05.王家の秘密って奴


 王城の正門脇の通用門を通り、舗装路の上を歩く。


 通用門では警備兵が敬礼をしてくれたが、お爺ちゃんに倣ってそのまま通り過ぎた。


 道の両側には芝生と植樹された樹々が並んでいて、その向こうには池なども見える。


 道を進むと二つ目の城壁があり、そこの城門は開いていたので歩いて通過する。


 ここでも警備兵たちに敬礼を受ける。


 二つ目の門を通ると目の前には高い壁があり、左へと直角に曲がる形で道が伸びる。


 少し進むと広場があり、三つ目の城門があった。


 そこでも敬礼されながら通り過ぎると、正面には車寄せの向こうに玄関が見えた。


 そのままあたしたちは玄関に入った。


 そこからは廊下と階段での移動を繰り返したが、階段は六度使った。


 やがて、ほとんど周囲に人の気配が無い区画にたどり着くと応接室だろうか、あたしたちは大きなベランダのある一室に通された。


「好きな席にお掛けになって、こちらでしばしお待ちください」


 そう告げてからクリフは部屋を後にした。


「ウィン。座って待とう」


「うん」


 お爺ちゃんに促されて、あたしたちは机をはさんで置かれた長椅子の下座に座って待った。


 やがて部屋がノックされたのでお爺ちゃんとあたしは立ち上がると、黒いスーツを着た初老の男性が入ってきて一礼し、口を開いた。


「陛下が参ります。今しばらくお待ちください」


 そう告げて男性が壁際に移動する。


 その直後に品のいい仕立ての部屋着を着た男性が入ってきた。


 その髪は長く伸ばしたアイスプラチナブロンドで、その瞳は深いサファイアブルーをしていた。


「よう、ゴードの爺さん。忙しいだろうに助かるぜ。――それとそっちはレノの友達のウィンだな。息子が世話になってる」


「国王陛下、ご機嫌麗しく存じます」


 お爺ちゃんはそう告げて、自然な所作で一礼した。


「国王陛下、この度はお招きいただき光栄に存じます」


 あたしはそう言って略式のカーテシーをした。


 着てるのが戦闘服だったし。


 ちなみにもちろん武装はしていない。


「よせよせ。ガラじゃあねえだろ爺さん。というかさっきの通信だともっと砕けてたろ。あの位でいいんだよ。ここは王族のプライベートスペースみたいなものだ、気楽にしてくれ。ウィンもな」


 そう言って陛下はからりと笑った。


 顔つきとか喋り方とか身にまとう雰囲気で、やはりレノックス様の父君なのだと妙に納得した。


「了解じゃ、ギデオン様」


「まあ、立ち話も何だ。座ってくれ」


 陛下が上座に着いてからお爺ちゃんが座ったので、あたしも席に着く。


「最近はどうだ、爺さん?」


「そうじゃね。幾つか貴族家はまわって居るけど、北の方は割と集まってる感じかのう」


「集まってる?」


「うむ。狩猟だの晩餐会だのを開いて人を集めとるが、若干じゃが回数が多めな気がするわい」


「まあ、北部貴族は元々群れたがるから、気にしすぎじゃないのか?」


「だといいんじゃがの」


 ギデオン様とお爺ちゃんが話し始めると、侍従さんたちがあたしたちにお茶を用意して部屋を出て行った。


 周囲の気配を探るが、何人か人の気配があるようだ。


「共和国の話なんかは何か聞いているか?」


「こちらは変わらずじゃ。数年前に魔族閥の愛国主義者が多数派工作をして、自国の経済的優位を上げる意図で色々動いたのは知っとるじゃろ」


「いまさらだな。ミスティモントの騒動があったころがピークだって話か」


「そうじゃ。ここ最近は内需の底上げのために、国民の所得を上げようといろいろやっとるらしい」


「所得ねえ。耳が痛い話だ。――まあ、大枠ではその辺りの話はおれも把握している」


 ギデオン様の言葉にひとつ頷いて、お爺ちゃんが説明を続ける。


「じゃから共和国の大多数は内向きに政治を進めとるんじゃないかと思っとるし、そういう動きをしとるようじゃ」


「そうすると共和国の軍部とかは不満がたまってるんじゃないか?」


「いや、それがのう、面白いのが共和国内各地のダンジョン整備に軍の連中を回し始めとるみたいじゃ」


「あー、そう来るか」


「周辺諸国についても似たり寄ったりで、軍事の面で大きな動きは無いのう」


「つまり、目に見えない細かい動きが出て来ちまう可能性はあるわけだな」


「そうじゃの」


 そう言ってお爺ちゃんは一つ溜息をついた。


 というか、こんな国際情勢分析に関わる話をあたしが聞いてしまっていいものなんだろうか。


「何だウィン。『こんな話を聞いてもいいのかしら』なんて顔をしてるな」


 図星である。


「いえ。自分などが陛下の判断に関わるようなお話を耳にして良いものかと、考えておりました」


「もちろん、今日来てもらった件にも関わる話だからな」


「国際情勢が、ですか?」


「まあな」


 そう言ってギデオン様はお茶を一口飲んだ。


「ウィン。遅くなったが、レノをダンジョンで助けてくれてありがとうよ。感謝する」


「いえ、そんな。当然のことをしただけです」


「既に聞いてるかも知れんが、襲撃犯は三人とも王都ブライアーズ学園の魔法科の子供たちでな。指示役から誘拐してくるように言われて実行したらしい」


「誘拐なんて普通に犯罪ですよね。実行犯は相手が王子殿下と知っていたんでしょうか」


「知らなかったようだ。本人たちが聞いていた話として、『魔法の実験に付き合わされている少年を救い出す』という名目だったそうだ。しかもその少年は洗脳されてるという筋書きだったらしい」


