04.爺様との用事を


 明日から収穫祭も始まることもあり、宿題を先に片付けてしまおうかと思って自室で机に向かっていたときに【風のやまびこウィンドエコー】で連絡があった。


 デイブからだったのだが、いきなり余裕が無さそうな声だった。


「すまんお嬢! ちょっと助けてくれ!」


「ど、どうしたのデイブ?」


「色んな都合で宗家の爺様が予定よりも早くに来ちまった!」


「え?」


「……だぁから爺様がた、宴会は中でやってくださいよ!! ……すまん、ちょっとこっちも色々テンパっててな。……だぁ、ジジイども、いきなり若い娘の尻を触んな! ……あージャニス、適当に殴っとけ。どうせ殺しても死なねぇ連中だ。……すまねえお嬢」


 デイブにしては珍しく非常に焦っているようだ。


「大丈夫?」


「あー……とにかく、ゴッドフリーの爺様とか例の方がお嬢をご指名でな。今晩中に会いたいんだとよ。済まんが助けると思って店まで来てくれ――あーだめだめだめ、それ売り物なんだから撃ち合わないで、ちょ」


 デイブからの連絡はブツっと切れた。


 通信内容からして厄介ごとの予感しかしなかったが、お爺ちゃんが呼んでいるのなら顔を出しておいた方がいいだろう。


 何となく気分的に、行くかどうかをコイントスで決めるかと思った。


 表が出たら行くことにして五回連続で表が出た。


 仕方がないので、あたしは諦めてゴソゴソと黒い戦闘服に着替えて寮の部屋を抜け出した。


 時間的に王都内の乗合い馬車では、チンピラみたいな連中に絡まれる可能性も多少はある。


 それも面倒なので気配を消して夜の王都の舗装路を進むが、各所で屋台が営業して道には酔っ払いがあふれている。


 たぶんすでに収穫祭の前夜祭みたいなものなんだろう。


 道は普段どこに居るんだっていうくらい人混みに溢れている。


 仕方が無いのであたしは内在魔力を循環させ、身体強化などをして街並みの屋上を伝って移動した。


 デイブの店の前が見える位置まで屋上を移動してきたのだが、ソーン商会の前の通りは人混みができて通行困難な状況だった。


「なんだあれ?」


 よく見れば路上で酒樽を持ち出してアームレスリングをしているようだ。


 周りの人混みも声援を送っているから関係者なのかも知れない。


「ここまで来たけど帰ろうかな……」


 思わずあたしは呟いてしまう。


「まぁまぁそう言わずに、今宵は少し付き合ってくれんかのう」


 すぐ傍らから声を掛けられたので視線を向けると、いつの間にかあたしの隣にゴッドフリーお爺ちゃんが立っていた。


「お爺ちゃん?」


「久しぶりじゃのうウィン。大きくなったのう……気配が本当にジナにそっくりじゃ」


 月明かりに照らされて微笑んでいるその姿は、記憶の中のお爺ちゃんとそれほど変わらなかった。




 服装は冒険者が着るようなコートを羽織った旅装だが仕立てが良く、品が良いデザインをしている。


 顔立ちは変わっていないが、髪には白髪が増えたかも知れない。


 そして以前会ったときは気にもしなかったが、その気配というか佇まいは、立っているだけでその場に融けているようだった。


 気配を消したり隠れたりしているというのでもなく、街路樹が道端に植えられているような自然さで風景の一部にしていた。


「久しぶりだねお爺ちゃん。元気だった?」


「もちろんじゃよ! 何だったら肩車して王都一周しても良いぞ」


「いや、さすがに肩車って歳じゃ無いからいいよ。それで、わざわざあたしの事もあって王都に来てくれたんだね。ありがとうね」


「気にするで無い。お姉ちゃんたちのときは直ぐ渡したのに、そもそも入学祝いを用意したまま今の今まで仕事にかまけておったのじゃ。先ずはそれを渡さんとのう」


 そう言ってゴッドフリーお爺ちゃんは【収納ストレージ】から包みを取り出した。


「ジナがウィンを鍛えたのは知っておったからの。儂のツテで作らせたミスリル製の短剣と手斧じゃ。それぞれ二本ずつ入っておる」


 それなりの大きさだったが、手に取ると驚くほど軽い。


「学生寮の部屋に戻ったら確かめておくれ」


「ミスリルって……。高いんじゃないのこれ?」


「素材は儂の稼ぎでは大したことは無いのう。本当はオリハルコンや竜の骨素材を用意したかったのじゃが、知り合いに泣かれての」


「泣かれた?」


「その短剣と手斧には環境魔力で自己修復する回路が組み込まれておる。――まあ、いわゆる魔剣として一番オーソドックスな奴じゃの。加えて月転流ウチの属性魔力とも干渉せん。じゃが、同じものはミスリル以上の素材では製造に何年もかかると言われたのじゃ」


