09.あなた達のメンツではなく
「まず、あんたがそうしていると話が進まないの。少しでも反省の気持ちがあるなら言うことを聞いて立ち上がって名乗りなさい」
あたしが目の前で土下座をしているチンピラに声を掛けると、ゆっくりと立ち上がり口を開いた。
「へい。おいらはギャビンというゴロツキでやす。あの時のことをきっかけに『路地裏の
「分かったわ。ここは露店の店先の往来だから、もうちょっと場所をずらすわ。――キャリル、どうする?」
「わたくしも同行しますわ」
あたしは頷いてその場から移動した。
露店が立ち並ぶところから大通り脇の歩道に移動して、あたしは話を再開する。
「まず、今から
キャリルたちにそう言ってから、あたしはデイブに魔法で連絡を入れた。
「デイブちょっといい? 大至急確認したいことがあるの」
「……どうしたお嬢? 近所づきあいで色々行事をこなしてるが、何か面倒ごとか?」
「学院の友達と市場で露店を見てたら、目を離した隙に一人が行方不明になったの」
「それで?」
「偵察の魔法で周辺確認をしようとしたら、『路地裏の
「…………そうか。まずだ、『路地裏の
「分かった」
「あと王都の裏社会の暗黙のルールで、子供ネタは大体アウトだって話はしたな? 身代金目的でグレー。人身売買や暴行、凌辱、解体目的なんかのガキの誘拐は一発退場だ。仕切った奴や関わった奴はどんな死に方をしても自業自得ってことになってる」
「そうなんだ?」
「ああ。後な、こないだはおれらが花街で踏み込んだろ。今回は『路地裏の
「……そんなこと言っても、学校の友だちが被害者なんだよ?!」
「だから連中は一番槍だ。なに、月転流の新鋭と共闘したら、連中にもハクがつくだろ」
「……よく分からないけど分かったわよ」
「踏み込み先が分かったら、改めて連絡をくれ。あと、必ず周りを見て動いてくれ」
「了解よ」
あたしはデイブとの通信を終えると、まずキャリルと話をした。
デイブとの会話内容を伝えると一瞬考えた後、キャリルはギャビンと名乗ったチンピラに視線を移した。
「あなた、ギャビンとか言いましたわね。まずは市場にあるというあなた達の支店まで案内なさい」
「わかりやした――こっちでさあ」
チンピラにしては恭しく一礼すると、あたしたちを店まで案内した。
程なく、目的の店の名が書かれた看板がある建物の前に立つと、キャリルはその店の斜め前にある金物屋に女性の庭師と二人で入って行った。
だがすぐに出てくると口を開く。
「そこのお店で『本店が花街にある“路地裏の風蝶草”の支店』が目の前の店だと確認しましたわ。中でお話を聞きましょう」
「分かったわ」
キャリルは念のため目的の店なのかを確認したのか。
『路地裏の風蝶草』にあたしたちが入ると、キャリルは手短なところに立つガタイのいい男性店員に声を掛けた。
店の下品ではない内装や客層を見る限り、上級の大衆店といった感じの酒場だ。
「済みません、ちょっと宜しくて? こちらのギャビンさんはこちらのお店か、傘下のお店の方ですか?」
「え……お嬢さん、ウチの新入りが何かしやがりましたか?」
「いいえ。彼はわたくしたちに情報を運んでくれたのです。本当にこちらの店の方かを確認したかったのですわ」
「情報……分かりました、うちの連中がいま追跡してる例の件ですね?」
「詳しいお話を聞かせてくださいますこと?」
「承知しました。個室にご案内しますのでどうぞこちらへ」
案内された個室で座って少し待つと、初老の男性が一人入って来た。
「お待たせしました。この店の店長を任されておりますブルーノと申します。この度はご足労頂きありがとうございます」
ブルーノはどこかの貴族家で侍従をしていてもおかしくない物腰だった。
彼は立ち振る舞いに隙が無いことから、何か武術を修めているかも知れないと一瞬脳裏によぎる。
キャリルはあたしに視線を向けて頷いてみせたので、あたしは口を開いた。
「あたしは
「
「ええ」
青松ってデイブの二つ名だったはずだ。
あたし的にはなぜか和風な感じのイメージだが、本人が刺突技を多用するのと尖った松の葉を掛けているのかも知れない。
「ギャビンたちは今回戦うことで、王都の裏社会での落とし前をつけさせる意味もございます。彼にしても過去には王国内で魔法兵をしていた経歴がございます。賭け事で身を崩して今ここに居りますが、愚かなだけで心根は真直ぐな者です。どうか、彼らを使ってやってください」
「そういうことなら分かりました。ただ、あたしの最優先事項はあなた達のメンツではなく友人の安全ということは、
忘れたら全員叩き斬ってやる。
「わたくしも同じ立場ですわ」
キャリルが短く口を開く。
「お嬢さまは高貴な方とお見受けしますが、お名前を賜ってもよろしいですか?」
「こちらにおわす方は、ラルフ・ユーバンク・カドガン・ティルグレース閣下のご令孫様であるキャリル・スウェイル・カドガン様です」
女性の庭師が淀みなく告げた。
「それは――このような形になりましたことは遺憾でございますが、当店にお越しくださいましたことは喜びにございます」
接客のプロというところか、ブルーノは表情を変えることなく告げた。
「我が家は武門ゆえ虚礼は不要ですわ。わたくしのことはキャリルと呼んで下さいまし」
