06.伝承を受ける義務


「お話を聞く限りでは黒幕が単独犯ですと、動きを追いづらいという面はありますね」


「そうだな」


「しかし、国対国ほど持久戦とか消耗戦のようなことをしなくて済むのは不幸中の幸いでしょうか」


「ウィンよ、あくまでも現状ではそういう可能性が強いという話じゃ。共和国本体が関わっとる可能性も完全には切るべきではないと儂は思うぞ」


「ともあれだ、当面は王族が誘拐されるようなことにならないように警戒し続ければいいだけだ。まあ、一番いいのはレノがライやリン並に強くなってくれることだが、急かしても碌なことは無いからな」


 ギデオン様の言うライというのは第一王子のライオネル・ジェームス・ルークウォード様で、リンというのは第二王子のリンゼイ・スチュワート・ルークウォード様だろう。


 この二人はレノックス様よりも若干歳が離れていた気がする。


「レノックス様は魔法に関しては実戦で使えるほど習熟していると思います」


「まあな。ただ魔法だけじゃなくて、武術も修めさせたいのだ。実際レノには才がある。あとは経験だと思ってダンジョンにも行かせた矢先だったんだがな」


 ギデオン様にはそういう思惑があったわけだ。


 王家の秘密の一つである成竜討伐を目指すのなら、腕を上げていく必要があるのだろう。


「ギデオン様、先の襲撃に関わらず今後もレノックス様がダンジョンに行かれる場合は、ぜひ先回の仲間もお声がけ頂けたらと思います」


 うん、不敬かもだけど、やっぱりレノックス様はあたしの中では仲間枠だよ。


「ああ、助かる。リンなんかは個人でも強いうえに近衛兵と連携して手堅く戦ってるが、レノも他者との連携も覚えさせたいのだ」


「はい」


「城の兵を使うのも悪くは無いが、学友と力量を伸ばしていく方が本人にもいいと俺は考えている。手間を掛けるが、友人としてで構わん。レノを助けてやってくれ」


「はい」


「――なあ爺さん、やっぱりウィンだけどさ、王城うちで働いてもらう訳にはいかねえの?」


「すまんのギデオン様。月転流うちは引き抜きはお断りしとるのよ」


「まあ、言ってみただけだ。月輪旅団げつりんりょだん相手にこの国の王命なぞ使えると思ってない。安心してくれ」


「そうじゃの。本人がどうしても普段この王城で働きたいというのなら、儂は止めんがの」


「そうか。ならその時に期待しよう」


 ギデオン様はいいことを聞いたという表情を浮かべた。


 あたしは王城で働くとかはさすがに想像できなかった。


 ここまでの話であたしとお爺ちゃんは、先のレノックス様襲撃事件については現状で聞けることは聞いてしまった。


 そろそろおいとますべきだろうか。


「あとは爺さん、来週の風曜日の夜とか、まだ王都に居ねえか?」


「たぶん居ると思うよ」


 なにやらギデオン様がお爺ちゃんの予定を確認している。


「そうか。さっき名前が出たんで思い出したが、ラルフのオヤジが飲みに来るんだが、どうだ?」


「おお! 時間は夜でいいのかの?」


「ああ。旨い酒と肴を用意して待っているから必ず来い」


 どうやらお爺ちゃんはギデオン様たちとの、プライベートな飲み会の予定が決まったようだ。


 あまり飲み過ぎないなら好きにすればいいと思う。


 さすがにあたしは飲み会には巻き込まれないだろう。




 応接室からギデオン様を見送った後、あたしたちは来た時と同じように近衛騎士のクリフに案内されて王城前広場に出た。


「それではゴッドフリー様、ウィン様、本日はお越しくださり誠にありがとうございました」


「見送りありがとうの」


「ありがとうございました」


 クリフとは王城の正門前で別れたが、あたしたちの姿が見える限りは見送りをしてくれる積りなのだろう。


 彼はじっとその場に気を付けの姿勢で立っていた。


 少し正門から離れたところであたしは口を開く。


「それでお爺ちゃん、このあとはどうするの?」


「そうじゃの。ちょっとウィンに伝えることがあるんじゃが、王都内では目が多いからの。少し移動するぞ」


「王都から出るの?」


「近くの草原ですこし稽古、というほどでも無いがの。いま伝えるべきことを伝えるわい」


「分かったわ」


 あたしはお爺ちゃんを追って王都の外に向かった。


 西門から出たのだが、ほとんど収穫祭期間ということもあり王都の門は夜でも開放されていた。


 気配を消して街道沿いを走ると、お爺ちゃんはとつぜん草原の中に入って行く。


 この辺に何かあるのだろうかと思っていたが、地球換算で街道から数キロほど草原の中を走ると、お爺ちゃんは突然足を止めた。


「この辺で良いかの」


「ここに何かあるの?」


「いや、誰もおらん何もない場所で行いたかったんじゃよ」


 そう言ってお爺ちゃんは微笑み、魔力の刃だけで月転流ムーンフェイズの奥義・月転陣げってんじんを放って周囲の草を刈ってしまった。


 そのあまりに自然な魔力の動きに、あたしは目を奪われた。


 直後にお爺ちゃんは無詠唱で【風操作ウインドアート】を発動して、切った草を外側に飛ばしてしまった。


 その場には半径十メートルほどの空き地が出現した。


