08.独特のフレーバーが
収穫祭が始まった。
王都ディンルークは今日から一週間、お祭りの喧騒でみな浮足立つ。
そんな中、カリオは朝一番に冒険者ギルドに来て、冒険者登録をしていた。
「確かに予定は無かったけど、フレディさんから課題が出るとは思ってなかったよ」
「まぁまぁ。今回は合宿だし、
やや気が重そうにしているカリオにニコラスが声を掛けた。
今まで学生生活の合間を縫ってプロシリア共和国大使館に通い、カリオは
かなりの詰め込み式だったが、風牙流宗家の血を引くニコラスから見ても恐ろしい速度で体得していった。
カリオが
魔力を使った身体強化や、気配を消したり気配を察知する本当に基本的な部分は、既に問題が無いとフレディもニコラスも判断している。
あとは実戦の中での使い方をどう体得させようかという時に、収穫祭の期間が訪れた。
その結果、カリオは王都南ダンジョンを使って泊まり込みの合宿をすることになった。
「でも、十階層と二十階層に居るボスを倒してくるまで戻ってくるなって、割と無茶じゃないですか?」
「途中の戦闘回数を気配遮断でコントロールすることも含めての課題だから、僕も妥当だと思うけど。――誰かが倒しても直ぐに沸くみたいだしさ」
にこやかにニコラスはそう告げる。
それに苦笑いを浮かべつつ、カリオがさらに問う。
「あと、同行してくれるのはホントにありがたいですけど、本国からお客さんとか来るんじゃないんですか?」
「収穫祭の時期は、どの国も地元でお祝いするからそうでも無いかな。社交のシーズンは春ころだから、その時期はちょっと忙しいけど」
「そうなんですね」
そんなことを話していると名前が呼ばれたので、カリオは冒険者登録証を受け取ってニコラスと共にギルドを後にする。
朝の早い時間とはいえ、収穫祭期間だからだろう、すでに路上には多くの人出がある。
「それじゃあ、身体強化して建物の屋上を移動していこうか」
「分かりました」
カリオたちは順調に移動して王都の南門を出ると、目の前には黄色い草原とその中を伸びる街道があった。
「冒険者の人たちは乗合い馬車を使うけど、僕らの場合は走ったほうが早いからこのまま行こう」
「そうですね……。なんていうか、草原を目にすると気分が落ち着きます」
「僕たち獣人に流れる血がそう感じさせるのかも知れないね」
顔をほころばせるカリオにそう言って、ニコラスは機嫌良さそうに笑った。
昨日の夜は色々と忙しかったので、翌朝あたしはいつもよりもゆっくり起きた。
「さて、取りあえず薬薬研に行ってみるか」
予定も入っていなかったので、制服に着替えて部活棟に移動した。
途中、運動着を着て構内を歩く生徒をそれなりの数見かけた。
けっこう皆、収穫祭だからと言って王都に出かけるという訳でも無さそうだ。
部室に行くとカギがかかっていた。
「ありゃ、閉まってたか」
カギは玄関脇の警備員室で生徒手帳を見せて、名簿に記名すると借りることができる。
深夜に忍び込んで調査を行っている時はともかく、勝手に開けると問題になるので玄関まで下りていくとカレンに会った。
「おはようございますカレン先輩」
「ウィンちゃんおはよう! もしかして部室、だれも居なかった?」
「ええ。カギかかってましたよ」
「そうなんだ?!」
「どうしたんですか?」
「うん。いま収穫祭の期間でしょ? 市場に薬草を扱う露店が集まるところができてるの!」
「へぇ! 面白いですね!」
「そうなの! しかも、ディンラント王国だけじゃなくて、他の国からも売りに来たりするのよ!」
それはあたし的には気になる情報である。
ふだん図鑑でしか見かけない薬草を間近で見られるチャンスだ。
「うちの研究会の薬草園に無い品種もたまに見かけるから、部室に誰かいるなら一緒に行こうかなって思ったの!」
「それはあたしも興味あります! 一緒に行っていいですか?」
「うん行こう?」
「そういうことなら寮で着替えてから行きませんか?」
「うん、そうしよう!」
そうしてカレンと寮まで歩いていると、【
「ウィン、いま大丈夫です?」
「大丈夫よ。どうしたの?」
「ええ、お昼をどうするのかと思いまして、連絡したのですわ」
「ああ、気にしてくれてありがとうね。実はこれから――」
あたしがカレンと薬草の露店を見に行くことを告げるとキャリルも興味を示した。
「わたくしも同行してみたいのですわ。その先輩に伺ってもらえませんか?」
「分かったわ――カレン先輩、あたしのクラスメイトが薬草の露店を一緒に回りたいみたいなんですけど、同行してもいいですか?」
「いいわよ! 一緒に行きましょう!」
「ありがとうございます! ――キャリル、一緒に行こうって言ってくれてるわ」
「分かりましたわ。それでは寮の食堂で待ち合わせしましょう」
「分かったわ」
そうしてあたしたちは収穫祭の王都に繰り出すことになった。