「承知いたしました。部下にも徹底させます、キャリル様」
そこまで話したところで個室の扉がノックされた。
ブルーノが入室を促すと、店員らしき男性が一人入ってきた。
「店長、場所が特定できたようです」
商業地区と庶民の居住区の境目にある倉庫を拠点としていることが分かったそうだ。
ブルーノに目印になる建物を訊いてからデイブに魔法で連絡する。
「――という訳で、その倉庫にこれから行くわ」
「了解だ。場所に関しては万が一の念のためってことで、ゴッドフリーの爺様にも連絡しておく」
「分かったけど、なんで?」
「ん? いま王都に居て、一番手が空いてて一番腕が立つからだな。正直お嬢で足りると思ってるし、爺様は過剰戦力だけど救出作戦ならバックアップを入れるのは大事だろ」
確かにカレンを助けるのにお爺ちゃんの力を借りられるなら心強い。
「了解よ……ちなみにあたしで手が足りるって、何か情報があるの?」
「大きな動きが無いからだ。大物がやるような仕事でもねぇだろうし、手練れが仕事で動いてる報告はいま手元に無いのさ。おれは裏社会が掴んだ情報ってことで王国に情報を上げとく。緊急性が高いと判断して、地元住民が救出作戦を始めたってことにしとくわ――じゃあ、頼んだぜ」
「ありがとう」
デイブとの連絡の後、あたしたちは目的の倉庫に向かった。
目的地の倉庫は意外と広そうだ。
少し離れた位置からあたしたちはそれとなく観察している。
地球換算で敷地の広さが道に向かって幅が約二十メートル、奥行きが約三十メートルほどはあるらしい。
敷地は壁に囲まれていて、敷地内の建物まで数メートルほどは何もない舗装された路面になっているようだ。
「――本部からはそういう話が来てやす。元々ここは鉱石なんかの倉庫らしいんですが、たまたま先月から空き倉庫になってるそうでさあ」
「賃貸契約とかあるのかな? 不法占拠?」
ギャビンが魔法を使った通信担当として、『路地裏の風蝶草』の踏み込みメンバーやブルーノなどとの連絡を現場でまとめる役になった。
「――ええ、はい。ブルーノの話ですと近所から集めた情報で、不法占拠の可能性が高ぇらしいです」
なら今のところ組織性は不明か。
「中の敵の人数と救出対象の人数は分かりまして?」
「中には現在二十名ほど敵がいるようです。救出対象の人数は、お友達の後に少なくとも二人運び込まれたようでさぁ」
「運び込まれたときの敵のチームとかは何人組だったとか分かるかしら?」
「――へい。二人一組で行動してたようです。うち片方が意識が朦朧とした状態というか、痙攣しているような状態の女児を背中に担いで普通に歩いて来てるようでさぁ」
ギャビンの話を聞いて反射的にカレンの笑顔が脳裏に浮かび、攫った連中への怒りで奥歯を噛み締めた。
ここまでギャビン経由で得た情報を元に脳内で計算する。
「仮に敵二十名を確定数とするわ。二名をアジトの留守番で置いたとしても、残りの十八人の九チームで攫ったとして被害者は最大九人の可能性かしら? うち三人は運び込まれていることが確認済み。時間的にはまだ昼少し前でこれだけのペースで集めたのはどういうことかしら?」
あたしの言葉にキャリルが腕組みしてから口を開く。
「不法占拠するような適当な者が留守番役を置くかは少々怪しいですわ。……それと、急いだのは、一度実施すると目をつけられるのを知っているからかも知れませんわね。もしそうなら、短期集中で攫ってきて一息に運び出すつもりかもですの」
「確かに、移動させるとき収穫祭の後半なら、王都に来ていた客と移動の方向が被るわね。人混みに紛れる反面、周囲にバレるリスクは増えるわ」
「運び出す手段にもよるが、午後に王都を出る貨物は王都の門で注目されるのう。夜に出るのは問題外じゃ」
「お爺ちゃん!」
「こちらの方が!」
あたしの傍らにはいつの間に現れたのか、ゴッドフリーお爺ちゃんが立っていた。
「キャリル、こちらゴッドフリー・コナーお爺ちゃん。お爺ちゃん、こちらキャリル」
「「こんにちわ」ですの」
「きちんとした挨拶はまた後日にするかの。先ほどの話じゃが、普通の商人は安全のため夜間の移動を避けるじゃろう。午後に出るにせよ、最寄りの街までの途上で夜になるような出発時間は普通は避けるわい」
「そうなのね」
「よって、昼過ぎ頃が荷馬車が各門を出るときの、タイムリミットになるはずじゃ。集団で動いている以上、最低限その辺の知恵はあるじゃろう」
そういう知恵があって人攫いになれてるなら、いつもは他の都市で活動している連中かも知れないな。
「それで、そろそろ昼じゃが、誰が指揮をとるかの?」
そう言ってお爺ちゃんはあたしたちを見渡した。
「あっしらは八重睡蓮様の指揮下で一番槍をしやす」
最初にギャビンが口を開いた。
「わたくしも今回はウィンの指揮下に入りますわ」
あたしはキャリルの言葉を聞いてから、本人と庭師の男女に視線を送るが三人とも頷いた。
「儂もウィンの指揮に従うよ」
そう言ってお爺ちゃんは微笑んだ。
あたし、指揮とか未経験ですけど。
ともあれそういうことなら、まずはあたしが案を出してみるか。
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