「まあ、草が生えてる中で行っても問題は無いがの、即席の稽古場じゃ」


「なにか、あたしが覚えるべきことがあるのね」


「うむ。ジナからも手紙を貰っておったし、デイブからも月転流のディンルークのまとめ役という視点から話を聞いておる」


 ということは、月転流に関することか。


「それでじゃ、ウィンは宗家の血を引いておる。ジナより皆伝を得ていることもある。じゃから、月転流の特別な伝承を受ける義務があるのじゃ」


「義務……。けっこう重い言葉ね」


「言葉は重いし、秘さねばならんという点でも重いが、鍛錬自体は大した話でも無いのじゃ」


 そう言ってお爺ちゃんは微笑む。


「これより儂が伝える内容は、伝位でんいでいえば皆伝の上の極伝ごくでんに当たる内容じゃ。月転流が起こって以来、初代から連綿と宗家の血を引く者のみに伝えられてきたのじゃ。今回儂からウィンに伝えるということはアードキルに言ってある」


「それを教わるのね。……今日教わることになったのは何か理由があるの?」


「ウィンが絶技を実戦で使いこなせることが示されたのと、儂が王都に来ることができたこと。要するにタイミングが良かったのじゃ」


「ふうん?」


 あたしとお爺ちゃんは、月光に照らされながら話を進める。


 視界の向こうでは収穫祭前夜ということもあるのだろう、王都の街並みから明かりが漏れる様子が伺えた。


「伝えるのは、まずは、、、絶技・月爻げっこうの裏じゃ。うちの流派では奥義に二属性の魔力を込めるのは知っておるの?」


「うん、斬撃だと月冥八閃つくよみはっせんと月爻でしょ。刺突技だと澪月八閃れいげつはっせんよね。月転陣は奥義だけど月爻の練習用の技だからそういう縛りは無いわ」


「そうじゃ。では、なぜ奥義になると二属性の魔力を用いるかは考えたことはあるかの?」


「単純に、敵の魔法防御を壊せる可能性が上がるというか、破壊力が上がるからよね?」


「そうじゃの。ではウィン、二属性だとなぜ破壊力が上がるんじゃろう?」


「それは……敵が使っている属性を打ち消す属性を使えるから? ……あれ?」


「もしそうなら、儂らの流派では四大魔法属性の魔力を瞬時に切り替えるよう鍛錬した筈じゃ。じゃが、そうはなっておらん」


 お爺ちゃんに言われて、当たり前のように使っていた技の仕組みを深く考えていなかったことに気づく。


「打ち消すから強いわけでは無いのじゃ。実は二属性を使うのは、魔力というものの性質に関わるんじゃよ」


「魔力の性質?」


「うむ」


 そう言ってお爺ちゃんは【収納ストレージ】から何本か木の棒を地面に出し、その内の一本を片手に取った。


 そしておもむろに火属性魔力と水属性魔力を木の棒に走らせる。


「これが奥義で用いられる魔力の状態じゃ。儂は火と水が得意じゃからこの二属性じゃが、ウィンは自分の属性に置き換えて聞いてほしい」


「うん」


 あたしの場合は風属性と地属性の魔力だな。


「さて、この木の棒で起きとることじゃが、まず儂が内在魔力を木に走らせる。次に火属性を自分のイメージによって魔力に与えて魔力を変化させる。同時にそれを覆うようにイメージで水属性も発生させる」


「そうね」


「それでじゃ、単純に『イメージ』という言葉で片づけたが、魔力の属性の出どころは突き詰めると自分の魂に行きつくと言われておる。ここまでは良いかの?」


「魂ってのは目で見たことは無いけど、話は分かったわ」


 そう言ってあたしはお爺ちゃんの話に頷く。


「うむ。それでのう、うちの初代は魔力のこの属性に分かれる仕組みが、『世界が作られたときの仕組み』と同じではないかと思いついた」


「いきなり大きな話になるわね」


「そうじゃな……。世界の最初は誰も見たことは無い。じゃが、最初のうちは全ての属性は混ざり合ってただの魔力としてあったのではないかと考えたのじゃ」


「……」


「その結果、魔力の属性が分かれる瞬間には、常に『ごった煮』のように全てが融け込んで居ると気づいたんじゃ。そのごった煮は別の言い方をすれば、『全てを融かす魔力』じゃ」


「……まさか、月爻の裏って、その魔力を使うってこと?」


「そういうことじゃ。話が早いのう」


 そう言ってお爺ちゃんは微笑む。


「ここまでが極伝の説明の前半じゃ。極伝ではこの『全てを融かす魔力』を、便宜上『始原魔力』と呼んでおる」


「……始原魔力!」


 あたしの反応にひとつ頷いた後、お爺ちゃんは無詠唱の【土操作ソイルアート】でその場に土のヒト型のマトを三体作って見せた。


「ゆっくりやってみせるぞ」


 そう言ってお爺ちゃんは、二属性魔力を込めた木の棒をゆっくり動かし、土のマトをスパスパ斬ってみせた。


「力なんぞ入れておらん。変化が分かるかの?」


 そう言われたのでお爺ちゃんの手の中の木の棒を観察するが、微かに属性魔力以外のものが感じられた気がした。


「何となく、かな」


「ジナに教えたときも同じようなことを言っておったよ……。ウィン、失敗してもいいから、ちょっと試しておくれ」


 そう言ってお爺ちゃんは嬉しそうな顔をして木の棒を渡してきた。

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