07.憎くは無いけど竜を討つ


 あたしはお爺ちゃんから木の棒を受け取ると、月転流ムーンフェイズの奥義を使う時のように二つの属性魔力を込める。


 あたしの場合は、地属性と風属性の魔力だ。


 加えて、先ほどお爺ちゃんから聞いた話を元に、『始原魔力』をイメージする。


 何となくごった煮になった属性魔力をイメージすることには成功する。


 その状態の木の棒を、用意された土のマトにゆっくりあてがうと、スルッと一瞬木の棒で斬っていけそうになる。


 だが、数センチ行ったところで木の棒は止まってしまった。


「あー上手くいかないね」


「じゃが、理屈は分かったじゃろう? ジナのときはウィンよりも大きくなったときに試して同じくらいだったかのう」


 お爺ちゃんの何気ない言葉に少しだけ動揺する。


 母さんの成長曲線よりも先行しているのか。


 促成栽培とかで何かを取り落としていなければいいんだけど。


「分かったけど、凄いねこれ」


「うむ。それだけ危険な技術でもあるのう。それでじゃ、ここまでが説明の八割くらいじゃの」


「まだあるの?」


「ここからは口伝によるお勉強というか、参考情報じゃの。絶技・月爻げっこうの裏は体得すれば防御ごと何でも切れるようになる。文字通り、物でも魔法でも何でものう。……加えて魔力量に依らず、制御の精度による優れた技じゃ。ここまでは良いかの?」


「分かったわ。気長に練習してみる。ところでさ、母さんはミスティモントで『月爻の裏は失伝した』って言ってたわ。これって極伝だからなの?」


「そうじゃの。その辺は月爻の裏を隠すために、『失伝した技がある』という話を使っておるだけじゃよ。練習するときは他人に見られぬよう、極伝ごくでんゆえ同門にも練習は見られぬよう気を付けるのじゃぞ。――まぁ、寮の部屋とかでも練習はできる筈じゃ。あと、今後儂やアードキルやジナと二人きりのときは相談すると良いじゃろう」


「……分かったわ、お爺ちゃん」


 そう応えてあたしはゴッドフリーお爺ちゃんの目を見ながら頷いた。


 それに頷き返してから、お爺ちゃんは口を開く。


「それでじゃ、月爻の裏に習熟すると、魔力の属性の切り替えで『始原魔力』を出すのではなく、ただの魔力のオンオフで『始原魔力』を出せるようになる。これをさらに練習し続けると、『概念切断による世界の書換え』ができると言われておる」


「『概念切断』?」


「ここまで来ると儂もよく分からん。初代はそこまで到達したという伝承が残っているのじゃ。そして、その『概念切断』とやらの技の名を絶技・識月しげつという」


「絶技・識月……」


「まあ、識月に関しては事実上失伝しておるからの、参考情報じゃ。この話を月爻の裏を隠すのに使っておるわけじゃな。確かに伝えたぞウィンよ」


「分かったよ。……ありがとう、お爺ちゃん」


「まあ、気長に練習しておくれ。そして、もし将来ウィンが自らの子に技を教え込むことになったときは、そういう技もあったなと覚えていてくれれば良いのじゃ」


「うん」


 そもそも結婚できるか分からないけど、とはお爺ちゃんには言わなかった。




「さて、長々と付き合わせておるが、もう一つ教えることがあるんじゃ」


「まあ、ふだん会えないとそうなるよね」


「済まんのう……。それでじゃ、ジナよりウィンには『時神の加護』がステータスにあると聞いておる」


「うん」


「実は儂にも同じ加護があっての。これは時神様からの助力で『時魔法』が使えるようになる加護じゃ」


「時魔法?! なんか凄そうだね」


「儂が知ってるのは地味な奴じゃけどな。でも強力じゃし、幾度も儂の命を助けてくれた魔法じゃ。これを教えておく。【加速クイック】と【減速スロウ】じゃ」


「それは確かにあたし覚えていないわ。お爺ちゃんありがとう!」


 そしてあたしはお爺ちゃんから二つの時魔法を教えてもらった。


「覚えるのはカンタンなのね」


「加速も減速も、イメージはし易いからの。覚えるのはカンタンなのじゃ。じゃが、練習して習熟しない限り上達はしないんじゃ」


「けっこう上達まで時間かかるの?」


「そうじゃのう。毎日練習して一年くらいすれば加速も減速も、一割くらいは速度を変えられる。ここまではすぐ上達するわい。これは自分だけではなく、他の仲間や敵にも使えるうえに、物にも使える場合がある。いろいろ試して欲しい」


