03.サギっぽい手口な感じ


 風紀委員会で魔神の印章の提出とアイリスが所有者であることをあたしが報告すると、すぐにカールがリー先生に連絡を取った。


 程なくリー先生は委員会室に現れ、アイリスのことは王宮預かりとなることを告げ、『魔神の印章』を回収して部屋を出て行った。


 その場にいた者は懸念を残していたが、外も暗くなってきたのでお開きにして各々寮に戻った。


 いつものように寮で姉さんたちと夕食を取っているとき、ゴッドフリーお爺ちゃんの話になった。


「それじゃあ、王都の月転流ムーンフェイズの人たちがお爺ちゃんを呼んだのね」


「ちょっと相談事ができてね。いつ来るかとかはまた連絡があると思うけど、姉さんも会いに行くでしょ?」


「そうね。ここ数年会っていないから、久しぶりに会いたいわ」


 そう言ってアルラ姉さんは微笑んだ。


「ウィン、そのゴッドフリー様は月転流の宗家の方ですの?」


「うん。いまは月転流としての仕事はアードキル伯父さんに継がせちゃって、相談役みたいな立場みたいだけどね」


「お爺ちゃんは元々楽器職人をしているから、そちらが今はメインになっていると思うわ。キャリルとロレッタの実家にも楽器のメンテナンスで行ってると思うわよ」


「そうだったのね。特に紹介されたことも無いから知らなかったわ。意外な繋がりがあるものなのね」


 アルラ姉さんの話にロレッタが納得する。


「でも、仕事で呼ぶって言っても、王都の母さんの弟弟子の人は、『毎日宴会になるだろう』って頭抱えてたけどね」


「ゴッドフリー様はお酒が好きなのですわね。わたくしのお爺さまと同じですわ」


「いや、伯爵閣下は比較対象として間違ってる気がするけど」


 あたしが苦笑するが、アルラ姉さんも苦笑して告げる。


「ウィンはあまり覚えていないかも知れないけど、私は同じくらいお酒を飲むと思うわ」


 そういえばデイブが腹を括るとか言っていたけど、そこまで凄まじい酒豪なんだろうか。


 周囲というか他人に迷惑を掛けないなら好きにすればいいと思う。


 デイブとブリタニーは身内だし、お爺ちゃんの対応は慣れてるでしょうとあたしはその時考えていた。




 次の日、いつも通り授業を受け放課後になった。


 帰りのホームルームでは担任のディナ先生が、収穫祭の期間の注意事項を硬い表情で念押ししていた。


 昨日のアイリスのことも関係があるのかも知れないと、あたしは考えていた。


 アイリスのことはキャリルに話してある。


 姉さんたちや他の寮生の耳があるところで話すわけにもいかなかったので、昨夜寝る前に【風のやまびこウィンドエコー】で伝えておいた。


 もちろんキャリルは驚いていたが、どういう結果になるにせよリー先生の判断を信じようと二人で話していた。


 そうしてあたしはキャリルと風紀委員会の委員会室に向かった。


 風紀委員のみんなが集まったところで、アイリスの話を除いて今週起きたことの話をして改めて情報共有をした。


 あたしは『微生物を魔改造する会』の話なんかをした。


 一通り話し終わったところで、改めてアイリスに関する話をした。


「昨日、ウィンが『魔神の印章』を提出してきた。これは先週の取り締まりのときウィンが拾ったものだ。学院の先生方による鑑定の結果、魔法科初等部三年のアイリス・ロウセルの所有物と分かった」


 まずカールが前提となる話を告げた。


「アイリスについては昨日、リー先生が同行して王国が取り調べを行ったわ。その結果、彼女が王国に害意が無いことと、精霊魔法を使えることが分かったらしいの」


 そう言ってニッキーが説明を補足する。


「現在アイリスの身柄については『王宮預かり』ということになって、いま臨時の職員会議で処分を学院側が話しているそうだ。リー先生は会議が終わり次第こちらに顔を出すと言っていた」


「そうなんだね」


 エルヴィスが珍しく硬い表情でカールに応えた。


「『王宮預かり』とは、どういう意味にゃ?」


 エリーが訝し気に訊いた。


「この場合は、『魔神の印章』の流通に関する重要参考人として、その身柄を保護するという意味だろう」


「そうなんだにゃー」


「ああ。だから、用事がある者は帰ってくれて構わないが、待っていてくれれば何か分かるはずだ」


 カールの説明にみんなは頷いた。


 あたしは【収納ストレージ】の魔法から薬草の本を取り出し、キャリルは文化史か何かの本を取り出して読み始めた。


 先輩たちも書き物をしたり読書を始めたりして時間が過ぎる。


 結局、みんなでリー先生を待った。


 やがて一時間半ほど過ぎたころ、委員会室にリー先生がやってきた。


 先生はみんなを見渡してから空いている席に座った。


「皆さんお待たせしました。昨日発生した『魔神の印章』流通に関連するアイリス・ロウセルさんの処遇について幾つか決まったことがありますのでこの場でお話します。これから話す内容は部外秘とします」


 みんな黙って頷く。


「はい。それで、先ずアイリスさんですが、現時点で宮廷魔法使い見習いという身分になりました。これはディンラント王国への愛国心を示唆する情報が魔法によって確認できたことと、精霊魔法を使えることなどによります」