「……彼らはそれを信じたんですかね?」


「信じちまったみたいだ。子供らに精霊魔法を仕込んだ奴について、殆ど妄信していたみたいでな。その結果の犯行だったようだ」


「やるせないお話です」


「まあな。一応襲撃犯になった子供らは退学させて、宮廷魔法使い見習いとしてビシバシ教育しなおしてるところだ」


 そう告げてギデオン様はニヤリと笑った。


「……それって、我が校のアイリス・ロウセルと似た扱いということですか?」


「アイリスは幹部候補だ、身元が問題無かったからな。他の三人は一般兵だな」


「身元が問題があっても兵にできそうなんですか?」


「家庭はともかく本人たちには問題なさそうだという分析が出た。我が国の公的機関に精霊魔法の使い手が居ないのは課題でな」


「その点は副学長から伺っています」


「そうか。――それにしてもレノから聞いてたがウィン。お前は話しやすくていいな」


「え? そうでしょうか」


「変に気負わないし、かと言って敬意も見せてくれる。……まあ、さっきも言ったが王家のプライベートスペースでは敬意とか要らんがな」


「それでもレノックス様の父君ですから、敬意は忘れませんよ」


「ははは。爺さん、月転流ムーンフェイズの血なのかね、ウィンのこの直截的なのは」


 笑顔を見せるギデオン様は本当に楽しそうに見える。


「どうじゃろうのう。育ちも影響しとると思うよ」


「いい感じに育ってるな」


「自慢の孫じゃわい」


「はは……。それでだ、誘拐の黒幕と動機だが、状況的に古エルフ族が関わっているのは間違いないとおれは思う」


「王家の秘密って奴じゃの」


「ああ、その秘密は大まかに言って比較的知られている秘密と、深く隠されている秘密がある」


「……! 少々よろしいでしょうか?」


「どうした?」


「そんな秘密を自分のような者が知っても大丈夫でしょうか?」


 妙なことを知って、あたしまで誰かの標的になるのは流石に御免である。


「なんだ、標的にされないか心配でもしてるってツラだな。大丈夫だ、その辺は考えて話す」


「はあ……」


 そこまであたしの表情は読みやすいのだろうか。


 いや、恐らくあたしの思考が読まれているのは、ギデオン様が普段から色んな人間を見ているからだ、たぶん。


「比較的知られている秘密は、ディンラント王家が主体となってこの大陸で暴走する成竜を倒していることだ。これは各国に頼まれる形でも行っている」


 それを聞いてあたしは思い出したことがあった。


「もしかしてそのお話では、ティルグレース伯爵閣下も関係しているのでしょうか?」


「そうだな。武門の家には討伐を頼むこともある。もっともラルフのオヤジは飲み友達だからつい気軽に頼んでいる上に、本人もバトルマニアっていうこともあるが」


 いや、目の前に居るのは王国で一番偉い人だから、ティルグレース伯爵を『ラルフのオヤジ』とか呼ぶのは問題無いだろう。


 それより今ギデオン様は『飲み友達』とか言ってた気がする。


 あのウワバミ伯爵閣下と飲むって、陛下って酒豪なのだろうか。


「また何か考えてるなウィン。おれはあのオヤジほどは量は飲まんぞ」


「は、はあ……」


「それでだ、わざわざディンラント王家が成竜を倒して回る理由については秘密とさせてもらう。ここまでが一つ目の秘密だ」


 そこまで語ってから、ギデオン様はお爺ちゃんとあたしの表情を確認した。


 あたしたちは黙って頷く。


「もう一つの方は公けに出来ない秘密だ。だが言える範囲で説明すれば、王家には宝物庫があるって話だ」


「宝物庫……なるほどのう。そのカギとして王家の血が必要じゃったか?」


「ああ。その宝物庫を開くのには、王家の人間が立会う必要がある。だからレノは誘拐されそうになった」


 ここまで聞く限りでは理解できる話ではあるが、一つ大きな問題がある。


「仮にそうだったとして、実行犯はそこまで秘されている王家の秘密を知っていたのでしょうか?」


「そこで古エルフ族が関係するのだ。王家の宝物庫の防衛機構について、その製作に古エルフ族が関わった可能性がある」


 可能性、か。


 確定的な話ではないわけだ。


 古エルフ族は長命だったはずだし、もしかしたらかなり古い話なのかも知れないな。


「ふむ。じゃが古エルフ族をはじめとする魔族の故郷である共和国では、いま国としては自国に目が向いておる。黒幕が古エルフ族の誰かとして、国に関わらず単独で思惑があって動いているということかの?」


「おれはそう判断している」


 ギデオン様はお爺ちゃんの言葉に頷いた。

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