ちなみにサラやジューンに通信の魔法で連絡してみたが、食品研究会の先輩たちが中央広場の一角で屋台を出していて、今日は手伝いに行くことになったらしい。
ピザの屋台だったようだが、行けそうだったら行く旨を伝えておいた。
「キャリルが興味をもつとは思わなかったわ」
「そうですわね。王国内の薬草に関しては実家でほぼ揃うのですが、他国のものということに興味が引かれたんですの」
確かにあたしやキャリルの故郷であるティルグレース伯爵領はハーブの生産が盛んだ。
それでも故郷で見られない珍しいものがあるなら手に入れたいと考えたようだった。
「それにしても凄い人出ね」
「収穫祭の時期は毎年こんな感じなの! 屋台も出ているから、ブラブラ歩いて行こう!」
「分かりましたわ」
そうして三人で歩いて商業地区に向かった。
途中、普段よりも人出が多いからか、それを目当てにしたらしき怪しい動きをする者も見かけた。
スリか歩行者を狙った当たり屋かは分からないが、こちらにぶつかってくるような進路のチンピラっぽい連中に気づく。
そういう手合いには警告の意味で、あたしが狩猟などで命を奪うときのような冷え切った意識を向ける。
すると向こうも察するものがあるのかこちらから離れて行った。
「なーんかこれだけヒトが多いと変なのが増えてるわね」
「そうなんですの? 千鳥足で視界の隅に入ってくる人はたまにいますわね」
「うん、この時期には変な人が増えるわ! 絡まれた時は問答無用で逃げればいいわよ!」
「我が家の王都
確かに学院を出てから一定距離を保ったまま付いてくる気配があるのは把握している。
暗部の関係かとも思っていたけど、キャリルの手勢だったのか。
「あたしも気を付けてるけど、絡まれたら声を上げてね」
そんなことを話しつつ、途中の屋台や商店を梯子しながら商業区に向かった。
商業区にある市場の一つにカレンの案内でたどり着くと、道の両端に薬草の露店がズラッと並ぶ通りにたどり着いた。
「「おおー」」
「どう? 凄いでしょ! けっこう見ものなのよ!」
葉物野菜を扱う露店ともまた違った、独特のフレーバーが道に漂っている。
「順番に見て行こう?」
「「はい」(ですの)」
露店を見て歩くと、それぞれの店で扱っている品が少しずつ異なる。
一番多いのは種や球根を並べた店で、その次がハーブを乾かしたものを扱う店だった。
だがやはり目を引くのは小鉢に植わったハーブを扱う店だろう。
鉢の緑がどうしても視線を集める。
「なにか気になるのがあったら言ってくれよ。色々揃えてるからよ」
「でしたら王国北部やオルトラント公国原産のハーブでおすすめのものはお有りですの?」
鉢植えの露天商に声を掛けられたキャリルが売り子のおじちゃんに何やら聞き始めた。
「おすすめね。そうだなぁ、最近流行り始めてるのだと、この赤ディルかなぁ。オルトラントの方から少量入ってきてたんだけど、王国北部でも栽培するところがやっと増え始めた感じだね」
「ただのディルとどう違うんですの?」
「辛みが強く出るんだが、えぐみなんかがかなり抑えられてるって話を聞いてる。香草としたらかなり優秀な――」
結構このおじちゃん詳しそうだぞ。
思わずキャリルと二人でおじちゃんと話し込んでしまう。
「ウィンちゃん、私ちょっと隣の店とか見てるわね!」
「あ、はい。分かりました」
カレンはカレンで別の店にも興味があるようだった。
結局あたしとキャリルはそれぞれ、その露店で幾つかのハーブの鉢植えを購入した。
【
「カレン先輩とはぐれちゃったね」
「そうですわね。ちょっとお待ちなさい」
そう言ってキャリルが指笛を吹くと、すぐに彼女の傍らに平凡な顔立ちをした男女一組が現れた。
「あなたたち、カレン先輩の行方は分かりまして?」
「申し訳ございません。お嬢様の護衛に集中しており、この道沿いに歩いて行った所までしか把握しておりません」
女性の方がキャリルからの質問に応えた。
「分かったわ。ちょっと待機して下さる?」
「はい」
「ウィン、どうしますこと?」
「ちょっと待ってね。【
あたしが声のした方を見ると、ローブを着込んだ男が路上で土下座をして頭を地面にこすり付けていた。
「お連れ様は何者かに攫われやした。いまうちの仲間が数名で追跡しとるとこです」
「……あんたは誰? 顔を上げなさい」
「花街で八重睡蓮様に叩き斬って貰ったお陰で、目が覚めた元外道のゴロツキです」
そう言って顔を上げた男は何やら目をキラキラさせていた。
あたし的には微妙な気色悪さを感じつつ、その顔つきに何となく見覚えがあった。
「あんた! あたしに【
「へい。その節は大変お手間を取らせやした!」
男はそう言って、再び額を地面にこすり付けた。
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