「そんなの貰えないよ……」


 思わず絶句する。


「道具が人を作ることもあるのじゃ。子どものうちはお爺ちゃんのプレゼントぐらい受け取って欲しいわい」


 それを聞いて、あたしは先ずはお礼を言わなければと頭を切り替える。


「お爺ちゃん、大切に使うから、ありがとうね!」


「うむうむ」


 そう言ってゴッドフリーお爺ちゃんは満足そうに微笑んだ。


 あたしは【収納ストレージ】で包みをしまい込んだ。


「それでじゃ。まずは忘れんうちに【風のやまびこウィンドエコー】で近距離通信できるようにしておくぞ」


「分かったわ」


 そうしてあたしたちは【風のやまびこウィンドエコー】で会話できるようにした。


「あとはデイブの店で儂の腐れ縁どもに顔見せするぞ」


「大丈夫? デイブがお店で宴会をされて凄く困ってるんじゃないの?」


「平気じゃよ。ウィンの顔見せが終わったら、連中はそのまま王都にある蒼蛇流セレストスネーク宗家の本部道場に移ってどんちゃん騒ぎする予定じゃからのう?」


「…………え゛? それって、あたし待ちでみんなデイブの店で騒いでるってことなの?!」


「まあ、細かいことはいいんじゃよ」


 いや、マズいと思うんだけど。


 デイブが焦るはずだよ。


「それでは行こうかの」


 そう言ってお爺ちゃんは自身の気配をあたしでも追えるようにして、その場から移動した。


 あたしもお爺ちゃんを追ってデイブの店に屋上から入った。


 その後はひたすら何とか流の宗家だとか、何某流の師範だとか、ほにゃらら流の高位伝承者だとかに挨拶して回った。


「おお、やっぱりジナちゃんに似とるのお」


「拙者、ちょっとトイレ行ってくるから先にこ奴と話してて」


「めんこいの。うちの孫とこんどお見合いせんか?」


「お嬢ちゃん、お爺ちゃんと二人っきりで飲みにい……なんじゃいゴード、いま忙しいんぢゃ……あ゛? 孫? まあ宜しくの。吾輩ちょっとナンパ……ゲフフン、あばんちゅーるに――」


「飴ちゃん食うか?」


 想像以上に皆好き勝手に飲んだくれていてその場はカオスだったが、いちおう何とかお爺ちゃんの友だちという人たちとは挨拶が完了した。


 その後、お爺ちゃんが蒼蛇流宗家の人と話をすると、その人の案内で潮が引くようにデイブの店から人が移動していった。


「さて、これでウィンとの予定は半分済んだのぉ」


「すまねえお嬢、正直助かった」


 デイブがコップ類や酒瓶で散らかったソーン商会の中を片付けながら告げた。


 他にもブリタニーやジャニスやその他若い人たちが片づけをしている。


「片付けあたしも手伝おうか?」


「いや、お嬢は爺様との用事を済ませてくれ。一つは今晩中と指定があるうえに動かせねえからよ」


「今晩中?」


「そうじゃの。そろそろいい時間じゃろう。ウィン、王城までかけっこするぞ?」


「そういうことか! 今晩って先方から指定があったのね?」


「そうじゃ。明日からは収穫祭の関連行事で陛下も忙しいじゃろうからの」


「デイブは行かないの?」


「ゴッドフリーの爺様とお嬢をご指名なんだよ」


 どうやらあたしは先方の指定で、いきなり国王陛下に会うことになったらしい。


 そうしてお爺ちゃんと王城に向かった。




 夜の王都を駆けて王城前広場にたどり着くが、流石に商業区や庶民の居住区のような喧騒は無い。


「それで、どうするの?」


「ちょっと待っておくれ」


 そう言ってお爺ちゃんは通信の魔法で誰かと話し始めた。


「もしもし、儂じゃけど、すまんの。うん、着いとるよ。そうそう、あれじゃの。うむ――」


 お爺ちゃんはどこかと通信の魔法で話し始めたけど、口調が凄くフレンドリーだ。


「連絡がついたわい。案内を寄こすそうじゃから、この辺りで待っておれば良いじゃろう」


「連絡って……」


「今日の訪問相手じゃよ」


 それって陛下だよね。


 凄く気楽そうな感じだったんだけど、友達というのはマジだったのか。


 いや、今さらだけど。


 広場の端でしばらく待っていると、王城の正門脇の通用門からものすごい勢いで走ってくる人影があった。


 白を基調にした洗練されたデザインの軍服に身を包むその男性は、あたしたちの前に立つと美しい所作で敬礼をしてから口を開いた。


「お待たせして大変申し訳ございません。ご案内役を賜りました近衛騎士のクリフ・パット・コリンソンと申します。ようこそお越しくださいました」


「手間をかけてすまんの」


「いいえ。こうしてゴッドフリー様をご案内できますのは大変光栄でございます。ウィン様もよくお越しくださいました」


「い、いえ。お時間を頂きありがとうございます」


 あたしがやや慌てた口調で応えると、クリフは爽やかな笑みを返してくれた。


「本来ならば盛大に歓迎を行うべきところ、ご指定があったとはいえ私のみでのお迎えとなり汗顔の至りであります」


「そういうのは儂らの一族には気にせんで欲しいのぉ。ほれ、ちゃっちゃと移動しよう。陛下を待たせる方が問題じゃろ」


「ご高配、感謝いたします。それでは参りましょう」


 そうしてあたしはお爺ちゃんとディンラント王家の王城に入って行った。

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