02.沢山の人が追走
あたしとキャリルが女子寮の食堂に向かうと、打合せが始まっていた。
「――そういうわけで、女子生徒の担当エリアは王都の北側と東側になりました。えーすでに知っている人も多いと思いますが、『シナモン下さいな』と言いながら行商のウサギ獣人の人に触れば整理券を貰えます。引き換えのときに一人一枚しか使えませんので、別の行商の人を探す必要はありません。あと、過去の経験から、おんぶ紐で二人一組で貰いに行った場合も一人一枚貰えるそうなので、確実に受け取ってください」
『はい』
「ここまでで質問のある人はいますか? 無ければスタート地点を決めるクジを引きますので、ソロの人やチームの代表は集まってください」
取りまとめ役らしき女子生徒がそう告げると、何人かが彼女の周りに集まった。
食堂を見渡せば現時点で先ほどの倍の二十名ほどが集まっている。
サラとエリーは取りまとめ役の方に行ってしまったので、あたしは黒い魔道鎧の横に立つジューンと合流した。
「おはようございますジューン」
「おはようございますキャリル。――ええと、二人は説明はどこから聞きましたか?」
「女子の担当エリアのお話からですわ」
「そうですか。じゃあ重要な部分は説明されてますね。その前は『伝説のシナモン』が共和国内でも有名なスパイスであることや、整理券の引き換えで購入するときは研究会からお金が出ること。料理研と食品研の男子生徒が王都の南と西と中央エリアを受け持つ話をしていました。あとはおおよその開始時刻は午前九時ころのようです」
「そうなのね。ところで行商人のウサギ獣人は、王都で何人ぐらい居るの?」
「ああ、そこは説明がまだでしたか。正確な数は不明なようですが、おおよそ二十名弱はいるようです」
「多いのか少ないのか微妙な辺りね」
「そうですね。でも過去の例からすれば、朝からスタンバイすれば参加者は大体整理券が手に入るみたいですよ?」
「ふーん」
以前デイブと鬼ごっこをやったことがあるが、あそこまでタフなものになることは無いだろうとあたしは脳内で計算した。
「……ところでジューン、この鎧はあなたの鎧ですの?」
傍らではキャリルが好奇心をみなぎらせて『ピンク色の悪夢』という名の魔道鎧に見入っていた。
目とかキラキラさせてるな。
「これは魔道具研究会から食品研の名前を出して一機だけ借りられた魔道鎧なんです。中々の優れモノなんですよ!」
「これは興味深いですわね。わたくしも今後はもっと魔道具研に顔を出してみましょうか……」
なにやらキャリルが魔道鎧に興味を持ってしまったようだが、その辺りはまた別途考えることにしよう。
くじ引きを終えてサラとエリーが戻ってきた。
「それでどうするにゃ? アタシはソロで狙う予定だったけど、誰か同行するにゃ?」
「それなんですけど、ウチはチームで動こうと考えとったんです。みんな、どないする?」
サラがあたしたちを見渡すが、みんな特にサラに異論は無さそうだった。
「あたしはサラをおんぶして移動するから同じチームのつもりよ」
「わたくしもサラと同行しますわ」
「私もサラと行きます。この鎧を着こんでいればもしもの時にカベになれるでしょう」
もしものときって何だろうと思いつつ、あたしはとりあえずジューンの身を護れる鎧ならいいかと考えた。
「分かったにゃ。みんなの健闘を祈るにゃ」
「それでは皆さん、右拳を出して下さいませ――」
その後キャリルの仕切りで、実習班のいつもの面々にエリーを加えてグータッチをした。
女子寮の玄関前でエリーを送り出し、あたしたちも出かける準備をした。
ジューンはすでに魔道鎧を纏っている。
あたしはサラを背負って“救助用おんぶ紐”で身体に固定した。
キャリルを見ていると風属性の魔力を身に纏っていた。
あたしも内在魔力を循環させ、薄く身体強化などを発動させる。
「目的地は王都東広場のちょっと北に進んだ辺りだよね?」
「そうやね。――ウィンちゃんおんぶありがとうな」
「気にしない気にしない。それじゃあみんな、行こうか」
『おー』
あたしたちは移動を始めるが、キャリルとあたしが流すようなペースで走るのにジューンも追走してくる。
「ジューン、まだ余裕ありそう?」
「そうですね。出力的にはリミッターが掛かるのを百とした場合、この駆け足くらいなら出力三割くらいですね」
「全力運転でどのくらい稼働できるの?」
「ええと、魔力量の話なら先ほども言いましたが、二日は連続稼働できますよ?」
「え?! 全力稼働での二日なの?! ホントに凄いじゃない!」
「ふふ。優秀なんですこの子。しかも動かすことによる使用者の肉体へのダメージも無し。でも、使用者はどうしてもお花を摘みに行きたくなりますし、お腹もすきますし、そういう制約はあります。そもそも使用者の魔力の波長を登録するのに時間がかかりますしね」
厳つい鎧からジューンのご機嫌な声での説明が飛んでくる。
「時間がかかる? 今回良く間に合ったわね」
「以前から興味があって、顧問の先生に頼んで登録だけはしておいたんです」
「そっかー……とりあえずもう少しスピードを上げるから、東広場に寄って公衆トイレ行っとこう?」
「そうやね」
「「分かりました」の」
その後あたしたちは王都の道を走った。
朝の早い時間帯だったので収穫祭期間とはいえ、人出はまだそれほどでも無い様だった。
それでもどうしても『ピンク色の悪夢』は通行人の視線を集めていた。
