛でゴブリンコマンダーは叫びながら膝をつくが、そいつが最後に目にしたのはカリオの手の平だった。
カリオはゴブリンコマンダーの顔に手を添えると風漸克を叩き込んだが、直後にそいつの脳は液体に変わった。
ゴブリンコマンダーは鼻や耳穴から液体を垂らしながら、カリオの目の前でゆっくりと倒れた。
そしてコウは既にゴブリンソルジャーを全て斬り捨てていた。
「苦戦するほどでも無かったよね?」
刀身から血を払いながらコウが告げる。
その間にもコウは周囲の気配を探っていた。
「そうだけど、俺としてはゴブリンコマンダーに気配を消した奇襲を避けられたのが悔しいというか何というか……」
「だから合宿に来たんじゃないの? 修正点とかはニコラスさんに相談しながら挑まないと、時間がもったいないしカリオのためにならないと思うな、ボクは」
「正論をありがとう。……そうなんだよな」
カリオとコウは喋りつつ、【
直後に離れて観戦していたニコラスとエルヴィスが合流する。
そしてエルヴィスに促されてカリオとコウは、階層ボスたちについて亜人の討伐部位である耳を斬り落とす作業を行った。
そのままカリオとコウたちは十階層の出口に無事にたどり着き、十一階層入口手前にある転移の魔道具まで到着した。
「それじゃあ、ボクたちは先に帰るから」
「カリオくんとニコラスさんなら大丈夫だと思うけど、気を付けて進んでください」
コウとエルヴィスがそう告げて手を振る。
「ありがとうエルヴィス先輩、コウ。また別の機会にでも一緒に来よう」
「二人ともお疲れさま。気を付けて帰ってね」
カリオとニコラスも二人に手を振った。
そしてコウとエルヴィスは地上に転移していった。
「さて、十一階層の入り口近くでキャンプを準備しますけどいいですか?」
「そうだね、分かったよ」
そうしてカリオとニコラスは、亜熱帯を思わせるジャングルが広がる次の階層に足を踏み入れた。
地上に出たコウとエルヴィスは手持ちの魔石を換金し、王都南ダンジョン入り口前の広場を抜けて地上の街を歩く。
程なく学院の附属研究所所有の建物に入り、学生証を受付で見せてから転移の魔道具のある部屋に移動して、王都に転移した。
学院の敷地内の附属研究所を出ると、外はもう薄暗くなり始めている。
「移動がこれで済むのはやっぱりいいですね」
「だろう? あとは無茶な挑戦をしなければ、コウは強くなるさ」
「ありがとうございます。――それにしても、カリオの武術は独特でしたね」
「風属性魔力を使った振動波っていうのは中々凶悪だよね。ゴブリンコマンダーのとどめとか、手を添えただけで頭部の中身を破壊してたもんね」
エルヴィスは遠目に観戦していただけだったが、カリオの魔力の動きで何が起きたのかは何となく把握することはできた。
「共和国の独立戦争後期から末期に創始された武術って言ってたから、戦局を変えうる破壊力というのがコンセプトだったのかも知れませんね」
「盾の魔法が使えないと、カリオくんが本気だったら立会っても戦闘にもならないだろうなぁ」
エルヴィスはそう言って苦笑したが、直ぐに表情が変わる。
「ああ、大丈夫だよ。いま学院で後輩と並んで歩いてるところ――ごめんちょっと通信が入った。それで叔母さん…………はい、はい、マルゴー姉さん、何かあったんですか?」
どうやら通信の魔法でエルヴィスに連絡が入ったようだ。
その妙に畏まった雰囲気に、コウは興味深そうな視線を送る。
「え? それは信頼できる話なんですか? うわぁ…………。はい……そうですね、今晩はダンジョンから戻ったばかりなので、明日朝にでも、え? はい。じゃあ昼前くらいに伺います」
そこまで喋ってエルヴィスはコウの方を一瞬見る。
「それで叔母さん……いや、マルゴー姉さん、前に言ってた件ですけど、後輩を一人同行させてもいいですか? ……はい、大丈夫だと思います。分かりました」
そうしてエルヴィスは一つため息をついて口を開く。
「コウ、突然だけど明日は予定は無いって言ってたよね?」
「ええ、大丈夫ですけど、どうしましたか?」
「そうだな、どこから話そうか。……ちょっとそこのベンチに座って話をしよう」
「分かりました」
学院構内の外灯の魔道具が照らすベンチに腰掛けると、エルヴィスは口を開いた。
「いま連絡があったのはボクの父方の叔母でね、父さんの末の妹なんだけど元冒険者なんだ。ボクの武術の師匠でもある」
「ということは、
「そうだよ。前にコウから屹楢流を教えて欲しいと言われて、そのことで相談していたんだ」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
「まだ正式に許可が出たわけでは無いんだ。一度本人を連れて来るように言われていてね」
「なるほど」
「ただ、その場所が色々と憶測を呼びやすい場所でね。過去に我が家に起こった事件から色々あって、叔母さんは花街で娼館を経営しているんだ」
「……それは、ボクが聞いても大丈夫な話なんですね?」
「ああ。ボクはコウを買っているから、全て説明しようと思う」
そう言ってエルヴィスは寂し気な表情を浮かべた。
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