「分かったわ。お爺ちゃんはどのくらいまで速度を変えられるの?」


「儂? そうじゃの、何十年か練習し続けて、いまは加速と減速それぞれ三割くらいかの」


 何十年か練習してそれか。


 でも、三割といってもバカに出来ない。


 自分を三割加速させ、敵を三割減速させたら、単純な相対的速度差は六割になるってことだろう。


 集団戦には使いづらいかもだけど、個別のマトに使えば強力な魔法になるだろう。


 それよりもあたし的には、練習かたがた日常生活で加速と減速が使えないかを試してみたかった。


 宿題を終わらせるのに、加速したら短時間で終わらないかとふと思ったのだ。


 やっぱり、ラクこそ正義だろう。


 ラクをするためならあたしは頑張れる、と開き直ることにする、うん。


「少々駆け足になってしまったが、今宵のことで何か懸念はあるかの?」


 お爺ちゃんからのプレゼントだとか、他流派のお爺さんたちへの顔見せはいいだろう。


 急ぎ足になってしまった極伝と時魔法の伝授も、あたしが自分のペースで練習していけばいい話だ。


「陛下の仰った『秘密』の件だけど、あたしが知っておいた方がいいことは他に無いよね?」


「そうじゃのう……。宝物庫の方はさすがに儂も知らん。これはもう、そういう話と納得するしかないのう」


「そうなのね」


「うむ。そして竜を討つ方の話じゃが、儂から付け加えるとしたら一つあるのう。ディンラント王家は、竜族と縁が深い。ゆえに竜が憎くて討伐しておるわけではなさそうということじゃの」


「憎くは無いけど竜を討つ、か。……何か理由があるのね」


「もしウィンが将来、それこそレノックス様を助けて竜に挑むことがあるのなら、詳しい話は聞けるじゃろう。いまウィンが知ってもどうしようもない話じゃ。――ギデオン様もそう判断したのじゃと儂は思う」


「……分かったわ。陛下の判断に従うわ」


「うむ」


 その後、あたしとお爺ちゃんは王都内に移動した。




「それで、お爺ちゃんはこの後どうするの?」


「そうじゃの。ウィン個人への用事は済んだからの、この後は飲み仲間と宴会じゃな」


 あたしたちは王都の西広場の端っこに居た。


 ここから少し南に行くとコロシアムがある。


 その近くにお爺ちゃんの友だちが集まっているらしい。


「そっか。お爺ちゃんが王都に居る間に、お姉ちゃんたちも一緒に食事にでも行きたいね」


「そうじゃのう。……収穫祭の時期はどの店も予約は埋まっておるじゃろう。屋台巡りなどでも良いか?」


「あたしはそれでもいいと思うよ」


「そうじゃな。来週のどこかでジェストンとお姉ちゃんたちも誘って、市場辺りで屋台巡りでもするかの」


「そうしようよ!」


「うむ。また連絡するよ」


 そう言ってお爺ちゃんは微笑んだ。


「さて、そろそろ儂はモフモフが待っておるから蒼蛇流セレストスネークの本部道場に行かねばならんでの」


「モフモフ…………?」


「ん……いや、ただの言い間違えじゃ。ウィンは気を付けて帰るんじゃよ?」


「……うん。お爺ちゃんも飲みすぎちゃダメだからね?」


「分かっておるよ。それじゃあまたの」


 そう言ってお爺ちゃんが片手を上げるので、あたしも同じように片手を上げる。


 次の瞬間、目の前に居たはずのお爺ちゃんは虚空にスッと消えてしまった。


 隠形のワザなのかも知れないが、今のあたしでは出来そうもない消え方だった。


「それじゃあ寮に帰るか……」


 最後にモフモフとか言っていたのが微妙に気になりながら、あたしは寮に向かった。


 部屋に戻ってから部屋着に着替え、あたしは先ずお爺ちゃんから貰ったプレゼントの包みを開いてみた。


 中にはお爺ちゃんが言っていた通り、短剣と手斧が二本ずつ入っていて、封筒入りの手紙が入っていた。


 製作者からの手紙で、簡単な説明と連絡先が書かれていた。


「名前が……短剣の方は二本とも蒼月そうげつで、手斧は二本とも蒼嘴そうしか……」


 月とクチバシか。


 両方とも黒い艶消しの皮が短剣の鞘と手斧のケースに使われている。


 短剣の方を鞘から抜いてみるが、音もなくスッと抜剣できた。


「ああ、キレイな蒼ね」


 銀の色に微かに青が入っているが、手紙によればミスリルと隕鉄の合金だという。


 刀身は先端から三分の一までが両刃で、残りが片刃の曲刀だ。


 刀身の反り具合は日本刀に近いかも知れない。


 母さんの短剣も同じデザインで、月転流宗家が使う剣はこれが正式なデザインだったハズだ。


 手斧の方も確認するが、同じ金属が使われているようだ。


 メンテナンスについては、基本的には拭くだけでキレイな状態を保てるらしい。


 刀身が折れたりした場合でも、つなげて保管すれば細かい欠損を自己生成してくっつくようだ。


「完全に刀身を失くした場合は買い替えるか、メンテナンスに持ち込め、か」


 製作者の鍛冶屋さんはアロウグロース辺境伯領領都に工房を持つ人で、お爺ちゃんと伯父さんの楽器工房の近くに住んでいるようだ。


「アロウグロース辺境伯って、シャーリィ様の実家よね。行ったこと無いなぁ……」


 そんなことを呟きつつ、蒼月と蒼嘴を一本ずつ【収納ストレージ】に仕舞い、他はまとめて室内の収納に仕舞った。


 そのあと、自室を出かける前に宿題のやり掛けだったことを思いだし、さっそく【加速クイック】を自分に掛けてみた。


 その状態で机に向かってみたのだけど、体感できるほどの速度差は感じられない。


「まぁ、そう都合よく行かないか……、どうしよう、そろそろ寝る時間だけど宿題の区切りが悪すぎる……」


 結局あたしは、そのまま頑張って宿題を終わらせてからベッドに入った。

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