「それは彼女を王国の駒とするってことですね?」


 ジェイクが冷静な声で問う。


「そうです。王国の公職内で精霊魔法の使い手が居ないため、今後の精霊魔法に関する研究を見据えて王国が、、、決定しました」


「なるほど。それで彼女は学生を続けるのかい、リー先生?」


 エルヴィスが感情を消した顔で問うた。


「王国の判断により、これまで通り学生を続けることが決定しました。また彼女は現在魔法科の初等部三年生ですが、高等部の受験は彼女の義務となりました」


「義務にゃ。ちなみに高等部の入試で落ちたらどうなるにゃ?」


「その時点で彼女は宮廷魔法使い見習いとして王宮で生活することになります」


「それは、良かったのかどうか分かりにくいですね」


 ジェイクがリー先生に告げる。


「わたしはアイリスさんがかなり幸運だったと考えます。場合によっては国外追放になっていた可能性もあったんですよ」


 リー先生の言葉にみんなが絶句する。


「幸運だった理由は訊いても大丈夫ですか?」


 あたしが口を開くとリー先生は頷いた。


 そして以下のことを説明してくれた。


・王国には冒険者に精霊魔法使いが居たものの、王国の公職に精霊魔法使いが居らず、以前から宮廷魔法使いが問題視していたこと。


・アイリスの精霊魔法を覚えた動機が精霊という存在そのものへの知識欲であり、王国への反意の可能性が極めて低いこと。


・アイリスに精霊魔法を教えた者の勧誘の手口について情報が得られたこと。


・アイリスの実家が王国西部にあるリベルイテル辺境伯領の数代続く政商であり、王国への反意の可能性が低いこと。


・近くプロシリア共和国より精霊魔法の使い手を招へいする計画があり、身元の確かな学び手を得る必要があったこと。


「かなり、幸運だったのかも知れないね」


 そう言ってエルヴィスは苦笑した。


「いまリベルイテル辺境伯領と仰いましたが、こちらはマーヴィン学長のご実家でありませんか?」


「そうです。学長の実家は中立派の重鎮ですが、アイリスさんの実家は辺境伯家相手に何代も前から付き合いがあるそうです」


 キャリルの質問にリー先生が頷く。


「そこまで幸運が重なると、学長を疑うような人も出てきたりしませんか?」


 あたしが何気なく口を開くと、リー先生は目を丸くしてこちらを見てから苦笑した。


「ウィンさんは本当に面白いですね。……確かに偶然がここまで重なると学長が疑われていたかも知れません。でも今回は王国の魔法政策に関わる話ということで、宮廷魔法使いが陛下に承認を得て動いています」


『あー、そうなんだ(ですの)(にゃー)』


「陛下の承認が下りている以上、今回の決定は王命に等しいです。学長が仮に何か政治的意図をもって仕込んでいたとしても、陛下の判断が得られている以上これは確定した話です」


「なるほどにゃー」


「それじゃあアイリスちゃんは形上は今まで通りに学院生活を送るってことですか?」


 ニッキーがリー先生に訊いた。


「若干、条件が加えられます。彼女は在学中は自動的に予備風紀委員として活動することになりました。これは義務です」


『そうなんだ(ですの)(にゃー)?!』


「名目としては、学生自治に関わらせることで彼女の責任感や正義感を伸ばす意図ということがありますが、同時に彼女の素行の監視も含まれます」


「おおむね良い結果になったと思うけど、『精霊魔法を教えた者の勧誘の手口』っていま聞くことはできますか?」


 ジェイクがリー先生に質問する。


 確かに特定の行動が見られるなら、風紀委員会としても学院としても警戒することはできるだろう。


「どうやら何らかの手段で精霊の加護持ちの子どもを見つけて『特殊な才能がある』といった甘い言葉をかけ、精霊魔法を教えていたようです」


「びみょーにサギっぽい手口な感じだにゃー」


「ちなみに臨時の職員会議の議題の大半はこちらでした。アイリスさんの話は王国の決定でしたのですぐ終わったんです」


「あー……会議に時間がかかったのはそういうことなんですね」


 そう言ってニッキーが苦笑いする。


「それで今回、アイリスさんが美術部で【素描ドロウイング】の魔法を練習していた関係で、手配書が作られました……」


 そう言ってリー先生は【収納ストレージ】の魔法から似顔絵入りの手配書を取り出した。


 似顔絵に描かれていたのは男性だった。


 みんなで似顔絵を確認したけど、あたしを含めて誰も知らなかった。


「この手配書はギルドとかにも出回りますか?」


「もちろんです。王国内の騎士団や領兵。冒険者ギルドと商業ギルド、あとは王立国教会とそれぞれの王国内の支部にも出回ります」


 そういうことなら、変装の技術が無いなら田舎はともかく都市圏では行動しづらくなるだろうな。


「もう一日早かったら、ホームルームなどで怪しい勧誘について行かないよう生徒たちに周知できたのですが、次善の策として寮の受付で外出者台帳記入時の注意喚起を予定しています」


「それは妥当だと思います。――いずれにせよ、アイリスが風紀委員会に加わる件は収穫祭の休み明けと考えていればいいですか?」


 カールがリー先生に確認する。


「そう考えておいてください。また、彼女が加わったら、皆さん助けてあげて下さいね」


『分かりました(の)(にゃー)』


 そうしてあたしたちは風紀委員会室で、収穫祭の連休前の話合いを終えたのだった。

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