早起きして散歩をしていたらしい王都のお爺ちゃんたちが、ジューンの魔道鎧姿をみてビクッと固まるのを何度も見た。
途中、東広場の公衆トイレを使ったり、朝食客を狙ったクレープの屋台で腹ごしらえをしてから、あたしたちはくじ引きで決まった開始位置に移動した。
そこは貴族が住む地区と商業地区のある王都中央エリアの、境界のあたりにある公園だった。
「それでサラ、そろそろ時間になるけど匂いを追うのは任せていいのよね?」
「うん、大丈夫や。魔法で嗅覚情報を疑似的な視覚情報に変換する奴を知っとんのや、ウチ。悪臭も自動で弾ける優れもんや」
「それは珍しい魔法ですね?」
「そうなん? 難易度的には中級に届く風属性の魔法やけど、ウチの地元やと使える人らは多かったで?」
「そうなんですのね」
そうこうしているうちに、午前九時を知らせる王立国教会の鐘の音が王都に響いた。
「ほな始めるで、【
一瞬風属性の魔力がサラに集中したかと思うと、何らかの魔法が発動したようだ。
「おし、無事に発動したわ……。魔法の疑似視覚情報にウチの聴覚を使こうた立体空間把握能力を統合させたから、半径数キールはウチの認識範囲や。くっくっく、これで見逃すとか無い……さっそく感アリや!」
そう言ってあたしにおぶさるサラがある方向を指さす。
キールは地球換算で約一キロメートルだ。
ちなみにメートルはミータ、センチはサンチ、ミリはミールという。
接頭辞についてはキロの上のメガがミーガというそうだ。
度量衡では狙ったように地球と似たような単位なので、過去に転生者が持ち込んだのかも知れない。
「こっちに向こうて」
「「「了解」ですわ」」
サラが指さすと、あたしたちは返事と同時に動き始めた。
サラのナビゲートによりあたしたちは王都を駆けた。
「次っ! 右に曲がってしばらく直進、二つ目の交差点で左やっ!」
道にはそれなりの人出が出始めたが、商業地区や庶民の居住区に比べたら移動に困るほどでは無かった。
それに加えてジューンの魔道鎧を見て大体の通行人は道を開けてくれた。
「順調に近づいとる! しかしなんやこれは……」
「どうしたの?」
「いやな……マトのシナモンのええ匂いを付けた人の後ろに、沢山の人間が追走しとるみたいなんやけど……」
「沢山の人が追走? 二年ぶりってことで争奪戦が凄いことになってるのかしら?」
「マズいかも知れませんわ」
あたしたちの会話を耳にしたキャリルが告げる。
「今日この日、時間帯も午前九時ころでこの場所。もしかしたら予選会の皆さんの前を先導するように走っているかも知れませんわ」
キャリルの“予選会”という単語を耳にしてから、あたしの脳内データベースが嫌な情報を意識上に返してきた。
「まさか……。くっ。憶測は良くないわ。そうね……」
最悪の予想が脳裏に過ぎり、あたしはジューンに叫んだ。
「ジューン! もしあなたが色々とムリだと判断したら、道端に避けて退避して! その後でさっきの公園で合流しましょう!」
「退避? ですか? よく分かりませんが分かりました!」
「もう見えてくるはずや、次の交差点、あと数秒でマトが右から左に横切るで! ウチらも左折や!」
「「「了解」ですわ」」
サラの案内通り、ヒョロっとした体格のウサギ耳の獣人が目の前の交差点を横切る。
あたしたちもそれを追うように交差点を曲がると、すぐに異変に気が付いた。
背後から上半身裸の男たちの集団が、ムキムキッと筋肉を躍動させながら追走してくるのだ。
「筋肉競争かよーー!」
「いやああああ!!」
あたしとジューンはほとんど無意識に叫んでいた。
残念ながらジューンの表情は魔道鎧のせいで伺えない。
「おおッ! 素晴らしいッ! 我々のハレの日にッ! 更なる先導者がッ! 降臨したぞッ! 滾るッ! 滾るぞッッッ!」
何やら後ろの集団が筋肉を動かしながらセリフを集団で繋いでいる。
「………………」
「ジューン! 大丈夫っ?! ジューン!!」
あたしがジューンに走りながら問うが、魔道鎧の中で何かを呟いている気がする。
「ムリなら離脱しなさい!」
「私と『アルプトラオムローザ』はあんな人たちには絶っっっ対に負けませんっっっ!!」
あ、何か復活したみたいだ。
「大丈夫ですのね、ジューン?」
「問題ありません、状況はシンプルです。私たちはウサギ獣人さんに追いついて『伝説のシナモン』の整理券を貰います! これは確定事項です……!」
「その意気やジューンちゃん!」
そうしている間にも角を曲がる交差点では係員が案内板でコースを誘導し、そのルートを辿ってウサギ獣人が走り続ける。
とにかく距離を詰めないと。
あたしがそう思って内在魔力の循環で身体強化を強めたタイミングで、長い直線に入った。
だがそこで異変が発生した。
地球換算の数十メートル先で、道を渡ろうとしたのか大人たちの隙間から幼い子供たちが飛び出てきた。
そして直後、子供たちの一人が道の真ん中で転んでしまった。
その脇をウサギ獣人が走り去る。
あわてて別の子供が転んだ子の手を取って起こそうとするが、転んだ子は道に座り込んで泣き出してしまう。
このままあたしたちは横を通り過ぎることはできるが、後ろには筋肉の暴走集団が控えている。
子どもたちは踏みつぶされて命に係わるケガを負うかも知れない。
あたしたちは一瞬の判断を迫られた。
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